(1)ウクライナ危機にあたって日本政府は、バランスが取れた賢明な外交政策を展開している。
一部の論者が、ウクライナ危機をめぐるロシアvs.米国・EUの対立を新冷戦と呼んでいる。しかし、冷戦時代と重ね合わせるような見方では、事の本質を誤解させる。
冷戦の原因は、共産主義vs.資本主義というイデオロギー対立だ。
一方、現下の露対欧米の対立の原因は、イデオロギーではない。ウクライナに対する影響力をめぐるロシアと米国・EUの利害衝突だ。つまり、帝国主義的抗争だ。
(a)ロシア・・・・「われわれの死活的利益が侵害されるおそれがある場合には、近隣諸国の主権は制限され得る」という乱暴な制限主権論を展開している。特にクリミア自治共和国に、「自警団」を偽装してロシア軍を派遣するような行為は、国際秩序を著しく混乱させる。
(b)米国・EU・・・・親欧米の現ウクライナ政権を支持している。この政権が、親欧米であることは間違いない。しかし、自由や民主主義という欧米や日本の価値観を共有しているわけではない。
①ウクライナ語に堪能ではない東部、南部の住民を露骨に差別するウクライナ民族至上主義者や、反ユダヤ主義的スローガンを掲げる者が政権側にいる。
②クリミア自治共和国の先住民族(クリミア・タタール人)の中には過激なイスラム原理主義者がいる。この過激な勢力は、反ロシアという観点から、戦術的にウクライナの現政権を支持している。
(2)ロシアが毒蛇ならば、ウクライナは毒サソリのようなもので、日本がどちらかに肩入れする必要はない。
近未来に生じ得る最大の危機は、クリミアの帰属問題だ。クリミア自治共和国の住民投票では、同共和国のロシア併合が承認される。
問題は、この結果にロシアがどう反応するかだ。
ロシアがクリミアの併合を認めれば、国際社会は国連憲章違反の領土拡張だ、と激しく反発し、本格的な制裁をロシアに対して加えることになる。
その場合、日本としても、対露強硬策に転じざるを得なくなる。それは、米国、EUとの連携ということだけではなく、北方領土交渉をめぐるゲームのルールが根本的に変化するからだ(後述→(3))。
(3)北方領土が返還され、日露平和条約が締結される、と仮定しよう。
その後、北方領土のロシア系住民が住民投票を行い、ロシアへの帰属を承認したらどうなるか。クリミアの例に倣い、ロシアが軍事力を行使して、北方領土を奪取する可能性が生じる。
(4)(3)のようなゲームのルール変更を阻止することが、3月12日からモスクワ入りし、ラブロフ外相らと会談している谷内正太郎・国家安全保障局長の重要な任務だ。
安倍晋三・首相とプーチン大統領は、過去1年間に5回も会談し、人間的信頼関係を構築した。2月8日のソチで行われた日露首脳会談では、安倍首相がプーチン大統領に谷内局長を直接紹介した。
谷内局長の伝える安部首相のメッセージにプーチン大統領が真剣に耳を傾け、ロシアのクリミア併合を断念するか。
クリミアがロシア併合を住民投票で承認しても、ロシアが「自国領土の拡大はしない」という決断をすれば、ロシアvs.欧米・日本の決定的な対立を回避することができる【注】。
【注】谷内はしかし、任務に失敗した。プーチン大統領は、3月18日午後、クレムリンに上下院議員らを集めて演説し、クリミア編入の方針を公式に表明した。【記事「ロシア、クリミア編入 プーチン氏、条約署名 米、G7会合要請」(朝日デジタル 2014年3月19日)】
□佐藤優「安倍政権が彼に託した「メッセージ」 ~佐藤優の人間観察 第61回~」(「週刊現代」2014年3月29日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」
一部の論者が、ウクライナ危機をめぐるロシアvs.米国・EUの対立を新冷戦と呼んでいる。しかし、冷戦時代と重ね合わせるような見方では、事の本質を誤解させる。
冷戦の原因は、共産主義vs.資本主義というイデオロギー対立だ。
一方、現下の露対欧米の対立の原因は、イデオロギーではない。ウクライナに対する影響力をめぐるロシアと米国・EUの利害衝突だ。つまり、帝国主義的抗争だ。
(a)ロシア・・・・「われわれの死活的利益が侵害されるおそれがある場合には、近隣諸国の主権は制限され得る」という乱暴な制限主権論を展開している。特にクリミア自治共和国に、「自警団」を偽装してロシア軍を派遣するような行為は、国際秩序を著しく混乱させる。
(b)米国・EU・・・・親欧米の現ウクライナ政権を支持している。この政権が、親欧米であることは間違いない。しかし、自由や民主主義という欧米や日本の価値観を共有しているわけではない。
①ウクライナ語に堪能ではない東部、南部の住民を露骨に差別するウクライナ民族至上主義者や、反ユダヤ主義的スローガンを掲げる者が政権側にいる。
②クリミア自治共和国の先住民族(クリミア・タタール人)の中には過激なイスラム原理主義者がいる。この過激な勢力は、反ロシアという観点から、戦術的にウクライナの現政権を支持している。
(2)ロシアが毒蛇ならば、ウクライナは毒サソリのようなもので、日本がどちらかに肩入れする必要はない。
近未来に生じ得る最大の危機は、クリミアの帰属問題だ。クリミア自治共和国の住民投票では、同共和国のロシア併合が承認される。
問題は、この結果にロシアがどう反応するかだ。
ロシアがクリミアの併合を認めれば、国際社会は国連憲章違反の領土拡張だ、と激しく反発し、本格的な制裁をロシアに対して加えることになる。
その場合、日本としても、対露強硬策に転じざるを得なくなる。それは、米国、EUとの連携ということだけではなく、北方領土交渉をめぐるゲームのルールが根本的に変化するからだ(後述→(3))。
(3)北方領土が返還され、日露平和条約が締結される、と仮定しよう。
その後、北方領土のロシア系住民が住民投票を行い、ロシアへの帰属を承認したらどうなるか。クリミアの例に倣い、ロシアが軍事力を行使して、北方領土を奪取する可能性が生じる。
(4)(3)のようなゲームのルール変更を阻止することが、3月12日からモスクワ入りし、ラブロフ外相らと会談している谷内正太郎・国家安全保障局長の重要な任務だ。
安倍晋三・首相とプーチン大統領は、過去1年間に5回も会談し、人間的信頼関係を構築した。2月8日のソチで行われた日露首脳会談では、安倍首相がプーチン大統領に谷内局長を直接紹介した。
谷内局長の伝える安部首相のメッセージにプーチン大統領が真剣に耳を傾け、ロシアのクリミア併合を断念するか。
クリミアがロシア併合を住民投票で承認しても、ロシアが「自国領土の拡大はしない」という決断をすれば、ロシアvs.欧米・日本の決定的な対立を回避することができる【注】。
【注】谷内はしかし、任務に失敗した。プーチン大統領は、3月18日午後、クレムリンに上下院議員らを集めて演説し、クリミア編入の方針を公式に表明した。【記事「ロシア、クリミア編入 プーチン氏、条約署名 米、G7会合要請」(朝日デジタル 2014年3月19日)】
□佐藤優「安倍政権が彼に託した「メッセージ」 ~佐藤優の人間観察 第61回~」(「週刊現代」2014年3月29日号)
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【参考】
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」