語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】E・ケストナー「簿記係が母親へ」 ~人生処方詩集~

2015年11月09日 | 詩歌
 お母さん きょう洗濯物をうけとりました
 どんなにお負けしても ぎりぎりいっぱい というとこでした
 郵便屋は もう一分で まにあわないとこでした
 どう思います ぼくのカラーはだぶだぶです

 ふしぎはありません ヒルダとの問題で 休むまもないのですから
 この月給では ぼくは結婚しません
 ぼくは そのことを彼女に説明しました そして 今 彼女は はっきり了解しました
 これ以上 彼女は待ちません でないと 彼女は齢(とし)をとりすぎます

 お手紙によると ぼくが お母さんの手紙を読まないとのこと
 そして お母さんは もう はがきだけしかよこさないとのこと
 お手紙によると ぼくはお母さんのことを わすれてしまった と思っていらっしゃるとのこと
 思いちがいです とんでもない・・・・

 どんなに もっとたびたび もっとくわしく書きたいかしれません
 いつもの あんな週報だけでなしに
 ぼくは思っていました ぼくがお母さんを愛していることを お母さんはご存じだと
 この前の手紙でみると お母さんは それをご存じないのです

 ぼくは いま すわりどおしで計算し 帳面づけをしています
 五桁の数字を そして いくらやっても ほとんどきりがなさそうです
 何か ひとつ ほかの仕事をさがすべきでしょうか
 いちばんいいのは どこか ほかの都会で

 ぼくは とにかく ばかではありません でもなかなか うまくいかないのです
 ぼくは 生きてはいますが たいして生きているような気がしないのです
 ぼくは 一つの支線で生きているのです
 これは わびしいばかりではありません 気もすすまないのです

 お手紙によると 日曜日には ブレスラウから来るようですね
 ときに あれはどうなりました ぼくがおねがいした
 洗濯婦は お雇いになりましたか
 ブレスラウの人たちが来たら ぼくからよろしくいってください

 そして 誕生日に またプレゼントを送ったりなさらないでください
 そのお金は 節約なさってください ぼくにはちゃんとわかっているのですから
 そして たよりがすくなすぎるときは ぼくのいうことを信じてください
 ぼくは ほとんどしょっちゅう お母さんのことを思っているのです ごきげんよう あなたの息子より

□エーリヒ・ケストナー(小松太郎・訳)「簿記係が母親へ」(『人生処方詩集』、岩波文庫、2014)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【詩歌】E・ケストナー「即物的な物語詩」 ~人生処方詩集~
【詩歌】E・ケストナー「ホテルでの男性合唱」 ~人生処方詩集~
【詩歌】E・ケストナー「絶望第一号」 ~人生処方詩集~
【詩歌】E・ケストナー「顔を交換する夢」 ~人生処方詩集~
【詩歌】戦争を礼賛する牧師 ~E・ケストナーによる諷刺~


【医療】患者の自己決定権 ~『ガン病棟』~

2015年11月09日 | 医療・保健・福祉・介護
 「要するに、ぼくは遠い将来の希望のためにあまり高い代償を支払いたくないんです」

 *

 「ぼくはただ、自分で自分の生命を処理する権利を主張したかっただけです。人間には自分の生命を処理する権利があるでしょう。違いますか」

 *

 ドンツォワやガンガルトの知らなかったことだが、この数ヵ月間、アゾーフキンは、正式に与えられる薬や注射のほかに、看護婦や夜勤の医師を片っ端からつかまえては、余分の睡眠剤や余分の鎮痛剤など、ありとあらゆる散薬や錠剤をねだりつづけてきたのだった。そうやって手に入れた薬を小さな袋に詰め込んで、アゾーフキンは医者に見放されるこの日のために、みずからの救済を準備していたのである。

 *

 「なるべく本をたくさん読んでおこうと思うんです」とジョームカは喋っていた。「時間があるうちにね。大学に入りたいから」
 「そりゃ結構だ。ただ、覚えておくといい、学問は知恵を授けてくれないぜ」
(なんということを子供に吹きこむんだ、オグロートめ!)
 「どうしてですか」
 「どうしてもこうしてもない。ただ授けてくれないのさ」
 「じゃ何が授けてくれますか」
 「まあ、人生だろうな」

 *

 きのうドンツォワに主張したこと、すなわち患者はすべてを知るべきであるという原則。
 だがそれはコストグローフ自身のように経験を経た人間のための原則だった。

□アレクサンドル・ソルジェニーツィン(小笠原豊樹・訳)『ガン病棟』(新潮社文庫、1971)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【心理】アニマル・セラピー ~セント・バーナード~
【医療】人間の威厳について ~安楽死~


  

【保健】骨折予防はカルシウムのほかに・・・・

2015年11月09日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)高齢者の骨折予防にカルシウムの摂取を勧める情報は多い。
 しかし、専門家の間では効果を疑問視する声が少なくない。

 (2)食事、サプリメントを問わず、カルシウム摂取と骨折予防に係る複数の研究(被験者の対象は50歳以上の男女)を総合的に解析した報告が、医学誌「BMJ」オンライン版に掲載された。
 これによると、解析対象の研究・調査のほとんどにおいて、食事由来(牛乳や乳製品を含む)のカルシウムと骨折との関連はない、とされた。
 一方、カルシウム・サプリメント(カルシウムの作用をサポートするビタミンD含有サプリメントを含む)の有用性に関しては、サプリメントの摂取により、
   全骨折リスクが11%低下
   背骨の圧迫骨折など「錐体骨折」リスクは14%低下
が認められた。
 しかし、骨折した場合に人工骨頭置換術の対象となる脚の付け根付近の
   大腿骨近位部骨折
   前腕骨折
のリスクについては、有意な低下は見られなかった。
 まら、最も厳密な4試験に絞って解析したところ、サプリメントと骨折リスクとの関連は認められない、という結果だった。

 (3)研究者はさらに、サプリメントを摂取した群では、便秘などの消化器症状や尿路結石のリスクがある、と指摘。
 サプリメント摂取により、心筋梗塞などの心疾患リスクが上昇することも踏まえ、
   「サプリメントの利益はわずかで、害が上回る」
と結論付けている。

 (4)骨密度に関しては、わずかながらメリットがあることが示された。とはいえ、
   食事由来のカルシウムでも0.6~1.0% 
   サプリメント摂取では0.7~1.8%
だけ骨密度が増したにすぎない。この程度の改善では骨折予防に役立つとは言えないだろう。

 (5)高齢者の骨折予防には、誘因となる骨粗鬆症を治療する薬剤が有効だ。
 ただ、心血管疾患や脳血管疾患の予防が優先されるため、骨折予防は後回しになりがち。

 (6)食生活で自衛するには、カルシウム1成分だけに拠らずに、
   ・蛋白質
   ・マグネシウム
   ・亜鉛
   ・カレテノイド
をしっかり摂ること。何のことはない、肉、魚、卵、野菜をバランスよく、ということだ。

□井出ゆきえ(医学ライター)「「カルシウムで骨折予防」に疑問 骨密度はわずかに上昇 ~カラダご医見番・ライフスタイル編 No.275~」(週刊ダイヤモンド」2015年11月14日号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【保健】前糖尿病患者は食習慣の改善を ~全国糖尿病週間~
【保健】糖質制限より脂質制限? ~体脂肪を減らす~
【保健】受動喫煙が歯周病リスクに ~ただし男性のみ~
【保健】貧乏ゆすりが命を救う? ~マナーより健康~
【保健】「高収入の勝ち組」の健康リスク? ~50歳以上の有害な飲酒~
【保健】照明用白色LEDのブルーライトは安全か?
【保健】目の愛護デー ~緑内障による失明を予防~
【保健】長時間労働は脳卒中リスク ~週41~48時間でも上昇~
【保健】ほぼ毎日食べると、死亡リスクが14%減少 ~唐辛子~
【保健】水族館でリラックス効果 ~血圧・心拍数に好影響~


【佐藤優】被虐待児の自立、ほんとうの法華経、外務官僚の反知性主義

2015年11月09日 | ●佐藤優
 ①マイク・スタイン(池上和子・訳)『社会的養護から旅立つ若者への自立支援 英国のリービングケア制度と実践』(福村出版 3,300円)
 ②橋爪大三郎/植木雅俊『ほんとうの法華経』(ちくま新書 1,100円)
 ③戸部良一『外務省革新派 世界秩序の幻影』(中公新書 880円)
   
 (1)保護者のいない児童、虐待されている児童などは、18歳を過ぎると、原則として独り立ちをしなくてはならない。
 この問題の第一人者が書いた本を、児童福祉分野の第一人者が訳したのが①。訳文は読みやすい。
 著者は、次のように強調する。
 <自分のニーズに適った普遍的かつ選択的サービスにより援助され、こうした普遍的な旅路を経験する若者は、彼らのキャリアや個人的な生活は充実し、虐待またはネグレクトといった家庭的な問題による傷から立ち直りやすい。良質の養護を経験すること、そして成人期への道のりが充分に準備され支援されることにより、彼らは自立でき、情緒的に孤立したり道を外れたりすることなく、首尾よく養護から「前進」し、「ふつうの」あるいは「普遍的な」アイデンティティを確立することが可能になる>
 養護を必要とする人びとの生活を担保するためだけでなく、日本社会を強化するためにも著者の研究から学ぶべきことは多い。

 (2)橋爪大三郎・社会学者と植木雅俊・仏教専門家によるレベルの高い対談本が②だ。
 後者は、次のように強調する。
 <中国では、地涌の菩薩と、他の菩薩を区別するのに、弘教を担当する時代にも違いをつけました。それは、正しい教えが存続している正法時代、正しい教えが形骸化した像法時代、正しい教えが失われてしまった末法時代の三つです。後になるほど悪条件になります。時代と世界の違いを合わせると、サハー世界の末法時代が最も厳しく、次にサハー世界の正法・像法時代、次にサハー世界以外という順になると思います。従って、地涌の菩薩は、末法におけるサハー世界を担当するということになります>
 地涌の菩薩による人間の救済が、法華経の重要なメッセージなのだ。

 (3)集団的自衛権問題をめぐっては、自衛隊を地球の裏側まで送ろうとした官僚が種々の画策をした。
 ③を読むと、外務官僚には、戦前・戦中の白鳥敏夫・元イタリア大使も代表される「革新派」の勇ましい伝統があることがわかる。
 著者は、次の見方を示す。外務官僚の反知性主義、大衆迎合が革新派を生み出したのだ。
 <かつて外交はエリートの関心事であったが、革新派が登場してきた時代は、外交がエリートの独占物ではなくなった。そして、このような時代には、革新派が提示した単純明快な説明のほうが、エリート好みの難解な解説よりも説得力を持ち得たのではないだろうか。こうした意味で、外務省革新派は外交の大衆化・民主化の申し子であったとも言えよう>

□佐藤優「外務官僚の反知性主義 ~知を磨く読書 第124回~」(「週刊ダイヤモンド」2015年11月14日号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【佐藤優】日本人が苦手な類比的思考 ~昭和史(10)~
【佐藤優】地政学の目で中国を読む ~昭和史(9)~
【佐藤優】これから重要なのは地政学と未来学 ~昭和史(8)~
【佐藤優】近代戦は個人の能力よりチーム力 ~昭和史(7)~
【佐藤優】戦略なき組織は敗北も自覚できない ~昭和史(6)~
【佐藤優】人材の枠を狭めると組織は滅ぶ ~昭和史(5)~
【佐藤優】企画、実行、評価を分けろ ~昭和史(4)~
【佐藤優】いざという時ほど基礎的学習が役に立つ ~昭和史(3)~
【佐藤優】現場にツケを回す上司のキーワードは「工夫しろ」 ~昭和史(2)~
【佐藤優】実戦なき組織は官僚化する ~昭和史(1)~
【佐藤優】バチカン教理省神父の告白 ~同性愛~
【佐藤優】進むEUの政治統合、七三一部隊、政治家のお遍路
【佐藤優】【米国】がこれから進むべき道 ~公約撤回~
【佐藤優】同志社大学神学部 私はいかに学び、考え、議論したか」「【佐藤優】プーチンのメッセージ
【佐藤優】ロシア人の受け止め方 ~ノーベル文学賞~
【佐藤優】×池上彰「新・教育論」
【佐藤優】沖縄・日本から分離か、安倍「改憲」を撃つ、親日派のいた英国となぜ開戦
【佐藤優】シリアで始まったグレート・ゲーム ~「疑わしきは殺す」~
【佐藤優】沖縄の自己決定権確立に大貢献 ~翁長国連演説~
【佐藤優】現実の問題を解決する能力 ~知を磨く読書~
【佐藤優】琉球独立宣言、よみがえる民族主義に備えよ、ウクライナ日記
【佐藤優】『知の教室 ~教養は最強の武器である~』目次
【佐藤優】ネット右翼の終わり、解釈改憲のからくり、ナチスの戦争
【佐藤優】「学力」の経済学、統計と予言、数学と戦略思考
【佐藤優】聖地で起きた「大事故」 ~イランが怒る理由~
【佐藤優】テロ対策、特高の現実 ~知を磨く読書~
【佐藤優】フランスにイスラム教の政権が生まれたら恐怖 ~『服従』~
【佐藤優】ロシアを怒らせた安倍政権の「外交スタンス」
【佐藤優】コネ社会ロシアに関する備忘録 ~知を磨く読書~
【佐藤優】ロシア、日本との約束を反故 ~対日関係悪化~
【佐藤優】ロシアと提携して中国を索制するカードを失った
【佐藤優】中国政府の「神話」に敗れた日本
【佐藤優】日本外交の無力さが露呈 ~ロシア首相の北方領土訪問~
【佐藤優】「アンテナ」が壊れた官邸と外務省 ~北方領土問題~
【佐藤優】基地への見解違いすぎる ~沖縄と政府の集中協議~
【佐藤優】慌てる政府の稚拙な手法には動じない ~翁長雄志~
【佐藤優】安倍外交に立ちはだかる壁 ~ロシア~
【佐藤優】正しいのはオバマか、ネタニヤフか ~イランの核問題~
【佐藤優】日中を衝突させたい米国の思惑 ~安倍“暴走”内閣(10)~
【佐藤優】国際法を無視する安倍政権 ~安倍“暴走”内閣(9)~
【佐藤優】日本に安保法制改正をやらせる米国 ~安倍“暴走”内閣(8)~
【佐藤優】民主主義と相性のよくない安倍政権 ~安倍“暴走”内閣(7)~
【佐藤優】官僚の首根っこを押さえる内閣人事局 ~安倍“暴走”内閣(6)~
【佐藤優】円安を喜び、ルーブル安を危惧する日本人の愚劣 ~安倍“暴走”内閣(5)~
【佐藤優】中小企業100万社を潰す竹中平蔵 ~安倍“暴走”内閣(4)~
【佐藤優】自民党を操る米国の策謀 ~安倍“暴走”内閣(3)~
【佐藤優】自民党の全体主義的スローガン ~安倍“暴走”内閣(2)~
【佐藤優】安倍“暴走”内閣で窮地に立つ日本 ~安倍“暴走”内閣(1)~
【佐藤優】ある外務官僚の「嘘」 ~藤崎一郎・元駐米大使~
【佐藤優】自民党の沖縄差別 ~安倍政権の言論弾圧~
【書評】佐藤優『超したたか勉強術』
【佐藤優】脳の記憶容量を大きく変える技術 ~超したたか勉強術(2)~
【佐藤優】表現力と読解力を向上させる技術 ~超したたか勉強術~
【佐藤優】恐ろしい本 ~元少年Aの手記『絶歌』~
【佐藤優】集団的自衛権にオーストラリアが出てくる理由 ~日本経済の軍事化~
【佐藤優】ロシアが警戒する日本とウクライナの「接近」 ~あれかこれか~
【佐藤優】【沖縄】知事訪米を機に変わった米国の「安保マフィア」
【佐藤優】ハワイ州知事の「消極的対応」は本当か? ~沖縄~
【佐藤優】米国をとるかロシアをとるか ~日本の「曖昧戦術」~
【佐藤優】エジプトで「死刑の嵐」が吹き荒れている
【佐藤優】エリートには貧困が見えない ~貧困対策は教育~
【佐藤優】バチカンの果たす「役割」 ~米国・キューバ関係~
【佐藤優】日米安保(2) ~改訂のない適用範囲拡大は無理筋~
【佐藤優】日米安保(1) ~安倍首相の米国議会演説~
【佐藤優】日米安保(1) ~安倍首相の米国議会演説~
【佐藤優】外相の認識を問う ~プーチンからの「シグナル」~
【佐藤優】ヒラリーとオバマの「大きな違い」
【佐藤優】「自殺願望」で片付けるには重すぎる ~ドイツ機墜落~
【佐藤優】【沖縄】キャラウェイ高等弁務官と菅官房長官 ~「自治は神話」~
【佐藤優】戦勝70周年で甦ったソ連の「独裁者」 ~帝国主義の復活~
【佐藤優】明らかになったロシアの新たな「核戦略」 ~ミハイル・ワニン~
【佐藤優】北方領土返還の布石となるか ~鳩山元首相のクリミア訪問~
【佐藤優】米軍による日本への深刻な主権侵害 ~山城議長への私人逮捕~
【佐藤優】米大使襲撃の背景 ~韓国の空気~
【佐藤優】暗殺された「反プーチン」政治家の過去 ~ボリス・ネムツォフ~
【佐藤優】ウクライナ問題に新たな枠組み ~独・仏・露と怒れる米国~
【佐藤優】守られなかった「停戦合意」 ~ウクライナ~
【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点
【ピケティ】本では手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~
【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~
【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~
【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~
【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~
【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
【佐藤優】の略歴
【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~
【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由
【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~
【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~
【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~
【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~
【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ
【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~
【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~
【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~
【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~
【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~
【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~
【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~
【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~
【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~
【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~
【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~
【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず
「森訪露」で浮かび上がった路線対立
【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~
【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」
【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~
【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~
【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~
【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~
【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~
【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~
【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~
【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ
【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 
【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 
【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 


【心理】アニマル・セラピー ~セント・バーナード~

2015年11月08日 | 心理
 「これは何という種類の犬かしら」と、ドンツォワ【注】は呆れて尋ねた。その瞬間、女医は今夜初めて自分の病気のことを忘れていた。「セントバーナード」惚れ惚れとオレシチェンコフは犬を眺めていた。「ほかの所は申し分ないんだが、どうも耳が長すぎてね。マーニャが餌をやるとき怒るんだ。『紐ででも縛っておいたらどうなの。お椀の中に入るわよ!』ってね」
 ドンツォワは犬に魅惑された。こういう犬は街の雑踏の中には入れないし、どんな交通機関にも連れて乗ることは許されないだろう。雪男がヒマラヤにしか住めないように、こういう犬は庭のある平屋でしか生きられないのだ。
 オレシチェンコフは肉饅頭の一切れを犬に食べさせた。ただし投げ与えたのではない。人が憐れみから、あるいは面白半分に食べものを投げ与えると、たいていの犬は後足で立ち上がり、友情のしるしに前足を人間の肩にかけたりする。オレシチェンコフは、同等の人間に与えるときように、肉饅頭を差し出したのだ。その掌の皿から、犬も対等の存在として、おもむろに肉饅頭を銜(くわ)えて取った。大して腹は減っていないのだが、一応の礼儀として受け取るというように。
 
 【注】ウズベク共和国の首都タシケント市の総合病院のガン病棟(共和国唯一のガン病棟)の責任者、女医。時期は、第一部では1955年2月初旬の1週間、第二部はそれから1か月後の3月初め。

□アレクサンドル・ソルジェニーツィン(小笠原豊樹・訳)『ガン病棟』(新潮社文庫、1971)の「30 老医師」から引用

 *

 訳者の小笠原豊樹は、ペン・ネーム岩田宏【注】の詩人として知られる。

【注】「【詩歌】岩田宏「海底の騎士」」ほか
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

  

【メディア】今村岳司西宮市長が報道に異常な攻撃 ~取材監視、会見拒否~

2015年11月08日 | 社会
 (1)今年1月から、今村岳司・西宮市長が報道に異常な攻撃を加えている。
 言論とメディアへの統制と支配を加速する安倍政権の雰囲気と風潮と重なり合って、一地方の問題だと見過ごせない。

 (2)事の発端は、1月15日、テレビ大阪が放送した番組(制作:テレビ東京)だった。
 同番組は、阪神・淡路大震災被災者のために兵庫県西宮市が借り上げている復興住宅に関して、返還期限が迫っていることを取り上げた。
 これを今村岳司・西宮市長は、入居者を一方的に追い出しているかのような放送で、取材しているのに市が行っている支援策にも触れなかった、などと考えてテレビ東京に抗議。
 同局も、誤解が生じる可能性があった、などとして謝罪した(1月23日)。

 (3)今村市長は、(2)を踏まえて一連のメディア対策を矢継ぎ早に打ち出した。
  (a)1月23日の記者会見では、以下の方針を明らかにした。
    ①重要政策の報道に関し、市が「偏向報道」と判断した場合、メディア名と抗議文を広報誌とホームページに掲載する。
    ②改善されない場合、今後その報道機関の取材には応じない。
    ③重要施策でテレビ局の取材を受ける際、広報課の職員が立ち会い、取材状況をビデオ撮影、録画する。
  (b)1月26日、(a)に係る次の変更措置を表明した。
    ①(a)-①での「偏向報道」の文言は撤回する。
    ②(a)-②での「改善」されない場合の取材拒否措置も取り消す。
    ③①および②以外の措置については、(a)-③も含めて変更は加えていない。
  (c)9月25日、今村市長は、間もなく返還期限を迎える復興住宅の問題について、11社が加盟する市政記者クラブが二度にわたって要望しているにもかかわらず、これまで市議会やホームページで説明しているから、などとして記者会見を拒否した。
  (d)10月15日、今村市長は、市の重要施策を公表する方法として記者会見よりホームページに文書をあげるという方針を示した。同市長によれば、記者会見をしても市の見解をそのまま報道してもらえるとは考えていないので、誤解を招き、議論を呼ぶ等の内容については、会見ではなくホームページに文書で市の見解を発表していく、という。

 (4)一連の諸措置は、報道機関へのきわめてあからさまな攻撃だ。取材、報道の自由への深刻な侵害だ。
  (a)「偏向報道」の文言や取材拒否措置は取り消されたものの、当局に批判的な報道についてメディア名や抗議文を公表するのは制裁的な意味を持つ過剰な規制であって、報道の自由を脅かす危険性がある。
  (b)テレビ局取材へのビデオ撮影についても、取材源の秘匿も含む取材の自由そのものに公権力が介入し、メディアを監視することにほかならず、違憲の措置と呼ばざるを得ない。
  (c)ホームページでの対応方針は、記者会見そのものの拒否宣言であり、取材・報道の自由を狭め、市民の知る権利を奪うことを意味する。自由なメディアと民主主義社会にあってはならない挑戦だ。

□田島泰彦(上智大学教授)「取材監視、会見拒否!今村岳司西宮市長が報道に異常な攻撃」(「週刊金曜日」2015年11月6日号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン


【読書余滴】007ムーンレイカー

2015年11月07日 | 小説・戯曲
 米子市立図書館の「図書館まつり」は11月の最初の土・日だ。「まつり」のひとつ、「本の市」では蔵書や、市民から提供のあった本を無料で配布する。ただし、10冊まで(数年前まではこの縛りはなかった)。
 今年の「まつり」は11月7・8日で、本書『007 ムーンレイカー』もここででゲットした。

 この本は、中学校の修学旅行のとき国鉄(当時)のなかで読んだ。わりと仲のよいクラスメートが持参していたのである。便は夜行の「出雲」だったのか、特別仕立てなのか、定かではない。たしかなことは、寝台ではなく、硬くて背もたれが垂直の普通席に座ったまま眠ったことだ。米子から東京まで。当然、なかなか眠りがやってこない。くだんのクラスメートは、そのことを予想して、軽いこの本を持参していた。
 しかし、用意周到な彼は、本を座席に投げっぱなしにしたまま、床に敷いた新聞紙の上で、別の同級生たちとトランプに熱中した(復路に読んだ、と後で聞いた)。
 私は、彼に断ってこの本を借り、3分の1ほど読んだところで寝入った。
 このたび、図書館の「本の市」のおかげで、半世紀ぶりに残り3分の2を読むことになる。

□イアン・フレミング(井上一夫・訳)『007 ムーンレイカー』(創元推理文庫、1964)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

   

【佐藤優】日本人が苦手な類比的思考 ~昭和史(10)~

2015年11月07日 | ●佐藤優
 (承前:昭和史を武器に変える10の思考術)

(10)日本人が苦手な類比的思考
 現代の中国と昭和の大日本帝国のように、一見、時代も状況もかけ離れたように見えるものに共通点を見出して分析するには、この類比的思考が必要だ。日本のインテリが最も弱いのが、この類比的思考ではないか。
 ユダヤ教にしてもキリスト教にしてもイスラム教にしても、その核心となる思考法は類比だ。ものごとの原型や規範はすべて聖書やコーランなどのテキストに書かれているのだから、世界のさまざまな現象は、それにあてはめて理解することができる、というわけだ。
 仏教は、仏典の数が多すぎるので、そういう思考法に向いていない。
 重要なのは、ものごとを判断するときに無意識のうちに類比的思考を使う人たちが世界では主流である、ということだ。彼らの内在論理を理解するためには、類比的思考の理解は欠かせない。
 いま日本人がすごく苦しんでいるのは、他者の理解が難しくなっていることだ。韓国が、中国が、米国も分からなくなっている。ましてや中東のような遠い地域の人びとの考えを日本人が理解するのは難しい。
 日本人は世界の中ではマイノリティでありながら、国内では圧倒的なマジョリティだ。だから、他人の身になって考えるという訓練ができていないのかもしれない。
 相手の内在論理を探ることは、インテリジェンスの基本だ。つまり、相手の立場に立って考え、その道筋を理解するのだ。
 むろん、相手の論理を知ること、それにどこまで付き合うかは、また別の問題だ。

 *

 平成は右下がりの時代だ。予測不能の事態はあまり起きてない。
 それに対して昭和は、未知の問題にぶち当たってばかり。日本という国が実力を試された。また、昭和は極端な時代でもあった。極端な軍国主義があり、極端な平和主義があり、極端な統制が敷かれたかと思うと、極端な新自由主義があった。
 極端から極端に揺れる中で、日本は二つの大失敗をやらかした。
  (a)高度国防国家をめざして挫折した「敗戦」。
  (b)経済大国をめざして挫折した「バブル崩壊」。
 昭和の歴史を学ぶとは、この大きな失敗から成功の種子を見つけることだ。そして同時に、成功のさなかにあって失敗の徴候を見出し、それを未然に防ぐことだ。
 「歴史を武器に変える」とは、そういうことだ。

□佐藤優「昭和史を武器に変える10の思考術」(「文藝春秋SPECIAL」2015年秋号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【佐藤優】地政学の目で中国を読む ~昭和史(9)~
【佐藤優】これから重要なのは地政学と未来学 ~昭和史(8)~
【佐藤優】近代戦は個人の能力よりチーム力 ~昭和史(7)~
【佐藤優】戦略なき組織は敗北も自覚できない ~昭和史(6)~
【佐藤優】人材の枠を狭めると組織は滅ぶ ~昭和史(5)~
【佐藤優】企画、実行、評価を分けろ ~昭和史(4)~
【佐藤優】いざという時ほど基礎的学習が役に立つ ~昭和史(3)~
【佐藤優】現場にツケを回す上司のキーワードは「工夫しろ」 ~昭和史(2)~
【佐藤優】実戦なき組織は官僚化する ~昭和史(1)~

  


【佐藤優】地政学の目で中国を読む ~昭和史(9)~

2015年11月07日 | ●佐藤優
 (承前:昭和史を武器に変える10の思考術)

(9)地政学の目で中国を読む
 現在、地政学的観点から世界を見たとき、要注意なのは中国だ。中央アジアに大きな変動の兆しが見られるからだ。
 近い将来、
   ①キルギスとカザフ東部とタジキスタンとウズベクのフェルガナ盆地
   ②新疆ウイグルにまたがる地域
で「第二イスラム国」ができる可能性は低くない。
 中国はウイグルに対して弾圧一方の統治だ。地域住民とイスラム全体を敵に回しているから、第二の「イスラム国」ができれば、住民にとって中国政府より歓迎すべき存在となる危険性がある。
 これは非常に大きな恐怖だ。マレーシア、インドネシア、フィリピンまで、イスラム・ベルトに沿って「第二イスラム国」が東南アジア全体へ南下してくる可能性があるからだ。
 地政学の常識からすれば、内陸部に不安定化のおそれがある状況で、南沙や尖閣で挑発を繰り返すような余裕は中国にはないはずだ。しかし、中国は海洋進出を止めようとはしない。
 いまの中国は、昭和の大日本帝国に似ているのではないか。
 両者の共通点は、近代戦の経験から遠ざかっていることだ。戦後中国が経験した近代戦は、
   1969年 中ソ国境における珍宝島(ダマンスキー島)事件
   1979年 中越戦争
くらいで、もう四半世紀、実戦を経験していない。しかもどちらも、陸軍の戦争だった。海軍に至っては日清戦争の黄海海戦(1894年)まで遡らなければならない。120年以上のブランクがある。
 いま南沙や尖閣で盛んに挑発している面々は、本当の戦争などまったく知らない。
 戦前の日本にとって日中戦争が泥沼になったように、中国にとって中央アジアが泥沼の戦場に化すかもしれない。

□佐藤優「昭和史を武器に変える10の思考術」(「文藝春秋SPECIAL」2015年秋号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【佐藤優】これから重要なのは地政学と未来学 ~昭和史(8)~
【佐藤優】近代戦は個人の能力よりチーム力 ~昭和史(7)~
【佐藤優】戦略なき組織は敗北も自覚できない ~昭和史(6)~
【佐藤優】人材の枠を狭めると組織は滅ぶ ~昭和史(5)~
【佐藤優】企画、実行、評価を分けろ ~昭和史(4)~
【佐藤優】いざという時ほど基礎的学習が役に立つ ~昭和史(3)~
【佐藤優】現場にツケを回す上司のキーワードは「工夫しろ」 ~昭和史(2)~
【佐藤優】実戦なき組織は官僚化する ~昭和史(1)~

  


【佐藤優】これから重要なのは地政学と未来学 ~昭和史(8)~

2015年11月07日 | ●佐藤優
 (承前:昭和史を武器に変える10の思考術)

(8)これから重要なのは地政学と未来学
 『小説 日米戦争未来記』は、1920(大正9)年に書かれた近未来小説だ。若者を中心に大ベストセラーになったらしい。反米論がかなり出始めていた当時において、勝つのは「そう簡単じゃない。米国は強いぞ。勘違いしないほうがいい」と戒めているのだ。
 20世紀の終わり頃、移民問題や対シナ問題をめぐり、日米両国の利害が衝突。排日主義を掲げて経済的にアジアを侵略し始めた米国に対し、国際連盟加盟各国は日本を支援。ついに両国は開戦する。
 米国は新兵器「電波利用空中魚雷」、今でいうところの誘導式巡航ミサイルを開発していて、ハワイとフィリピンに向かった連合艦隊の精鋭は、緒戦で全滅してしまう。日本政府はこの事実を明らかにすべきかどうか迷う。「第二戦で勝利してから、真実を発表すべきではないか」「いや、国民にはすべてを明らかにしなければ」というような議論のあげく、後者が勝つ。米国を甘くみて熱狂していた日本国民は、たちまち士気を粗相喪失してしまう。
 朝鮮半島では独立運動が本格化。中国とは対立し、満州日本軍も全滅。日本は窮地に追い込まれていく。戦火は拡大し、世界大戦となる。そこへ登場した天才・石仏博士が、宇宙の引力と斥力を利用した燃料不要の新兵器「空中軍艦」を建造。米国太平洋艦隊が本土へ迫り来る中、日本軍は反撃に出る。
 ・・・・という物語だ。
 国際情勢をもとにしたシミュレーションとストーリーの組み立ては、とてもよくできている。
 著者は樋口麗陽。詳細不明の人だが、興味深いのは、日米対決の帰結が、公開情報をベースにしていたはずの著者にも読めていたことだ。国際情勢の基本が分かっていた当時の人たちは、日米決戦になった場合、そう簡単には勝てないと見抜いていた。
 佐藤優はこの小説を現代語に書き換え、解題をつけて出版した(『この国が戦争に導かれる時 超訳 小説・日米戦争』、徳間文庫)。
 この本には、現代日本で欠けている二種類の「知」を見てとることができる。
  (a)軍事、外交、経済など様々な要素を総合して未来を予測する未来学。
  (b)地政学。
 樋口の発想の基本には(b)がある。
 海洋国家であるイギリスと米国は、いつもくっついている。それに対抗して、大陸国家であるドイツとロシアがくっつく。同じく大陸国家のフランスは。独露と立ち向かうために英米側につく。海洋国家である日本の利害は英米と衝突するから独露の側につく。
 ・・・・というのが樋口の描いた構図だ。
 のちに、1940年、日独伊三国同盟が結ばれたとき、ソ連をそこに加える構想が実際にあったから、樋口の見立てはなかなかあなどれない。
 地理的条件は、人間には変えることができない。時代が経っても変わらない。だから地政学的発想は、時代を超えて応用が利く。
 戦前の日本では地政学がそれなりに学ばれていた。しかし、陸軍の対象はシベリアや大陸支配に向けられ、海洋戦略はほとんどなかった。だから、南方に進出してイギリスの権益を侵しても、米国は出てこないだろうといった甘い見通しを捨てられなかった。
 また、縄張りと地理が極端に異なっているのは危険だ、と地政学では考える。メインランドから遠く離れた土地を自らの縄張りにすると余計なエネルギーが要るからだ。
 米国が遠い中東に兵を出したり、地理的に近いキューバと外交関係を持たなかったのは、地政学に反していた。しかし今、米国が中東から事実上退き、キューバと関係を正常化するのは地政学に適った政策だ。
 ところが、日本は今、地政学的におかしなことばかりしている。<例>安保法制。
 集団的自衛権行使の例として、政府はホルムズ海峡での機雷の撤去の協力を挙げた。しかし、
   ①安保法制の是非が国会で議論になっている頃、国際社会では米英露中仏独の6か国とイランが13年間ものマラソン交渉の結果、核開発問題の合意に至っている。
   ②しかも、オマーンとイランの伝統的な友好関係からしてオマーンの領海内にイランが機雷を敷設するのは、日本の海上自衛隊とフィリピン海軍が衝突する可能性と同じぐらいの確率だ。
 日本政府の地政学レベルは、大正時代の空想小説にも及ばないレベルだ。

□佐藤優「昭和史を武器に変える10の思考術」(「文藝春秋SPECIAL」2015年秋号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【佐藤優】近代戦は個人の能力よりチーム力 ~昭和史(7)~
【佐藤優】戦略なき組織は敗北も自覚できない ~昭和史(6)~
【佐藤優】人材の枠を狭めると組織は滅ぶ ~昭和史(5)~
【佐藤優】企画、実行、評価を分けろ ~昭和史(4)~
【佐藤優】いざという時ほど基礎的学習が役に立つ ~昭和史(3)~
【佐藤優】現場にツケを回す上司のキーワードは「工夫しろ」 ~昭和史(2)~
【佐藤優】実戦なき組織は官僚化する ~昭和史(1)~

  


【詩歌】H・ハイネ「なにゆえにこう悲しいか(ローレライ)」

2015年11月07日 | 詩歌
  

 なじかは知らねど
 心わびて
 昔のつたえは
 そぞろ身にしむ

 さびしく暮れゆく
 ラインのながれ
 いりひに山々
 あかくはゆる

 うるわしおとめの
 いわおに立ちて
 こがねの櫛とり
 髪のみだれを

 梳きつつくちずさぶ
 歌の声の
 くすしき魔力(ちから)に
 魂(たま)もまよう

 こぎゆく舟びと
 歌に憧れ
 岩根もみやらず
 仰げばやがて

 浪間に沈むる
 ひとも舟も
 くすしき魔歌(まがうた)
 うたうローレライ

 Ich weiß nicht, was soll es bedeuten,
 Daß ich so traurig bin;
 Ein Märchen aus alten Zeiten,
 Das kommt mir nicht aus dem Sinn.

 Die Luft ist kühl und es dunkelt,
 Und ruhig fließt der Rhein;
 Der Gipfel des Berges funkelt
 Im Abend sonnen schein.
   
 Die schönste Jungfrau sitzet
 Dort oben wunderbar,
 Ihr goldnes Geschmeide blitzet,
 Sie kämmt ihr goldenes Haar.

 Sie kämmt es mit goldenem Kamme,
 Und singt ein Lied dabei;
 Das hat eine wundersame,
 Gewaltige Melodei.
   
 Den Schiffer im kleinen Schiffe,
 Ergreift es mit wildem Weh;
 Er schaut nicht die Felsenriffe,
 Er schaut nur hinauf in die Höh'.

 Ich glaube, die Wellen verschlingen
 Am Ende Schiffer und Kahn;
 Und das hat mit ihrem Singen
 Die Lorelei getan

□ハインリヒ・ハイネ(近藤朔風・訳)「なにゆえにこう悲しいか(ローレライ)」(『歌の本』の「帰郷」の部)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

【佐藤優】近代戦は個人の能力よりチーム力 ~昭和史(7)~

2015年11月06日 | ●佐藤優
 (承前:昭和史を武器に変える10の思考術)

(7)近代戦は個人の能力よりチーム力
 (1)-⑨ノモンハン事件(1939年)の実態はいまだによくわかっていない。あまりの惨敗に、責任追及を恐れた軍部が記録をあまり残さなかったからだとも言われている。しかし、敗戦は戦訓の宝庫だ。ここでは航空戦について見る。
 ノモンハンにおけるソ連の主力戦闘機は、I-15とI-16だった。Iはイストロビーチェリ(戦闘機)。
 I-16は実戦で使われた世界初の単葉機で、脚も引き込み式だった。しかし、旋回が悪くて空中戦に剥かないので、速度は遅いけれども旋回性に優れるI-15(複葉機)も並行して造った。ソ連軍は、この混成部隊だ。
 最初、日本軍の九七式戦闘機(単葉機)とI-15との空中戦が始まる。やがてI-15はスッと逃げてしまう。すると上空からものすごいスピードと強力な火力を持つI-16が急降下で襲ってくる。それまで戦闘機戦といえば、互いに顔を見合わせて羽根を振って挨拶してから一対一の決闘をしていた。ところが、ノモンハンの空中戦は、パイロットの技量に頼る個人戦から編隊によるチーム戦に変わった。
 それと、日本の戦闘機は滑走路がないと離着陸できない。しかし、ソ連の戦闘機は、見た目は不格好だが、畑の上に下りて畑から飛び立てる。実際の戦闘を考えて造られている分、強かった。
 個人戦よりチーム戦。これは後に圧倒的に優秀な零戦を前に米軍が取った戦法でもあった。
 ノモンハンの貴重な戦訓を活かさなかった日本軍は、近代的な組織にうまく転換しきれなかった。
 同様に近代的なシステムに転換できなかったのがインテリジェンスだ。日露戦争ではストックホルム駐在の明石元二郎・大佐が活躍するなど、日本のインテリジェンスは大きな成果を挙げた。
 ところが、それが昭和の戦争では発揮できなかった。なぜか。
 日露戦争のころは、明石のような余人をもって代えがたい“情報の神様”が莫大な資金を武器に展開する特務機関方式が日本のお家芸だった。つまり、個人の能力に頼っていた。
 ところが、次第に明らかになったのは、他国は組織で情報戦を戦っているという事実だった。それに気づいた陸軍が中野学校をつくったのが1938年で、海軍はもっと遅れをとっていた。
 外務省は、戦時中のベルリンでは日本円がもはや信用されず、物資を調達できなくなった。で、ベルリンの大使館員はスイスへ行った。スイスでは、日本円がいくらでもスイス・フランに交換できた。それまでは大使館用の金塊などをこっそり潜水艦で日本から運んできたのだが、それが分かってからは日本円を大量にスイスへ運べばいい。
 問題は、このとき、なぜスイスで日本円が使えるのか、誰もその理由を考えようとしなかったことだ。
 実は、スイスで交換された日本円は、米国のダレス機関に渡っていた。スパイを日本に上陸させて活動させる工作資金として日本円が必要だったからだ。
 要するに、ベルリンの大使館員は、米国の諜報用の紙幣を自ら進んで提供したわけだ。
 これも、経済も含めた総合的なインテリジェンスの世界に、戦前の日本が追いついていなかった証左の一つだ。

□佐藤優「昭和史を武器に変える10の思考術」(「文藝春秋SPECIAL」2015年秋号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【佐藤優】戦略なき組織は敗北も自覚できない ~昭和史(6)~
【佐藤優】人材の枠を狭めると組織は滅ぶ ~昭和史(5)~
【佐藤優】企画、実行、評価を分けろ ~昭和史(4)~
【佐藤優】いざという時ほど基礎的学習が役に立つ ~昭和史(3)~
【佐藤優】現場にツケを回す上司のキーワードは「工夫しろ」 ~昭和史(2)~
【佐藤優】実戦なき組織は官僚化する ~昭和史(1)~

  

【佐藤優】戦略なき組織は敗北も自覚できない ~昭和史(6)~

2015年11月06日 | ●佐藤優
 (承前:昭和史を武器に変える10の思考術)

(6)戦略なき組織は敗北も自覚できない
 大東亜戦争に突入したのは陸軍の暴走だ、と言われることが多いが、安全保障のための緩衝地域、資源などの権益を求めて大陸へ進出して行ったプロセスは、進出の是非はさて措き、それなりに考え方の跡をたどることはできる。
 理解しがたいのは、むしろ海軍の戦略だ。本気で米国と戦おうと考えていたのなら、なぜ「大和」や「武蔵」のような無意味な巨艦を造ったのか。島嶼戦を考えるならば、海軍陸戦隊を海兵隊に再編すべきだった。実際の海軍の戦略には、実戦への覚悟が感じられない。
 結局は、成功体験にとらわれ、日本海海戦の延長戦上で考えていたからだ。「最後は艦隊決戦だ」という日露戦争以来不変の戦争観だった。だから海軍は、敗北を認識するのも遅かった。すでにサイパンもグアムも玉砕しているのに、「武蔵」が沈んで初めて
 「まだ『大和』があるけど、もしかしたらダメかもしれない」
などと気がついた。敗北に気づくのが遅れたのは、勝利のためのプランがそもそも成立していなかったからだ。
 日本の軍隊では、ロジスティックス(兵站)という思想が非常に脆弱だった。陸軍は、食い物が欲しかったら軍票を渡すから現地で調達しろ、という。これでは住民との関係が悪化するしかない。海軍は海軍で、艦隊決戦主義だから、敵の商船妨害はおろか、味方の輸送船警備もおろそかにしていた。
 しかも、海軍は戦争末期まで資源などの分配をめぐって、陸軍と争い続けた。陸海軍ともに、官僚組織の病弊であるセクショナリズムが骨の髄まで染み渡っていたからだ。
 こうした兵站軽視とセクショナリズムが端的に表れたのが、1932年以降、
   陸軍が一生懸命航空母艦を造った
ことだ。ミッドウェー海戦のあと、海軍が輸送船の護衛をしてくれないから、陸軍は「あきつ丸」ほか4隻の揚陸艦を航空母艦に改装した。海軍が分けてくれないから、といって艦載機まで自力開発している。世界広しといえども、陸軍で空母を造ったのは日本だけではないか。
 そのとき海軍は何をしていたか。
 回状を回して「陸軍の造った船であって敵艦ではないので、沈めないように」と知らせただけだ。
 実際、海軍は、陸軍艦を敵艦と勘違いして、けっこう沈めている。まさに絵に描いたような縦割り組織の自滅だ。 

□佐藤優「昭和史を武器に変える10の思考術」(「文藝春秋SPECIAL」2015年秋号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【佐藤優】人材の枠を狭めると組織は滅ぶ ~昭和史(5)~
【佐藤優】企画、実行、評価を分けろ ~昭和史(4)~
【佐藤優】いざという時ほど基礎的学習が役に立つ ~昭和史(3)~
【佐藤優】現場にツケを回す上司のキーワードは「工夫しろ」 ~昭和史(2)~
【佐藤優】実戦なき組織は官僚化する ~昭和史(1)~

  


【佐藤優】人材の枠を狭めると組織は滅ぶ ~昭和史(5)~

2015年11月06日 | ●佐藤優
 (承前:昭和史を武器に変える10の思考術)

(5)人材の枠を狭めると組織は滅ぶ
 官僚化した日本軍は、すさまじい受験社会でもあった。海軍ならば兵学校の卒業席次をさす「ハンモックナンバー」、陸軍ならば陸軍大学校卒業時の「天保銭組」であるか否かが後々までついてまわり、出世にも影響した。
 しかし、苛烈な試験を行えば人材が集まり、育つというわけではない。むしろ、選抜をひとつの方式に偏らせてしまうと、エリートであればあるほど、それに過剰反応を起こしてしまう。
 人材という観点から昭和前期を見ると、大正時代に培った人材(高度な教育を受けた)を無造作に消費していった時代だ。
 大正時代の日本は、教育が大きな成果を挙げた時代だ。大学令(大正8年)は、大正デモクラシーより大きな出来事だ。帝国大学以外に、公立大学、私立大学を認め、高等教育を受けられる人口を飛躍的に増やした。
 そうして養成した人材が、昭和前期には戦争で消費された。放物線の計算ができなければ航空母艦に体当たりできないといって特攻機に乗せられた学生がいた。大蔵省の若手官僚が、経理将校として前線に送られ、戦死した。
 人材が使い捨てにされる中、比較的トップエリートを温存した組織は外務省だ。外務省は早くから「負ける」とわかっていたから、戦時中に若手エリートをヨーロッパに研修に出した。語学と教養を身につけさせた。その結果、戦後は外務省の時代になった。幣原喜重郎、吉田茂、芦田均といった外交官出身の首相が相次いだのは偶然ではない。
 また、組織にはコアなエリートばかりではなく、異質な人材も必要だ。どんな不測の事態が起こるかもしれないからだ。状況が激変したとき、似たタイプのエリートばかり集めていては全滅する危険性がある。普段はさほど役に立たないように見えたり、クセが強いような人材でも、いざというときのためプールしておくことが、組織としては重要だ。
 しかし、昭和は前期も後期も、そういう異質な人材をプールしておく余裕に乏しい時代だった。日本のエリート育成システムは、明治・大正までは専門などによっていくつものコースを選び得る複線構造になっていたが、昭和になると、最終的に軍を頂点とする単線構造になってしまった。戦後、軍隊がなくなると、今度は経済に一本化された。団塊の世代にしても、学生運動をあれだけやった後で、みんな企業戦士になってしまった。
 エリートは、本来、分散化していなければならない。ビジネスで成功する者、官僚、政治家、作家、学者・・・・みな適性が違う。したがって、より幅広い人材を活用できる。そのほうが、組織も社会も安定性が高まる。

□佐藤優「昭和史を武器に変える10の思考術」(「文藝春秋SPECIAL」2015年秋号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【佐藤優】企画、実行、評価を分けろ ~昭和史(4)~
【佐藤優】いざという時ほど基礎的学習が役に立つ ~昭和史(3)~
【佐藤優】現場にツケを回す上司のキーワードは「工夫しろ」 ~昭和史(2)~
【佐藤優】実戦なき組織は官僚化する ~昭和史(1)~

  

【佐藤優】企画、実行、評価を分けろ ~昭和史(4)~

2015年11月06日 | ●佐藤優
 (承前:昭和史を武器に変える10の思考術)

(4)企画、実行、評価を分けろ
 (2)の「うまくやれ」型組織原理が行き着く先は、「現場の暴走」だ。上が下に丸投げしているのだから、いざという場面で統制がきくはずがない。
 つまり①企画立案、②実行(遂行)、③評価のいずれも現場が行う。すると、どんな作戦でも、報告されるのは「成功」か「大成功」になってしまう。
 まともなリーダーシップが機能している組織では、こうはならない。
 いま、日本の外務省のホームページでは、あらゆる会談や外交はすべて「成功」で終わっている。それは、①が外務省、②も外交官、そのシナリオどおりに政治家が動き、③も外務省自身が行うからだ。
 外務省は、昭和の日本軍の轍を踏んでいる。そうした自己評価による「成功」と「大成功」の集積が、結局敗戦という「大失敗」に日本を導いていった。

□佐藤優「昭和史を武器に変える10の思考術」(「文藝春秋SPECIAL」2015年秋号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【佐藤優】いざという時ほど基礎的学習が役に立つ ~昭和史(3)~
【佐藤優】現場にツケを回す上司のキーワードは「工夫しろ」 ~昭和史(2)~
【佐藤優】実戦なき組織は官僚化する ~昭和史(1)~