(承前)
(8)(4)~(7)に見られるように、大企業の利益増大と株価の上昇によって一部の富裕層が利益を受けたのだが、その恩恵は小企業や雇用者には及んでいない。
この理由は、円安が経済の量的拡大をもたらしていないからだ。
仮に「経済の好循環」とイメージされている姿が起こるのであれば、トリクルダウンが生じる。すなわち、
企業の売上が増加する。
→それに比例して生産と売上原価が増加する。
→雇用がえるし、賃金も上昇する。
→消費が増える。
→企業の生産活動がさらに拡大する。
(9)(8)の場合には、
利益の増加率=売上の増加率
となるから、売上高営業利益率は不変だ。
しかし、いま生じているのは、円安による円表示の売上高だけの増加だ。この場合には、営業利益率が急上昇する。法人企業統計で製造業大企業を見ると、営業利益率は、
2012年7~9月期 2.87%
2014年7~9月期 4.61%
大きな技術進歩があったわけでもないのに、短期間のうちにこれほど急上昇するのは、利益増が実態面の変化を伴っていないことを意味する。実際、製造業小企業での同期間の営業利益率は、
2012年7~9月期 2.05%
2014年7~9月期 2.26%
になっただけだ。
(10)大企業と小企業の違いは、輸送用機械器具製造業の場合に典型的な形で見られる。
大企業では、2014年7~9月期の営業利益は2012年7~9月期の1.82倍(額では3,744億円)になった。
それに対して、小企業では同期間中に営業利益が13.2%も減少したのだ。
(11)円安が企業利益を増やすメカニズムは、全てをドル建てで考えてみると分かりやすい。
(a)日本製品の輸出価格はほぼ不変なので、輸出数量も不変。したがって、ドル建ての輸出売上高はほぼ不変だ。つまり、いつになってもJカーブ効果が発生しない(Jカーブ効果が生じるのは、輸出ドル建て価格が低下するからだ)。
(b)日本人の賃金はドル建てでは低下する。
(c)売上高が不変で賃金コストが下がるから、自然に利益が増える。
(d)(c)を言い換えると、日本の労働者は貧しくなっている。=トリクルダウンとは逆のプロセスだ。
(e)生産が増えず、従って雇用が増えない。大企業の利益のメカニズムがこうしたものである以上、今後時間がたってもトリクルダウンが生じることはない。
(12)(11)のような事態が政治的に放置されるのは、不思議なことだ。有権者は、円安で貧しくなる人の方が多いからだ。
政治制度が正常に動いていれば、円高を求める声が圧倒的になるはずだ。
しかし、日本には円安のメカニズムを正確に理解する政治勢力が存在しない。日本の悲劇だ。
□野口悠紀雄「トリクルダウンはなぜ生じないか? ~「超」整理日記No.738~」(「週刊ダイヤモンド」2014年12月20日号)
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【参考】
「【経済】円安で小企業や家計は赤字 ~トリクルダウンはなぜ生じない?~」
(8)(4)~(7)に見られるように、大企業の利益増大と株価の上昇によって一部の富裕層が利益を受けたのだが、その恩恵は小企業や雇用者には及んでいない。
この理由は、円安が経済の量的拡大をもたらしていないからだ。
仮に「経済の好循環」とイメージされている姿が起こるのであれば、トリクルダウンが生じる。すなわち、
企業の売上が増加する。
→それに比例して生産と売上原価が増加する。
→雇用がえるし、賃金も上昇する。
→消費が増える。
→企業の生産活動がさらに拡大する。
(9)(8)の場合には、
利益の増加率=売上の増加率
となるから、売上高営業利益率は不変だ。
しかし、いま生じているのは、円安による円表示の売上高だけの増加だ。この場合には、営業利益率が急上昇する。法人企業統計で製造業大企業を見ると、営業利益率は、
2012年7~9月期 2.87%
2014年7~9月期 4.61%
大きな技術進歩があったわけでもないのに、短期間のうちにこれほど急上昇するのは、利益増が実態面の変化を伴っていないことを意味する。実際、製造業小企業での同期間の営業利益率は、
2012年7~9月期 2.05%
2014年7~9月期 2.26%
になっただけだ。
(10)大企業と小企業の違いは、輸送用機械器具製造業の場合に典型的な形で見られる。
大企業では、2014年7~9月期の営業利益は2012年7~9月期の1.82倍(額では3,744億円)になった。
それに対して、小企業では同期間中に営業利益が13.2%も減少したのだ。
(11)円安が企業利益を増やすメカニズムは、全てをドル建てで考えてみると分かりやすい。
(a)日本製品の輸出価格はほぼ不変なので、輸出数量も不変。したがって、ドル建ての輸出売上高はほぼ不変だ。つまり、いつになってもJカーブ効果が発生しない(Jカーブ効果が生じるのは、輸出ドル建て価格が低下するからだ)。
(b)日本人の賃金はドル建てでは低下する。
(c)売上高が不変で賃金コストが下がるから、自然に利益が増える。
(d)(c)を言い換えると、日本の労働者は貧しくなっている。=トリクルダウンとは逆のプロセスだ。
(e)生産が増えず、従って雇用が増えない。大企業の利益のメカニズムがこうしたものである以上、今後時間がたってもトリクルダウンが生じることはない。
(12)(11)のような事態が政治的に放置されるのは、不思議なことだ。有権者は、円安で貧しくなる人の方が多いからだ。
政治制度が正常に動いていれば、円高を求める声が圧倒的になるはずだ。
しかし、日本には円安のメカニズムを正確に理解する政治勢力が存在しない。日本の悲劇だ。
□野口悠紀雄「トリクルダウンはなぜ生じないか? ~「超」整理日記No.738~」(「週刊ダイヤモンド」2014年12月20日号)
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【参考】
「【経済】円安で小企業や家計は赤字 ~トリクルダウンはなぜ生じない?~」