(1)「資本主義の基本法則」
ピケティは、データの蓄積にもとづいて、資本主義の基本な運動法則と彼が呼ぶものを描き出している。
(a)第一法則
α(利潤シェア)=r(資本収益率)×β(資本所得比率)【注1】
(b)第二法則
β(資本所得比率)=s(貯蓄率)/g(経済成長率)【注2】
【注1】α:資産のストックから得られる利益の国民所得に対する比率。通常これは「利潤シェア」ないし「資本分配率」と呼ばれるものに近い。しかし、ピケティは資本利得や家賃収入なども含めているので、それより広い概念として使用している。
r:資本ストックに対する利益の割合。
β:国民所得に対する総資産の割合。
【注2】g(経済成長率)が低下し、s(貯蓄率)が増大するにつれ、β(資本所得比率)が上昇する。
ピケティは、(a)によってr(資本収益率)が十分に低下しなければ、
α(利潤シェア)つまり国民所得に占める資産所得の割合が上昇し、
労働所得の割合が低下する
という資産家優位の構造を明らかにした。
また、(b)によって19世紀のような高いβ(資本所得比率)に舞い戻ろうとする携行が生み出されるとし、その資産家優位の構図が強まるロジックを示している。
(2)格差拡大の要因
(1)-(a)および(b)の2法則を前提に、ピケティは不平等をもたらす根本的な要因を、
r(資本収益率)>g(経済成長率)
にあると捉えた。r(資本収益率)がg(経済成長率)より高ければ、資産保有者は資産からの所得を投資に回すだけで経済成長率を上回る所得を手にすることができる、というわけだ。
<例>500兆円規模の経済、資産所得が200兆円、労働所得が300兆円、年率1%で成長のケース。
・翌年の国民所得の増加は5兆円となる。
・資産所得・・・・その過程で、資産所得200兆円のうち50兆円が貯蓄され(貯蓄率25%)、5%の資本収益率で運用されると、資産からの所得増加は2兆5,000億円となり、資産所得の成長率は1.25%となる。
・労働所得・・・・300兆円が生み出す追加所得は残りの2兆5,000億円となり、労働所得の成長率は0.8%で、貯蓄率は逆算すると16.7%となる。
・以上、労働所得より資産所得のほうが早く成長する。
(3)今後の見通し
ピケティによれば、こうした理論的把握から得られる資本主義の今後の見通しは、マルクスの見通しほど破局的ではないが、新古典派が描いたハッピーエンドモデルとは大きく違う。
21世紀の資本主義は、資産保有者優位の「世襲型資本主義」だ。
18世紀以前は、いずれの先進国でも、資本収益率は4.5~5.0%、経済成長率は0.1~0.2%だった。
20世紀に資本収益率が減少、経済成長率が上昇し、両者は接近した。
21世紀には、経済成長率が低下することで両者が再び乖離し、資本収益率は4.5~5.0%、経済成長率が1.0~1.5%になる(ピケティの予想)。
こうなると、資産保有者がますます多くの富を手にすることが容易になる。
成長率が高く、賃金が年率5%程度で上昇する経済であれば、若い世代が自分で富を蓄積することは容易だが、成長率が1~2%程度であればそうはいかない。
<競争が能力主義をもたらすというのは幻想であり、競争の結果、世襲型資本主義が形成される。>
すでに世界的な規模で、超資産家が増大しつつある。さらに、産油国などのソブリン・ウェルス・ファンド(政府出資のファンド)が高い収益力を武器に台頭しつつある。その頂点に君臨するのは、米英の巨大資本やプライベートエクイティ・ファンドなど(世界経済の真の支配者)だ。
かかるグローバルな経済の変容は、(1)による資産格差の拡大の帰結にほかならない。
(4)格差解消の政策
不平等のスパイラルから脱し、普遍的利益のために資本蓄積の動きを再び制御するための理想的な政策は、資産(資本)に対する強い累進課税だ。
資本課税(法人や個人の純資産価値に対する累進課税が想定されている)は、具体的には、
純資産100万~500万ユーロに1%、
純資産500万ユーロ以上に2%、
純資産10億ユーロ以上に5~10%、
といった水準が考えられている。よって、資産比率の上昇とそれによる資産の蓄積は、ピケティにとって、不平等の拡大の結果であるとともに、財政赤字を解消し、福祉重視の「社会的国家」を再建するための資源でもある。
併せて、高額所得に対する課税や相続税の累進性強化も必要だ。ピケティは、最適な所得税率を次のようにしている。
年収20万ドル以上の所得には50~60%、
年収50万~100万ドルの所得層、上位1.0~0.5%には80%以上
さらに、そのうえで、課税強化によって金持ちの国外流出が起こるという議論は、歴史的な経験と矛盾し、企業レベルのデータとも合致しないという。
すでに米国では、ジョゼフ・スティグリッツ「富裕者増税論」など、ピケティの議論に呼応するような、かなり体系的でリベラルな政策提案もなされている。
□本田浩邦「現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~ピケティ現象を読み解く~」(「週刊金曜日」2014年12月19日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~」
「【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~」
「【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~」
「【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~」
「【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~」
ピケティは、データの蓄積にもとづいて、資本主義の基本な運動法則と彼が呼ぶものを描き出している。
(a)第一法則
α(利潤シェア)=r(資本収益率)×β(資本所得比率)【注1】
(b)第二法則
β(資本所得比率)=s(貯蓄率)/g(経済成長率)【注2】
【注1】α:資産のストックから得られる利益の国民所得に対する比率。通常これは「利潤シェア」ないし「資本分配率」と呼ばれるものに近い。しかし、ピケティは資本利得や家賃収入なども含めているので、それより広い概念として使用している。
r:資本ストックに対する利益の割合。
β:国民所得に対する総資産の割合。
【注2】g(経済成長率)が低下し、s(貯蓄率)が増大するにつれ、β(資本所得比率)が上昇する。
ピケティは、(a)によってr(資本収益率)が十分に低下しなければ、
α(利潤シェア)つまり国民所得に占める資産所得の割合が上昇し、
労働所得の割合が低下する
という資産家優位の構造を明らかにした。
また、(b)によって19世紀のような高いβ(資本所得比率)に舞い戻ろうとする携行が生み出されるとし、その資産家優位の構図が強まるロジックを示している。
(2)格差拡大の要因
(1)-(a)および(b)の2法則を前提に、ピケティは不平等をもたらす根本的な要因を、
r(資本収益率)>g(経済成長率)
にあると捉えた。r(資本収益率)がg(経済成長率)より高ければ、資産保有者は資産からの所得を投資に回すだけで経済成長率を上回る所得を手にすることができる、というわけだ。
<例>500兆円規模の経済、資産所得が200兆円、労働所得が300兆円、年率1%で成長のケース。
・翌年の国民所得の増加は5兆円となる。
・資産所得・・・・その過程で、資産所得200兆円のうち50兆円が貯蓄され(貯蓄率25%)、5%の資本収益率で運用されると、資産からの所得増加は2兆5,000億円となり、資産所得の成長率は1.25%となる。
・労働所得・・・・300兆円が生み出す追加所得は残りの2兆5,000億円となり、労働所得の成長率は0.8%で、貯蓄率は逆算すると16.7%となる。
・以上、労働所得より資産所得のほうが早く成長する。
(3)今後の見通し
ピケティによれば、こうした理論的把握から得られる資本主義の今後の見通しは、マルクスの見通しほど破局的ではないが、新古典派が描いたハッピーエンドモデルとは大きく違う。
21世紀の資本主義は、資産保有者優位の「世襲型資本主義」だ。
18世紀以前は、いずれの先進国でも、資本収益率は4.5~5.0%、経済成長率は0.1~0.2%だった。
20世紀に資本収益率が減少、経済成長率が上昇し、両者は接近した。
21世紀には、経済成長率が低下することで両者が再び乖離し、資本収益率は4.5~5.0%、経済成長率が1.0~1.5%になる(ピケティの予想)。
こうなると、資産保有者がますます多くの富を手にすることが容易になる。
成長率が高く、賃金が年率5%程度で上昇する経済であれば、若い世代が自分で富を蓄積することは容易だが、成長率が1~2%程度であればそうはいかない。
<競争が能力主義をもたらすというのは幻想であり、競争の結果、世襲型資本主義が形成される。>
すでに世界的な規模で、超資産家が増大しつつある。さらに、産油国などのソブリン・ウェルス・ファンド(政府出資のファンド)が高い収益力を武器に台頭しつつある。その頂点に君臨するのは、米英の巨大資本やプライベートエクイティ・ファンドなど(世界経済の真の支配者)だ。
かかるグローバルな経済の変容は、(1)による資産格差の拡大の帰結にほかならない。
(4)格差解消の政策
不平等のスパイラルから脱し、普遍的利益のために資本蓄積の動きを再び制御するための理想的な政策は、資産(資本)に対する強い累進課税だ。
資本課税(法人や個人の純資産価値に対する累進課税が想定されている)は、具体的には、
純資産100万~500万ユーロに1%、
純資産500万ユーロ以上に2%、
純資産10億ユーロ以上に5~10%、
といった水準が考えられている。よって、資産比率の上昇とそれによる資産の蓄積は、ピケティにとって、不平等の拡大の結果であるとともに、財政赤字を解消し、福祉重視の「社会的国家」を再建するための資源でもある。
併せて、高額所得に対する課税や相続税の累進性強化も必要だ。ピケティは、最適な所得税率を次のようにしている。
年収20万ドル以上の所得には50~60%、
年収50万~100万ドルの所得層、上位1.0~0.5%には80%以上
さらに、そのうえで、課税強化によって金持ちの国外流出が起こるという議論は、歴史的な経験と矛盾し、企業レベルのデータとも合致しないという。
すでに米国では、ジョゼフ・スティグリッツ「富裕者増税論」など、ピケティの議論に呼応するような、かなり体系的でリベラルな政策提案もなされている。
□本田浩邦「現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~ピケティ現象を読み解く~」(「週刊金曜日」2014年12月19日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~」
「【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~」
「【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~」
「【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~」
「【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~」