私が住んでいる地域は、低平地と呼ばれる
古来よりの干拓によって造成された土地である。
周辺の小字名称にも、古新田(ふるしんでん)・有明新田(ありあけしんでん)・新崎新開(しんざきしんかい)・井川尻(いがわじり)などがあり、干拓によって出来た土地である事を教えてくれる。
もともと標高の低い、潮汐運動による満潮時には海面下にあったような所を、堤防を造る事によって潮の流入を遮断して、耕作地や居住地にしてきた地域だ。
潮汐により運ばれて堆積した潟を利用しながら、少しずつ土地を広げることにより、農作物の生産のための平らで広大な農地を手に入れてきた歴史がある。
だから、最新の干拓堤防には、地区ごとに必ず1箇所か2箇所の「樋門」が設置されている。
この「樋門」の役割は、潮汐運動による潮の遡上に対しては、それを締め切る事により、干拓地域内への潮水の流入を遮断し、干拓地内に上流域から流下する水に対しては、それを開放することにより、干拓地外に排出するということである。
そのような「樋門」の開閉操作をするために、各耕作地単位で「水まわし」役を決めて、その人が「樋門番」という仕事をしていた。
潮汐の時刻に合わせて、一日に二回、その樋門の所まで出かけて、開閉操作をしなければならなかった。
諫早湾干拓の潮受け堤防ができてからは、潮汐による遡上水が無くなったので、それらの樋門は、常時開放されたままになっている。
要するに、流下水を流し出すだけの機能に特定されたということになる。
ここで、「遡上」と「流下」について考えてみる。
私たちが居住する諫早湾周辺の低平地域にとっては、諫早湾干拓の潮受け堤防の水門操作により、潮汐運動による潮水は遡上しなくなった。
このことは、それらの低平地域の、高潮による被害を防ぐという効果が生まれたことになる。
高潮被害が想定される地域に対しての、防災対策効果が発揮される事になる。
であるから、私たちにとっては有益な工事であると受け止めている。
また、地球温暖化に伴う海水位面の上昇の際の低平地域の冠水防止にも、将来的には寄与する事になると想定されるので、そのような見地からも、潮受け堤防の果たす役割は大きいと考えられる。
流下水について考えてみる。
この流下水は、干拓堤防で囲まれている区域の流域から集まる水である。
各干拓区域の「樋門」の所に集中して、そこから堤外地へ排出される。
そのような水であるから、「樋門」を開門した時の通水断面における排水量しか排水する事はできない。
それでは、豪雨等により、その干拓堤防で囲まれている区域の流域から集まる流下水の総量が、「樋門」の排水能力以上になった場合にはどうなるだろうか。
流入水量が排水量より上回るわけであるから、当然のことながら、その干拓堤防で囲まれている区域の内部に水が溜まり、その区域の水位が上昇していく事となる。
このことで分かるように、ある程度までの流下水に対しては、潮受け堤防により潮汐を遮断していることによる効果があるが、干拓堤防で囲まれている区域内の流入水量が排水量より上回るようになった時点で、流下水に対する排水効果は無くなる。
また、調整池に流入して貯留された水の水位が「樋門」の上側水位を超えると、樋門からの排水効果は無くなる。
このような事から、潮受け堤防による高潮に対する防災効果と、低平地域の排水効果は、一定条件の下においてはあると言えるが、必ずしも相関があるとは言えない。
潮受け堤防の内部水位(調整池の水位)と、外海の水位差が30cm以上で、引き潮にならないと、調整池に溜まった水は排水できないので、そのような条件を満たすまで、調整池内部の水位は上がり続ける事になる。
そのような事態になれば、調整池の水は「樋門」から、干拓地の中に逆流することになる。
このようなことを防ぐ方法はただ一つだけに限定される。
「樋門」を常時閉じたままにしておき、調整池からの水の逆流を防ぎ、干拓区域内から流下して集まる水量以上の排水能力を持つ、強力な排水ポンプによる強制排水しか考えられない。
旧干拓地の「樋門」による排水に対しては、本当の意味の防災を論ずるならば、強力な排水ポンプによる強制排水の方法を推進するしかない。
そのような時の、ポンプを稼動させるための電力は、潮受け堤防の水門を開閉して、その時に生じる潮流のエネルギーを利用した、潮流発電によって得られる電力を利用すれば良いと考える。
技術的に研究開発せねばならない事は多々あると思うが、国や県の研究機関や民間企業の知恵を総動員して取り組めば、技術立国である我が国にとっては、可能な事であるはずだ。
そのような事に税金を投入する事については、異論を唱える人は少ないのではないかと推察する。
水門の開閉であるから、潮汐の満潮位までの海水を流入させないで、その3分の1から4分の1程度の水位までの海水の流入と、排出を繰り返して、現在、淡水の下に浸かったままになっている土を、空気に触れさせたり潮水に浸けたりする事を繰り返せば、その潮水に浸かる区域の干潟は必ず回復する。
要するに現在の調整池の水位は、平水時において、標高値マイナス1mに固定されているが、それよりも2mぐらい高い水位である標高値1m程度の水位までしか潮水を流入させないようにし、さらに干潮時には、潮受け堤防が出来る以前の干潮時水位である標高値マイナス1.5mより低い水位になるまで、排出するようにする。
そのような事を潮汐運動に従って繰り返すことによって、現在は悪化した水質の水の下に浸かったままになってヘドロ化している、従来の潟土が生き返り、そこに生物が生息できるようになり、以前の
干潟が再生できることになる。
そうすると、潮水と、生きている土である潟の水質浄化作用により、調整池内部の水質も改善される。
干潟が再生されれば、泉水海と呼ばれ、有明海の子宮とも称されていた、諫早湾奥部における水産資源の回復も期待できる。
調整池の岸辺に葦を植えて、それで水質の浄化を図るというような、小手先の方法での解決法では、水質の浄化は不可能である。
調整池の全域に近いぐらいに葦を植えることが出来るのであれば話は別であるが、現実的には有り得ない。
流入させる潮水の水位が低いので、干拓堤防内部に対する台風時等における農作物に対する塩害を受ける可能性も低い。
気象状況により、潮汐による潮水を流入させるかさせないかの判断は、調整池の流域に対する詳細な気象予測システムの研究開発による、システムの確立によって可能である。
その判断によって、潮受け堤防の水門の開閉を調整すれば、低平地域の高潮による被害は防げる。
そのようになった場合に確保しなければならないのは、農業用水であるが、心配はない。
これは、旧干拓堤防の内側の、標高の低い水田区域で、1町歩程度の溜池を数箇所造り、そこに梅雨時に流下してくる淡水を貯留しておいて、ポンプで循環させて使えば良い。
後継者がいないような人達の水田を、干拓堤防の近くの標高の低い所に集め、従来の減反奨励金のような制度を作って、県なり国なりが借り上げて、そこに溜池を掘り、水を循環させるためのポンプ施設と送水管を敷設する。
低平地域においては、梅雨時には、迷惑なほど淡水の流下があり、その淡水をうまく貯留して、農業用水として利用すれば良い。なんら問題は無い。
その貯留水を循環させるためのポンプを動かすための電力も、潮受け堤防の水門の開閉時に得られる潮流発電によって賄えば良い。
当然、ポンプ施設の設置も、送水管敷設工事も、国に予算化してもらって実施する。
ただし、潮受け堤防の水門の開閉によって潮水の出し入れをする前に、国の責任でやってもらわなければならないことがある。
旧来の干拓堤防の補修工事と、調整池の区域内に繁茂したセイタカアワダチソウなどの雑草の根元からの除去と、その区域内の耕うん作業である。
調整池の水位が上昇した場合には、旧来の干拓堤防でその提内地を護るしか方法は無い。
そのために、最優先で取り組まなければならない事柄だ。
雑草の根元からの除去と、その区域内の耕うん作業は、干潟を再生させるために、固くなった土を細かく砕き、土の中に空気を入れて潮水が浸透しやすくするためである。
幸いにも、現在は潮受け堤防により潮水の遡上を遮断しているので、そのような工事の施工がしやすい状況である。
地元の中小規模の建設業者に、工区を細分化して発注するようにすれば、地域経済の活性化にも繋げる事ができる。
さらにもう一つ、重要な事は、周辺漁民への漁業被害に対するしばらくの間の補償を、国の責任で行う事である。
現在水質が悪化している調整池の中の水を、潮受け堤防の堤外へ放出する事になるので、しばらくの間は、周辺漁業への被害が想定される。
国が始めた工事が招いた結果であるから、国の責任で対処しなければならないということは、当然の事であるはずだ。
宝の海が再生されて水産資源が回復したならば、周辺漁民の方々の暮らし向きも、潮受け堤防の建設前の状況に少しずつ戻る事が可能であろう。
農民も漁民も一般住民も、それぞれが少しずつの譲歩をすれば、それぞれがいがみ合う事も無く、以前のように平穏な日常を取り戻す事ができるのではないのか。
そのためには、諫早湾干拓工事に関連した、水門の開閉に向けた工事や、関連技術の確立のための調査・研究のために、国が各種の予算化を決断する事が必要不可欠である。
国の責任で始めた工事であるのであるから。
豊田かずき