「最初に言葉があった」
これは誰かが間違って訳したものだ。
そして間違って伝わったものだ。
ワードは最初から無い。
(エクセルも無い・・・す、すんまへん・・・
注:ワードやエクセルはソフトの商品名です・・・)
「いいかげん」なワシのことだ。
聖書にいいがかりをつけるつもりは無い。
聖書を尊敬してる。ホントだってば・・・。
だからこそ、キチンと伝えて欲しいと思っている。
ホントだってばぁ~・・・・
最初の書き出しならば・・・
「最初に法則があった」となるだろうね。
(この方がその後の展開に沿っているだろ?)
創世記はこの世(物質界)の説明だ。
ならば最初に「名」を付けなければならなかった。
例えば・・・「天」や「地」
「天」という結界と「地」という結界を個別にする。
それには「名」が必要だった。
言葉ではなく「名」の概念が必要だったのだ。
この物質界(肉体界)は多種多様の個別で成り立っている。
一つ一つを区別する結界が必要なのだ。
それを「名」で縛り、守った。
「名」を解いてしまうと、この世のモノでなくなるのだ。
霊はこの世のモノではない。
「名」の有る霊はありえない。
「名」を言ったら、嘘なのだ。
霊は「名」が欲しいのだと思う・・・。
淋しがり屋だからなぁ・・・。
死んだらつける「名」がある。
戒名というヤツだ。
生身の時の「名」は使えない。
「名」が無くなっているのに「名」をつける。
矛盾しているよね。
実は・・・(書くと異論がありそうだなぁ・・・)
葬式仏教の強引な青田刈りなのだ。
「名」を付けると縛ることになる。
その宗派に強制的信者(霊)とされるのだ。
ちょっと・・・酷いような気がする・・・。
自由にさせてあげたいのは、ワシだけだろうか?
ワシは根性無しのいいかげんオヤジだ。
キリスト教に続き、仏教までケンカを売る気は無い。
大、大既存宗教相手に口を滑らすのはアホです。
アホのたわごとです。
権威は怖い~・・・見逃して下さいね・・・。
(本館は 「氣の空間・氣功療法院」