マリー・ローランサンの全仕事を紹介するのではなくて、「パリ狂乱の時代」におけるローランサンの活躍を中心に、新しいファッション(女性の台頭)-ローランサンと同い年のココ・シャネルの登場を紹介するものです。
「パリ狂乱の時代」とは、1920年から1929年まで、第1次世界大戦終結後、世界大恐慌が始まるまでの約10年間のことです。日本では大正時代、モガ・モボのころです。
要はバブル期だった訳です。
職人による手工業から工業化による多量生産に移って低価格化を生み「消費は美徳」になりました。
需要が好景気を生む、マクロ経済学そのもです(笑)
そのころの芸術といえば、絵画・彫刻でした。大量生産品のデザインも芸術として認めよう、というのがアールデコ(新しい装飾)。ドイツではバウハウス。
この当時の技術ですから複雑な曲線を製品化できず、直線と円の組み合わせにとるデザインが主流です。
バブル期だから色々な芸術家が登場します。ピカソ、モディリアーニ、シャガール、ダリ、藤田嗣治など。
アヴァンギャルド、シュルリアリズム、ジャズいうジャンルも登場します。
当然、ファッションも変化します。女性の台頭から、働きやすいシンプルなデザイン、男性服の素材やスポーツウェア採用等。
特徴的なのは、腰のくびれたドレスから上から下までストレートになった、ユニセックスになったということですね。
と、前置きが長くなったところで、ローランサンとシャネルの関係ですが、お互いその時代の花形スターだったわけですが、犬猿の仲だったと。
ローランサンに自画像を描いてもらうのが当時のステータスだったそうです。
シャネルも自画像を依頼しましたが、出来栄えに満足が出来ず受取を拒否しました。
ローランサンは「あんな田舎娘に折れてやろうとは思わない」とこちらも気丈ですね。
この時代に成功した女性たちですから。
というわけで、この動画の冒頭にシャネルの写真とその自画像が登場すので、比べてみてください。