毎日新聞 3/12(火) 6:53配信
瞳が、見つめ返す。
写真家、池田宏さん(38)は2008年から北海道に通い、アイヌの人たちを撮影してきた。一人ひとりに正面から向き合い、その「今」を収めた写真集「AINU」(リトルモア)を1月末に出版した。
海外の民族に関心を抱き、外国語を学んでいた大学時代、初めてカメラを買い、旅に出た。中国からポルトガルまで陸路で移動し、その地で暮らす同世代の若者を撮った。そこには自分の生活とそれほど変わらない日常があった。一方、日本にはない地続きの国境でのいがみ合いにも遭遇した。現場に来て初めて分かることがある、と肌で知った。卒業後、東京のスタジオへ入り、写真の世界に飛び込んだ。
働きながら自分の作品を模索する中で、視線は海外から国内へ。北海道のアイヌ民族に興味を持った。「どんな人たちなんだろう」。夜行バスと鉄道を乗り継いで、平取(びらとり)町の二風谷(にぶたに)にたどり着く。アイヌ初の国会議員、故萱野茂氏の出身地だ。
集落では、アイヌ民族のことを丁寧に教えてくれた女性を撮影した。帰京後に現像して、手応えを感じた。「もっと知りたい。撮りたい」。年に一、二回のペースで通いはじめた。
◇「もう来たの?」
行動範囲が広がらず足踏みしていた2011年、転機が訪れた。関東で暮らす北海道出身のアイヌの女性を取り上げた新聞記事に目が留まった。女性に連絡を取ると、郷里での先祖供養の儀礼などに同行させてくれた。これをきっかけに、縁がつながりだす。静内、白老、帯広、釧路、網走、旭川――。道内各地の儀式や儀礼に参加し、知り合った人たちと語り、山へ行き、酒を酌み交わした。行事を手伝い、時間を共有し、少しずつ居場所をつくっていった。格安航空会社が就航すると、撮影旅行は2カ月おきに。「もう来たの?」と驚かれることもあった。
時を見て、愛機の中判カメラ「ペンタックス67」を出す。細かく計画したり、表情をつくるよう頼んだりはしない。イメージの型にはめたくないからだ。団地のベランダで。カラオケスナックで。スーパーの前で。シャッターを切る。サケを鉤銛(かぎもり)で突く伝統漁。帰り道。成人式。なんでもない日にも、特別な日にも、レンズを向けた。寝転ぶ赤ちゃん。はにかむ高校生。ブーケを持つ新婦と新郎。雪上のハンター。お笑いコンビ。豊かなひげを蓄えた長老。神への祈りの風景も、公園での花見も撮った。
◇入り口の一つに
撮影に応じてくれた人たちの「アイヌであること」をめぐる思いは、それぞれだ。伝統の着物を着て文化の伝承活動に携わる人もいれば、「意識しない」という人もいる。池田さんは民族への関心を超えて、人間そのものに魅了されていった。「予想外のドラマがいくつもあった。写真集は、そのかたまりです」。自らを語る言葉も伝えたいと、5人のインタビューも掲載した。
写真集にはアイヌの血を引くことを公言していない人も登場する。葛藤を抱かせる現状がある。池田さんは語る。「文化や歴史、誰かとの出会い。アイヌに関心を持つ入り口が増えれば、人の思いへの想像力も広がるはず。僕の写真がその一つになれば本当にうれしい」
「AINU」は2900円(税別)。【岡本同世】
◇プロフィル
いけだ・ひろし 1981年、佐賀県小城市生まれ。大阪外国語大(現大阪大外国語学部)でスワヒリ語を学ぶ。2006年にstudio FOBOS入社、09年に独立。雑誌「実話ナックルズ」(ミリオン出版)や「ソトコト」(RR)、ウェブサイト「vice」などで活躍。「この続きは、聞き書きを主体にした一冊を出したい」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190312-00000003-mai-soci
瞳が、見つめ返す。
写真家、池田宏さん(38)は2008年から北海道に通い、アイヌの人たちを撮影してきた。一人ひとりに正面から向き合い、その「今」を収めた写真集「AINU」(リトルモア)を1月末に出版した。
海外の民族に関心を抱き、外国語を学んでいた大学時代、初めてカメラを買い、旅に出た。中国からポルトガルまで陸路で移動し、その地で暮らす同世代の若者を撮った。そこには自分の生活とそれほど変わらない日常があった。一方、日本にはない地続きの国境でのいがみ合いにも遭遇した。現場に来て初めて分かることがある、と肌で知った。卒業後、東京のスタジオへ入り、写真の世界に飛び込んだ。
働きながら自分の作品を模索する中で、視線は海外から国内へ。北海道のアイヌ民族に興味を持った。「どんな人たちなんだろう」。夜行バスと鉄道を乗り継いで、平取(びらとり)町の二風谷(にぶたに)にたどり着く。アイヌ初の国会議員、故萱野茂氏の出身地だ。
集落では、アイヌ民族のことを丁寧に教えてくれた女性を撮影した。帰京後に現像して、手応えを感じた。「もっと知りたい。撮りたい」。年に一、二回のペースで通いはじめた。
◇「もう来たの?」
行動範囲が広がらず足踏みしていた2011年、転機が訪れた。関東で暮らす北海道出身のアイヌの女性を取り上げた新聞記事に目が留まった。女性に連絡を取ると、郷里での先祖供養の儀礼などに同行させてくれた。これをきっかけに、縁がつながりだす。静内、白老、帯広、釧路、網走、旭川――。道内各地の儀式や儀礼に参加し、知り合った人たちと語り、山へ行き、酒を酌み交わした。行事を手伝い、時間を共有し、少しずつ居場所をつくっていった。格安航空会社が就航すると、撮影旅行は2カ月おきに。「もう来たの?」と驚かれることもあった。
時を見て、愛機の中判カメラ「ペンタックス67」を出す。細かく計画したり、表情をつくるよう頼んだりはしない。イメージの型にはめたくないからだ。団地のベランダで。カラオケスナックで。スーパーの前で。シャッターを切る。サケを鉤銛(かぎもり)で突く伝統漁。帰り道。成人式。なんでもない日にも、特別な日にも、レンズを向けた。寝転ぶ赤ちゃん。はにかむ高校生。ブーケを持つ新婦と新郎。雪上のハンター。お笑いコンビ。豊かなひげを蓄えた長老。神への祈りの風景も、公園での花見も撮った。
◇入り口の一つに
撮影に応じてくれた人たちの「アイヌであること」をめぐる思いは、それぞれだ。伝統の着物を着て文化の伝承活動に携わる人もいれば、「意識しない」という人もいる。池田さんは民族への関心を超えて、人間そのものに魅了されていった。「予想外のドラマがいくつもあった。写真集は、そのかたまりです」。自らを語る言葉も伝えたいと、5人のインタビューも掲載した。
写真集にはアイヌの血を引くことを公言していない人も登場する。葛藤を抱かせる現状がある。池田さんは語る。「文化や歴史、誰かとの出会い。アイヌに関心を持つ入り口が増えれば、人の思いへの想像力も広がるはず。僕の写真がその一つになれば本当にうれしい」
「AINU」は2900円(税別)。【岡本同世】
◇プロフィル
いけだ・ひろし 1981年、佐賀県小城市生まれ。大阪外国語大(現大阪大外国語学部)でスワヒリ語を学ぶ。2006年にstudio FOBOS入社、09年に独立。雑誌「実話ナックルズ」(ミリオン出版)や「ソトコト」(RR)、ウェブサイト「vice」などで活躍。「この続きは、聞き書きを主体にした一冊を出したい」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190312-00000003-mai-soci