VOGUEMARCH 14, 2019
性差別に人種差別、そして年齢に対する差別も乗り越え、サルマ・ハエックは、持ち前のバイタリティとスマートさを盾に、30年にわたってハリウッドを駆け抜けてきた。最新作『ザ・ハミングバード・プロジェクト』(2019年)の公開が控える中、トランプとワインスタインという二人の男、ドラッグと汚職にまみれた故郷メキシコ、そして自身の揺るぎない信念について、赤裸々に語ってくれた。
サルマ・ハエックは私のことを、ちょっとかたすぎると思ったのかもしれない。はっきりと口に出すことはなかったが、片手にタバコ、もう片方の手にグリーンジュースを持って私の前に立ちはだかったハエックは、「あなたに必要なのは」と切り出した。
「もっとダンスをして、もっと愛し合うことね。セクシーなランジェリーを買うといいわ」
私がフェミニストとして、「セクシー」という考えにジレンマを感じていると認めたところ、ハエックは、人差し指を左右に振りながら、私にこうアドバイスした。
「ひとりのときに大笑いして、ダンスして、歌うといいわ。オペラを歌ってみたら? ハメを外すのよ」
ロンドン北部のハエックの自宅を訪れた私は、豪華なソファに座っていた。グッチの教会風のアニマル刺繍クッションに囲まれて、ハエックは、私の新たな神託者だと考えていた。大げさではない。世の中でもっとも融通の利かない旧態依然としたハリウッドで、性差別と人種差別(おまけに年齢差別)の猛攻をくぐり抜けてキャリアアップを成し遂げてきたハエックなら、人生の教訓をたくさん授けてくれるにちがいない。
現在52歳のハエックは、女優としてテレビ界と映画界で30年以上にわたって活躍してきた。試行錯誤の苦難に満ちたハエックのキャリアは、最近になって、ようやく焦点が絞られてきた。これまでも彼女は声を上げてきたが、トランプにブレグジット(BREXIT=欧州連合からのイギリス脱退)、ハーヴェイ・ワインスタイン、そしてアメリカとメキシコ国境の壁問題が取り沙汰される今の時代だからこそ、世の中は、彼女の声に耳を傾ける。
「私は虐待を乗り越えてきたわ」
ハエックは、視線をそらさずに語る。
「とても深いところで乗り越えた。でも、注目を集めるために、自分の悲しいストーリーを利用したいと思ったことは、一度もなかった。私のことを考えた人や、私のことを見た人に、誰でも乗り越えることができると思ってほしかった。無限の可能性があることを、皆に思い出してもらいたいの」
「セクシーキャラを作り上げたの。ハリウッドに入り込むためにね」
ハエックの豪邸には生花があふれ返り、たくさんのアート本やジェフ・クーンズの作品の数々、階段には、ダミアン・ハーストの作品が飾られている。その雰囲気に浸りながら、ハエックが、実際何を乗り越えてきたのかと人は不思議に思うのも、わかる気がした。ハエックは女優でプロデューサー、活動家であり、2009年に、フランス人ビリオネアのフランソワ・ピノー(ラグジュアリーファッションブランドを抱えるコングロマリット「ケリング」のCEO)と結婚した。私が彼女の自宅を訪れたとき、ハエックはお尻の部分に「GOOD KARMA」(良いカルマ)と書かれたスエットパンツをはいて現れた。完全なすっぴん状態で、実際の年齢よりも軽く20歳は若く見える。ハエックは、思い込みにもとづいて自分のことを決めつけてくる人には慣れている。
「偏見は、異物への不快感ね。私は大きな成功を収めた男性と結婚生活を送るようになった。そのことに対しても、偏見を感じるの。私を劣った人間だと見下したかと思うと、今度は、優越感を感じている人間だと思われる。どちらにしても、人は嫌がるってわけ! 奇妙なことだけど、気にしないわ。私は納得して受け入れたから」
ハエックは、メキシコのベラクルス州の恵まれた家庭出身であることを否定しない。母親はオペラ歌手、父親は石油会社の重役だった。23歳のときに、メキシコのメロドラマ『テレサ』で主人公テレサ役を演じ、全国的に名前が知られるようになった。国際的に活躍する女優になろうと、大きな夢に向かって果敢に歩みだしたとき、見えないガラスの天井にぶち当たった。2003年の『ヴァニティ・フェア』誌のインタビューで、ハエックは、ハリウッドの映画会社の上層部から「生まれる国を間違った」、ハエックの発音が「人々にメイドを思い起こさせるから、アメリカでは主演女優に決してなれないだろう」と言われた、と語っている。当時、あらゆる否定派を納得させるために「私は、彼らの性差別を利用して人種差別と闘ったの」とハエックは言う。
「だから、このセクシーキャラクターを作り上げたのよ。『ハリウッド』が受け入れることのできるキャラクターをね。そうやって私は、ハリウッドに入り込んだ。私は状況を理解しながら、この方法を選ぶとき『私は自分の値打ちを下げている?』と自問したわ。枕営業はしなかった。これが、理解してもらえることだったというだけ。私にこのセクシーさがあれば、観客は私に興味を持ち、スクリーン上での私の発音を受け入れられるだろうと思ったの。そうすれば、ハリウッドの否定派に理解してもらえる。だから、セクシーキャラクターを『やる』と決めたの」
「強い女」の勇敢な改革。
ハエックは、「セクシーガール」の役を手に入れるたびに、きめ細かにキャラクターをつくり込み、手に入れた役の限界を押し広げた。
「ちょっと知性を加えさせて、と言えば、『知的さはいらない、この役に知性は必要ない、外して』と言われる。ちょっとコメディを付け加えさせて、と言えば、『面白すぎる、この男より面白くなっちゃいけない』と言われる。じゃあ、あたたかみか人間らしさを加えさせて……。こうして、1つ2つのシーンに何かを付け加えることができる限り、そうしたわ。今でもやってるかって? もちろんよ。でも、本当にかなり進歩した。プロセスなのよ。改革はシンプルには進まないものね」
こう言って、ハエックは賢者のように微笑んだ。もちろん、今では役柄は変わった。作品を観れば、ハエックを念頭に置いて書かれた脚本であることがわかる。事実、最新作『ザ・ハミングバード・プロジェクト(原題)』のキム・グエン監督は、彼女を想定してこの役を書いている。本作では、アレクサンダー・スカルスガルドとジェシー・アイゼンバーグと共演し、シルバーヘアの極悪大物トレーダーのエヴァ・トーレスを演じた。ハエックは説明する。
「私は、ニューヨークで強大な権力を持つ女性を演じた。最先端テクノロジーを使ってお金を盗むの。以前なら、この役は絶対手に入らなかった。脚本が書かれた時に、この役が女性だったかは知らないけど、ラテン系でなかったことは間違いないわ。だから、グエンが私のために書き換えたの。今では、私はラテン女というよりも、強い女性として見られる傾向があるわ」
トランプとワインスタイン。
この『強い女性』のイメージが確立したのは、わずか1年ほど前のことだ。ハエックは、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインから何年ものあいだ受けた、ひどいセクハラについて『ニューヨーク・タイムズ』に(一気に手書きで書き上げた)告発文を寄稿した(現時点まで、ワインスタインはその疑惑を否定している)。いうまでもなく、ラテン女性がハリウッドで手に入れられる役に明らかに不満を感じていたハエックは、構想段階から10年かけて、メキシコ人画家フリーダ・カーロの伝記映画『フリーダ』を自らつくり上げた。その過程でハエックは、アカデミー賞に多数の作品をもたらしたことで有名なワインスタインにプロジェクト参加を打診した。この時、ハリウッドの女性蔑視を非難することを狙ったハエックの映画に、映画業界最悪の性犯罪疑惑のある人物を引き入れることになるとは思いもよらなかった。
「彼は何であんなことをしたのかって? あらゆる独裁者が権力を乱用するのと同じ理由よ。どうしてそうするかというと、『できる』からよ。私たちが、そうすることを許すからだわ。トランプもワインスタインも、強烈なカリスマ性を持ち、愛され、尊敬されることに固執した男性よ。彼らは『私を絶対的に愛さないなら、代わりに私を嫌うだろう』と極端な思考を持っていると思う。彼らが権力を持ったとき、そこに脆さというか、とても危険なものがあるわ」
トランプとワインスタインは、ハエックの前に立ちはだかった。
「あの2人の愛し方は、あなたや私とは違う。彼らは必死なの。『私を愛さないならお前を破壊する。私を愛しても破壊するけど、少しはマシだ』ってね」
「彼が、自分以外に何を愛しているのかわからない」
さまざまなアルコールの瓶が並ぶバーカートからメスカルを選び、私に勧めながら、「ハーヴェイの場合……」とハエックは続ける。
「彼は映画を愛していたわ。一方のトランプは、自分以外に何を愛しているのか私にはわからない。トランプを動かす外部の力、インスピレーションの源が何か、私は知らないから。トランプのストーリーや生活の中に、彼以外の何かとのラブストーリーは見えない。だからといって、トランプがその対象を持ってないという意味ではないけれど。私にはわからないだけ。ハーヴェイは、明らかに持っていたけれど」
アメリカ大統領のメキシコに対する外交政策を考えるとかなり皮肉なことだが、トランプは以前、恋人のいたハエックに自分と付き合うように執拗に迫ったことは有名だ(以来、何度か二人は出くわしたが、「私たちは何もなかったように振る舞った」という)。最近のハエックは、トランプの人種差別的発言を声高に批判する立場を取っている。インスタグラムにトランプのピニャータを投稿したり、彼女の友人のメキシコ人監督アルフォンソ・キュアロンが『ROME/ ローマ』(2018年)でアカデミー賞3部門を受賞したタイミングに合わせ、「メキシコがアメリカに国民を送るとき、最高の人物を送り込んでいない」と力説したトランプのスピーチをリツイートしたりしている。
それでもメキシコ愛は変わらない。
今年のアカデミー賞でのメキシコの評価について話しながら、『ROME/ ローマ』で主演して一躍有名になったヤリッツァ・アパリシオについて、「とても純真な美しさがあるわね」と語る。
「アパリシオは興味深いアカデミー賞候補者なの。本当に好意的な人もいる一方で、彼女をよく思わない人から数多くの攻撃を受けていると、友人たちから聞いたわ。彼女が先住民族の出身であることを理由に、からかう人もいる。メキシコでは、メキシコ人に対する人種差別が大きな問題なの。だから、彼女のノミネーションは、3部門受賞以上の大きな偉業よ」
ハエックは、メキシコへの愛国心を持ち続ける。思うようにメキシコを訪れることはできないが、Netflix向けの番組製作のために、近々メキシコに戻る予定だ。ハエックは、母国とのつながりをはっきり感じるという。メキシコの政治問題からも目をそらさない。
「アカデミー賞でのメキシコの評価は、本当にすばらしいエネルギー源よ。でも、メキシコの治安問題や安全問題、暴力は変わらない。問題は、単に薬物の問題や麻薬カルテルだけではない。そのほかにも、数多くの集団が存在するし、マフィアがはびこっている。たとえ多くを持たない人からでも、人々が一生懸命に手に入れたものをどうやって奪おうかと、皆が考えている。しかも、とても暴力的な方法でね。それ以上にひどいのは、汚職ね。権力を手に入れて、何も持たない人からすべてを奪い取るのよ(筆者注:ハエックが語っているのは、2010〜2016年にメキシコのベラクルス州知事だったハビエル・ドゥアルテのことだ。国家当局が没収した資産と現金は約1億2000万ドルとも言われている。2018年に組織犯罪とマネーロンダリングの罪状を認め、9年の懲役と罰金が言い渡された)。彼らは他者からお金を取り上げ、その結果、人々は餓死し、国家は不安定になる。そんなお金で何を買えるの? 誰かが餓死しそうになっていることを忘れるほど、満足できるものって何? そんなことをしてまで手に入れたもので、喜びを感じる? 私にはわからないわ。ドラッグのようなものね、依存症よ。お金と権力、そしてさらに手を入れたいという依存症。この種の依存症には、リハビリがないもの」
「あらゆるものから自由になりなさい!」
ハエックは率直で、自分の意見を持ち、恐れを知らない。強烈な印象を与える人だ。インタビューの終わりに、彼女は自宅の中をゆっくり案内してくれた。家の中のあちこちで、仕事仲間や親友(ハエック部隊に入隊すると、仕事仲間はたちまち親友になる)が、熱のこもったスペイン語で脚本の問題点を修正したり、豪華ホリスティックホテル開業の構想を練っていたり、インテリアの模様替えを計画したりしている。
「もし今日、俳優としての仕事に終わりがきても、これまでの道のりにとても感謝するわ。ありがたいことに、仮にそうなっても、返さなければいけない借りは私にはないの」
さらりとこう言って、ハエックは続ける。
「だから、美容会社とジュース会社を始めたの。ハリウッドから完全に追放される準備ができたから。私を打ちのめすことはできない。どうしてかわかる? 私はこのシステムを生き抜き、どう転んでも私は満足するから。自分が気に入られているかどうか、そんなことに左右されないわ」
ハエックは瞑想について語り、今はアクション好きな夫とともに『24』にはまっているのだと教えてくれた。そして、誰かに呼ばれて、彼女はその場から去っていった。ハエックのアシスタントに送り出されて外に出ると、すべてが刺激に欠け、退屈に感じた。「オペラを歌って、フェミニストのジレンマをくぐりぬけなさい」という、ハエックの言葉を思い出し、思わず笑いが込み上げてきた。ハエックはまた、こんなアドバイスもくれたのだった。
「『正しい』とされる、あらゆるものから自由になるの。食べ方だってファッションだって、方法はひとつではない。自分の肉体に満足して、自由になりなさい。そうすれば魂は不滅よ。誰にも見られていないときは自分の可能性を探求しなきゃ。自分の限界を打ち破るのよ!」
タクシーを止めて乗り込むと、私は『誰も寝てはならぬ』を少しだけハミングしてみた。
Text: Natalie Evans-Harding
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