20階の窓辺から

児童文学作家 加藤純子のblog
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ご家族葬

2022年02月13日 | Weblog
             

友人のご葬儀、今日だそうです。
コロナ下ですので、ご家族葬ですが、数人の友人たちをお呼びくださいました。

つい先日までおしゃべりしていたのに、「急逝」なんて言われても、全く実感がありません。信じられません。

今日は、用賀会館に行って、ご家族とご一緒に、彼女をお見送りしようと思っています。富山の友人の分も、一緒に彼女へ思いを伝えたいと思います。

夫が「僕も行かなくていい?」と聞いたので、「あなたは関係ないでしょ」と。

昔、住んでいた二子玉川に、夫はもう数十年、行っていないそうです。
「じゃあ、一緒に行って、玉川高島屋で待ってるから」と。

私は上野毛に住んでいる友人や、いろいろな友人と、玉川高島屋は、コロナ前は年に一度はいっていました。

うちも二子玉川から、桜新町の弦巻。
マンションを買い替えて、最終的に、今の場所に。

二子玉川は、二人の子どもたちの子育てをした、なつかしい街です。
息子も、娘も、幼稚園はドミニコ学園。
静嘉堂文庫。砧公園。
遠い記憶の中の思い出の場所です。

学生帽をかぶって電車で小学校に通っていた息子。
一度、二子玉川駅のホームに、その学生帽を落とし、駅員さんに拾ってもらったことがあると話していたその話も、いまや昔のお話です。

なつかしい、なつかしい街。
夫が行きたがる気持ちもわかります。

そう言えば、昔、夫の慶應経済のゼミの先生のご自宅が、246を二子から、瀬田に向かって歩いたところにあって、当時はたびたび伺って、研究のお手伝いをしたと話していました。
かなり前にお亡くなりになり、ご自宅も鎌倉に移られたようですが・・。

余談ではありますが・・・。
二子玉(にこたま)という言葉を時々耳にします。
古くからのジモティは、二子玉なんて、言いません。
そういう言葉を聞くと「よそ者」かなと思います(笑)。

二子には、結婚して10年以上住んでいましたから。
ジモティの方や、うちのように結婚してこちらにいらした方。
お友達も、たくさんできました。

古くからそこに住んでいる人たちは、「二子」(ふたこ)が、由緒正しき呼びかたです(笑)。
コメント
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