Sony α99 Planar 50㎜ (f/5.6 , 1/60sec , ISO125)
湧くはずのないところに湧くはずのない湯が湧く ───。
草津、下呂とともに日本三大名湯に数えられる有馬温泉。
そこで、その名湯の不思議...、というか、大地のダイナミズムがもたらすロマンに驚嘆したのだが、
そのことは、いったん置いておいて、まずは湯の街の情緒を堪能。
神戸からバスで30分足らずの至近距離、さらに大阪からでも一時間程度だから、
まさに、関西の奥座敷、年間200万人近くの観光客が訪れるという。
また、その歴史、日本書紀にもその記述が見えるというから、
日本三大古湯(諸説ある)に数えられることも含め、名湯の由縁に納得がいくところだ。
有馬温泉を訪れたのは今回で二回目。
といっても、やがて30年ぶり、それも職場の団体旅行ということもあって、目的はドンチャン騒ぎ。
どこへ泊ったのか、どんな湯だったのか、まったく記憶がない。
唯一の記憶といえるのが(・・・というかイメージでしかないのだが)、坂道と路地の街並みだった。
今や日本の各地に広がった外国人はともかく、
若い観光客、それも仲睦まじいカップル(死語?)が多いことが、まず印象に残った。
そうした客層を狙ってか、カフェやファストフードを取り扱う店が多く、
今風の景観を感じるのだが、道の両側に迫る建物そのものからすると、
その古さは歴然で、30年前に歩いた場所は、やはりここだったのか...と、
当時の記憶を手繰るように散策を続けたのだった。
さて、街並みの写真を振り返って、ふと気づいたことがある。
今回の有馬温泉、義理の弟、妹それぞれの夫婦、6人で訪れていたのだが、
各々が撮った写真を見比べて見ると、私が撮ったものだけが異質。
というのも、いわゆるレトロ感一辺倒なのである。
元々温泉街の起りのほんどが湯治場で、私が生まれた山代温泉にしてもそうだった。
ところが、昭和30年代から40年代にかけての高度経済成長につれて、
庶民の所得の一部が旅行へと向けられるようになり、観光が産業化していった。
人々の足は全国の温泉へも向けられるようになり、
各地の湯治場の街並みが時代とともに観光地の街並みへと変わっていったのである。
弟や妹が撮った写真には、その街並みの今昔がそのまま映りこんでいるのだが、
私は、極端ともいえるほど、かたくなに古いものだけを切りとっていたようだ。
ことさら意識をしていたわけでもないが、
30年前の記憶を呼び覚まそうとしたのか、
いや、ひょっとしたら、さらに50年以上も前の生まれ故郷の街並みの記憶を
無意識のうちに垣間見ようとしていたのかもしれない。
ちょっと長くなったので、
もうひとつのロマンの話、この名湯の不思議、悠久のロマンとも言える話は次回に。
通りのあちこちで上がる湯煙を眺めながら
こんな歌詞を思い出していた。
We come from the land of the ice and snow
form the midnight sun where the hot springs blow
Led Zeppelin - Immigrant Song (Live 1972) (Official Video)
移民の歌 レッド・ツェッペリン
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