語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】岩田宏「部屋」 ~おふくろ~

2015年07月22日 | 詩歌
 おふくろの部屋は年ごとに狭くなった
 契約期間が切れるたびに八畳から六畳へ
 六畳から四畳半へと うちは何度も引っ越しした
 次におふくろは一人で病院の個室へ移った
 風通しのいい部屋で ある夏の夕ぐれ
 予告もなしに細長い棺桶が運びこまれた
 ぼくはそれに釘を打ち重油をかけて焼いた
 おうくろは骨だけになり今は骨箱に住む
 骨箱は墓石の下 墓石は狭い四角な土地のなか
 墓地は見渡すかぎり無数の四角に仕切られ
 入口に管理事務所が 都庁には管理課がある
 そこには給仕と書類 役人と新聞 金庫

 おふくろは囚人だった そう 囚人だ
 だからぼくは囚人の子 囚人の子だ
 激烈に夢みる 自由を ぼくは おふくろの!

□岩田宏「部屋」(『岩田宏詩集』(思潮社、1966)所収)
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 【参考】
【詩歌】岩田宏「ささやかな訪問」
【読書余滴】すべてをルフランに変える青春の無知


【政治】税を担う意欲を失わせる「骨太の方針」

2015年07月22日 | 批評・思想
【政治】税を担う意欲を失わせる「骨太の方針」
 
 (1)経済財政運営の基本方針「骨太の方針」が、6月末の臨時閣議で決まった。
 特に社会保障は、歳出削減の重点分野とされ、その伸びを2018年度までの3年間で1兆5,000億円(年に5,000億円)程度に抑える方針が打ち出された。高齢化の進展による社会保障費の自然増は年8,000億円ともいわれる。大幅な圧縮だ。
 範囲は、医療、介護、年金、生活保護、障がい者・・・・と幅広く、いわゆる社会的弱者を直撃する。

 (2)一方、法人税は減税だ。「骨太の方針」では、
   ・経済成長すれば税収が増える、という理屈を強調し、
   ・成長による増税効果を挙げている。
 すなわち、景気回復の中で2015年度の国の一般会計が、3年前より6兆円増えた(消費税増税分を除く)、というものだ。
 だが、それは円安や株高政策によるものだ。法人税減税が成長に役立つという実証も存在しない。

 (3)そもそも、社会保障は本当にただのカネ食い虫にすぎないのか。
  (a)所得格差が広がると、教育投資などが妨げられることを通じて、一国の中長期経済成長率が下がる【OECDの報告書、2015年5月発表】。社会保障の極端な削減は、こうした格差を広げる。
  (b)社会保障は、税負担への気力を支える税収向上装置でもある。先日、男性(71歳)が新幹線で焼身自殺し、多数の乗客が巻き添えになった。男性は低年金による生活苦を訴えていた、という。納税しても老後の安心が得られないとなれば、税の負担意欲は下がる。財政削減の掛け声の中で社会保障費のそんな税収効果が置き去りにされていないか。

 (4)しかも、「骨太の方針」は、
   公共サービス分野を「成長の新たなエンジン」に育てる
としている。だが、公共サービスは
   利益にならなくても人びとの生存に必要な支えを税という「浄財」で提供するもの
だ。株主への配当のために利益を出さねばならぬビジネスでは埋められない分野が多い。だのに、公共サービスをあえてビジネスで代替させようとすれば、低所得層や貧困層への支えが失われる。

 (5)民力は担税力の重要な要件だ。
 それをできるだけ損なわずに財政難を乗り越えるには、社会保障を抑制するにしても、一定期間に限るべきだ。その期間は、
   ・外交を駆使することで軍事費(日々の生存に関わらない)を抑制し、
   ・企業や富裕層などの体力のある層からの徴税を強め、
   ・雇用の劣化を招く措置(労働者派遣法改定や残業代ゼロ法案)を避け、
   ・一般の人びとが安心して消費できる体制を維持する
ことが不可欠だ。
 「骨太の方針」は、こうした「公」の役割について無知としか言いようがない。

 (6)いまや自民党衆議院議員の4割が世襲といわれる。親世代の財力に頼ることができるこれらの人びとに「公」の役割が理解できないのは当たり前かもしれない。
 だが、そうした無知が、やがては
   ・納税意欲を削ぎ、
   ・貧困を増幅し、
   ・潜在力を発揮できる層を縮小させていく。

□竹信三恵子「「骨太の方針」の無知が招く税を担う意欲の失われた社会」(「金曜日」2015年7月10日号)
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【詩歌】岩田宏「ささやかな訪問」

2015年07月21日 | 詩歌
 ありふれた電車があり
 ありふれたバスがあり
 見知らぬ町筋がある
 ありふれた八百屋があり
 気のふれた犬が走り
 ありふれたカリフラワーがある
 見知らぬ門があり だしぬけに
 四年ぶりの友だちがいる 敷居の外には
 七百人の敵がいる

 意味ありげに 気味悪げに
 ぼくらは互いの顔を見つめた
 友だちは秘密の戸棚から
 つぎつぎと出してみせた
 ぬるい茶を ふるい茶柱を
 つめたいつまらない菓子を
 青い一升瓶を 赤いアルバムを
 産み月の奥さんを たくさんのホオズキを
 七千もある自分の癖を

 実をいえば ぼくらはかつて
 匿名の革命をやるつもりだった
 実をいえば 革命はとうの昔に
 ぼくらを見棄てた筈だ してみれば
 ほかにどんな話題があるだろう
 女を語るか? 酒を? 魚を?
 ブルガリアを? サビシガリアを?
 遠くの海を? 近くの埋立地を?
 七億もいるぼくらの仲間を?

 さよなら さよなら さよなら
 また四五年は逢えないだろうな。

□岩田宏「ささやかな訪問」(『頭脳の戦争』(思潮社、1962)所収)
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 【参考】
【読書余滴】すべてをルフランに変える青春の無知



【堤未果】【ギリシャ】緊縮財政なのに軍事予算を削減できない理由

2015年07月21日 | 社会
 (1)2015年6月30日、ギリシャはIMFへの返済ができず、事実上の債務不履行に陥った。
 7月5日、緊縮策(EUからの要望)の賛否を問う国民投票が実施された。
 ここまで財政赤字が膨れ上がった原因は、高すぎる年金、公務員優遇だ・・・・などと報道されているが、もう一つの重要な要因には、なぜか報道されていないし、日本人には余り知られていない。
 債務の半分以上を占めるのは防衛予算だ、という事実だ。

 (2)NATO同盟国28ヶ国の中で、予算に占める軍事支出比率は、
   1位 米国
   2位 ギリシャ
なのだ。金融危機から5年経った2015年においても、前年(財政赤字がGDPの175%だった)よりも軍事費を1%増やし、EU最大規模(GDP比2.4%)を維持し続けている。

 (3)(2)の問題について、サノス・ドコス欧州外交政策財団所長はガーディアン紙のインタビューで次のように答えている。
 「1,300両(イギリスの2倍以上の数)の戦車がほんとうに必要なのかどうかは議論が分かれるところだろう。だが、トルコの軍事的脅威に対してバランスをとるためにはやむを得ない措置なのだ」

 (4)トルコの脅威? 本当にそれだけなのか?
 奇妙なことに、危機に陥ってからこの方、IMF、EU、欧州中央銀行から提示された緊縮財政メニューの中に、軍事費削減は載っていない。
 ギリシャへの財政支援条件として最も強く緊縮財政を要求していたドイツ(最大債権国)も、ギリシャに軍事費を半減させ、ドイツと同じGDP1%台に抑えることでIMFへの当座の支払いをさせる、という現実的な要求は決してやってない。
 代わりにメルケル首相は、救済金の大半を国内経済の立て直しではなく、軍事支出に振り分けるようギリシャ政府に圧力をかけている。
 メルケル首相には、そうするだけの理由があったのだ。ドイツは武器輸入大国ギリシャから、米国に次いで最も恩恵を受けている国の一つだからだ。
 ちなみに、ギリシャへの武器輸出国ベスト・スリーは、そして2010年から2014年までの5年間にギリシャ政府が購入した武器の価格は、
   1位 米国
   2位 ドイツ・・・・5億5,100万ドル分
   3位 フランス・・・・1億3,600万ドル分

 (5)2012年に金融支援の条件としてギリシャ政府が課せられた
   ・20%もの最低賃金引き下げ
   ・公務員の給与凍結
はいったい何のためだったのか?
 IMFに言われるがままに、
   ・障害者の自己負担を高騰させ
   ・医師数を大幅に減らし、
   ・病院を閉鎖させ、
国家にとって最大の財産であるはずの国民を公衆衛生上の危機に陥れた対価は、さらなる財政赤字となってギリシャ政府にのしかかった。

 (6)次々に暴露される腐敗劇に、ギリシャ国民の怒りは爆発寸前だ。
   ・2010年、メルケル首相&サルコジ大統領が、借入金が入る前に武器輸入契約の維持をギリシャ政府に約束させた。
   ・2013年、ドイツの防衛産業からの収賄が暴露され、ギリシャの元防衛大臣ほか政府高官らが逮捕された。

 (7)ギリシャでは、100万人の失業者、ホームレス人口の急増、若者の2人に1人が職を失い、20万人もの国民が国外へ逃げ、貧困層の間では感染症が拡大している。 
 欧米の商業マスコミは公務員天国の自堕落なギリシャ像を描くが、彼らと縁のないところで、笑いのとまらない勝ち組が笑っているのだ。

□堤未果「緊縮財政のギリシャで軍事予算だけは削られない理由 ~ジャーナリストの目 第260回~」(「週刊現代」2015年7月25日・8月1日合併号)
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 【参考】
【堤未果】地方の介護現場を完全に無視 ~高齢者の「移住」提言~
【堤未果】本当に患者のためか疑問 ~国民健康保険法の改正~
【堤未果】サービス残業は絶対なくならない ~残業代ゼロ法案~
【堤未果】医師不足に拍車をかける国家戦略特区
【堤未果】「イスラム国」掃討と膨れあがる米の軍事費 ~いつか来た道~
【堤未果】格差大国アメリカの後を追う日本 ~金融緩和と年金改革~
【堤未果】米国社会の変質 ~ミズーリ州の武装警察~
【米国】国民皆保険という美名の裏で大増税開始 ~オバマケア~
【食】中国の鶏肉問題--流通のグローバル化で食の安全はますます困難に
【堤未果】「水道の民営化」が招く社会インフラ大崩壊 ~価格高騰に水質低下~
【堤未果】「社会保障のための増税」のウソ ~来るべき医療崩壊~
【堤未果】世界が危惧する日本のジャーナリズム ~「監視大国」米国以下~
【堤未果】アベノミクスと米国経済の危うい共通点
国の鶏肉問題--流通のグローバル化で食の安全はますます困難に」
【政治】国家戦略特区法の危険性
【米国】と日本における民営化の悲惨 ~株式会社化する国家~  

 

【中東】ブロガー鞭打ちの刑 ~サウジアラビア~

2015年07月20日 | 社会
 (1)サウジアラビアの最高裁は、6月7日、ウェブサイト「フリー・サウジ・リベラルズ」(既に閉鎖)を立ち上げた同国在住のブロガー、ラーイフ・バダウィー(31歳)に対し、禁錮10年、鞭打ち1,000回、罰金100万リヤル(3,300万円)の判決を下した。
 ラーイフ・Bは、サイト上で人権問題、世俗主義について問題提起。国内の宗教指導者、宗教系大学、宗教警察などを批判。「イスラムへの冒涜」「背教者」として罪状を言い渡された。
 ラーイフ・Bは、2012年6月の逮捕以降、収監されていて、今年1月には鞭打ちの刑の一部が執行され、かつ、民衆に公開された。

 (2)国際人権団体や一部西洋諸国は、ラーイフ・Bの逮捕を「表現の自由」の侵害だと批判し、ラーイフ・Bの釈放ないし減刑を訴えている。しかし、サウジアラビア国内で同人を擁護する声は目立たない。
 さらに政府は、その訴えを索制するかのように、今年3月の閣僚議会で、内政不干渉の原則と、イスラム法に基づく人権の促進について確認している。

 (3)SNSの国籍別アカウント数で、サウジアラビアは世界でも上位と言われ、ネット上で活発な意見交換が許されているかのように見える。
 しかし、同国は宗教法の厳格な適用を含めて、イスラム社会の形成を建国理念として興った国で、イスラム世界の盟主を自認している。こうした背景に立ち、一般の犯罪や不敬罪であれば恩赦の対象とはなっても、「イスラムへの冒?」は最大級の国家反逆を意味する。よって、ラーイフ・Bの釈放ないし減刑は困難である、とされる。

 (4)また、ラーイフ・Bが「背教者」とされた点も、彼の無罪放免を困難にする。
 国際人権団体や一部西洋諸国は、ラーイフ・Bを「リベラル」な自分たち側の人間と見るかもしれないが、サウジアラビアにとって彼は、自国民、イスラム教徒だ。つまり、彼は単なる「不信仰者」ではなく、イスラムに背いた身内となる。
 国際社会がラーイフ・Bの擁護を叫べば叫ぶほど、サウジアラビアは身内の処遇を他人の物差しで決定する道理はない、との考えを強める恐れすらある。

□高尾賢一郎(上智大学アジア文化研究所客員教授)「ブロガー鞭打ちの意味」(「週刊金曜日」2015年6月26日号)
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【芭蕉】奧の細道の結びの地 ~大垣~

2015年07月20日 | 詩歌
(1)『奧の細道』末尾【注1】
 露通(ろつう)も此の湊まで出むかひて、美濃の国へと伴ふ。駒にたすけられて、大垣の庄に入れば、曾良も伊勢より来り合ひ、越人(ゑつじん)も馬をとばせて、如行が家に入り集まる。前川子(ぜんせんし)、荊口(けいこう)父子、其の外親しき人々日夜とぶらひて、蘇生(そせい)の者に逢ふがごとく、かつ悦びかついたはる。旅の物うさもいまだ止(や)まざるに、長月六日になれば、伊勢の遷宮拝まんと又舟にのりて、
  蛤のふた見にわかれ行く秋ぞ

(2)現代語・訳(富士正晴・訳)【注2】
 露通もこの港まで出迎えて、美濃の国へと伴をさす。駒に助けられて、大垣の庄に入ると、曾良も伊勢より来り合い、越人も馬を飛ばせて、如行が家に入り集まる。前川子、荊口父子、その外親しい人々、日夜訪ねて、死んで生き返った者に会うみたいに、かつ喜びかついたわる。旅のやり切れなさもまだおさまらぬのに、長月(陰暦九月)六日になったら、伊勢の遷宮を拝もうと、またもや舟に乗って、
  蛤のふたみに別れ行く秋ぞ

(3)奧の細道結びの地【注3】
 岐阜県大垣市舟町(東海道本線大垣駅下車)
 大垣は戸田氏十万石の城下町である。芭蕉がこの地を「奧の細道」結びの地としたのは、ここにもまた、
  蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
の旅と別れがあったからだろうと思われる。「結び」とはいっても、そこには無限に続く旅があり、別れがある、芭蕉の旅はそういう旅なのかもしれない。
 それにしても敦賀から大垣までは決して至近の距離ではないのに、芭蕉がどこをどう通って大垣に辿り着いたのかは、いまもって謎とされている。大垣に着いた芭蕉を出迎えた曾良、越人、如行、そして前川氏、荊口父子といった具合に門人たちが集い寄り、一気に芭蕉の身辺は賑わいを取り戻す。
 大垣市内の芭蕉関連地をたどると、まず駅を出て南へ三百メートルほど行き、水門川(揖斐川の支流)にそって大垣図書館の方へ右折、さらに三百メートルほどで八幡神社になる。朱塗りの橋が架かっているのですぐわかる。大鳥居をくぐった左側植込みに、
  折/\に伊吹をみては冬ごもり
の芭蕉句碑がある。昭和三十四年の建立であるが、標示も何もないため、見過ごされがちなのが残念である。
 次いで川が南へ向かうのに従ってほぼ真っ直ぐに歩み、俵橋のところで左折、散策のために作られた河岸の道を進むと伊勢・桑名に通じているという目指す「結びの地」舟町港である。住吉神社と並んで写真でおなじみの住吉燈台が立っている。江戸時代のそれらしく、古風な姿形が懐かしい。そして川面には趣きを添えるように大小二艘の舟が浮かべてある。桜並木のある対岸の高橋の西詰に、「史蹟奧の細道むすびの地」の石柱と、「い勢にまかりけるを/ひとの送りければ」の詞書を付した菱形の中の円い面に、
  蛤のふたみに別行秋ぞ  はせを
の句を刻んだ独特の形の句碑がある。この地に立つと、『奧の細道』の大旅行を達成した芭蕉と曾良をはじめ、師の大業を助けた門人たちに、大きな拍手を送りたくなる。
 なお、高橋から西へ約七百メートル歩いた左側に正覚寺があり、芭蕉の百ヶ日追善法要に建てた芭蕉塚と、「あか/\と日はつれなくも秋の風」の句碑がある。

(4)なぜ大垣は『奧の細道』の結びの地となったか【注4】
 元禄2(1689)年春に立ち、秋まで160日間、2,400kmを踏破した紀行は大垣で終わる。しかし、芭蕉はその後も伊勢、伊賀上野、京都、大津などを渡り歩き、江戸に帰ったのは翌々年の元禄4(1691)年のことだ。
 では、なぜ大垣が『奧の細道』の結びの地となったのか。
 それは、芭蕉が大垣を愛していたからだ。大垣には谷木因をはじめ、藩士にも町人にも熱狂的な芭蕉ファンが多かった。芭蕉は7年間に4回も大垣を訪れ、土地とその人びとの間に濃密な結びつきを持っていた。だから、旅を終えて5年後にようやく脱稿した『奧の細道』の結びの地として大垣を位置づけたのだ。

【注1】松尾芭蕉「奧の細道」(尾形仂・構成と文/富士正晴・訳『絵で読む古典シリーズ 奧の細道』所収)
【注2】前掲書所収
【注3】木村利行「奧の細道旅のガイド」(前掲書所収)
【注4】服部真六「『おくのほそ道』はなぜ大垣が結びの地となったか?」(山田敏弘・編『謎解き散歩 岐阜県』所収)

□松尾芭蕉/尾形仂・構成と文/富士正晴・訳『絵で読む古典シリーズ 奧の細道』(学習研究社、1998)
□山田敏弘・編『謎解き散歩 岐阜県』(新人物往来社、2013)
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 【参考】
【芭蕉】奧の細道の石山 ~那谷~



【社会】「工藤会」脱税容疑逮捕で暴力団の資金が枯渇するか

2015年07月19日 | 社会
 (1)画期的な捜査、前代未聞の逮捕・・・・という声もあがっている。
 6月16日、福岡県警が野村悟(68)・「工藤会」(特定危険指定暴力団)総裁を脱税容疑で逮捕した。下部団体による組の上納金に着目し、4年分の上納金およそ10億円のうち、2億2,700万円を野村個人の所得隠しとして摘発したのだ。【注1】

 (2)暴力団組織において、親分や上部団体への上納金は、周知のとおりだ。
 <例>山口組(日本最大の暴力団組織)・・・・直系の「直参」2次団体は、100万円前後の「会費」を本部に払わねばならない。
 工藤会も、傘下団体をいくつも抱え、上納金は年に2億4,000万円。新聞報道によれば、個々の組員が所属する下部団体の組織に上納し、そこから吸い上げるシステムになっている。 
 <「組員は3ランクに分かれている。Aランクは1人20万円、Bランクは15万円、Cランクは5万円。この組の場合は、Aが1人、Bが2人、Cが12人だから集金額は月110万円」。工藤会系の下部団体に対する捜査に携わった経験のある福岡県警幹部は解説する。>【注2】

 (3)暴力団担当の刑事は、常に資金源を追いかけている。
 <例>2005年に山口組直参組織を固く捜索(ガサ入れ)した際、次のような収穫があった。ガサは何回かに分けて行ったが、1回目に金庫に3千数百万円を見つけて押収、2回目(3日後)にも金庫に3千数百万円を見付けて押収した【大阪府警の元捜査員】。
 首相官邸にある監房機密費みたいなものか。大物ヤクザの自宅や事務所には、急な物入りに備え、常に一定の現金が眠っているらしい。捜査当局は、そこを狙い、組織の資金の流れを解明しようとしてきた。

 (4)仮にこうして現金を発見して押収しても、それ自体を罪に問うことはできなかった。なぜなら、暴力団組織そのものが法人格のない任意団体だからだ。
 暴力団関係者が絡んだ脱税の摘発は、皆無ではないが、捜査対象はフロント企業など法人に限った話だった。
 もとより実態は、子分が親分に上納しているのだが、当人が組のカネだと言えばそれまでで、個人所得と立証するのは至難の業だ。実際、町内会の会費と同じく会長が勝手に使えるものではない、とシラを切られたら、それ以上追求できなかった。
 過去、暴力団の上納金システムを脱税として摘発したケースが皆無かごく稀れなのは、上納金を組長の個人所得として認定、立証するのが非常に困難だからだ。

 (5)このたびの工藤会に対する捜査は、(4)の壁をぶち破った。
 そこまで踏み切ったのは、警察当局の熱意の裏返しかもしれない。が、半面、危うさも見え隠れする。
 福岡県警は、側近の金庫番のメモから、野村「工藤会」総裁の個人所得だ、と認定した。そのメモに、高級車の購入や遊興費に使ったことを示す記載があるらしい。
 上納金の脱税事件が成立すれば、暴力団が壊滅的な痛手を被るのは間違いない。
 しかし、メモや状況証拠だけで、個人のカネと立証できるか。やはり、公判は揉めそうだ。 

 【注1】指定暴力団工藤会(本部・北九州市)の「上納金」などをめぐる脱税事件で、福岡県警は7月9日、工藤会総裁でトップの野村悟容疑者(68)=殺人罪などで起訴=ら2人を所得税法違反容疑で再逮捕し、同市小倉南区八幡町の無職山中千代子容疑者(60)を同容疑で新たに逮捕し、発表した。すでに起訴された分を含め、野村容疑者が申告しなかった所得は2010年からの5年間で約8億1千万円にのぼり、県警は約3億2千万円を脱税したとみている。野村容疑者の逮捕は昨秋以降、6回目。【記事「工藤会トップ再逮捕 「上納金」7100万円脱税容疑」(朝日新聞デジタル 2015年7月9日)】
 【注2】記事「工藤会脱税容疑事件:上納金にランク…年2億4000万円」(毎日新聞 2015年6月23日)
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□森功「上納金は「所得」か? 工藤会・脱税容疑逮捕で暴力団の資金が枯渇する ~ジャーナリストの目 第257回~」(「週刊現代」2015年7月4日号)
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【旅】ストックホルム市庁舎

2015年07月19日 | □旅
 中央駅を出て東へ向かい、橋をわたると、クングスホルメン島である。けぶる霧雨の奥に優美な建物が浮かびあがった。鋭塔が典雅にそそり立ち、近づくにつれ、赤煉瓦の壁をおおう蔦が目に入ってくる。市庁舎である。
 レセプション会場は、「黄金の間」であった。ノーベル賞授与式会場ともなるよし。羊羹状に細長く、広さは小学校の体育館ほど。四壁には1,900万枚の金箔が燦然と輝く。正面の大きなモザイク画は、市の守護神「メラーの女王」である。赫っと目を見開き、髪毛を逆だて、右手に笏杖、左手に王冠、膝に市庁舎を載せている。側壁には、誕生から死に至る人生の7つの相を象徴する7つの人物画。あるいはまたハープを奏でる天使たち。
 ストックホルム市長の挨拶についで、市議会議長が壇上に立ち、
 「スコール(乾杯)!」
 中央のテーブルには、塩漬けにしんの薄切り、くんせい鰻、にしんストレーミングの冷肉、杜松の実をいれたハム、くんせいトナカイ、香辛料と薬味を加えた魚の切身、サラダ、チーズ、グラタン。
 肩に手がおかれ、ふり向くとO先生が傍らの青年をさし示した。
 たちまち時が過ぎる。グラスが幾度か空になり、テーブルのめぼしい料理は消えさった。
 幾組かのカップル、グループが連れだって、部屋をあとにした。私たちもまた、庁舎の散策にまわった。壮重にして瀟洒な「青の間」。市に侵攻した夷敵を踏みしだく聖ストックホルムの神像が鎮座する会議室。百の小さなアーチが組み合わされた丸天井・・・・。
 闇がホンのすこし、忍び寄ってきた。庭に降りたつと、さ緑の芝生の上を青白い光が流れ、おちこちに大理石の女神像たち。官能的だが、奔放ではない。繊細で、かぼそさすら感じさせる。
 腕時計を見ると、20時半。晴れていれば、初夏の空は深夜にいたっても明るく、宇宙が透けて見えるような紺色におおわれているはずだ。
 折しも雨はあがり、高層雲の背後から薄明がにじみでていた。風がひややかな夜気を運び、ほてった頬をなぶる。庭を区切るメラーレン湖は玄妙な光をたたえ、対岸の灯が妙に孤独な光を投げかけていた。

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【芭蕉】奧の細道の石山 ~那谷~

2015年07月19日 | 詩歌
 山中(やまなか)の温泉に行くほど、白根(しらね)が嶽(たけ)あとに見なして歩む。左の山際(やまぎは)に観音堂あり。花山の法皇三十三所の順礼(じゆんれい)とげさせ給ひて後、大慈大悲の像を安置(あんち)し給ひて、那谷(なた)と名づけ給ふとや。那智(なち)・谷組(たにぐみ)の二字を分ち侍りしとぞ。奇石さま/゛\に、古松植(う)ゑならべて、萱(かや)ぶきの小堂岩の上に造りかけて、殊勝(しゆしよう)の土地なり。

  石山の石より白し秋の風
  いしやまのいしよりしろしあきのかぜ

  *

●山本健吉『芭蕉全発句』(講談社学術文庫、2012)
 八月五日、芭蕉と北枝(ほくし)は昼時分に山中を発って那谷の観音に詣でた。紀行には「山中の温泉に行ほど、白根が嶽跡にみなしてあゆむ。左の山際に観音堂あり。花山の法皇三十三所の順礼とげさせ給ひて後、大慈大悲の像を安置し給ひて、那谷と名付け給ふとや。那智・谷組の二字をわかち侍りしとぞ。奇石さま/゛\に、古松植ならべて、萱ぶきの小堂岩の上に造りかけて、殊勝の土地也」とある。これは山中に行く途中に訪ねたように書いているが、実際は山中から小松へ引き返すその途中に立ち寄ったのである。寺には石英粗面岩質の凝灰岩から成る灰白色の岩山があり、岩窟に観音を祀ってある。その白く曝された石よりも吹き過ぎる秋風はさらに白い感じがする、と言った。秋に白色(無色)を配する中国の考え方に基づいて秋風を白いと感じ、「色なき風」とも言っているが、この時、芭蕉が秋風を白いと感じたのは、曾良と別れた悲しみが気持ちの底にあって、索漠とした孤独な思いがその感を深くしたのであろう。多くの注釈がこの「石山」を近江の石山ととり、石山寺の石より那谷寺の石がさらに白いという意味にとっているが、そういう比較は詩としてナンセンスである。

●安藤次男『芭蕉百五十句 俳言の読み方』(文春文庫、1989)
 秋を白帝・素秋と云い、秋風を素風と云う。やまとことばは、この素風を「色なき風」と訳した。「吹きくれば身にもしみけるあきかぜを色なき物と思ひけるかな」(『古今和歌六帖』)、「物思へば色なき風もなかりけり身にしむあきの心ならひに」(『新古今和歌集』)。白はもともと色ではないからうまい訳語だとは思うが、「色なき風」では俳言にならない。と云って、「白し秋の風」では無くもがなの説明である。「石山の石より」と、実をさぐったところに工夫といえば工夫のある句だが、どうも上々の作とは見えぬ。
 面白く読ませる手立がどこぞに設けられているのではないか、と思って、『ほそ道』那谷のくだりの前後を見直していると気がつく。北枝を伴って芭蕉が山中から那谷へ赴き、曾良は大聖寺へ向けて立ったのは、八月五日である。それを『ほそ道』は、小松から山中の湯へ赴く途で那谷寺に参拝したふうに書いている。七月二十七日相当だが、曾良の「日記」によれば多太八幡に「あなむざんや甲の下のきり/゛\す」を奉納したのも、同じ二十七日である。その足で小松を立ったのだろう。
 『ほそ道』が那谷の句文を、道行の事実と違えて、「きり/゛\す」の句から続けて配したのは、充分に理由のあることだ。「石山」の句は「きり/゛\す」の句のこころ、情のうつり、と読んでよい。
 那谷寺は天正年間兵火によって堂塔を焼失したが、加賀藩主前田利常が再建し、寛永建築代表作として知られる。古義真言宗の名刹である。山内は灰白色に暴(さ)れた奇岩に富み、実盛首実検の哀話を俳諧地に取れば、さしづめこの「秋の風」は「甲の下のきり/゛\す」の化生(けしょう)だろう。その程度の照応の気転がはたらかなくて俳諧師がつとまるはずもない。
 この句を、曾良との別離の悲みが詠ませたものだと尤もらしく説く人があるけれど、『ほそ道』にとって、別れなどなくてもこれは当然作られるべき句で、第一、八月五日に詠まれた証拠などどこにもない。たぶん後年の作だろう。

□松尾芭蕉『奧の細道』(岩波文庫、1979)
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【詩歌】三好達治「駱駝の瘤にまたがつて」

2015年07月19日 | 詩歌
 えたいのしれない駱駝の背中にゆさぶられて
 おれは地球のむかふからやつてきた旅人だ
 病気あがりの三日月が砂丘の上に落ちかかる
 そんな天幕(てんと)の間からおれはふらふらやつてきた仲間の一人だ
 何といふ目あてもなしに
 ふらふらそこらをうろついてきた育ちのわるい身なし児(ご)だ
 ててなし児だ
 合鍵つくりをふり出しに
 抜き取り騙(かた)り掻払(かつぱら)ひ樽ころがしまでやつてきた
 おれの素姓はいつてみれば
 幕あひなしのいつぽん道 影絵芝居のやうだつた
 もとよりおれはそれだからこんな年まで行先なしの宿なしで
 国籍不明の札つきだ
 けれどもおれの思想なら
 時には朝の雄鳥(をんどり)だ 時には正午の日まはりだ
 また笛の音だ 噴水だ
 おれの思想はにぎやかな祭のやうに華やかで派手で陽気で無鉄砲で
 断っておく 哲学はかいもく無学だ
 その代り駆引もある 曲もある 種も仕掛けも
 覆面(ふくめん)も 麻薬も 鑢(やすり)も 匕首(あひくち)も 七つ道具はそろつてゐる
 しんばり棒はない方で
 いづれカルタの城だから 築くに早く崩れるに早い
 月夜の晩の縄梯子(なはばしご)
 朝には手錠といふわけだ
 いづこも楽な棲みかぢやない
 東西南北 世界は一つさ
 ああいやだ いやになつた
 それがまたざまを見ろ 何を望みで吹くことか
 からつ風の寒ぞらに無邪気ならつばを吹きながらおれはどこまでゆくのだらう
 駱駝の瘤にまたがつて 貧しい毛布にくるまつて
 かうしてはるばるやつてきた遠い地方の国々で
 いつたいおれは何を見てきたことだらう
 ああそのじぶんおれは元気な働き手で
 いつもどこかの場末から顔を洗つて駆けつけて乗合馬車にとび乗つた
 工場街ぢや幅ききで ハンマーだつて軽かつた
 こざつぱりした菜つ葉服 眉間(みけん)の疵(きず)も刺青(いれずみ)もいつぱし伊達で通つたものだ
 財布は骰ころ酒場のマノン・・・・
 いきな小唄でかよつたが
 ぞつこんおれは首つたけ惚れこむたちの性分だから
 魔法使ひが灰にする水晶の煙のやうな 薔薇のやうなキッスもしたさ
 それでも世間は寒かつた
 何しろそこらの四辻は不景気風の吹きつさらし
 石炭がらのごろごろする酸つぱいいんきな界隈だつた
 あらうことか抜目のない 奴らは奴らではしつこい根曲り竹の臍(へそ)曲り
 そんな下界の天上で
 星のとぶ 束の間は
 無理もない若かつた
 あとの祭はとにもあれ
 間抜けな驢馬が夢を見た
 ああいやだ いやにもなるさ
 --それからずつと稼業は落ち目だ
 煙突くぐり棟渡り 空巣狙ひも籠抜けも牛泥棒も腕がなまつた
 気象がくじけた
 かうなると不覚な話だ
 思ふに無学のせゐだらう
 今ぢやもうここらの国の大臣ほどの能もない
 いつさいがつさいこんな始末だ
 --さて諸君 まだ早い この人物を憐れむな
 諸君の前でまたしてもかうして捕縄はうたれたが
 幕は下りてもあとはある 毎度のへまだ騒ぐまい
 喜劇は七幕 七転び 七面鳥にも主体性--けふ日のはやりでかう申す
 おれにしたつてなんのまだ 料簡もある 覚えもある
 とつくの昔その昔 すてた残りの誇りもある
 今晩星のふるじぶん
 諸君にだけはいつておかう
 やくざな毛布にくるまつて
 この人物はまたしても
 世間の奴らがあてにする顰めつつらの掟づら 鉄の格子の間から
 牢屋の窓からふらふらと
 あばよさばよさよならよ
 駱駝の瘤にまたがつて抜け出すくらゐの智慧はある
 --さて新しい朝がきて 第七幕の幕があく
 さらばまたどこかで会はう・・・・

□三好達治「駱駝の瘤にまたがつて」(『駱駝の瘤にまたがつて』、創元社、1952)
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 【参考】
【詩歌】三好達治「甃のうへ」
【詩歌】三好達治「艸千里濱」
【詩歌】】三好達治「大阿蘇」
【詩歌】三好達治「湖水」
【詩歌】三好達治「雪」
【詩歌】三好達治「春の岬」
【詩歌】何をうしじま千とせ藤 ~牛島古藤歌~
【読書余滴】ミラボー橋の下をセーヌが流れ ~母音~


【佐藤優】ある外務官僚の「嘘」 ~藤崎一郎・元駐米大使~

2015年07月18日 | ●佐藤優
 (1)外務官僚の中には、露見しないと思えば平気で嘘をつく輩がいる。藤崎一郎・元駐米大使もその一人だ。
 以下、「琉球新報」のニュース。
 <米軍普天間飛行場の県外移設を模索していた民主党の鳩山政権当時、普天間飛行場移設問題をめぐり藤崎一郎駐米大使(当時)が2009年12月にヒラリー・クリントン米国務長官(同)に呼び出されたとする外務省側の説明が虚偽だった可能性が高いことが分かった。
 クリントン氏は2016年米大統領選の民主党最有力候補とされているが、国務長官在任中の公務に個人用メールアドレスを使用していた問題に伴い米国務省が公表したメールで判明した。メールでは「藤崎大使と明日会談するキャンベル(前国務次官補)が、あなた(クリントン氏)に彼(藤崎大使)と少しの間会えないか聞いている」と国務省職員がクリントン氏に面談の意向を尋ねており、同氏の呼び出しではなかったことが読み取れる。
 普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画を推進するため、鳩山由紀夫首相(当時)の意向に反して外務省が米国の圧力を実際以上に強調し、世論誘導を図ろうとした疑いが強まった。>【注1】

 (2)藤崎元大使は、自分から会えないか、と頼んでおいたにもかかわらず、クリントン国務長官から呼び出された、という猿芝居を行った。その背後に、沖縄に米軍基地の過重負担を押し付ける、という外務省の意思がある。
 藤崎元大使は、以下のような「名演技」を見せた。
 <日本大使館は2009年12月21日の会談直前に各報道機関に「至急・重要」と、会談を通知した。会談後、藤崎氏は報道陣に「長官が大使を呼ぶのはめったにないとのことだ」と説明し、日米合意を推進する米側の圧力を示唆。外務省も「クリントン国務長官から日米問題の重要さ、沖縄の基地問題の重要さについて話があった」としていた。
 一方、米側はクローリー米国務次官補(当時)が翌22日の記者会見で、「呼び出したのではなく藤崎大使の方からクリントン長官とキャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)を訪れた」と説明していた。
 藤崎氏に関するメールは、米国務省が6月30日にインターネット上で公表したメールの1通。クリントン氏が異例の呼び出しを行った事実がないことが読み取れる。藤崎氏は本紙の取材に応じていない。>【注2】

 (3)「琉球新報」の取材から逃げまわっているあたりは、田中真紀子外相就任による混乱で、有能な外交官が退官を余儀なくされたために間違って駐米大使に就いた小心者の藤崎氏らしい。
 藤崎元大使については、沖縄返還をめぐる日米密約文書を破棄した疑惑もある。衆議院外務委員会(2010年3月19日)において、東郷和彦・元外務省条約局長が、日米間の「密約」問題に関する重要文書のリストを藤崎・北米局長(当時)に送付した、と証言した。
 藤崎元大使においては、嘘をつき続ける人生と、そろそろ訣別すべきころだ。さもないと、卑劣漢として汚名を歴史に残すことになる。

 【注1】記事「「米が呼び出し」虚偽か 09年、普天間移設で外務省」(「琉球新報」電子版 2015年7月6日)
 【注2】前掲記事

□佐藤優「明らかになったある外務官僚の「嘘」 ~佐藤優の人間観察 第121回~」(「週刊現代」2015年7月25日・8月1日合併号)
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【詩歌】三好達治「甃のうへ」

2015年07月18日 | 詩歌
 あはれ花びらながれ
 をみなごに花びらながれ
 をみなごしめやかに語らひあゆみ
 うららかの跫音空にながれ
 をりふしに瞳をあげて
 翳なきみ寺の春をすぎゆくなり
 み寺の甍みどりにうるほひ
 廂々に
 風鐸のすがたしづかなれば
 ひとりなる
 わが身の影をあゆまする甃のうへ

□三好達治「甃のうへ」(『測量船』、第一書房、1930)
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 【参考】
【詩歌】三好達治「艸千里濱」
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【読書余滴】ミラボー橋の下をセーヌが流れ ~母音~


【片山善博】【五輪】新国立競技場をめぐるドタバタ ~舛添知事にも落とし穴~

2015年07月17日 | ●片山善博
 (1)2020年東京オリンピックのメイン会場(新国立競技場)の建設が迷走している。
 まず、建設オペレーションを統括する最高責任者は誰なのか、よくわからない。
 森喜朗・オリンピック組織委員会会長が随所に登場するが、どうみてもこの人ではない。
 施設の運営主体とされる日本スポーツ振興センター(JSC)の理事長も、実質的な責任者ではなさそうだ。当事者能力がとんとない(印象)。
 この問題が取り沙汰されるたびに文部科学大臣が記者会見で責任者然とした発言を繰り返している。しかし、いわくつきの基本設計コンペなどはJSCが実施しており、工事の発注も文科省が担うわけではないから、大臣が正式な責任者だとはいえない。

 (2)この種の巨大プロジェクトを進めるにあたり、この期に及んで最高責任者が内外に分かるかたちで決まってないことは致命的だ。全体を統括し、進行を総合的に管理する機能が欠如しているからこそ、後で物議をかもす基本設計がまかり通るような事態が起こる。事業計画額がべらぼうに増えることになったり、肝心の時までに完成する見込みが立たないのではないかと失笑を買ったりもする。
 船頭多くして山に上るだ。
 どんなものをどう再建するかもあいまいなまま、さらに言えば、こんなことになるなら改修して使うのが現実的だったかもしれないのに、元の競技場は早々と壊してしまった。今となっては取り返しのつかないことだ。その責任はいったい誰がとるのか。
 これは戦争の時に最高司令官がいないようなものだ。戦闘は場当たり的で、後先のことを考えていない。部隊は一見連携しているように見えても、実は単なるもたれあいにすぎず、まるで統率がとれていない。たまに作戦が功を奏した時には、みんなが自分の功績を誇ろうとするが、いざ窮地に陥ると責任を逃れようとする。

 (3)無責任の典型例の一つが、東京都に対する建設費のつけ回しだ。国は建設費のうち500億円ほどを負担せよ、と東京都に迫っている。
 舛添知事が取り敢えず国の要求を拒んだのは至極当然だ。
 そもそも国と自治体との財政秩序を国の都合で乱すようなことがあってはならない。そのため国がその権限に基づき責任を持って処理すべき事務については、その経費は全額国庫が負担するものと定められている。これが国と自治体との財政関係の原則だ。

 (4)国にしてみれば、新国立競技場は国の施設だといっても、そもそもオリンピックを主催するのは東京都なのだから、そのメイン会場の建設費について都に応分の負担をさせても罰は当たらない、との感情論もあるだろう。
 そこで、あくまで一般論だが、そのような場合には国と自治体とが相談の上、本体工事はすべて国が負担する一方、周辺の道路などの整備は自治体の負担で実施する、というような協力体制をとることはよくある。
 舛添知事も、「東京都からの支出が法的に認められるのは、(競技場周辺整備の)50億円程度」との認識を示したという。それなら常識の範囲内だ。
 だが、国はそんな「はした金」では納得できない、もっと寄越せ、と言いたいに違いない。
 一時、東京都から相応の金を出させるための法整備について文部科学大臣が言及したことがあった。しかし、国が自治体に対して無理やり負担を押し付けることは地方財政法で禁じられているから、そんなことはできない。

 (5)では、東京都が自主的に国に協力して資金提供する場合はどうか。
 議会でそのための予算が承認されれば取り敢えずできないことはない。しかし、それによって、舛添知事は大きなリスクを抱え込むことになる。現時点ではあくまで可能性の問題だが、場合によっては、自分の財産を身ぐるみ剥がされる可能性がある。東京都の納税者からの住民監査請求とそれに続く住民訴訟によって、知事が個人的に責任を追及されかねないからだ。

 (6)住民監査請求とは、自治体の職員によって違法または不当な公金の支出があったと認められる場合、住民なら誰でも、かつ、一人ででも、その支出によって生じた損害を補填するために必要な措置を講じるよう、当該自治体の監査委員に請求することができる、とする地方自治上の制度だ。
 このたびの例に置き直してみると、ここにいう
   「職員」とは桝水知事のことであり、
   「損害を補填するために必要な措置」とは、違法または不当に支出した金額を「職員」=舛添知事に賠償させる
ことを意味している。

 (7)住民監査請求を認められなかった請求者は、それを裁判所に持ち込むことができる。これも地方自治法によって、住民ないし納税者の権利として認められている住民訴訟の仕組みが活用できるのだ。
 監査委員と違って、裁判官たちに「情」は通じない。
 むろん、訴訟ではおよそ500億円の支出の違法性などが争われるが、知事が責任を追及される可能性は大いにある。国の施設を建設するために、都の公金を支出することは、地方財政法に違反している、との論は十分成り立つからだ。
 しかも、経緯から言って、国は当初の建設費の目算が大きくはずれ、そのツケを東京都にしわ寄せしたのではないか、との疑念がぬぐえない。国の失政のツケは国が始末すべきであって、その尻ぬぐいのために都民のお金を供出するいわれはない。違法性の論拠は、一段と高まるはずだ。

 (8)もし、住民訴訟の結果、500億円の支出が違法ないし不当だとなった場合、舛添知事は500億円そのままかどうかはさておき、個人では到底払えそうもない莫大な金額を東京都から請求される。
 決して公金を渡したわけではないし、そもそも予算を通じて議会の承認手続きをとっているにもかかわらず、どうして個人的に弁償しなければならないのか。・・・・現行制度がそうなっているからには、従わざるを得ない。
 よかれと思って軽い気持ちで予算に盛り込んだところ、住民訴訟によって一文無しになることもある。
 このことを、全国の首長はよくよく心得ておくのが身のためだ。

□片山善博(慶應義塾大学教授)「新国立競技場をめぐるドタバタ --舛添知事にも落とし穴か ~日本を診る第69回~」(「世界」2015年8月号)
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 【参考】
【五輪】工事遅れや費用増大、責任のなすり合い ~新国立競技場~
【五輪】が都民の生活を圧迫する ~汚染市場・アパート立ち退き~
【五輪】公共事業のためか? ~メッセージの発信、新しい試みを~
【原発】放射能の海で「おもてなし」 ~2020年東京五輪~
【原発】東京放射能汚染地帯 ~オリンピック競技候補会場~
【原発】放射能と東京オリンピック招致



【詩歌】三好達治「艸千里濱」

2015年07月17日 | 詩歌
 われ嘗て(かつて)この國を旅せしことあり
 昧爽(あけがた)のこの山上に われ嘗て立ちしことあり
 肥(ひ)の國の大阿蘇(おほあそ)の山
 裾野には青艸(青草)しげり
 尾上(おのえ)には煙なびかふ 山の姿は
 そのかみの日にもかはらず
 環(たまき)なす外輪山(そとがきやま)は
 今日もかも
 思出の藍にかげろふ
 うつつなき眺めなるかな
 しかはあれ
 若き日のわれの希望(のぞみ)と
 二十年(はたとせ)の月日と 友と
 われをおきていづちゆきけむ
 そのかみの思はれ人と
 ゆく春のこの曇り日や
 われひとり齢かたむき
 はるばると旅をまた来つ
 杖により四方をし眺む
 肥の國の大阿蘇の山
 駒あそぶ高原(たかはら)の牧(まき)
 名もかなし艸千里濱

 *

●永田満徳「三好達治ー阿蘇詩ニ篇

 <「艸千里浜」は、一篇全体が古風な印象を与える詩で、その古風さ(註6)は、用語の面だけでなく、音律の面にも構成の面にも現われている。特に三行以下の三行と語尾の三行とはみごとに呼応していて、五音・七音の音律で構成された定型詩といった観がある。試みに数回復唱してみれば、五七調のもつ歯切れのいい音律上の美と極めてシンメトリカルな均衡美を味わうことができるだろう。ルビの振り方にしても、例えば「外輪山」をソトガキヤマと言い、「高原」をタカハラと読ませるところに、古態に倣おう(註7)とする並々ならぬ努力の跡が見られる。この詩は、「大阿蘇」の詩との対比によっても明らかだが、伝統的和歌文芸の構造に近く「彼の古典詩風をもっともよく代表するものの一である」(吉田精一角川版『三好達治詩集』鑑賞)といえる。
 (中略)この詩では、「大阿蘇の山」の風景的特色が見晴るかす眺望の中からパノラマ撮影のように一つの見落としもなく描き出されている。そしてさらに、その中から浮かび上がる外輪山は、「今日も」また〈山紫水明〉(「日本人の郷愁」)の言葉のごとく淡い藍色に染まっている。この風景は眼前の事実に違いないのだが、単なる事実そのものの色ではなく、「思出の」と冠することで〈追憶〉の叙情にまぶされている。つまり、かつて『測量船』から四行詩への転移について語ったときの「詩歌は、私にとつては、最も単純な、最も明瞭な何ものか」(「ある魂の径路」)という気息はなく、視界に入るものすべて、ここでは「思出の藍」色のフィルターを通した心象風景によって写し出されている。
 三好の明瞭な眼を「かげろ」わせたものは何かと言えば〈思出〉の心の痛みとして堆積した二十年にもわたる不如意な実生活の数々に他ならない。壮年に達した三好の脳裏には、現代詩の変革に胸を躍らせた若い日の希みや、三十一歳で天逝した無二の親友梶井基次郎、そして心ならずも結婚を断念せざるをえなかった心の恋人萩原アイ(朔太郎の妹)のこと(註8)などが走馬燈のように去来したのではなかろうか。ふと人生を振り返ってみた時、それらの出来事は現在の自分から遥かかなたに消え去って「うつつなき眺め」のなかにある。人によっては、その際痛苦の思いにとらわれるだろう。このような心象風景は、数年後『花筐』に収めた四行詩「かへる日もなきいにしへを/こはつゆ艸の花のいろ/はるかなるものみな青し/海の青はた空の青」(「かへる日もなき」)に進展(註9)し、〈思出〉の痛みが幾分薄れて、美しく装われていくことになる。
 従って、最後の句は、悲しみを誘うものなどない(艸千里〉だが、「かなし」という唯一の主観語にこの時の心情のすべてが託されたとみるべきで、おそらくは島崎藤村の「歌哀し佐久の草笛」(「小諸なる古城のほとり」)の詩句(註10)とともに、失われたものへの哀惜の思いをこめて「名もかなし艸千里浜」とうたわれたものであろう。(下略、註・略。)>

□三好達治「艸千里濱」(『艸千里』、四季社、1939)
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 【参考】
【詩歌】】三好達治「大阿蘇」
【詩歌】三好達治「湖水」
【詩歌】三好達治「雪」
【詩歌】三好達治「春の岬」
【詩歌】何をうしじま千とせ藤 ~牛島古藤歌~
【読書余滴】ミラボー橋の下をセーヌが流れ ~母音~


【詩歌】三好達治「大阿蘇」

2015年07月16日 | 詩歌
 雨の中に馬がたつてゐる
 一頭二頭仔馬をまじへた馬の群れが 雨の中にたつてゐる
 雨は蕭々と降つてゐる
 馬は草をたべてゐる
 尻尾も背中も鬣(たてがみ)も ぐつしよりと濡れそぼつて
 彼らは草をたべてゐる
 草をたべてゐる
 あるものはまた草もたべずに きよとんとしてうなじを垂れてたつてゐる
 雨は降つてゐる
 瀟々と降つてゐる 山は煙をあげてゐる
 中嶽の頂きから うすら黄ろい 重つ苦しい噴煙が濠々とあがつてゐる
 空いちめんの雨雲と
 やがてそれはけぢめもなしにつづいてゐる
 馬は草をたべてゐる
 艸千里浜のとある丘の
 雨に洗はれた青草を 彼らはいつしんにたべてゐる
 たべてゐる
 彼らはそこにみんな静かにたつてゐる
 ぐつしよりと雨に濡れて いつまでもひとつところに彼らは静かに集つてゐ   る
 もしも百年が この一瞬の間にたつたとしても 何の不思議もないだらう
 雨が降つてゐる 雨が降つてゐる
 雨は瀟々と降つてゐる

   *

●永田満徳「三好達治ー阿蘇詩ニ篇

 <「大阿蘇」は世界最大のカルデラを形成している阿蘇中岳を背景に、豊かに繁る牧草の高原《草千里》で蕭々と降りしきる雨の中、ひたすら草を食べたり、ただつっ立りたりしている馬の群れを描いた風景そのものの作品である。
 (中略)この作品は、眼の前の風景を単に写生したものとみるならば、まるで〈無声映画〉や〈一幅の絵画〉を眺めるような思いがする。そういう印象を与えるのは作者が徹頭徹尾〈見る〉立場で描いているからである。三つの素材「馬」「雨」「山」が平易な口語で巧みに場面の中にうたい込まれている。しかし、これは単なる〈静物〉としての風景ではない。それぞれの情景は、固定したカメラの広角レンズ越しのような視界の中で、「食べ(立ち)続ける馬」「降り続ける雨」「吐き続ける山」といった具合に持続的な動きとして捉えられている。特に文末の補助動詞「ゐる」のリフレーンはそのすべてが現在進行〈……してゐる〉の形をとっており、時制の〈継続性・現在性〉を強く押し出している。そして、このような時意識は、末尾近くの一行「もしも百年が この一瞬の間にたつたとしても 何の不思議もないだらう」に収束し表現されている。この一行こそが、多くの叙景描写のうちから離れて、作者の心情を仮定形にひめて表明した唯一の部分である。そこには、大阿蘇を根源的に発見した感動が凝縮されていることはまちがいなく、人事全般を忘却せしめる大自然の息遣いが幾百年たったとしてもそのままの姿で〈いつまでも現在〉として存在し続けるだろうという一種異様な悠久感が打ち出されている。
 「瀟々と」降りしきる雨にしても、「重つ苦しい」噴煙にしても、ひっきりなしに降る雨をもの寂しく思い、濠々とあがる噴煙を重っ苦しく感じるのも、客観世界から受けた印象表現であるとともに、三好のこの時の心象風景――ある種の晴れやらぬ壮年の憂悶や暗雲ただよう社会情況の投影でもあっただろう。そのような作者の心情に比べれば、「尻尾も背中も鬣も ぐつしよりと濡れそぼつ」たまま、大自然にすっかり随順してしまっている馬の群れの姿には時や空間を超越するような悠久感がひしひしと感じられたに違いない。従って、詩作の契機は放牧中の〈馬〉の群れを眼にしたことに始まるといってよい。「ぐつしよりと」という擬態語も、後出の「きよとんと」「いつしんに」などと同じく馬の集団の姿態をできるだけ如実に描くことにあったと思われる。よく見れば、第二行で群れ集う馬の構成、第五行で雨に濡れた馬の様子を細かく表現しつつも、第六行目で〈馬〉から〈彼ら〉に変更されていく過程に、馬の群れに対する三好の気持ちの変化が現われており、〈彼ら〉という人称代名詞に人間に対するような親しみと一まとまりの自然物として突き放し、悠久なる時空の一点景とする見方が読み取れる。>

□三好達治「大阿蘇」(『霾』(合本詩集『春の岬』(創元社、1939)所収)
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 【参考】
【詩歌】三好達治「湖水」
【詩歌】三好達治「雪」
【詩歌】三好達治「春の岬」
【詩歌】何をうしじま千とせ藤 ~牛島古藤歌~
【読書余滴】ミラボー橋の下をセーヌが流れ ~母音~