「眠れぬ森のB女・9」
魔法は愛情?
夜はともかく、アタシの昼間はほとんどゴロゴロしているわ。そんなアタシが唯一ダンナに褒められるのが料理なのよ。料理っていっても、難しいことはしないわ。いつでも同じようなものよ。家のまわりに生えているのを使うだけよ。
「世界一美味い」とダンナは言ってくれるわ。世界はおろか、お隣さんの料理さえ知らないのに。でも、こう言われると嬉しいものよ。自分でもおいしいと思うし、おいしく変わってきたと思うわよ。
ダンナはそれが「氣の活用法」だと信じているみたい。実はアタシが魔法を使っているのを知らないのね。魔法はあまり使わないのだけれど、料理には使いやすいし、使うほうが食べ物さんが喜ぶのよね。ダンナも喜ぶけれど。
マトモなオンナなら魔女だといったでしょう。特別じゃないのよ。だから魔法も特別なことではないわ。不思議なことは当たり前にあるのよ。こう受け止められる心の広さと柔らかさがイイオンナに変えるし、魔女の条件でもあるのよ。
魔法って愛情のことなのよ。愛と愛情の違いはそのうちお話しするけれど、地球は愛情が満ちあふれている星だわ。大宇宙はスベテ愛に包まれているけれど、愛情だらけの星って珍しいのよ。
勘違いしないでね。褒めているわけじゃないのよ。だから地球というのは魔法がいっぱいの星でもあるし、この星の中では魔法は特別じゃないの。
「魔」つまり「愛」の表現方法が魔法なのよ。だけど表現方法は理解度によって変わるし、変わるモノは未熟な証拠でもあるのよ。
愛情は愛の未熟な姿なの。魔法は未熟なのよ。
でもね、この世は諸行無常というじゃない。アタシたちは未熟な世界を選んで生まれてきたのよ。そのことは基本として忘れちゃいけないわ。
最近はその愛情が涸れてきているわねえ。魔法が涸れてきているのよ。未熟ならいいんだけど、腐り始めたらヤバいわよ。
未熟は未来に向かって熟す動きがあるけれど、魂の進化が止まると腐ってくるの。見えるモノだけの進化を求めると、魂は止まってしまうのよ。見えるモノと見えないモノのつなぎ役が愛情であるし、魔法でもあるのよ。
愛情や魔法は段階があるわ。我の解放度によってだから、かなりメイワクな愛情や魔法だらけなんだけど、それでもいいの。
見えないモノに重点をおいていれば、「気づき」が起こるから。それも自動的に起こるものなのよ。だから愛情は大切なのよ。未熟なモノは大切なのよ。そうよ、そうよ、ダンナも大切なのよ。
ああ、今夜のアタシは愛情があふれて眠れそうにないわ。
「鏡よ鏡、アタシの愛情を分けてあげるわね」
「押し付けるのが愛情。受取る行為が愛。ワイ、まだ魂が未熟なんや。遠慮しときまっせ」
「なによ~」
(本館は 「氣の空間・氣功療法院」