小学生の時、ピアノを習った。当初は順調に進歩していたが、そのうち無味乾燥な練習曲に嫌気がさしてサボりがちになり、やがて草野球やサッカーの方が面白くなってやめてしまった。
息子もピアノを習っていた。ある時、昔ちょっとかじったと先生に明かしたら、ぜひ発表会に出ろと言う。結局、うまくおだてられて息子と連弾することになった。引き受けたはいいがブランクは大きい。悪戦苦闘の末、何とか弾き終えた。その時「定年で暇になったらまた始めようかな」と思ったのを覚えている。
そんな私の希望を既に実現している〝先輩〟たちの音楽会が先日、鹿児島市の山形屋であった。名付けて「私もピアニスト」。約30人の出演者の大半は60歳以上、ほとんどが習い始めて半年から5年程度。最高齢は川上光子さん(84)でキャリアは5年。何と79歳で始めたというから驚く。
ショパンの「別れのワルツ」に挑んだ橋本将司さん(66)が習い始めた動機は「指先を使うのでぼけ防止にいいから」。実は高校の時、友人が弾くのを見て以来ずっとあこがれだったそうだ。
目で譜面を追いつつ左右の手を別々に動かす。物覚えの早い子供ならともかく中高年で挑戦するのは一苦労のはずだ。しかも人前で弾くとなれば上がるのも無理はない。引っかかりながら、時には停止する場面もあって「家ではもう少し上手なのに……」と口をそろえつつも皆さん、例外なくにこやかだった。
総務省の統計によるとピアノの世帯普及率は約28%(04年度)。子供の独立後、ほこりをかぶったままのピアノも多いに違いない。考えてみれば実にもったいない話だ。
音楽は生活に潤いをもたらす。聴くのもいいが自ら演奏する喜びはまた格別だろう。この日の出演者のこぼれるような笑顔が何よりの証しだ。
一念発起、定年を待たずに再挑戦してみるか。
鹿児島支局長 平山千里
2008/2/11 毎日新聞鹿児島版掲載