語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~

2015年11月14日 | ●佐藤優
 『あぶない一神教』は序章を含めて6つの章で構成されている。
  序章 孤立する日本人
  第1章 一神教の誕生
  第2章 迷えるイスラム教
  第3章 キリスト教の限界
  第4章 一神教と資本主義
  第5章 「未知なるもの」と対話するために

 ここでは第3章をとりあげる。第3章は次の各節からなる。
 (1)イエス・キリストは「神の子」か
 (2)ユニテリアンとは何か
 (3)ハーバード大学にユニテリアンが多い理由
 (4)サクラメントとは何か
 (5)何がキリスト教信仰を守るのか
 (6)第一次世界大戦という衝撃
 (7)なぜバルトはナチズムに勝ったのか
 (8)皇国史観はバルト神学がモデル?
 (9)米国が選ぶのは実証主義か霊感説か
 (10)無関心の共存は可能か

(1)イエス・キリストは「神の子」か
 キリスト教とイスラム教は、同じ一神教で、同じ神様を信じているはずなのに、物語のフレーム、文化のフレームが違う。だから対立が続くのだ。その原因を一点に絞れば、イエス・キリストの存在に行き着く。
 イスラム教にはイエス・キリストに当たる存在がない。この差がもっとも大きい。
 イエス・キリストとは何か。
 人間である。間違いない。
 ただし、正統のキリスト教によれば、イエス・キリストは天地創造のはじめから“神の子”である。神から生まれて、とき至って、聖霊によってマリアから生まれ、肉体を得て人となった。つまり、人となる前は、神だった。人として処刑され、のちに復活した。イエス・キリストが神であることは、終始一貫している。人だったのは、人として生まれてからだ。
 しかし、いまは人間だ。神の右の座に就いているけれど、人間として座っている。人間だけれど、まことの神である。
 ここから「三一論/三位一体論」(トリニティ)で議論になる【注】。
 そもそもキリスト教では、一神教でありながら、唯一の神を信じるという形態をとらない。神様はひとつであるが、父なる神、子なる神(イエス・キリスト)、聖霊なる神がいるという三一論だ。ひとつの神だけれど、三つある。一で三だ。
 この問題の神学的処理は簡単だ。わからないから、不合理だから、信じるしかない。こう結着をつけている。
 この考え方の基本になっているのが「受肉」論だ。神の子であるイエス・キリストが人間として生まれてきたことを「受肉」という。なぜ肉の形(人間の形)をとらざるをえなかったのか。仏教の輪廻転生とは違う一回限りのできごとだ。
 ここがキリスト教の一番の特徴だ。イスラム教にもユダヤ教にもない考え方だ。米国型キリスト教であるユニテリアンにも「受肉」という考え方はない。

 【注】東京神学大学では「三位一体論」、同志社大学神学部では「三一論」という術語を使う傾向がある。トリニティに「位」や「体」に相当する言葉は入っていない。「三一」のほうが正確だ。

□佐藤優『あぶない一神教』(小学館新書、2015)/共著:橋爪大三郎
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 【参考】
●第3章 キリスト教の限界
【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~
【佐藤優】ユニテリアンとは何か ~ キリスト教の限界(2)~
【佐藤優】ハーバード大学にユニテリアンが多い理由 ~ キリスト教の限界(3)~
【佐藤優】サクラメントとは何か ~ キリスト教の限界(4)~
【佐藤優】何がキリスト教信仰を守るのか ~ キリスト教の限界(5)~
【佐藤優】第一次世界大戦という衝撃 ~ キリスト教の限界(6)~
【佐藤優】なぜバルトはナチズムに勝ったのか ~ キリスト教の限界(7)~
【佐藤優】皇国史観はバルト神学がモデル? ~ キリスト教の限界(8)~
【佐藤優】米国が選ぶのは実証主義か霊感説か ~ キリスト教の限界(9)~
【佐藤優】無関心の共存は可能か ~ キリスト教の限界(10)~

●第4章 一神教と資本主義
【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~
【佐藤優】なぜ人間の論理は発展したのか ~一神教と資本主義(2)~
【佐藤優】最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い ~一神教と資本主義(3)~
【佐藤優】15世紀の教会はまるで暴力団 ~一神教と資本主義(4)~
【佐藤優】隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか ~一神教と資本主義(5)~
【佐藤優】自然は神がつくった秩序か ~一神教と資本主義(6)~
【佐藤優】働くことは罰なのか ~一神教と資本主義(7)~
【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~
【佐藤優】神の「視えざる手」とは何か ~一神教と資本主義(9)~
【佐藤優】なぜイスラムは、経済がだめか ~一神教と資本主義(10)~

  
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【佐藤優】「クルド人」がトルコに怒る理由 ~日本でも衝突~

2015年11月14日 | ●佐藤優
 (1)11月1日、トルコで総選挙(一院制、定数550)の投開票が行われた。
 <アナトリア通信によると、与党・公正発展党(AKP)が316議席を確保し、圧勝した。6月の前回総選挙後、トルコではテロが相次ぎ、クルド系非合法武装組織との和平交渉も破綻。社会不安が高まる中、有権者は安定を求め、AKP単独政権に再びかじ取りを委ねた。
 アナトリア通信の集計によると、開票率99・58%で、イスラムの伝統を重視する与党AKPは58増の316議席。野党勢力は世俗派の共和人民党(CHP)が3増の134議席▽少数民族クルド系の人民民主主義党(HDP)が21減の59議席▽トルコ民族主義を掲げる極右の民族主義者行動党(MHP)が38減の41議席。投票率は85・46%>【注1】

 (2)今回の総選挙が行われた経緯は、かなりいかがわしい。6月7日に総選挙が行われたばかりだからだ。同月18日、選挙管理委員会が発表した最終結果は、次のとおり。
 <議席数はイスラム色の強い与党、公正発展党(AKP)が258、中道左派の共和人民党(CHP)が132、極右の民族主義者行動党(MHP)と、少数民族クルド人系の左派、国民民主主義党(HDP)が共に80>【注2】
 トルコでは、2002年から13年間、公正発展党が議席の過半数を獲得し、単独政権を維持してきた。しかし、6月7日の総選挙ではクルド系の政党に票を奪われる形で議席を減らし、過半数を獲得できなかった。
 このため、公正発展党による単独政権をめざすエルドアン大統領が、大統領権限11月1日に再選挙の実施を決定した。

 (3)トルコでの投票に先立って、10月25日、東京のトルコ大使館で、日本に在住の有権者のための在外投票が行われた際、トルコ人とクルド人の衝突が起き、負傷者が出た。

 (4)クルド人は、クルド語を母語とし、独自の歴史と文化を持つ。にもかかわらず、第一次世界大戦に勝利した英国とフランスが、オスマン帝国を解体した際、クルド人居住地域(クルディスタン)が、トルコ、シリア、イラク、イランなどに分断された。
 現在のクルド人人口は3,000万人と推定され、国家を持たない民族として世界最大の民族と言われる。
 トルコ、シリア、イラク、イランなどにおいて、クルド人は少数民族として差別されている。
 トルコでは、1984年に武装組織「クルディスタン労働党」(PKK)が分離独立を求めて武装闘争を開始し、トルコ政府との関係が緊張している。エルドアン政権は、2013年1月から収監中のアブドゥッラー・オジャラン・PKK党首と対話を始め、強硬策を軌道修正している。

 (5)今回の選挙でも、
 <クルド系のHDPは、政党が国会で議席を持つために必要な全国平均得票率10%を今回も上回り、第3党の座を維持した>【注3】
ので、エルドアン大統領の与党が議席の過半数を獲得したとはいえ、トルコ人とクルド人の対立は沈静化しない。 

 【注1】記事「トルコ与党、過半数回復 「安定」訴え圧勝 総選挙」(朝日新聞デジタル 2015年11月2日)
 【注2】記事(共同通信 2015年6月19日)
 【注3】【注1】と同じ記事

□佐藤優「日本でも衝突 「クルド人」がトルコに怒る理由 ~佐藤優の人間観察 第135回~」(「週刊現代」2015年11月21日号)
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 【参考】
【佐藤優】異なるパラダイムが同時進行 ~激変する国際秩序~
【佐藤優】被虐待児の自立、ほんとうの法華経、外務官僚の反知性主義
【佐藤優】日本人が苦手な類比的思考 ~昭和史(10)~
【佐藤優】地政学の目で中国を読む ~昭和史(9)~
【佐藤優】これから重要なのは地政学と未来学 ~昭和史(8)~
【佐藤優】近代戦は個人の能力よりチーム力 ~昭和史(7)~
【佐藤優】戦略なき組織は敗北も自覚できない ~昭和史(6)~
【佐藤優】人材の枠を狭めると組織は滅ぶ ~昭和史(5)~
【佐藤優】企画、実行、評価を分けろ ~昭和史(4)~
【佐藤優】いざという時ほど基礎的学習が役に立つ ~昭和史(3)~
【佐藤優】現場にツケを回す上司のキーワードは「工夫しろ」 ~昭和史(2)~
【佐藤優】実戦なき組織は官僚化する ~昭和史(1)~
【佐藤優】バチカン教理省神父の告白 ~同性愛~
【佐藤優】進むEUの政治統合、七三一部隊、政治家のお遍路
【佐藤優】【米国】がこれから進むべき道 ~公約撤回~
【佐藤優】同志社大学神学部 私はいかに学び、考え、議論したか」「【佐藤優】プーチンのメッセージ
【佐藤優】ロシア人の受け止め方 ~ノーベル文学賞~
【佐藤優】×池上彰「新・教育論」
【佐藤優】沖縄・日本から分離か、安倍「改憲」を撃つ、親日派のいた英国となぜ開戦
【佐藤優】シリアで始まったグレート・ゲーム ~「疑わしきは殺す」~
【佐藤優】沖縄の自己決定権確立に大貢献 ~翁長国連演説~
【佐藤優】現実の問題を解決する能力 ~知を磨く読書~
【佐藤優】琉球独立宣言、よみがえる民族主義に備えよ、ウクライナ日記
【佐藤優】『知の教室 ~教養は最強の武器である~』目次
【佐藤優】ネット右翼の終わり、解釈改憲のからくり、ナチスの戦争
【佐藤優】「学力」の経済学、統計と予言、数学と戦略思考
【佐藤優】聖地で起きた「大事故」 ~イランが怒る理由~
【佐藤優】テロ対策、特高の現実 ~知を磨く読書~
【佐藤優】フランスにイスラム教の政権が生まれたら恐怖 ~『服従』~
【佐藤優】ロシアを怒らせた安倍政権の「外交スタンス」
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【ピケティ】本では手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~
【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~
【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~
【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~
【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~
【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
【佐藤優】の略歴
【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~
【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由
【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~
【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~
【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~
【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~
【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ
【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~
【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~
【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~
【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~
【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~
【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~
【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~
【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~
【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~
【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~
【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~
【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず
「森訪露」で浮かび上がった路線対立
【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~
【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」
【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~
【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~
【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~
【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~
【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~
【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~
【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~
【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ
【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 
【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 
【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 

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【古賀茂明】【原発】大手電力のエゴ丸出し

2015年11月14日 | 社会
 (1)電力に関して腑に落ちない報道が続いている。
 <例1>大手電力会社の2015年度上半期決算で、東日本大震災後初めて全社が黒字になった、というニュース。黒字額は10社合計で、驚くべし、1兆円弱。
 電力料金値上げ苦しむ庶民には、怒ってしまう数字だ。
 しかも、ついこの間まで、原発停止で経営難だという報道が続いていたが、この期間に再稼働していた原発は1基だけ(九州電力の川内原発)。燃料安などの要因もあるが、少なくとも現状では、原発なしでも黒字になった。
 釈然としない。

 (2)電力に関して腑に落ちない報道が続いている。
 <例2>昨冬に続き、今冬も節電の数値目標を設定しない、というニュース。北海道電力でもピーク電力に対する予備率は14%だ。最低限必要な比率が3%だから、楽々クリアしている。最も需給が逼迫する関西電力さえ3.3%、しかも西日本全体では5.4%。各社で融通し合えば問題はない。
 問題ないのに、電力会社は依然として、「老朽化した火力発電所の事故もあり得る」などと、うそぶいて「電力は足りている」とは認めない。認めたら「原発は不要だ」と突っ込まれても抵抗できないからだ。
 しかし、実際には、大手電力の電力販売量は減少する一方なのだ。企業や国民の節電が進んだのが大きい。この動きはさらに加速するだろう。

 (3)大手電力には「ハムレットの悩み」がある。
   「節電要請をすべきか、すべきでないか」
 本音では、原発を動かして、電力販売を増やしたい。そのためには節電は困る。
 しかし、節電しなくていいと言えば、「電気が足りているのか、それなら原発はいらん」と言われてしまう。
 そこで、「数値目標のない節電要請」という答えに行き着く。
 数字を出せば、実現のための具体的な施策が必要となるが、それで本当に需要が減ったら困る。そこで、「無理のない範囲で節電を」と呼びかける。「本気で節電しないでね」と言うのと同じだ。

 (4)(3)の「ハムレットの悩み」を象徴するとんでもない話がある。
 関西電力が、来年4月から、電気を大量に使う家庭向けに特別割引の新プランを用意し、その原資とするために、いくつかの深夜割引プランなどへの新規加入を廃止する、というのだ。
 関電は、高浜、大飯、美浜などの原発を動かしたい。しかし、その結果として電力がジャブジャブに余るので、消費者にもジャブジャブ電気を使ってもらいたい、というわけだ。

 (5)日本の家庭向け電力料金は、消費量が増えると段階的に割高になる仕組みだ。省エネを推進するうえで重要な政策になっている。
 ところが、関電は国策に背いて、オール電化のように大量の電気を使う家庭をどんどん増やし、その人たちだけ特別に割安の料金を適用する、というのだ。
 一生けんめい節電し、家計をやりくりしている家庭に割高の料金を払わせて、節電しない家庭を優遇するというのだ。企業のエゴ丸出しで、国全体のことを考えていない。「公共事業」の名を汚す行為だ。

 (6)安倍政権は、小売り自由化の名のもとに、こうしたデタラメな行動を許すだろう。
 原発推進のためなら、何でもありだ。
 これほど論理破綻した政策に固執するのは、利権のためか、核武装のためか。

□古賀茂明「エゴ丸出しの大手電力 ~官々愕々第177回~」(「週刊現代」2015年11月21日号)
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 【参考】
【古賀茂明】勝っても負けても安倍自民には得 ~大阪ダブル選
【古賀茂明】問題だらけの軽減税率 ~最悪の方向へ~
【古賀茂明】【原発】骨抜きの「ノーリターンルール」
【古賀茂明】アベノミクス「第二ステージ」 ~失敗を隠す官僚の常套手段~
【古賀茂明】難民と安倍とメルケルと ~ドイツと差がつく日本~
【古賀茂明】安保法成立の最大の戦犯
【古賀茂明】軽減税率、本当の問題 ~官々愕々第170回~
【古賀茂明】国民のために働く官僚の左遷 ~読売新聞の問答無用~
【古賀茂明】安倍首相の「積極的軍事主義」が根付くとき
【古賀茂明】電力自由化は進んでいない
【古賀茂明】【TPP】の漂流と「困った人たち」
【古賀茂明】安保法案の裏で利権拡大 ~原子力ムラ~
【古賀茂明】東芝の粉飾問題 ~「報道の粉飾」~
【古賀茂明】「反安倍」の起爆剤 ~若者たちの「反安倍」運動~
【古賀茂明】維新の党の深謀遠慮 ~風が吹けば橋下市長が儲かる~
【古賀茂明】腐った農政 ~画餅に帰しつつある「日本再興」~
【古賀茂明】読売新聞の大チョンボ ~違法訪問勧誘~
【古賀茂明】「信念」を問われる政治家 ~違憲な安保法制~
【古賀茂明】機能不全の3点セット ~戦争法案を止めるには~
【古賀茂明】維新が復活する日
【古賀茂明】戦争法案審議の傲慢と欺瞞 ~官僚のレトリック~
【古賀茂明】「再エネ」産業が終わる日 ~電源構成の政府案~
【古賀茂明】「増税先送り」「賃金増」のまやかし ~報道をどうチェックするか~
【古賀茂明】週末や平日夜間に開催 ~地方議会の改革~
【古賀茂明】原発再稼働も上からの目線で「粛々と」 ~菅官房長官~
【古賀茂明】テレビコメンテーターの種類 ~テレ朝問題(7)~
【報道】古賀氏ら降板の裏に新事実 ~テレ朝問題(6)~
【古賀茂明】役立たずの「情報監視審査会」 ~国民は知らぬがホトケ~
【報道】ジャーナリズムの役目と現状 ~テレ朝問題(5)~
【古賀茂明】氏を視聴者の7割が支持 ~テレ朝問題(4)~
【古賀茂明】氏、何があったかを全部話す ~テレ朝「報ステ」問題(3)~
【古賀茂明】氏に係る官邸の圧力 ~テレ朝「報道ステーション」(2)~
【古賀茂明】氏に対するバッシング ~テレ朝「報道ステーション」問題~
【古賀茂明】これが「美しい国」なのか ~安倍政権がめざすカジノ大国~
【古賀茂明】原発廃炉と新増設とはセット ~「重要なベースロード電源」論~
【古賀茂明】改革逆行国会 ~安倍政権の官僚優遇~
【古賀茂明】安部総理の「大嘘」の大罪 ~汚染水~
【古賀茂明】「政治とカネ」を監視するシステム ~マイナンバーの使い方~
【古賀茂明】南アとアパルトヘイト ~曽野綾子と産経新聞~
【古賀茂明】報道自粛に抗する声明
【古賀茂明】「戦争実現国会」への動き
【古賀茂明】日本人を見捨てた安倍首相 ~二つのウソ~
【古賀茂明】盗人猛々しい安倍政権とテレビ局
【古賀茂明】安倍政権が露骨な沖縄バッシングを行っている
【古賀茂明】官僚の暴走 ~経産省と防衛省~
【古賀茂明】安倍政権が、官僚主導によって再び動き出す
【古賀茂明】自民党の圧力文書 ~表現の自由を侵害~
【古賀茂明】自民党が犯した最大の罪 ~自民党若手政治家による自己批判~
【古賀茂明】解散と安倍政権の暴走 ~傾向と対策~
【古賀茂明】解散と安倍政権の暴走
【古賀茂明】文書通信交通滞在費と維新の法案
【古賀茂明】宮沢経産相は「官僚の守護神」 ~原発再稼働~
【古賀茂明】再生エネルギー買い取り停止の裏で
【古賀茂明】女性活用に本気でない安部政権
【古賀茂明】【原発】中間貯蔵施設で官僚焼け太り
【古賀茂明】御嶽山で多数の死者が出た背景 ~政治家の都合、官僚と学者の利権~
【古賀茂明】従順な小渕大臣と暴走する官僚 ~原発再稼働~
【古賀茂明】イスラム国との戦争 ~集団的自衛権~
【古賀茂明】「地方創生」は地方衰退への近道 ~虚構のアベノミクス~
【古賀茂明】【原発】原子力ムラの最終兵器
【古賀茂明】【原発】凍らない凍土壁に税金を投入し続けたわけ
【古賀茂明】【原発】勝俣恒久・元東電会長らの起訴 ~検察審査会~
【古賀茂明】安倍政権の武器輸出 ~時代遅れの「正義の味方」~
【古賀茂明】またも折れそうな第三の矢 ~医薬品ネット販売解禁の大嘘~
【古賀茂明】「1年後の夏」に向けた布石 ~集団的自衛権~
【古賀茂明】法人減税で浮き彫りにされる本当の支配者 ~官僚と経団連~
【古賀茂明】都議会「暴言問題」の真実 ~記者クラブによる隠蔽~
古賀茂明】集団的自衛権とワールドカップ
【古賀茂明】野党再編のカギは「戦争」
【古賀茂明】電力会社の歪んだ「競争」 ~税金をもらって商売~
【原発】【古賀茂明】規制委員会人事とメディアの責任
【古賀茂明】医師と官僚の癒着の構造
【古賀茂明】電力会社「値上げ救済」の愚 ~経営難は自業自得~
【古賀茂明】竹富町「教科書問題」の本質 ~原発推進教科書~
【古賀茂明】安部総理の「11本の矢」 ~戦争国家への道~
【古賀茂明】理研は利権 ~文科官僚~
【古賀茂明】「武器・原発・外国人」が成長戦略 ~アベノミクスの今~
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【古賀茂明】東電を絶対に潰さずに銀行を守る ~新再建計画~
【古賀茂明】「避難計画」なき原発再稼働
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【古賀茂明】安倍政権の戦争準備 ~恐怖の3点セット~
【原発】【古賀茂明】利権構造が完全復活 ~東日本大震災3年~
【古賀茂明】アベノミクスの限界 ~笑いの止まらない経産省~
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【食】植物油脂が超心配 ~塗るだけ簡単な「パン工房」~

2015年11月14日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)すっかりパン食が定着した日本の食生活。朝食は「パンにコーヒー」という人も多いだろう。
 基本的には、パンはごはん同様主食なので、栄養バランスからすると、おかず(副食)が必要だ。
 パンは炭水化物だから、蛋白質や脂質の三大栄養素、ビタミンやミネラルなどが必要だ。

 (2)調理に時間を割きたくない現代人は、パン(主食)におかず(副食)を用意するのは面倒くさいらしく、主食と副食が一体になった「サンドイッチ」や「菓子パン」などの手軽な携帯食が人気だ。
 <例>「ランチパッカー」と呼ばれる「ランチパック」(ヤマザキ)が好きな人は多い。 

 (3)塗るだけで簡単にサンドイッチやおにぎりに利用できる人気商品「パン工房」(キューピー)だが、「ツナ&マヨ」「コーン&マヨ」ともに原材料欄に18~19種類の材料が表記されている。
 JAS法に基づく原材料名を表示する基本ルールは、次のとおり。
   「使用した原材料を全て重量順に表示する」
   「食品添加物はそれ以外の原材料と分けて記載」
   「原材料名欄に、アレルギー、遺伝子組み換え、原料原産地に関する表示を含む」

 (4)「パン工房」の原材料で一番多く使用されているのは、植物油脂だ。
 植物油脂とは、植物から採取した油脂の総称で、血中コレステロール値低下や血液サラサラなどに働く不飽和脂肪酸を多く含んでいるが、分子結合が弱く不安定で、老化・酸化しやすい性質を持っている。
 この欠点を取り除くため、脂肪分子に水素原子を加えて変質や劣化しにくい植物油脂が誕生した。
 しかし、日持ちはよくなったものの、「人為的に作られたトランス脂肪酸」を含有しているため、深刻な健康被害が指摘されている。「人為的に作られたトランス脂肪酸」は、「食べるプラスチック」の異名を持つ。
 しかるに、「パン工房」の原材料表示では、使われている植物油脂が水素原子を添加したものであるかどうかが消費者にはわからない。さらに、その植物油脂の大豆、コーン、菜種などの原材料が遺伝子組み換え食品であるかどうかもわからない。
 日持ちのよい加工食品は、便利である反面、食品添加物ではない植物油脂ひとつにもこんな深刻な危険性が潜んでいる。

 (5)食品の原材料欄において、原材料の後に続くのは、食品添加物だ。
 使われている食品添加物は、
   「ツナ&マヨ」・・・・5種
   「コーン&マヨ」・・・・7種
だ。食品に比べて少ないから安全性が高いと思うのは早計だ。なぜなら、このうちの調味料、増粘剤、酸化防止剤、甘味料は一括表示が認められている添加物のため、単純に考えても、表示されている添加物の数の2~3倍になるのは間違いないからだ。
 「ツナ&マヨ」「コーン&マヨ」は、自分で作れば原材料はツナとマヨネーズ、コーンとマヨネーズのそれぞれ2つで済む。
 少しの手間を惜しむことで、考えられないような「食の危険」を体内に取り込んでしまう。これからの長い人生が待ち受けている若い人たちが、その危険性を気に留めずに安易に体内に取り入れる現状に危惧される。

□沢木みずほ「塗るだけ簡単な「パン工房」は植物油脂が超心配」(「週刊金曜日」2015年10月30日号)
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【佐藤優】なぜイスラムは、経済がだめか ~一神教と資本主義(10)~

2015年11月14日 | ●佐藤優
 (承前)

(10)なぜイスラムは、経済がだめか
 資本主義は、強欲資本主義に変質して人類のガンになってしまったのか。それとも資本主義は本質的に健全なのだが、格差や貧困など現代のさまざまなゆがみやひずみを投影して、悪魔のような強欲資本主義のイメージを人びとが勝手に膨らませているだけなのか。ここは大切な点だ。
 資本主義は、本質的に、放っておけば暴走する。
 新自由主義の旗振り役を担った中谷巌・多摩大学名誉教授はこう話していた。
 米国では国家や政治エリートと結びついた超富裕層がインサイダー取引をやっていて、健全な市場はほとんど残されていなかった。きわめて不公平な状況で、嫌気がさした、と。
 それで、共に新自由主義を推し進めた後輩の竹中平蔵・パソナグループ取締役会長/慶應義塾大学教授と一線も二線も画す立場をとるようになった。
 では、暴走する資本主義をどうコントロールするのか。そもそもコントロールは可能なのか。そこが何よりも難しい。
 最悪なのは、国家と資本主義が二人三脚になることだ。国家と経済は、しっかり分かれているべきなのだ。
 国家と経済が一体となると、政治とビジネス両方に手を出す人間が絶大な権力を手に入れる。
 スターリン主義がそうだ。それからナチス。そして今の中国。日本も入れていいかもしれない。
 日本でいえば、1940年代がまさにそうだった。
 国は税金を取り、軍を持っている。それと資本主義経済が一体化したら、戦争に突き進む危険性が一気に高まる。国家と資本主義は絶対に分離しないといけない。
 安倍政権の問題は、そこだ。三者協議会をつくり、国家のなかに起業家や実業家を取り込もうとしている。また安倍首相がよく語っている意味不明の「瑞穂の国の資本主義」なんて、経済の国家統制につながる危険性をはらんでいる。
 資本主義が暴走していると警鐘を鳴らす評論家は大勢いるが、経済は経済の論理で動いて利益を追求し、ときに国家利益に反する。これはむしろ健全だ。金持ちが金を稼いだって、消費するだけで悪さはしない。格差は広がってしまうだろうが、経済と国家が結びつけばさらに悪い方向に進む。
 経済と国家が結びつくより、資本主義の暴走のほうがまだましだ。
 さて、イスラム世界にこのようなメカニズムをそなえた資本主義を営む適性はあるのか。
 イスラム世界は、産業社会や資本主義をリードしていくことはできないのではないか。後ろからくっついて行くことができるだけ。本質的な脅威とはならない。攪乱要因にすらならないのではないか。
 イスラム世界は、資本主義という大きなシステムに寄生しているという大枠から外れることはない。だから経済におけるイスラム世界の影響力を過大評価すべきではない。
 オイルマネーの金持ちが豪遊したり、先進国に投資したり、たまには金持ちがテロリストに転向することはあるかもしれないが、歴史の行方を左右するような力は持たない。
 例外がひとつ。
 核の不拡散だ。彼らが核を持つようになり、使用するという状況になった場合、国際情勢が一気に変わる危険性がある。彼らは、核兵器を買えてしまう程度の金はある。原理主義過激派なら、躊躇なくボタンを押す。
 とはいえ、過剰に恐れないことが何よりも大切だ。その意味では、経済はともて重要だ。国民を食べさせることができなければ、いくら虚勢を張っても限界がある。
 付言すれば、伝統的な農業では、いまの地球人口の数分の一しか養えない。工業はぜひとも必要だ。化学肥料やトラクターが農業生産を支えている。その工業力を支えているのは、資本主義経済だ。人口はまだ増えていくから、産業社会はますますパフォーマンスを高めていかなければならない。資本主義を批判するなら、そのことをよく考えてからにすべきだ。
 近代のシステムが産業社会から脱構築することは非常に難しい。裏を返せば、産業社会をつくれない世界は、資本主義の流れに乗るにしても限界がある。
 いままで以上に効率的に、いままで以上に勤勉に、そしていままで以上に資本主義的にやらない限り、これから100年の人類の未来はない。

□佐藤優『あぶない一神教』(小学館新書、2015)/共著:橋爪大三郎
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 【参考】
●第3章 キリスト教の限界
【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~
【佐藤優】ユニテリアンとは何か ~ キリスト教の限界(2)~
【佐藤優】ハーバード大学にユニテリアンが多い理由 ~ キリスト教の限界(3)~
【佐藤優】サクラメントとは何か ~ キリスト教の限界(4)~
【佐藤優】何がキリスト教信仰を守るのか ~ キリスト教の限界(5)~
【佐藤優】第一次世界大戦という衝撃 ~ キリスト教の限界(6)~
【佐藤優】なぜバルトはナチズムに勝ったのか ~ キリスト教の限界(7)~
【佐藤優】皇国史観はバルト神学がモデル? ~ キリスト教の限界(8)~
【佐藤優】米国が選ぶのは実証主義か霊感説か ~ キリスト教の限界(9)~
【佐藤優】無関心の共存は可能か ~ キリスト教の限界(10)~

●第4章 一神教と資本主義
【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~
【佐藤優】なぜ人間の論理は発展したのか ~一神教と資本主義(2)~
【佐藤優】最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い ~一神教と資本主義(3)~
【佐藤優】15世紀の教会はまるで暴力団 ~一神教と資本主義(4)~
【佐藤優】隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか ~一神教と資本主義(5)~
【佐藤優】自然は神がつくった秩序か ~一神教と資本主義(6)~
【佐藤優】働くことは罰なのか ~一神教と資本主義(7)~
【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~
【佐藤優】神の「視えざる手」とは何か ~一神教と資本主義(9)~
【佐藤優】なぜイスラムは、経済がだめか ~一神教と資本主義(10)~

  
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【佐藤優】神の「視えざる手」とは何か ~一神教と資本主義(9)~

2015年11月13日 | ●佐藤優
 (承前)

(9)神の「視えざる手」とは何か
 資本主義が生まれた経緯が(8)までのとおりであるとしても、それが今日のウォール街の強欲資本主義につながるには、まだいくつもステップがある。
 福音書に「貢の銭」というエピソードがある。神殿税を払うように言われたのに、イエスの一行には持ち合わせがなかった。するとイエスが、弟子のペテロに、そこの池で魚を釣りなさい、口の中をみると硬貨が入っているから、それで支払いさない、と命じる。言われたとおりに釣ってみると、ほんとうに硬貨が入っていた。それで払った、と。
 神は硬貨の一枚一枚について、どこにあるかご存知なのだ。
 それなら誰のポケットに硬貨が何枚あるかも残らずわかっている。ビジネスをしたら、誰がどれだけ儲けるかもわかっている。
 神は人間ひとり一人の髪の毛の数まで把握している。
 この話を突き詰めるなら、こうだ。市場では人びとがモノを貨幣と交換に売り買いする。そのすべての活動と結果について、神はわかっている。そして承認している。市場メカニズムは、神の意思が実現するプロセスなのだ。経済活動をして儲かったら、その利潤は神があなたのポケットに入れてくれたという意味になる。市場メカニズムを通じて神の摂理が実現する。これをアダム・スミスは「視えざる手」と表現した。
 賃労働者が時給1,000円で働き、1日8,000円の賃金を得る。これは労働の対価で、正当な報酬だ。
 しかし、ビジネスでえる利潤は、労働の対価ではない。儲かるかどうかわからないギャンブルのようなもので、不確定要素が大きい。
 賃金は相場があって、うんと儲かったりはしない。地代も利子も相場があるが、これらは労働の対価とは言いにくい。企業主がビジネスで月300万円の利益をあげた場合も、労働の対価とは言いにくい。別な企業主は損をしていたりする。
 問題は、これが正当な収入なのか。
 神が市場で起きる出来事を逐一モニターしていると考えれば、神はこの収入を正当化している。
 300万円の利益は、神が与えたギフトなのだ。労働の対価であってもなくても、市場のルールを守っている限り、得た収入は正当な収入となる。
 アダム・スミスの専門は道徳哲学だ。存在するものには必ず合理的な根拠があり、神の意思が働いていると考えた。
 市場価格は需要と供給の関係で決まる。その背後には、人びとの必要があり、それを満たそうとする人びとの働きがある。市場には「視えざる手」が働き、ある人は儲かり、別の人は損をする。
 こうしたことのすべては、神が決めている。それが神の業なら、人間はそこに介入すべきではない。
 「視えざる手」という考え方から市場経済に転換が起きたのは間違いない。シンプルな考え方だが、アダム・スミス以前にそうした発想はなかった。
 しかし、アダム・スミスの考え方だけが現在の強欲資本主義、ギャンブル資本主義を生んだわけではない。いまの強欲資本主義は、もともとキリスト教が許容していた正統な資本主義とも違うのではないか。
 まず、誰もここまで資本主義が発展するとは考えもしていなかった。だから何の準備もできずに、その都度その都度の時代状況に翻弄されて、現実的な対策を取るのが遅れている。
 その原因は、科学的に実証できないイエスの言行のアナロジーでつくられたキリスト教と、社会科学の相性が悪いからだ。
 では、この強欲資本主義はキリスト教に内在していたのか。
 キリスト教徒や神学者はみな否定するだろうが、なぜ違うかを説明できる人はいない。それを認めたくないから、強欲資本主義をたとえばユダヤ人のせいにしている。資本主義の最初は、みな真面目に働いて、つつましくやってきた。そこへ、あこぎで金もうけ主義のユダヤ人が出てきて、金融に手をそめ、株の取引を行い、ファンドをつくって、利益のためならなりふりかまわぬ強欲資本主義に変質させてしまった。だからユダヤ人が悪い。
 これはキリスト教徒がよく使う論理だ。
 イエス・キリストを神と認めなかったユダヤ人は、キリスト教社会で中傷や迫害を受けた。中世になっても土地を持てなかったユダヤ教徒たちは、生き残るべく金融業、両替商、質屋などを営んだ。
 ユダヤ人同士の間では高利をとらないが、異教徒との間では高利を取る。当然のことながら高利をとられたキリスト教徒はユダヤ人に反感を覚える。その結果が反ユダヤ主義だ。
 ナチスが使ったロジックとほとんど同じだが、根拠がない。それが今でもヨーロッパだけでなく米国やロシアにも潜在している。日本人にもユダヤ陰謀論は少なからずいる。

□佐藤優『あぶない一神教』(小学館新書、2015)/共著:橋爪大三郎
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 【参考】
●第3章 キリスト教の限界
【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~
【佐藤優】ユニテリアンとは何か ~ キリスト教の限界(2)~
【佐藤優】ハーバード大学にユニテリアンが多い理由 ~ キリスト教の限界(3)~
【佐藤優】サクラメントとは何か ~ キリスト教の限界(4)~
【佐藤優】何がキリスト教信仰を守るのか ~ キリスト教の限界(5)~
【佐藤優】第一次世界大戦という衝撃 ~ キリスト教の限界(6)~
【佐藤優】なぜバルトはナチズムに勝ったのか ~ キリスト教の限界(7)~
【佐藤優】皇国史観はバルト神学がモデル? ~ キリスト教の限界(8)~
【佐藤優】米国が選ぶのは実証主義か霊感説か ~ キリスト教の限界(9)~
【佐藤優】無関心の共存は可能か ~ キリスト教の限界(10)~

●第4章 一神教と資本主義
【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~
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【佐藤優】最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い ~一神教と資本主義(3)~
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【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~

2015年11月13日 | ●佐藤優
 (承前)

(8)市場経済が成り立つ条件
 貨幣経済と所有権の絶対は、市場経済の成立には不可欠だ。価格統制などの封建的な規制がないことも、市場経済が成り立つ条件だ。
 封建領主は、裁判権や価格決定権など、さまざまな権限を持っていた。そのもとでは市場メカニズムは機能しない。
 封建社会のもとで需要と供給のバランスがとれてマーケット・メカニズムが生まれたとしても偶然や社会的因習の要素が強い。仮に成立したとしても短期的でほそぼそしたものだったはず。
 だから、押し買いが成立した。押し売りだけでなく、押し買いもあった。値段が固定価格、公定価格、あるいは社会慣習で決まっている。需要と供給のバランスは関係ないから、ある物を個人が大量に買い占めて、独占することも可能だった。
 封建的な身分制度のタガが緩んでくると、人びとはどこへ向かったか。
 中世ヨーロッパには都市があった。ここには封建領主の力が及ばない。城壁で囲まれ、武装した都市には自治権が認められていた。商業の拠点で、製造業もそなわっていた。自由な都市があるのが、ヨーロッパの特徴だ。
 農奴が都市に逃げ込むと自由民になる。都市は新たな活力をえて発展していく。
 「都市の空気は人を自由にする」(ドイツのことわざ)
 ただし、都市は農業生産物を自給できなかったから、交易に頼るしかなかった。多くの人が行き来した結果、自由な空気が生まれた。
 中世ヨーロッパは、封建領主が支配する地域と都市が、まだら模様になっていた。イスラム法が一律に通用するフラットなイスラム世界とは異なる。
 ここで商業がどう発展するか。領主は領地内の商業を統制するが、その外は統制できない。都市と都市、遠隔地を結ぶ商業のネットワークはどういう秩序に従うか。
 商業のルールは市場メカニズムだ。しかし、所有権や契約を保証する法律がなければ、それは機能しない。ローカルなゲルマン法は役に立たない。そこで、古代のローマ法が再発見された。ローマ法は商法などが整っていて、ローカルルールとも無関係なのでちょうどよかった。
 商法は国際法だ。ローマ法をベースにする商業活動のなかで、統治権力の及ばないところで市場メカニズムが作動するのを実感できる。そういったプロセスを通じて、貨幣経済の自律性をヨーロッパの人びとは徐々に理解していった。
 ここまでなら、もともと国際的商業活動に従事していたイスラム教徒と同じスタートラインに、やっと立てただけだ。資本主義が生まれるには、もういくつかステップを踏まなければならない。
  (a)労働力・・・・農奴には労働者になる自由がない。自由民となったものは労働して、生活を支えなければなえらない。やがて貨幣とひきかえに、労働力を売る賃労働者が現れる。賃労働者は身分と無関係だ。「労働者の労働力は雇い主が所有している」という契約の観念が決定的に重要だ。
  (b)生産組織・・・・アダム・スミスは分業に注目した。同じ技術を使って、同じ労働をしていても、労働者が工程を手分けして分業しただけで、生産性がアップする。製品が安くつくれる。生産量が増大し、経済は拡大する。企業は儲かる。資本蓄積ができる。こうして資本主義に火がついた。
 資本主義のエートスは、キリスト教の中に内在していた・・・・話はそう簡単ではないが。
 ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で言うように、プロテスタントが資本主義を支えるエートスをつくった。しかし、それは最後のステップで、その前にもさまざまな段階があった。
 キリスト教のなかに内在していたいくつもの要素が歴史のなかで重なり合って資本主義がスタートした。
 それらの要素は、「(再)発見」される必要があった。
 まず職業。ルターは、どんな職業も神が割り当てたものだから、同様に価値がある。誰しも自分の職業に全力をつくすべきだとした。
 つぎに隣人愛。職業を通じて人びとの必要を満たすのは、隣人愛の実践だ。教会に寄付なんかしなくても、安くて品質のよい製品をじゃんじゃん供給すればするほど、隣人愛を実践し、神の意思に応えたことになる。ついでに利益もあがってしまう。
 ここで重要なのは、キリスト教をはじめ、利益追求の資本主義をつくる予定では全然なかったことだ。むしろ、その反対だった。ところがキリスト教のなかにある要素を順番につなげてステップを踏んでいくと、いつの間にか予定にない資本主義が生まれてしまった。

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●第3章 キリスト教の限界
【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~
【佐藤優】ユニテリアンとは何か ~ キリスト教の限界(2)~
【佐藤優】ハーバード大学にユニテリアンが多い理由 ~ キリスト教の限界(3)~
【佐藤優】サクラメントとは何か ~ キリスト教の限界(4)~
【佐藤優】何がキリスト教信仰を守るのか ~ キリスト教の限界(5)~
【佐藤優】第一次世界大戦という衝撃 ~ キリスト教の限界(6)~
【佐藤優】なぜバルトはナチズムに勝ったのか ~ キリスト教の限界(7)~
【佐藤優】皇国史観はバルト神学がモデル? ~ キリスト教の限界(8)~
【佐藤優】米国が選ぶのは実証主義か霊感説か ~ キリスト教の限界(9)~
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●第4章 一神教と資本主義
【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~
【佐藤優】なぜ人間の論理は発展したのか ~一神教と資本主義(2)~
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【佐藤優】自然は神がつくった秩序か ~一神教と資本主義(6)~
【佐藤優】働くことは罰なのか ~一神教と資本主義(7)~
【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~
【佐藤優】神の「視えざる手」とは何か ~一神教と資本主義(9)~
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【佐藤優】働くことは罰なのか ~一神教と資本主義(7)~

2015年11月13日 | ●佐藤優
 (承前)

(7)働くことは罰なのか
 イスラム世界には、カトリック文化圏や正教文化圏のような消費への強迫観念はない。
 大金持ちでも大金を出したがらない。クアルーン(コーラン)にはイスラムの「五行」のひとつとして、収入の一部を貧しい人に施す制度的な喜捨「ザカート」が定められている。あとは自由意志で行う喜捨「バクシーシ」があるが、貧しい人が近寄ってきても、金持ちは何もないからといって追い払っている。
 ムスリムは、シャリーアさえ守っていれば、富の蓄積は悪いことではないと考えている。だからイスラム世界では、大金持ちになっても責められることはない。そこが貯蓄をしないカトリック世界との違いだ。
 強いてイスラム世界の消費活動を挙げれば、ラマダン月の日没後にはじめて食べる「イフタール」だ。あれは豪勢だ。実はラマダン月は断食しているはずなのに食料消費量が倍近くになる。
 富が集中して拡大した不平等を解消するためにラマダンがある、金持ちも貧しい人と同じように腹が減る、飢えるという身体的現象により食べ物がない苦しさがどんな金持ちにもわかる仕組みになっている、ラマダンは同胞愛を実践する精神がある・・・・というのは理想だ。
 実際には、ラマダン月になると、金持ちは睡眠誘導剤を使って昼夜逆転の生活をはじめる。日の出に寝て、日没が近づくと起き出す。イスラム世界では、ラマダン月は日没に鐘が鳴る。すると「おお、イフタールだ」と豪華な食事をする。「ラマダンは太ってしょうがねえな」なんて平気でいっているのが現実だ。
 とはいえ、ラマダンを守りイスラム法を守っていればいいという態度がイスラム世界の基本だ。教会が威張っているカトリックや正教の社会のように、蓄積した富をむしり取られる心配はない。
 一方、プロテスタントでは教会の脅しはない。ただし、プロテスタントの初期は、国家と教会が一体となっているから強制的に教会税をとられた。そういう国でプロテスタント教会の牧師は、全員国家公務員。現在もドイツ、オーストリア、スイスなどでは教会税という制度を設けている。
 税金の特徴は税率が決まっていること。課税されて納税した残りは正当な私有財産として認められる。だからプロテスタントの国では脱税はきわめつきの犯罪、大きな社会問題となる。
 米国では脱税犯は、悪魔と契約したような扱いで追及される。脱税しなければ豪邸に住もうがおかまいなし。むしろ多額の納税をしたわけだから社会に貢献しているということで、周囲は尊敬を示すし、本人にとって誇りだ。この感覚はカトリックの消費感覚と違っている。
 つまりプロテスタントでは、経済活動から富を得た場合、「法律に従っている」「納税している」に加え、「正当に獲得した」ことの証明が要る。
 正当に獲得するには、まず自分が働く。他者と契約して所有権を譲り受ける。自分が所有する原材料や土地をもとに商品を製造したり、付加価値をつけて販売するなど、正当な労働が必要だ。
 正当な労働は労働価値説という表現をとり、17世紀から18世紀にかけてヨーロッパ世界に広まって定着した。労働価値説とは、商品の価値はその生産で働いた量によって決まるという説だ。これは世俗化したキリスト教の信念の一つだ。
 しかし、労働が正当な所有権を得るための行為という考えは、もともとのキリスト教にはなかった。それは「マタイ福音書」にある「ブドウ園の労働者」のたとえ話からも明らかだ。
 天国のあるブドウ園の主人が、早朝に1デナリを支払うと約束して労働者を雇った。しばらくして暇そうな人を見つけて「金を払うから手伝ってくれ」と頼んだ。夕方になると仕事にあぶれた労働者も雇った。
 やがて仕事が終わると、主人は夕方から働いた労働者から順番に銀貨を渡していった。しかも朝から働いた労働者も夕方に来た人も一律1デナリを渡した。
 労働価値説に立つならば、労働時間や労働量で、支払われる賃金は変わる。「俺は朝から働いているのに、なんでみんなと同じ扱いなんだ」と抗議した労働者に対して、「私はおまえに1デナリ払うと約束しただろう。私の金をどう使おうが私の勝手だ」と強弁する。この話からは、労働価値説につながる論理は出てこない。
 もうひとつ印象的なのは、「創世記」の冒頭、楽園追放のくだり。アダムとイブが楽園で暮らしていた頃、労働しなくてよかった。ところが、神の命にそむいて智慧の実を食べた結果、楽園を追放された。追放するとき神は、額に汗して働かないと生きる糧が手に入らない、という罰を与えた。労働は罰なのだ。
 ただし、労働は男に対する罰であって、出産が女に対する罰だ。
 罰ではあっても、労働を命じられた。労働することは間違っていない。
 ただし、労働は罰なので、労働しないほうが偉いことになる。罪深い人間だけが働けばよい、という身分制につながる。田畑で額に汗して働く農奴が社会の最底辺となり、政治や軍事に携わり、労働をしない人びとがセレブの地位を確保し、共同体の間を行き来し、モノを動かしてお金を儲ける商人はその中間、こういうヒエラルキーが生まれた。
 このヒエラルキーは1,500年も続いた。
 キリスト教のこの伝統をみると、正当な所有権の源泉は労働であるというアイデアは出てきそうにもない。相当変わった考え方だ。
 どこから出てきた考えなのか、難しいが、労働価値説は労働量を数値化しなければ出てこない考え方だ。そして、労働の数値として計るには、貨幣経済と賃労働が成立していなければならない。
 当時は、身分制度のトップの王や貴族が莫大な土地を所有していた。農民は土地を彼らから使わせてもらわなければならない。そして、教会は農民から教会税をとる。
 領主に対して、そして教会に対しての二重課税でしわ寄せがくるのは、身分制度が下の人たちだ。しかも王様や貴族には特権がある。彼らと結託した商人は、商工業も独占できるお墨付き「特許状」をもらい、不当の高く物を売ったり、権益を独り占めした。
 そこで不当に虐げられているのは真面目な勤労者たちだった。彼らは自分が真面目に働いているのに、身分制度のせいでキリスト教の教え、隣人愛が実践できないと感じる。そして彼らは、教会と封建制度を問題にし始める。
 封建的な身分制度の崩壊が始まった。同時に、貨幣経済と賃労働の方が徐々に見えてきた。

□佐藤優『あぶない一神教』(小学館新書、2015)/共著:橋爪大三郎
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 【参考】
●第3章 キリスト教の限界
【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~
【佐藤優】ユニテリアンとは何か ~ キリスト教の限界(2)~
【佐藤優】ハーバード大学にユニテリアンが多い理由 ~ キリスト教の限界(3)~
【佐藤優】サクラメントとは何か ~ キリスト教の限界(4)~
【佐藤優】何がキリスト教信仰を守るのか ~ キリスト教の限界(5)~
【佐藤優】第一次世界大戦という衝撃 ~ キリスト教の限界(6)~
【佐藤優】なぜバルトはナチズムに勝ったのか ~ キリスト教の限界(7)~
【佐藤優】皇国史観はバルト神学がモデル? ~ キリスト教の限界(8)~
【佐藤優】米国が選ぶのは実証主義か霊感説か ~ キリスト教の限界(9)~
【佐藤優】無関心の共存は可能か ~ キリスト教の限界(10)~

●第4章 一神教と資本主義
【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~
【佐藤優】なぜ人間の論理は発展したのか ~一神教と資本主義(2)~
【佐藤優】最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い ~一神教と資本主義(3)~
【佐藤優】15世紀の教会はまるで暴力団 ~一神教と資本主義(4)~
【佐藤優】隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか ~一神教と資本主義(5)~
【佐藤優】自然は神がつくった秩序か ~一神教と資本主義(6)~
【佐藤優】働くことは罰なのか ~一神教と資本主義(7)~
【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~
【佐藤優】神の「視えざる手」とは何か ~一神教と資本主義(9)~
【佐藤優】なぜイスラムは、経済がだめか ~一神教と資本主義(10)~

  
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【佐藤優】自然は神がつくった秩序か ~一神教と資本主義(6)~

2015年11月12日 | ●佐藤優
 (承前)

(6)自然は神がつくった秩序か
 キリスト教の教えでは、すべての人が生きていく権利がある。しかし、地上の資源には限りがある。それをどう分配していくかが経済学のテーマだ。
 <例>限りある資源をめぐり奪い合いの戦争が起こる。トマス・ホッブスのいわゆる自然状態だ。でも、それは決して好ましい状態でも最善の状態でもない。
 キリスト教徒は、自然状態から出発して、どのように秩序を生み出すことができるか、その論理を突き詰めた。
 まず、神がつくった秩序を人間が壊してはならない。
 では、神がつくった秩序とは何か。
 「創世記」の天地創造では、6日目までに天と地、海と陸地、天体、植物、水中の生き物と空を飛ぶ鳥、動物、人間を造った。7日目以降は、それが機械的に運動することになる。
 そこには天体があり、山があり川があり、野原があった。動物も人間もいた。秩序とは自然環境だ。自然は神が造ったものだから、それ自体に価値があると考える。
 神が造ったあらゆるもののなかで、人間だけに罪がある。それは、人間が自由意思を持ち、被造物のなかで一段高い場所に立ち、神と交流する存在だからだ。では人間も、自然の一部であるなら、自分を正当化していいのではないか。自分の罪を肯定してはいけないにせよ。
 それが“right”・・・・権利だ。人間が生まれながらに持っている自然権だ。
 人間は身体を神に手造りされ、命も与えられた。生きていってよい。身体も命も神の造った秩序だから、自然。自分に与えられた自然を正当化してよい。この正しさを権利という。
 人間一人ひとりに平等に自然権が与えられているのであれば、均衡状態が生まれるはずだ。「あなたの権利はここまで」「私の権利はここから」というふうに、相手の権利を侵さないように自分の権利を確定する均衡。
 ホッブスは均衡する前の状態を自然状態と呼んだ。均衡したあとの状態は社会状態だ。それが社会契約によって生まれるかどうかはさて措き、西洋文明はこの均衡を社会の秩序と考えるようになった。
 かくして400年ほど前に自然法が見出された。国際法も国内法も自然の秩序をもとにした自然法によって基礎づけよう。自然法はすべてのキリスト教徒が従わなければならない規則だから、イスラム法シャリーアに匹敵する。
 自然法ができたことでキリスト教徒の自己正当化の基準も明確になった。
 逆に言えば、自然法に合致しているかぎり、神がつくった秩序に従っていることになる。自然法は神の秩序だから、最後の審判で有罪とされる根拠にはならない。これで信仰の立場からは安心できるようになった。
 自然法とは、人間の理性に基づくルールだ。
 自然法は、理性によって発見される、と定義されている。それなら理性とは何か。キリスト教の考えによれば、人間の理性は神の精神作用のコピーだ。人間それぞれに神の精神作用がコピーされ、神とは独立して動いている。
 ならば理性を使い、自然を解明すれば、神の創造のわざを明らかにし、神に近づくことができる。
 理性は人間というパソコンに神の精神作用という名のソフトウェアをダウンロードされたもの、と考えるとわかりやすい。しかも無料。人間は誰でも同一アプリを共有しているから、配給元のソフト会社がかりに倒産しても問題ない。人間の理性さえあれば、自然法の秩序(近代社会)は維持できる。
 それは、神がいるかどうかと無関係にキリスト教の秩序は維持され、キリスト教自体も存続していくということだ。
 神学的に言えば世俗化だ。
 隣人愛では、自分と隣人の生命が保証された。自然法では、他者の自由や財産も侵害してはいけないし、経済の根本である個人の所有権が認められる。
 経済の根本は、所有権の絶対、あと契約の絶対、利潤追求の正当化だ。
 神学的には所有権を正当化する決まった答えはない。ただ、考えてみて出てくるのは、
 <信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った>【使徒言行録2章44、45節】
 信徒たちがすべての物を共有したとは、前提として信徒個人にも所有物があったわけだ。つまり当時も私有財産があったと読むことができる。
 ただし、それを貯蓄することは奨励されていなかった。
 <金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい>【マルコ福音書10章25節】 
 これは、「神も信じています。隣人も愛しています」という金持ちの青年に「財産をすべて寄付して私についてきなさい」とイエスが言うと、彼は悲しそうな顔をして帰っていった。そのときのイエスの言葉だ。
 財産を持つことは、信仰の立場から見ると大きな問題だったのだ。
  ①<あなたがたは、神と富とに仕えることはできない>【マタイ福音書6章24節】
  ②<富は、天に積みなさい>【同6章20節】
 天に宝を蓄えれば錆びつかないし、泥棒に盗まれることもない、と教えている。
 実際に蓄財していると、教会がやってきて②を根拠に「おまえはそういう態度で金を貯め込んでいるのか。それはよくない」と寄付を迫る。こうして個人の経済余剰は教会が全部巻き上げていく。
 その金が大理石の立派な教会に形を変える。
 生産設備ではない教会の建物は、完全な消費(浪費)にあたる。
 では、消費活動ばかりする社会はどうなるか。
 貯蓄できずに経済余剰がすべて消費されるので、拡大再生産ができない。経済発展がまったく望めない社会だ。キリスト教世界はそういう状態で、祈りの生活を最優先し、1,000年以上を過ごしてきた。
 それは過去の話ではなくて、カトリック文化圏と正教文化圏ではいまもその習慣は根強く残っている(プロテスタントでは、教会に貢献したかどうかは救済と結びつかない)。
 だからカトリック文化圏と正教文化圏では貯金をする人が少ない。
 それが、いま問題になっているギリシアの財政破綻につながる。ギリシアも正教だから。
 貯蓄の習慣がないから、みんなに気前よくおごる。あとは、お祭りで一気に金を使う。中南米がそうだ。ブラジルは世界でもっともカトリックの人口が多い国だから、日常的に大変な消費をする。佐藤優の妹はブラジルに住んでいるが、消費感覚は完全にブラジル人だ。景気よく金を使っている。
 その消費の仕方は、キリスト教徒ならではだ。所有に対する罪悪感があるから、所有した財産を手放さなければならないという強迫観念がついてまわるのだ。

□佐藤優『あぶない一神教』(小学館新書、2015)/共著:橋爪大三郎
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 【参考】
●第3章 キリスト教の限界
【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~
【佐藤優】ユニテリアンとは何か ~ キリスト教の限界(2)~
【佐藤優】ハーバード大学にユニテリアンが多い理由 ~ キリスト教の限界(3)~
【佐藤優】サクラメントとは何か ~ キリスト教の限界(4)~
【佐藤優】何がキリスト教信仰を守るのか ~ キリスト教の限界(5)~
【佐藤優】第一次世界大戦という衝撃 ~ キリスト教の限界(6)~
【佐藤優】なぜバルトはナチズムに勝ったのか ~ キリスト教の限界(7)~
【佐藤優】皇国史観はバルト神学がモデル? ~ キリスト教の限界(8)~
【佐藤優】米国が選ぶのは実証主義か霊感説か ~ キリスト教の限界(9)~
【佐藤優】無関心の共存は可能か ~ キリスト教の限界(10)~

●第4章 一神教と資本主義
【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~
【佐藤優】なぜ人間の論理は発展したのか ~一神教と資本主義(2)~
【佐藤優】最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い ~一神教と資本主義(3)~
【佐藤優】15世紀の教会はまるで暴力団 ~一神教と資本主義(4)~
【佐藤優】隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか ~一神教と資本主義(5)~
【佐藤優】自然は神がつくった秩序か ~一神教と資本主義(6)~
【佐藤優】働くことは罰なのか ~一神教と資本主義(7)~
【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~
【佐藤優】神の「視えざる手」とは何か ~一神教と資本主義(9)~
【佐藤優】なぜイスラムは、経済がだめか ~一神教と資本主義(10)~

  
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【佐藤優】隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか ~一神教と資本主義(5)~

2015年11月12日 | ●佐藤優
 (承前)

(5)隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか
 人間に原罪があるとするキリスト教は、アンチヒューマニズムの宗教だ。どうすれば罪深い存在である自分を愛することができるか、という問題が出てくる。
 キリスト教では、人間は誰しも神から与えられた命を全うする義務があるから、食べ物を食べて身の安全を確保し、生き延びていいと考えた。そうやって寿命を全うするまでの活動は神の命令だと解釈もできる。
 その範囲に殺生も入る。
 ただし、他者を殺して自分が生き延びるのは駄目だ。自分を愛するように他人を愛していないからだ。だから、他者を犠牲にして自分だけよければいい、という態度は禁止されている。
 もう一歩踏み込めば、何かのために命を捨てる覚悟をした人間がいる。むろん、自分を愛している。そんな人間は他者を殺害することができるのではないか。キリスト教がナショナリズムに転換した瞬間に生み出されるロジックだ。
 それは農民戦争の論理だ。
 ルターの宗教改革をきかっけに、教会や諸侯の抑圧に苦しんでいた農民がドイツ各地で蜂起した。おびただしい数の農民が殺された。そんななか、一人の軍人がルターに質問した。
 「剣を手に、人びとを取り締まり、場合によっては殺害するのが私の仕事だ。しかし、これは神に背いているのではないだろうか」
 ルターは答えた。「右の頬を打たれたら左の頬をさし出せ。下着を取ろうとする者には、上着も与えなさい」と書いてある。自分が攻撃されて、反撃するのは、聖書の教えに反するかもしれない。でもい隣人が攻撃された場合、剣をとって駆けつけ、悪漢を退治するのは正しい。それこそまさに、隣人がそうしてほしいと願うことだからだ、と。
 これは集団的自衛権だ。
 こんな問答から、警察、軍隊のような公権力は暴力を行使しても隣人愛の実践だとして正当化できることになる。
 また、ルターは、農民戦争で最後の審判を楯に、「農民を皆殺しにせよ」と諸侯たちに訴えている。
 「農民たちは神の意に反している。これ以上、農民たちを放置しておくと彼らの魂が汚れ、最後の審判の日に復活できなくなる。いま皆殺しにすれば、最後の審判の日に彼らも永遠の命を得られるかもしれない」
 一神教が迷走すると、こういう論理が生まれる。危ない一神教だ。
 ヒトラーが最も尊敬しているドイツの先人としてルターを挙げたのも宜なるかな。キリスト教は、こういう狡いロジックを時々組み立てる。
 自分を愛していい、という文言を前提に、どのようなときに暴力を行使していいのか、法のないところをロジックを駆使して正当化する仕組みになっている。こうした仕組みが資本主義を正当化することにもなった。

□佐藤優『あぶない一神教』(小学館新書、2015)/共著:橋爪大三郎
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●第3章 キリスト教の限界
【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~
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【佐藤優】なぜバルトはナチズムに勝ったのか ~ キリスト教の限界(7)~
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【佐藤優】米国が選ぶのは実証主義か霊感説か ~ キリスト教の限界(9)~
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●第4章 一神教と資本主義
【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~
【佐藤優】なぜ人間の論理は発展したのか ~一神教と資本主義(2)~
【佐藤優】最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い ~一神教と資本主義(3)~
【佐藤優】15世紀の教会はまるで暴力団 ~一神教と資本主義(4)~
【佐藤優】隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか ~一神教と資本主義(5)~
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【佐藤優】15世紀の教会はまるで暴力団 ~一神教と資本主義(4)~

2015年11月12日 | ●佐藤優
 (承前)

(4)15世紀の教会はまるで暴力団
 15世紀に全世界のカトリック教徒の精神的指導者であり、神の代理人であるローマ教皇が3人並び立つ、というあり得ない事態が生じた時期があった。
 そのうちその一人が、ナポリ貧窮貴族の出身で元海賊と伝えられるヨハネス23世。元海賊がローマ教皇になって大丈夫か、と感じるのが普通だ。しかも3人は互いに罵り合い、傭兵を雇って戦争し、免罪符を売りまくって大もうけした。自分たちは呑んで酔っ払っているのに、信者にはウエハースしか与えない。
 当時の教会は粉飾会計まみれの会社みたいな感じだ。株主たちは当然心配になる。
 15世紀はじめのチェコの宗教改革者ヤン・フスは、聖書の一節を引用して当時の教会の腐敗を批判した。
 「毒麦とよい麦というのがこの世にはある。しかし毒麦とよい麦は実がなるまでわからない。しかも根っこが絡みついているから、毒麦を抜いてしまうとよい麦まで抜けてしまう。そこで実がなるまで待ってから仕分けして毒麦のほうは火にくべればよい。目に見える教会にいるから救われるわけではない。なかには毒麦がたくさん混じっている」
 毒麦と教会は一緒だ、とフスは言ったのだ。
 当時のカトリック教会で、ミサはラテン語で行われていた。しかし、ラテン語を知らない一般信徒は何が語られているか、わからない。フスは、そんな教会の慣習はおかしいと訴えた。
 神の言葉は、民衆がわかるようにするべきだと、「ベツレヘム礼拝堂」でチェコ語を使って説教をした。しかし、フスに脅威を覚えた教会により、捕らえられて異端の烙印を押された。1415年に火あぶりにされた。ちょうど600年前の出来事だ。
 粉飾まみれの企業どころではない。もう暴力団だ。
 ここから宗教改革が始まった。宗教改革とは、一神教の原則に立ち戻り、信仰共同体の現状を改善すること、ドイツの宗教改革者ルターは、聖書を根拠に、カトリック教会を徹底的に否定した。聖書に書かれていないことはできないと主張した。
 宗教改革は、イエスが唱えた素朴な原始宗教に戻ろうとする復古維新運動だった。
 チェコでは、フスが指導した15世紀のボヘミア宗教改革を第一次宗教改革、16世紀にルターやカルヴァンが起こしたドイツやスイスの宗教改革を第二次宗教改革と呼んでいる。宗教改革を一連の流れとして捉えているのだ。
 フスがいなければルターは出てこなかった。フスについて学んでいたルターは、ドイツのライプチヒで公開討論を行い、教会を批判した。その後、教会から破門されたルターは、支持者の領主にかくまわれた。
 宗教改革以前の教会の腐敗はあまりにもひどい。宗教改革が各地にたちまち拡がったのは当然だ。
 しかし、信徒は忍耐して教会を離れなかった。そのわけは、教会の腐敗よりもナザレのイエスが持つ存在感、説得力、美しさが上回ったのではないか。彼に従った弟子たちをみてみると、ごく普通の人びとばかりだが、少なくともイエス本人だけは違った。そう考えてキリスト教徒は、教会の腐敗に耐えたのではないか。
 教会内で、イエスのリアリティだけは守られていたというわけだ。
 しかし、ここでも同じ問題に行き当たる。ビジネスをしたり、戦争をしたり、あこぎなことをやったり、正しいことをしたり・・・・。イスラムならシャリーアがあるから、善悪の基準が明確だ。しかし教会はその役割を果たしてくれなかった。
 キリスト教徒は聖書を手がかりにするしかなかった。
 聖書を手に取り、次に福音書のページを捲り、善悪の基準、自分の行いを判断した。
 福音書にはこう書いてある。「主を愛せ」。そして「隣人を愛せ」。
 これはイエスの教えだが、実は旧約聖書からの引用だ。汝の隣人を汝自身を愛するように愛しなさい、なのだから、人間は自分を愛していいのだ。けれども、自分と同じように隣人も愛しなさい。

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●第3章 キリスト教の限界
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【佐藤優】自然は神がつくった秩序か ~一神教と資本主義(6)~
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【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~
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【佐藤優】最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い ~一神教と資本主義(3)~

2015年11月11日 | ●佐藤優
 (承前)

(3)最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い
 イスラムには法という人間の行動の善悪を定める客観的な基準があるが、キリスト教にはない。
 すると、どうなるか。最後の審判への態度が大きく変わる。
 最後の審判こそ、キリスト教の性格を形づくり、さらに資本主義を解く鍵になる。
 イスラム教の最後の審判では、本人が何を行い、何を考えたか、生前の詳細な記録が背後にいる天使によって記録される。一人一人にデータファイルがつくられる。イスラム法に照らせば、記録された行いが正しかったか違反したか、すぐわかる。悪行と善行、どちらが重いか秤にかける。こうして責任を追及されるが、弁明のチャンスもある。
 そんな手続きを踏んで判決が下る。合理的だけれど、もし善行と悪行どおりに判決が下るなら神の「裁量」の余地はない。裁かれる人間は判決が予測できる。
 判決が予想できるなら、イスラム教の最後の審判では切迫感や終末観は薄れていく。
 他方、キリスト教の最後の審判はデータファイルを必要としない。善行も悪行も関係ない。神(イエス・キリスト)がすべてを知っているわけだ。弁明も許されない。だから、どのような判決が下るのかわからない。極めて恣意的だ。裁く側の思いのままだ。しかし、本来、キリスト教はすべの人間は原罪を持っていると考えるから、全員有罪の判決しかあり得ない。
 「信じる者は救われる」と、聖書に直接そう書いてあるわけではないが、みんなそう信じている。「信じる者は救われる」ならば、敬虔なキリスト教徒は全員無罪だ。しかし、原罪があるから全員有罪もあり得る。一言でいえば、最後の審判で救われるかどうかは、神の胸三寸だ。イスラム教と比べてキリスト教の最後の審判はとても不確定な状況だ。
 でも、キリスト教の最後の審判を待つ人の心境は、ビジネスの現場にいる人間の心理に近いだろう。自分の努力ではいかんともしがたい力・・・・運が作用するから、いまは成功しているかもしれないけれど、安心できない。もっと頑張らねば、と危機感を持つ。あるいは一発逆転の希望もある。
 私たちは人生数十年、まあまあ長い人生を生きている。生きているうちか死後かわからないが、必ずイエス・キリストが復活して、最後の審判がはじまる。無罪ならばいい。しかしいくら善行を積んでも、無罪になるわけではない。有罪の裁きが下ったら、自分の人生は何だったのだろうか、と大きな喪失感を抱くのではないか。
 有罪になると、エルサレムの近くのゲヘナという場所に連れて行かれ、生きたまま永遠にあぶり焼きにされる。苦しい。こんな最後の審判を信じていたら、地上でおちおち生きていられない。
 キリスト教が広まったころは、すぐ終末が訪れると考えられていたから、誰もそんな細かいことを真面目に考えていなかった。最後の審判と言われても、ピンときてなかった。
 けれども、そのうち社会秩序ができあがり、どう考えてもキリスト教の教えと関係ない封建社会、身分制社会ができた。領主に支配される農奴は、「何で俺は農業をやらなきゃいけないんだ。そんなことは聖書に書いてあるのか、聖書は読んでないけれど、こんな世の中は間違っていることぐらいわかる」と思うわけだ。
 そんな不満を持つ人びとに、教会の聖職者はいう、「おまえたち、いまは苦しんでいるかもしれないけれど、教会税をきちんと払っているだろう。それは教会が、最後の審判のときに、執りなしてやるからなんだぞ」。そう言われて貧乏人や不幸な人びとも納得する。
 しかし、教会がイエスに「こいつを救ってやってほしい」と言えるのであれば、地上の不合理を固定化してしまう作用を持つ。
 しかも中世のカトリック教会は罪を軽減できる贖罪状(免罪符)を発行した。教会や聖職者は神との取り次ぎもしたのだ。信徒にとって教会は絶大な権威だった。
 ルターの時代、教会で売る免罪符は「お金がチャリンと音を立てさえすれば、亡くなった親の魂は、煉獄の炎のなかから飛び出して天国に舞い上がるのだ」みたいに宣伝された。むろん、そんなことは聖書に書いてない。それならもう、これはビジネスだ。来世をネタにした地上ビジネス。
 問題は、この地上型ビジネスは、ナザレのイエスの思想と何ひとつ関係がないこと。信徒もよく考えればおかしいと思うのは当然だ。

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【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~
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【佐藤優】何がキリスト教信仰を守るのか ~ キリスト教の限界(5)~
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【佐藤優】なぜバルトはナチズムに勝ったのか ~ キリスト教の限界(7)~
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【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~
【佐藤優】なぜ人間の論理は発展したのか ~一神教と資本主義(2)~
【佐藤優】最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い ~一神教と資本主義(3)~
【佐藤優】15世紀の教会はまるで暴力団 ~一神教と資本主義(4)~
【佐藤優】隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか ~一神教と資本主義(5)~
【佐藤優】自然は神がつくった秩序か ~一神教と資本主義(6)~
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【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~
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【佐藤優】なぜ人間の論理は発展したのか ~一神教と資本主義(2)~

2015年11月11日 | ●佐藤優
 (承前)

(2)なぜ人間の論理は発展したのか
 なぜ人間の論理は発展したのかといえば、神と言い争うためだ。そして、神と人間の争いは今のところ人間の連戦連勝。さもなければ、すでに人間は神に滅ぼされている。
 神は、人間に論理と自意識を与えたがゆえに、悪そのものに見える人間を滅ぼせない。神は人間をつくった製造者責任の論理に縛られているのかもしれない。
 これは、ひとりキリスト教のみならずユダヤ教やイスラム教も同じことだ。
 同じ神を戴くのに、どういうわけか、資本主義に対する適性、不適性が分かれる。
 イスラムにはシャリーアがある。ムスリムはシャリーアに従っている限り自分は正しい、と考える。法律ではあるが、神から与えられたものだから神の意思そのものだ、という認識だ。
 キリスト教はこれをやりたかったが、できなかった。シャリーアに相当する法をつくり損ねた。だから、イエス・キリストというひとりの歴史的人物と、それが神である信仰と、そこにまつわるさまざまな言説だけを頼りにして、人間の行いを正当化するための論理をこねくりまわすしかなかった。
 モーセは120歳まで生きた。ムハンマドは62歳で死んだ。しかし、イエスが磔にされたのは30代だ。二人に比べてイエスの活動期間は極めて短かった。言行録も非常に少ない。だから、便利なアナロジーを使って尾ひれをつけて行った。
 アナロジーは常識的に考えれば人間が展開したのだが、キリスト教はねじれている。アナロジーを展開する主体が聖霊や神になる。
 人間がやったのに神がやったことにするなんて、本来の一神教にはありえないロジックだ。キリスト教が唯一神教ではないのは確かだ。三一神論では神はひとつだが、父、神の子イエス、そして聖霊という三つの現れ方をするとしている。一神教のルールブックがあるなら、反則技だ。
 ユダヤ、イスラムのような正統の一神教から、キリスト教は大きくずれてしまった。シャリーアという固定した法に従うイスラムと違い、アナロジーに頼るしかなかったキリスト教は、人間の行動がどんどん変化していく余地がある。
 イスラムには法という人間の行動の善悪を定める客観的な基準があるが、キリスト教にはない。

□佐藤優『あぶない一神教』(小学館新書、2015)/共著:橋爪大三郎

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 【参考】
●第3章 キリスト教の限界
【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~
【佐藤優】ユニテリアンとは何か ~ キリスト教の限界(2)~
【佐藤優】ハーバード大学にユニテリアンが多い理由 ~ キリスト教の限界(3)~
【佐藤優】サクラメントとは何か ~ キリスト教の限界(4)~
【佐藤優】何がキリスト教信仰を守るのか ~ キリスト教の限界(5)~
【佐藤優】第一次世界大戦という衝撃 ~ キリスト教の限界(6)~
【佐藤優】なぜバルトはナチズムに勝ったのか ~ キリスト教の限界(7)~
【佐藤優】皇国史観はバルト神学がモデル? ~ キリスト教の限界(8)~
【佐藤優】米国が選ぶのは実証主義か霊感説か ~ キリスト教の限界(9)~
【佐藤優】無関心の共存は可能か ~ キリスト教の限界(10)~

●第4章 一神教と資本主義
【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~
【佐藤優】なぜ人間の論理は発展したのか ~一神教と資本主義(2)~
【佐藤優】最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い ~一神教と資本主義(3)~
【佐藤優】15世紀の教会はまるで暴力団 ~一神教と資本主義(4)~
【佐藤優】隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか ~一神教と資本主義(5)~
【佐藤優】自然は神がつくった秩序か ~一神教と資本主義(6)~
【佐藤優】働くことは罰なのか ~一神教と資本主義(7)~
【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~
【佐藤優】神の「視えざる手」とは何か ~一神教と資本主義(9)~
【佐藤優】なぜイスラムは、経済がだめか ~一神教と資本主義(10)~

  
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【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~

2015年11月11日 | ●佐藤優
 『あぶない一神教』は序章を含めて6つの章で構成されている。
  序章 孤立する日本人
  第1章 一神教の誕生
  第2章 迷えるイスラム教
  第3章 キリスト教の限界
  第4章 一神教と資本主義
  第5章 「未知なるもの」と対話するために

 ここでは第4章をとりあげる。この章は資本主義との関係で主にキリスト教をとりあげるが、ユダヤ教やイスラム教にも言及する。第4章は次の各節からなる。
 (1)資本主義は偶然生まれたのか
 (2)なぜ人間の論理は発展したのか
 (3)最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い
 (4)15世紀の教会はまるで暴力団
 (5)隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか
 (6)自然は神がつくった秩序か
 (7)働くことは罰なのか
 (8)市場経済が成り立つ条件
 (9)神の「視えざる手」とは何か
 (10)なぜイスラムは、経済がだめか

(1)資本主義は偶然生まれたのか
 宗教と資本主義の関係は100年も200年も前から、さまざまな人びとが議論してきた。最もよく知られているのはマックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』だ。
 プロテスタント、なかでもカルヴァン派の禁欲的な態度が資本主義を生み出した。いったん資本主義が生まれると、たちまち世界に広がっていった。この見方はウェーバーの重要な業績として、多くの人びとが知っている。
 だが、プロテスタンティズムにもカルヴァニズムにも資本主義を生み出す力はなかったのではないか。資本主義につながる何かを偶然掴んだだけではないか。
 換言すれば、①論理で説明すべきか、②歴史的経緯で説明すべきか。②なら偶然の要素が絡んでくる。<例>気象条件、民族、戦争の勝敗。
 神学的には、ウェーバーは誰を通してキリスト教を知ったのかが問題だ。注目すべきは、ウェーバーと一時期、同じ建物に住んでいたドイツの宗教哲学者エルンスト・トレルチだ。
 トレルチは、イエスの人生を実証、研究するなかで、イエスの実在は証明できないと結論づけた。その後、キリスト教の教義は歴史実相的に検証した結果、正しいとはいえないという答えに達した。このプロセスをトレルチはウェーバーと議論している。
 トレルチは、①論理だけでキリスト神学が語られるなか、②歴史学、つまりは偶然の要素を取り入れようとしたユニークな人物だ。ウェーバーはトレルチに大きな影響を受けた。
 トレルチとの関係を見ても、ウェーバーの資本主義論は、①論理的なるものと②歴史的なるものとが渾然としている。
 では、①資本主義はキリスト教の論理からかたちづくられたのか、②偶然産み落とされたのか。
 まず①論理面から見ていくと、キリスト教と資本主義を考える上で重要なポイントがいくつもある。原罪、自己正当化、最後の審判、自然、権利、所有権、貨幣、価値。あとは、教会、ヒエラルキー、労働。
 まず前提としてウェ-バーは、カルヴァン派の禁欲的な態度が資本主義が生まれる基盤を準備したと説いた。だとすれば、資本主義、そして原罪のグローバル経済はキリスト教が生んだのだからキリスト教世界と相性がいいと考えられる。
 しかし、キリスト教世界と資本主義は相性が悪いとも考えられる。なぜか。キリスト教には原罪があるからだ。人間は正しくない、自己肯定ができない、神がいなければどうしようもない。キリスト教では、人間をそう捉える。
 現実のビジネスは、自己利益の追求だ。もともと間違いを犯す人間が、自分の利益のため全力をあげているわけだから、キリスト教が是認できるはずはない。キリスト教と資本主義は対極にあるように見える。
 旧約聖書では、神はこんなどうしようもない人間連中は洪水で殺してやるとか、しばいて叩き直してやろうとか、とにかく攻撃的に怒り狂う。ユダヤ教のヤハウェはまさに怒れる神だ。
 しかし、この人間はただやられているわけではない。神から論理の力を貰っているから、神の言葉でさえ常に論理ではね返そうとする。「創世記」冒頭で、「木の実を食ったか」と神に問われたアダムは、「あなたがつくったこの女に勧められたから食った」と言い訳する。さらに、「あなたが、そもそもこの女をつくるから、こんなことになったんだ」と神に責任を押しつける。なにがあっても自己正当化する。

□佐藤優『あぶない一神教』(小学館新書、2015)/共著:橋爪大三郎
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 【参考】
●第3章 キリスト教の限界
【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~
【佐藤優】ユニテリアンとは何か ~ キリスト教の限界(2)~
【佐藤優】ハーバード大学にユニテリアンが多い理由 ~ キリスト教の限界(3)~
【佐藤優】サクラメントとは何か ~ キリスト教の限界(4)~
【佐藤優】何がキリスト教信仰を守るのか ~ キリスト教の限界(5)~
【佐藤優】第一次世界大戦という衝撃 ~ キリスト教の限界(6)~
【佐藤優】なぜバルトはナチズムに勝ったのか ~ キリスト教の限界(7)~
【佐藤優】皇国史観はバルト神学がモデル? ~ キリスト教の限界(8)~
【佐藤優】米国が選ぶのは実証主義か霊感説か ~ キリスト教の限界(9)~
【佐藤優】無関心の共存は可能か ~ キリスト教の限界(10)~

●第4章 一神教と資本主義
【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~
【佐藤優】なぜ人間の論理は発展したのか ~一神教と資本主義(2)~
【佐藤優】最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い ~一神教と資本主義(3)~
【佐藤優】15世紀の教会はまるで暴力団 ~一神教と資本主義(4)~
【佐藤優】隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか ~一神教と資本主義(5)~
【佐藤優】自然は神がつくった秩序か ~一神教と資本主義(6)~
【佐藤優】働くことは罰なのか ~一神教と資本主義(7)~
【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~
【佐藤優】神の「視えざる手」とは何か ~一神教と資本主義(9)~
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【佐藤優】異なるパラダイムが同時進行 ~激変する国際秩序~

2015年11月10日 | ●佐藤優
 (1)国際情勢を総合的に理解することが日に日に難しくなっている。新聞、テレビ、インターネットを通じて個々の出来事に関する正確な情報を容易に入手することができる。しかし、相互の関係がどうなっているかを読み解くのが難しい。
 それは、国際秩序の構造が急速に変化しているからだ。しかも、異なるパラダイム(位相)の出来事が同時に進行している。

 (2)まず、ヒト、モノ、カネの移動が自由になるグローバリズムが影響を強めている。
 2015年10月5日、TPP交渉に参加する日米など12か国が閣僚会議後に共同記者会見を行い、大筋合意に達したと表明した。
 このニュースに注目すると、ヒト、モノ、カネの動きが自由になるポストモダン的なグローバリゼーションが進行しているように見える。

 (3)しかし、尖閣諸島をめぐる係争【注1】で日中、慰安婦問題で日韓の国家間関係が緊張している。これは主権国家を前提とするモダンな現象だ。

 (4)さらに、米海兵隊普天間基地の移設に伴い辺野古(沖縄県名護市)に新基地を建設することをめぐって、日本の中央政府と沖縄県との関係がかつてなく緊張している。
 2015年9月21日夕刻(現地時間、日本時間同22日未明)、スイス・ジュネーブで開かれた国連人権理事会総会において、翁長雄志・沖縄県知事が演説し、「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」と訴えた。
 民族自決の前提とされる自己決定権は、まさにモダンな主張だ【注2】。
 これは日本に特有の現象ではない。
 今世紀になって、ロンドンの金融街シティーを中心に英国は、グローバリゼーションの機関車になった。しかし、それと同時にスコットランドでは英国からの分離独立運動が深刻になった。2014年9月18日の独立の是非を問うスコットランドの住民投票では、独立支持が44.7%、残留支持が55.3%で、国家分裂は回避されたが、2015年5月7日に行われた英国下院選挙ではスコットランドに割り当てられた59議席中、56議席を独立派のスコットランド国民党が獲得し、英国は国家統合の深刻な危機に直面している【注3】。
 こう見ると、沖縄やスコットランドでは、国民国家(ネーション・ステート)の形成に向けたナショナリズムという近代的な現象が強化されているかのようだ。
 TPPと沖縄問題、英国経済のグローバル化とスコットランド独立問題では、国家の壁を低くすることと国家の壁を高くすることという別のベクトルを指向する出来事が同時進行している。 

 (5)シリア危機に関連して難民問題が深刻になっている。これもヒトの移動が自由になるというグローバリゼーションが進まなければ、シリア難民は中東地域に留まることになり、西ヨーロッパに大量に流出し、さらに米州大陸諸国がこれらの難民を受け入れるという事態も生じなかった。
 このような大量の難民が発生している原因は、「アラブの春」が失敗したからだ。アラブ諸国に欧米基準での民主主義というモダンな思想を導入すること自体が無理だったのだ。「アラブの春」によってシリアのアサド大統領体制のような特定の部族によってのみ統治される政府が極度に弱体化した隙間に、イスラム原理主義過激派が流入し、国家が破綻してしまった。その結果、アサド政府軍、反アサド政権の武装組織「自由シリア軍」、過激派組織「イスラム国」(IS)が、三つ巴で殺し合いを行うようになった。このまま国に留まっていても、虐待され、殺される可能性も排除されないことになったので、人びとは逃げだし、難民になった【注4】。
 日本政府は、中東は距離的に遠いので経済的に難民支援を行うだけで義務を果たすことができると考えているようだが、それは通用しない。なぜなら、
 <人間の安全保障に限らず、人権や人道規範の浸透は各国の外交政策に強い影響を及ぼす。なぜなら、難民ガバナンスへの貢献の態度を内外に示すことは国家にとって自国の評判の失墜により国際的な信用を失うという事態を避けることになり利益につながる>【注5】
からだ。日本も欧米諸国と共通のモダンな価値観に立って「アラブの春」を歓迎した。また、米国を中心とする有志連合によるシリア領内のIS支配地域に対する空爆を日本も支持し、難民支援を含む人道面での協力を約束した。
 日本政府が難民問題でもたついていると、欧米のNGO、NPOが日本経由で中南米諸国に渡る航空券をシリア難民に渡し、成田空港の国際線トランジットエリアに日本入国を求めて滞留するよう勧めるような事態が生じかねない。成田空港に滞留するシリア難民の数が300~500人に膨れ上がり、その様子がCNNやBBCによって報じられるようになれば、国際圧力が急速に強まり、日本政府はシリア難民の受け入れを余儀なくされる。
 マスメディアやインターネットを通じた情報が短時間で国際世論に影響を与え、国境を越えて国家に影響を与えるのは、ポストモダンな現象だ。

 (6)これに対してロシアは、19世紀初頭から20世紀にかけての帝国主義を髣髴させるような直接的な軍事介入というモダンな手法でシリア問題に対処している。
 特に深刻なのは、ロシアがシリア軍に最新の近距離対空防御システム(高射ミサイル砲複合)「パンツィーリ(鎧)SI(NATOコードネームではSA-22グレイハウンド)」を供与したことだ。この兵器は有人、無人を問わず固定翼機、回転翼機、精密誘導爆弾や巡航ミサイル、弾道ミサイルも迎撃できる。航空目標だけではなく、地上目標(<例>軽装甲車両など)も撃破可能だ。シリアがこのシステムを運営することはできないので、実際にはロシア兵が戦闘に従事している。ロシアによる軍事支援の結果、「イスラム国」と反政権の自由シリア軍による二正面作戦を強いられ、権力基盤が脆弱になっていたアサド政権が態勢を建て直しつつある。「パンツィーリSI」の配備によって、シリア軍は米軍の空爆に対抗可能になった。
 
 (7)ロシアがシリアへの介入を本格化させているもう一つの理由は、イランに対する索制だ。イランはアサド政権に対する軍事的、経済的支援を強化することを通じ、シリアを事実上の保護国にしつつあった。そして、シリア経由でレバノンのシーア派民兵組織ヒズボラに対する梃子入れを強化していた。
 それだけではない。イランは、中東地域から米国の影響が減少しえできる力の空白を最大限に利用し、帝国主義政策を展開している。そして、イエメンのフーシー派、バハレーンやイラクのシーア派に対する支援を強化している。
 イランが中東地域で影響力を拡大すると、その影響はコーカサス地域にも及び、ロシアの当該地域への影響力を低下させる。したがって、シリアに対する軍事支援を、イランよりも質量ともに圧倒的に増大することで、アサド政権を事実上のロシアの傀儡にすることにより、イランの中東における影響力拡大を索制しようとしている。シリアではモダンな帝国主義原理に基づいてロシアとイランの間でグレート・ゲームが展開されているのだ【注6】。

 (8)イランは、プレモダンな原理も最大限に活用して、中東をはじめとするイスラム世界への影響力拡大を図っている。この点で注目されるのが、2015年9月24日、サウジアラビアのメッカ周辺のミナ(メナー)で巡礼者が将棋倒しになった事件だ。
 過去にも例がある事故であるにもかかわらず、このたび、イランは激しい反応をしている。ハメネイ師・イラン最高指導者は、10月1日までにサウジアラビアをかつてない厳しさで批判した。  
 ロウハニ・イラン大統領は、9月26日、ニューヨークで潘基文・国連事務総長と会談し、サウジアラビア政府を批判した後、国連滞在を短縮し、28日に帰国の途についた。イランで直接指揮をとって外交的にサウジアラビアを追い詰めるためだ。イランは、「サウジアラビアは聖地を管理する意思も能力もない」という点を徹底的に宣伝し、シリア、イラク、イエメンなどでイランとつながるシーア派勢力の反サウジ感情を煽り立てている。
 イランの狙いは、イスラム教の聖地であるメッカ、メディナの管理権をサウジアラビアから奪い取り、イランの国教である十二イマーム派のシーア派が獲得することだ。ミナ事件によってスンニ派とシーア派の宗教的対立が一層深刻化することになる【注7】。

 (9)従来、国際関係は、
   ・主権国家を基本とする近代国際法
   ・自由、民主主義などの人権
   ・資本主義の前提となる市場経済
を基本的な分析道具とし、それらが形成する普遍的価値観から乖離する論理については、
   ・共産主義
   ・ナチズム
   ・ファシズム
   ・権威主義
などの特殊要因として扱うことで、理解することができた。
 しかし、モダン、ポストモダン、プレモダンというパラダイムを異にする事象が相互に、影響を与え合い、短期間にダイナミックに変化を引き起こす国際関係の現状分析、未来予測を行うことはほぼ不可能になっている。
 ここで重要になるのは、視座の転換だ。比較的長期間にわたって変動する要素が少ない地理的制約条件が、人びとの思考、行動様式に意図的または無意識的に与える影響を重視することだ。
 地理には、
   ・イランならペルシア帝国
   ・ロシアならビザンツ(東ローマ)帝国の継承者としての「第三のローマ」
   ・沖縄なら琉球王国
という歴史の記憶も含まれる。地理が、プレモダン、モダン、ポストモダンな要素と結びつき形成する地政学という物語が21世紀の国際関係を読み解く鍵になる【注8】。

 【注1】
【佐藤優】日中を衝突させたい米国の思惑 ~安倍“暴走”内閣(10)~
【佐藤優】国際法を無視する安倍政権 ~安倍“暴走”内閣(9)~
 【注2】
【佐藤優】沖縄の自己決定権確立に大貢献 ~翁長国連演説~
 【注3】
佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず
 【注4】
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
 【注5】中山裕美『難民問題のグローバル・ガバナンス』(東信堂、2014)
 【注6】
【佐藤優】シリアで始まったグレート・ゲーム ~「疑わしきは殺す」~
 【注7】
【佐藤優】聖地で起きた「大事故」 ~イランが怒る理由~
 【注8】
【佐藤優】地政学の目で中国を読む ~昭和史(9)~
【佐藤優】これから重要なのは地政学と未来学 ~昭和史(8)~

□佐藤優「異なるパラダイムが同時進行 激変する国際秩序を読み解く」(「オピニオン 2016年の論点」(文藝春秋社、2015)
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