(1)2月26日、マウント・ゴックス(ビットコインの私設両替所)が取引を停止した。
多くのマスメディアは、これを、ビットコインの取引そのものが停止したかのように報じた。
しかし、崩壊したのはビットコインと通貨とを交換する両替所にすぎず、ビットコインそのものではなかった。
日本のマスメディアは、ビットコインそのものと、その外にある両替所を混同させるような誤解を広げた。
(2)P2P【注】によるブロックチェーン更新作業は、何ら支障なく続いている。したがって、ビットコインの取引そのものは、むろん継続している。
「ブロックチェーン」というサイトを見ると、全世界のビットコインの取引が円滑に継続している様を、リアルタイムで見ることができる。
ドルとの交換価値は、2月23日ごろまで1BTC=600ドル程度だったが、一時400ドル近くまで下落した。しかし、26日には600ドル近くまで戻っている。マウント・ゴックス事故による影響はほとんどなかった。
(3)事故の詳細はまだ不明だが、ハッカー攻撃に遭って、サイト内ビットコインが盗まれたらしい。そうならば、ここから次の2つが明らかにされた。
(a)同サイトがハッカー攻撃に十分な備えをしていなかった。<マウント・ゴックスがまだ成熟しきれていない、あるいはデジタル通貨の成長に追いつけていなかったことを示唆している>【「ウォールストリート・ジャーナル」】。
(b)ハッカーがビットコインの価値を認めていた。ハッカーは、マウント・ゴックスを攻撃し、それを破壊した。1両替所を破壊してもビットコインの価値は何ら損なわれないことを知っていたからこそ、攻撃した。
(4)マウント・ゴックスの閉鎖で千万円単位の被害に遭った人もいたようだ。まことに気の毒だが、これだけの額をビットコインで保有していたこと自体が異常だ。ビットコインは支払いの手段として用いるべきもので、ビットコインを得たら直ちに支払いに使ってしまうべきだ。
ビットコインの形で保有していたのは、投機目的としか考えられない。
しかし、ビットコインは発足後まもない通貨で発行総額が少ないので、ドルなどとの交換価値は安定していない。
12月初めに1,000ドルを超えたのが、18日には500ドル程度になった。これは、中国が金融機関によるビットコインと人民元との交換を禁じたからだ。マウント・ゴックス閉鎖などとは比べものにならない影響を与えたのだ。
(5)数千万円総統のコインをマウント・ゴックスに預けていたのは、さらに異常だ。なぜなら、同社は、信頼性について従来から疑惑が持たれていたからだ。<(同社は、これまでも)たびたび不正侵入や不具合、機能停止に見舞われた><マウント・ゴックスの事業は1か月前から崩壊し始めていた>【「ウォールストリート・ジャーナル」】。
ビットコイン報道に関して、マスメディアが果たすべき責任は2つだ。
(a)現在のビットコインは、資産保有手段として用いるにはあまりにリスクが大きいことを人々に教育する。そして、同時に、ビットコインは送金手段としては優れた特性を持っていること、それによってマイクロペイメントや海外への送金が飛躍的に容易になること、それは新しい経済活動を可能にし、新しい社会を拓くことを人々に教育する。
(b)両替所のようにビットコインシステムの外にある関連諸組織について、問題があれば警告を発する。正確な報道こそが利用者を守る。情報の提供は、「おカミの取り締まり」以上に、消費者・利用者を守る。
(6)ビットコインのシステムは極めて強固だが、それ故に社会機構との間で問題を起こす。
問題の多くは匿名性から生じる。匿名性故に、税務上や公安上の問題が発生するのだ。
しかし、合法的な経済活動において、匿名性を守る必要はない。だから、匿名性を放棄するのは、十分に考えられることだ。
現在のビットコインでは、取引は追跡できるし、公表されている。しかし、取引主体は公開鍵の形でしかわからず、現実の個人や組織に結びつけられていない。それらを関連づければ、匿名性は消えることになる。ただし、問題は、その関連づけをどのような方法で行うかだ。これは極めて難しい問題だ。
ビットコインの運営システムに何の問題が生じなくとも、受け入れ店舗がなくなれば、価値がなくなる。そうした事態は生じ得る。ただし、それは、両替所の破綻によって生じるのではなく、より優れた他の電子コインとの競争にビットコインが敗れることによって生じる。
【注】P2P、ブロックチェーン、公開鍵などについては、野口悠紀雄の連載(「ダイヤモンド・オンライン」)参照。
「ビットコイン送金の基礎になる技術――公開鍵暗号とハッシュによる電子署名」(第3回(2014.03.06))
「電子コインは電子マネーとまったく違う。よくも悪しくも社会の基本を揺るがす」 (第2回(2014.02.27))
「ビットコインは社会革命である――どう評価するにせよ、まず正確に理解しよう 」(第1回(2014.02.20))
□野口悠紀雄「ビットコインに関する深刻な誤報と誤解 ~「超」整理日記No.700~」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月15日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【野口悠紀雄】ビットコインは理想通貨か徒花か?」
「【仮想通貨】ビットコインは中国経済をどう変えるか?」
「【仮想通貨】ビットコインは円を駆逐するか?」
多くのマスメディアは、これを、ビットコインの取引そのものが停止したかのように報じた。
しかし、崩壊したのはビットコインと通貨とを交換する両替所にすぎず、ビットコインそのものではなかった。
日本のマスメディアは、ビットコインそのものと、その外にある両替所を混同させるような誤解を広げた。
(2)P2P【注】によるブロックチェーン更新作業は、何ら支障なく続いている。したがって、ビットコインの取引そのものは、むろん継続している。
「ブロックチェーン」というサイトを見ると、全世界のビットコインの取引が円滑に継続している様を、リアルタイムで見ることができる。
ドルとの交換価値は、2月23日ごろまで1BTC=600ドル程度だったが、一時400ドル近くまで下落した。しかし、26日には600ドル近くまで戻っている。マウント・ゴックス事故による影響はほとんどなかった。
(3)事故の詳細はまだ不明だが、ハッカー攻撃に遭って、サイト内ビットコインが盗まれたらしい。そうならば、ここから次の2つが明らかにされた。
(a)同サイトがハッカー攻撃に十分な備えをしていなかった。<マウント・ゴックスがまだ成熟しきれていない、あるいはデジタル通貨の成長に追いつけていなかったことを示唆している>【「ウォールストリート・ジャーナル」】。
(b)ハッカーがビットコインの価値を認めていた。ハッカーは、マウント・ゴックスを攻撃し、それを破壊した。1両替所を破壊してもビットコインの価値は何ら損なわれないことを知っていたからこそ、攻撃した。
(4)マウント・ゴックスの閉鎖で千万円単位の被害に遭った人もいたようだ。まことに気の毒だが、これだけの額をビットコインで保有していたこと自体が異常だ。ビットコインは支払いの手段として用いるべきもので、ビットコインを得たら直ちに支払いに使ってしまうべきだ。
ビットコインの形で保有していたのは、投機目的としか考えられない。
しかし、ビットコインは発足後まもない通貨で発行総額が少ないので、ドルなどとの交換価値は安定していない。
12月初めに1,000ドルを超えたのが、18日には500ドル程度になった。これは、中国が金融機関によるビットコインと人民元との交換を禁じたからだ。マウント・ゴックス閉鎖などとは比べものにならない影響を与えたのだ。
(5)数千万円総統のコインをマウント・ゴックスに預けていたのは、さらに異常だ。なぜなら、同社は、信頼性について従来から疑惑が持たれていたからだ。<(同社は、これまでも)たびたび不正侵入や不具合、機能停止に見舞われた><マウント・ゴックスの事業は1か月前から崩壊し始めていた>【「ウォールストリート・ジャーナル」】。
ビットコイン報道に関して、マスメディアが果たすべき責任は2つだ。
(a)現在のビットコインは、資産保有手段として用いるにはあまりにリスクが大きいことを人々に教育する。そして、同時に、ビットコインは送金手段としては優れた特性を持っていること、それによってマイクロペイメントや海外への送金が飛躍的に容易になること、それは新しい経済活動を可能にし、新しい社会を拓くことを人々に教育する。
(b)両替所のようにビットコインシステムの外にある関連諸組織について、問題があれば警告を発する。正確な報道こそが利用者を守る。情報の提供は、「おカミの取り締まり」以上に、消費者・利用者を守る。
(6)ビットコインのシステムは極めて強固だが、それ故に社会機構との間で問題を起こす。
問題の多くは匿名性から生じる。匿名性故に、税務上や公安上の問題が発生するのだ。
しかし、合法的な経済活動において、匿名性を守る必要はない。だから、匿名性を放棄するのは、十分に考えられることだ。
現在のビットコインでは、取引は追跡できるし、公表されている。しかし、取引主体は公開鍵の形でしかわからず、現実の個人や組織に結びつけられていない。それらを関連づければ、匿名性は消えることになる。ただし、問題は、その関連づけをどのような方法で行うかだ。これは極めて難しい問題だ。
ビットコインの運営システムに何の問題が生じなくとも、受け入れ店舗がなくなれば、価値がなくなる。そうした事態は生じ得る。ただし、それは、両替所の破綻によって生じるのではなく、より優れた他の電子コインとの競争にビットコインが敗れることによって生じる。
【注】P2P、ブロックチェーン、公開鍵などについては、野口悠紀雄の連載(「ダイヤモンド・オンライン」)参照。
「ビットコイン送金の基礎になる技術――公開鍵暗号とハッシュによる電子署名」(第3回(2014.03.06))
「電子コインは電子マネーとまったく違う。よくも悪しくも社会の基本を揺るがす」 (第2回(2014.02.27))
「ビットコインは社会革命である――どう評価するにせよ、まず正確に理解しよう 」(第1回(2014.02.20))
□野口悠紀雄「ビットコインに関する深刻な誤報と誤解 ~「超」整理日記No.700~」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月15日号)
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【参考】
「【野口悠紀雄】ビットコインは理想通貨か徒花か?」
「【仮想通貨】ビットコインは中国経済をどう変えるか?」
「【仮想通貨】ビットコインは円を駆逐するか?」