ご存じ名古屋在住作家の直木賞受賞作です。
舞台は大阪道頓堀の操浄瑠璃の竹本座。
浄瑠璃に入れ込んだ儒学者穂積以貫の息子、のちの竹本座の立作者近松半二の一生を描いています。
浄瑠璃は三浦しおんの小説に触発されて以前2回ほど見ていて、こういう世界もあるんかと思いまた機会があればと思いつつ、わざわざ大阪、東京まで行くこともなく、そのまま鑑賞の機会がないまま。浄瑠璃の詞章は現代人にはよく分からないようになり、今では舞台の端に詞章の文字が出てくるようになり、人形を見ながら耳で聞くのではなくて目で人形を見つつ文字を追うという忙しいことになっている。イヤホンガイドまであるそうですが、随分と往時の浄瑠璃の在り様と違ってきています。それでもいかに時代が変わろうと人間自身はそんなに変わっていないように、演目は時代を超えて十分感情移入できるものでした。
ところで、近松半二という人はまったく知らず、妹背山婦女庭訓という演目は歌舞伎にあったような気がするぐらいの知識だったので、この物語はまったくのフィクションで近松半二は作者の創作かと思っていたのですが、ちゃんと近松半二という実在のモデルがいたみたいです。妹背山婦女庭訓は浄瑠璃と歌舞伎の人気演目で、当時潰れかけていた竹本座はこの妹背山婦女庭訓で借金を返し復活できたというのもこの物語の通りみたいです。
半二は浄瑠璃狂いの父に連れられて道頓堀に通い詰めているうちに、いつしか道頓堀に入り浸り竹本座の作者部屋にたむろするようになり、自然な流れで作者になっていく。父から近松門左衛門の使っていた硯をもらっているのも将来の運命を予言していたのでしょう。
ところで当時は歌舞伎の勃興期で、どんどん人気は歌舞伎に移っていき、浄瑠璃はどちらかと言えば押され気味に。でも、竹田出雲とか並木千柳、三好松洛などの才能ある作者が現役でバリバリ書いていて、竹本座の狭い作者部屋で、一つの演目に仕立てるのにみんなでブラッシュアップしている。さらには歌舞伎の演目は浄瑠璃から仕立て直したものも多く、逆に歌舞伎の演目を浄瑠璃に仕立て直したものも。お互いに影響を受けつつ刺激しあいながら、古いものをどんどんブラッシュアップして新しい演目に仕立てていく。活き活きとした創作現場の刺激に満ちた雰囲気の魅力的なこと。
半二の幼馴染の歌舞伎作者並木正三の言うように道頓堀には作者や客の別なしに、人から物から、芝居小屋の内から外から、道ゆく人の頭の中まで、混じりあって溶け合って
ぐちゃぐちゃになった渦のなかから作品は生まれて来て、作者はこの渦の中から生まれたがっている詞章をずるりずるりと引きずり出して、文字にしてこの世につなぎとめていくだけ。そうして頭の中で物語がどんどん生まれてくる。天賦の才に恵まれたものだけが味わえる創作の至福の時か。
半二の努力にもかかわらず、浄瑠璃は歌舞伎にどんどん押されていくのですが、役者の魅力と創意工夫の自由度が差をつけていったのか。現代では歌舞伎の隆盛と補助金なしでは成り立たない浄瑠璃の差は歴然です。歌舞伎では本当の水を使ったり宙乗りしたり、ワンピースとかも演目にしたりとどんどん新しいことを取り入れ時代と一緒に走っているのですけど、浄瑠璃はあくまで古典。予備知識をちゃんと仕入れて、その世界にどっぷりつかれば、心は時代を超えて共感するのですが、面倒くさいところが大衆を拒んでいるのか。本来は市井の大衆の娯楽だったはずなんですけど。
個人的には貧乏な小商売人の息子のひがみで、世襲制が強い歌舞伎よりも実力本位で養成所もある浄瑠璃=文楽の方が好感を持っているのですけど。
でもこの小説は浄瑠璃とか歌舞伎に何の予備知識がなくても十分楽しめます。
この本を読んで、井上ひさしの直木賞受賞作「手鎖心中」を思い出し、同じ井上ひさしに江戸時代の戯作者を描いた「戯作者銘々伝」があったかと実家の棚を探したら、中公文庫の本がったのですが、読んでみようと思ったら、当時の文庫本の活字の小さいこと。内容云々ではなくても字の小ささでギブアップという情けない結果でした。
舞台は大阪道頓堀の操浄瑠璃の竹本座。
浄瑠璃に入れ込んだ儒学者穂積以貫の息子、のちの竹本座の立作者近松半二の一生を描いています。
浄瑠璃は三浦しおんの小説に触発されて以前2回ほど見ていて、こういう世界もあるんかと思いまた機会があればと思いつつ、わざわざ大阪、東京まで行くこともなく、そのまま鑑賞の機会がないまま。浄瑠璃の詞章は現代人にはよく分からないようになり、今では舞台の端に詞章の文字が出てくるようになり、人形を見ながら耳で聞くのではなくて目で人形を見つつ文字を追うという忙しいことになっている。イヤホンガイドまであるそうですが、随分と往時の浄瑠璃の在り様と違ってきています。それでもいかに時代が変わろうと人間自身はそんなに変わっていないように、演目は時代を超えて十分感情移入できるものでした。
ところで、近松半二という人はまったく知らず、妹背山婦女庭訓という演目は歌舞伎にあったような気がするぐらいの知識だったので、この物語はまったくのフィクションで近松半二は作者の創作かと思っていたのですが、ちゃんと近松半二という実在のモデルがいたみたいです。妹背山婦女庭訓は浄瑠璃と歌舞伎の人気演目で、当時潰れかけていた竹本座はこの妹背山婦女庭訓で借金を返し復活できたというのもこの物語の通りみたいです。
半二は浄瑠璃狂いの父に連れられて道頓堀に通い詰めているうちに、いつしか道頓堀に入り浸り竹本座の作者部屋にたむろするようになり、自然な流れで作者になっていく。父から近松門左衛門の使っていた硯をもらっているのも将来の運命を予言していたのでしょう。
ところで当時は歌舞伎の勃興期で、どんどん人気は歌舞伎に移っていき、浄瑠璃はどちらかと言えば押され気味に。でも、竹田出雲とか並木千柳、三好松洛などの才能ある作者が現役でバリバリ書いていて、竹本座の狭い作者部屋で、一つの演目に仕立てるのにみんなでブラッシュアップしている。さらには歌舞伎の演目は浄瑠璃から仕立て直したものも多く、逆に歌舞伎の演目を浄瑠璃に仕立て直したものも。お互いに影響を受けつつ刺激しあいながら、古いものをどんどんブラッシュアップして新しい演目に仕立てていく。活き活きとした創作現場の刺激に満ちた雰囲気の魅力的なこと。
半二の幼馴染の歌舞伎作者並木正三の言うように道頓堀には作者や客の別なしに、人から物から、芝居小屋の内から外から、道ゆく人の頭の中まで、混じりあって溶け合って
ぐちゃぐちゃになった渦のなかから作品は生まれて来て、作者はこの渦の中から生まれたがっている詞章をずるりずるりと引きずり出して、文字にしてこの世につなぎとめていくだけ。そうして頭の中で物語がどんどん生まれてくる。天賦の才に恵まれたものだけが味わえる創作の至福の時か。
半二の努力にもかかわらず、浄瑠璃は歌舞伎にどんどん押されていくのですが、役者の魅力と創意工夫の自由度が差をつけていったのか。現代では歌舞伎の隆盛と補助金なしでは成り立たない浄瑠璃の差は歴然です。歌舞伎では本当の水を使ったり宙乗りしたり、ワンピースとかも演目にしたりとどんどん新しいことを取り入れ時代と一緒に走っているのですけど、浄瑠璃はあくまで古典。予備知識をちゃんと仕入れて、その世界にどっぷりつかれば、心は時代を超えて共感するのですが、面倒くさいところが大衆を拒んでいるのか。本来は市井の大衆の娯楽だったはずなんですけど。
個人的には貧乏な小商売人の息子のひがみで、世襲制が強い歌舞伎よりも実力本位で養成所もある浄瑠璃=文楽の方が好感を持っているのですけど。
でもこの小説は浄瑠璃とか歌舞伎に何の予備知識がなくても十分楽しめます。
この本を読んで、井上ひさしの直木賞受賞作「手鎖心中」を思い出し、同じ井上ひさしに江戸時代の戯作者を描いた「戯作者銘々伝」があったかと実家の棚を探したら、中公文庫の本がったのですが、読んでみようと思ったら、当時の文庫本の活字の小さいこと。内容云々ではなくても字の小ささでギブアップという情けない結果でした。
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