はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

冬季家の冬

2008-02-09 18:59:35 | 女の気持ち/男の気持ち
 こたつの回りに本を積み、筆記用具を並べ、おやつのミカンを置く。愛用の火鉢に火をおこし、テレビと蛍光灯のリモコンも忘れない。それらを整えて、夫はこたつの人となる。そして冬季ゴローと自称する。
 ゴロー氏べったりの猫がいる。こたつの中で、突き出た足のすき間をぬって寝そべっている。彼女はおしっこの時いつも、「誰か戸を開けて」と訴えるが、ゴロー化した冬季家の人が誰も動かないと、勝手口のたたきに用を足す。木枯らしや冷たい雨の夜、特にたたきが濡れている。冬季家の名に恥じない立派な猫だとゴロー氏は言う。
 ある日、ゴロー氏がカツ丼を作ると言いだした。料理番組を見て、心が動いたようだ。肉をたたく音がして、だし汁と揚げ物の香りがこたつまで届く。
 ゴロー氏は、料理は苦にならない。朝のみそ汁、昼のめん類はよく作る。ただ妻の口出しだけは受けたくない。1人で、自分流に、自分の手順で作りたい。
 カツ丼が運ばれてきた。妻は幸せに浸った。思い描いていたカツ丼とは違うゴロー流カツ丼。
 「だしが利いていて上出来よ」
 食後、ゴロー氏は満足げに猫と再びこたつの人となる。台所はパン粉や卵が飛び散り、油まみれの鍋類が積まれていた。
 冬季家の冬は続く。
   中島フヂ子(61) 2008/2/8 毎日新聞/の気持ち掲載

親友をしのぶ

2008-02-09 08:31:39 | はがき随筆
 52歳で現役を退いた私は、日々の生活をリセットできずに活力を欠いている。そんな時、中学以来の無二の親友が突然逝った。うつを患い昨年、難病の筋萎縮性側索硬化症を発症してまもなくの死だった。延命治療の人工呼吸器はつけないと言い、それを有言実行した彼を私は立派だと思い尊敬している。入院が決まって彼の好きな歌3曲(兄弟仁義、柿の木坂の家、しあわせになろうよ)をCDにして送った。高千穂の山をポストカードにして送った。私が東京で学生生活をしていたころ、故郷の静岡から食料を小包便にして送ってくれた彼はもういない。
   霧島市 久野茂樹(58)2008/2/9 毎日新聞鹿児島版掲載

白い道

2008-02-09 08:24:08 | はがき随筆
 時折、雪のように舞い落ちてくる樹氷が、肌に心地よい。もうずいぶん歩いてきた。汗をぬぐいながら目をやると、ミヤマキリシマの細い枝先まで白い。ノリウツギやリョウブも全体が真っ白だ。雪深い林の中を、ゆっくりとアイゼンで前進する。
 樹林帯を抜けると、急に視界が開けた。「あ、モンスター」と目を見張る妻。行く手に見える、さまざまな姿の雪の造形物たち。それらの中を、右に左に、さらに奥へと進んで行く。
 やっと、めざす韓国岳の頂上が見えてきた。晴天の中、輝いている。しばらく眺めると、また、白い道を歩き始めた。
   出水市 中島征士(62) 2008/2/8 毎日新聞鹿児島版掲載