(1)豊かな者がより豊かになれば、その恩恵は社会全体に及ぶ」
これがトリクルダウンの考えだ。
自民党は、アベノミクスを正当化する論理としてこれを用いている。これまでは株価が上がって一部の富裕層だけが利益を得ただけだが、その恩恵はやがて貧しい者にも及ぶというのだ。
(2)トリクルダウンは、原理的かつ一般的にはあり得ることだ。
<例>先進企業が新商品の開発に成功し、事業を拡大する。すると、オフィスワークからビルの清掃に至るまで、さまざまな付帯サービスが必要になる。こうして波及効果が経済全体に及ぶ。
米国で1990年代以降に起こったのは、基本的にこのようなことだった。
1985年ごろ、小平が唱えた先富論(豊かになれる者から先に豊かになれ)も、トリクルダウンの実現だった。
(3)トリクルダウンはしかし、どんな場合にも生じるわけではない。生じるかどうかは、富裕者が豊かになるメカニズムによる。
(a)それが経済活動の量的拡大を伴っている場合には、トリクルダウンが生じ得る。
(b)単なる分配上の変化であれば、(財政による強制的な再分配を行わない限り)生じない。
日本の状況は(b)に該当する。したがって、トリクルダウンは生じていない。今後いくら待っても生じない。
これまでも、大企業の利益増大と株価の上昇によって一部の富裕者が利益を受けたが、その恩恵は小企業や雇用者には及んでいない。
(4)円安で株価が上昇し始めたころ、資産効果で高額商品の売れ行きが増加した、と報道されたことがある。これも、トリクルダウンを期待した考えだった。
そうした効果は、一部にはあったかもしれない。しかし、額的に大きくなかった。あったとしても、消費税増税前の駆け込みで耐久消費財購入が前倒しされただけだった可能性がある。
株高の利益の大半は、売買で6割のシェアを占める外国人投資家に帰属した可能性が高い。株を保有している退職後の富裕層は、株価が上がったからといって売却して消費してしまうような行動はとらないだろう。
(5)円安で大企業の利益は増大したが、恩恵は小企業には及んでいないし、それどころか、円安で利益が減少している業種もある。法人企業統計によって製造業について見ると、
(a)大企業(資本金1億円以上)の営業利益は、2014年7~9月期は2012年7~9月期に比べて66.1%(額では1.39兆円)の増加になった。
(b)小企業(資本金1,000万円以上1億円未満)の営業利益は、2014年7~9月期は円安の始まる2012年後半と同程度の水準だ。ちなみに、食料品製造業の小企業の営業利益は、2014年1~3月期と7~9月期は赤字になっている。また、パルプ・紙・紙加工品製造業の小企業の営業利益は、2014年7~9月期は2012年7~9月期の半分に減少している。つまり、円安で利益が減少している業種もある。
(6)恩恵は一般の就業者にも及んでいない。労働力調査によると、
(a)2013年1月から2014年10月までの間に、雇用者は127万人増えたが、増えたのは非正規の職員・従業員(157万人)で、半面、正規の職員・従業員は38万人も減少している。非正規労働者は、雇用が不安定であるだけでなく、正規労働者に比べて著しく低賃金だ。
(b)産業別に見ても、経済の好循環が雇用面に及んでいる、などとは到底いえない。
①雇用が顕著に増えたのは建設業、不動産業、医療・福祉、飲食サービスだ。・・・・建設業、不動産業が増えたのは住宅駆け込み需要や公共事業の増加のためで、これらは一時的な増加だ。医療・福祉の増加は高齢者の増加によるもので、アベノミクスとは無関係だ。また、医療・福祉や飲食サービスの賃金水準は低い。
②製造業の雇用者は減少している。
③金融業、保険業はほとんど変化していない。
(7)家計調査によると、消費者物価の上昇によって、2013年10月以降、実質実収入の対前年比がマイナスになっている。2014年4月以降は、名目実収入の伸びもマイナスだ。この結果、駆け込み需要のあった2014年3月を除くと、実質消費支出の伸びはマイナスで、特に2014年以降は大きくマイナスだ。
□野口悠紀雄「トリクルダウンはなぜ生じないか? ~「超」整理日記No.738~」(「週刊ダイヤモンド」2014年12月20日号)
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これがトリクルダウンの考えだ。
自民党は、アベノミクスを正当化する論理としてこれを用いている。これまでは株価が上がって一部の富裕層だけが利益を得ただけだが、その恩恵はやがて貧しい者にも及ぶというのだ。
(2)トリクルダウンは、原理的かつ一般的にはあり得ることだ。
<例>先進企業が新商品の開発に成功し、事業を拡大する。すると、オフィスワークからビルの清掃に至るまで、さまざまな付帯サービスが必要になる。こうして波及効果が経済全体に及ぶ。
米国で1990年代以降に起こったのは、基本的にこのようなことだった。
1985年ごろ、小平が唱えた先富論(豊かになれる者から先に豊かになれ)も、トリクルダウンの実現だった。
(3)トリクルダウンはしかし、どんな場合にも生じるわけではない。生じるかどうかは、富裕者が豊かになるメカニズムによる。
(a)それが経済活動の量的拡大を伴っている場合には、トリクルダウンが生じ得る。
(b)単なる分配上の変化であれば、(財政による強制的な再分配を行わない限り)生じない。
日本の状況は(b)に該当する。したがって、トリクルダウンは生じていない。今後いくら待っても生じない。
これまでも、大企業の利益増大と株価の上昇によって一部の富裕者が利益を受けたが、その恩恵は小企業や雇用者には及んでいない。
(4)円安で株価が上昇し始めたころ、資産効果で高額商品の売れ行きが増加した、と報道されたことがある。これも、トリクルダウンを期待した考えだった。
そうした効果は、一部にはあったかもしれない。しかし、額的に大きくなかった。あったとしても、消費税増税前の駆け込みで耐久消費財購入が前倒しされただけだった可能性がある。
株高の利益の大半は、売買で6割のシェアを占める外国人投資家に帰属した可能性が高い。株を保有している退職後の富裕層は、株価が上がったからといって売却して消費してしまうような行動はとらないだろう。
(5)円安で大企業の利益は増大したが、恩恵は小企業には及んでいないし、それどころか、円安で利益が減少している業種もある。法人企業統計によって製造業について見ると、
(a)大企業(資本金1億円以上)の営業利益は、2014年7~9月期は2012年7~9月期に比べて66.1%(額では1.39兆円)の増加になった。
(b)小企業(資本金1,000万円以上1億円未満)の営業利益は、2014年7~9月期は円安の始まる2012年後半と同程度の水準だ。ちなみに、食料品製造業の小企業の営業利益は、2014年1~3月期と7~9月期は赤字になっている。また、パルプ・紙・紙加工品製造業の小企業の営業利益は、2014年7~9月期は2012年7~9月期の半分に減少している。つまり、円安で利益が減少している業種もある。
(6)恩恵は一般の就業者にも及んでいない。労働力調査によると、
(a)2013年1月から2014年10月までの間に、雇用者は127万人増えたが、増えたのは非正規の職員・従業員(157万人)で、半面、正規の職員・従業員は38万人も減少している。非正規労働者は、雇用が不安定であるだけでなく、正規労働者に比べて著しく低賃金だ。
(b)産業別に見ても、経済の好循環が雇用面に及んでいる、などとは到底いえない。
①雇用が顕著に増えたのは建設業、不動産業、医療・福祉、飲食サービスだ。・・・・建設業、不動産業が増えたのは住宅駆け込み需要や公共事業の増加のためで、これらは一時的な増加だ。医療・福祉の増加は高齢者の増加によるもので、アベノミクスとは無関係だ。また、医療・福祉や飲食サービスの賃金水準は低い。
②製造業の雇用者は減少している。
③金融業、保険業はほとんど変化していない。
(7)家計調査によると、消費者物価の上昇によって、2013年10月以降、実質実収入の対前年比がマイナスになっている。2014年4月以降は、名目実収入の伸びもマイナスだ。この結果、駆け込み需要のあった2014年3月を除くと、実質消費支出の伸びはマイナスで、特に2014年以降は大きくマイナスだ。
□野口悠紀雄「トリクルダウンはなぜ生じないか? ~「超」整理日記No.738~」(「週刊ダイヤモンド」2014年12月20日号)
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