時遊人~La liberte de l'esprit~

優游涵泳 不羈奔放 by椋柊

インビクタス 負けざる者たち 7

2010-02-14 | 映画
1994年
南アフリカ共和国
初の黒人大統領に就任した
ネルソン・マンデラだが
新生国家の船出には
多くの問題があった


                

ある日
ラグビー南ア代表の試合を観戦した
マンデラの頭の中で
何かが閃いた

南アでは
ラグビーは白人が愛好するスポーツ
黒人にとっては
アパルトヘイトの象徴
しかし
1年後に南アで開催される
ラグビーのワールドカップで
南アのチームが勝てば
それが
人種間の和解につながるかもしれない…と



クリント・イーストウッド新作は
初の黒人大統領が誕生したばかりの南アフリカ
「アパルトヘイト」と呼ばれる
人種隔離政策を行い
白人が多数の黒人を支配していた国
しかしマンデラは

黒人が白人に仕返しをするのではなく
共に新しい国家を造ろう

と訴える
そして
白人たちが愛していたものを
取り上げるのは逆効果と考え
ほとんどが
白人というラグビーチームを応援する



見ごたえありました
ネルソン・マンデラ氏の
己を30年近くも投獄した白人に対し
‘赦し’の精神を貫いた強さ
この確たる信念には
頭が下がります

マンデラ氏の精神が
徐々に周囲の人々に引き継がれ
ピナールとの出会いで
その速度は加速していきます


                

始めは
マンデラ大統領のSPの黒人と白人が
互いの存在に違和感を感じていたのに
官邸の庭で共にラグビーに興じたり
決勝戦では
南アの勝利を共に喜ぶまでに

決勝戦の最中
競技場の外では
警察の車から流れてくる実況を聞こうと
車に近寄ってくる黒人の子供を
追い払っていた警察官でしたが
試合が進むにつれ
共に実況に聞き入り
最後には
共に歓喜の声を上げ
白人の警察官は
黒人の子供を高々と担ぎ上げ喜ぶのです

ピナールの家にメイドとして雇われいた女性が
主たちと共に競技場へ赴き
共に喜びあう



南アに暮らす人々が
過去のわだかまりや遺恨に固執するのではなく
新しい平和な未来のために
何が必要なのか
どうすべきなのかを意識していく

そのキッカケ
心をひとつにするために
マンデラ氏が選んだのが
ラグビーだったのです


                

大統領からの命令で
ラグビーを知ってもらおうと
極貧の黒人達が住むバラック小屋の集落へ赴く代表選手
同じ南アに住んでいながら
知りえなかった黒人達の生活水準に
衝撃を受ける白人選手達

そんな選手達が
黒人の子供達と一緒に
ボールを追いながら
心を通わせていく

南アの国家なんか歌えるか!
と歌詞カードを捨てていた選手が
最後には
誇りを持って国家を歌い上げる



一人ひとりの心の変化に
いちいち感動してしまいました

試合の迫力も十分
作品全般に渡り
躍動感があり楽しめました

双方の歩み寄り
人種は違えど
決して共存出来ない存在ではない
そのことを世界に知らしめた
マンデラ氏そして
南アの人達
その姿勢は謙虚に受け止め
見習うべきだ

と思いました
難しいけど……



モーガン・フリーマン
『ショーシャンクの空に』で
その存在を始めて知りました
見事です!

一国の党首たる者が
ここまで頑張ってくれると
国民も嬉しいだろう
私利私欲を貪り
足の引っ張り合いやら
政権奪回にやっきになってる
しょ~もない極東の島国の政治家…
しゃんとせい



実は小生
1996年12月に2週間近く
南アフリカとジンバブエ&ボツワナに潜伏して
当時の町の風景や緊迫感を思い出してしまいました
プレトリアにあるユニオンビルや
フォールトレッカー開拓記念碑
歩きました
その折
ケープタウンにも足を延ばして
マンデラ氏が投獄されていたロベン島も見て参りました
(島には行ってません)



アパルトヘイト(人種隔離政策)廃止後
数年のことでしたから
治安は決して宜しくありません
郊外へ行くのも
都心部を直進すれば早いものを
危険なので迂回するんです

買い物も
黒人が行くマーケットと
それ以外の人種が行くマーケットは違いました
家の周囲は勿論
家の窓という窓に鉄格子
玄関ホールも鉄格子で覆われ
しかも
リビングと寝室の間に鉄格子
すべて外からの進入にたいする防衛措置



今年は
サッカーワールドカップが開催されます
治安はどうなんでしょう
あのバラック小屋は
まだ残っているのでしょうか…
南アは
どんな進化を遂げているのでしょう




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