浜崎ヒカル交通館ブログ

浜崎ヒカルの独り言などを載せています。

1泊2日の京都旅行(その2)

2016年12月22日 21時31分21秒 | Weblog
今さら8月のことを記事化してすみません。

8月25日の朝は、18きっぷを持って、両親と一緒に路線バスで瀬戸駅に向かった。
瀬戸駅に着くと、18きっぷに3人分のスタンプを押してもらってから、改札内に入った。
そして、7時25分発の1302M列車・姫路行きに乗車した。
列車は、瀬戸駅を出発すると、万富、熊山、和気、吉永、三石の順に停車した。
三石を出発すると、船坂トンネルに入り、兵庫県に入った。
それから、上郡、有年、相生、竜野、網干、はりま勝原、英賀保の順に停車し、終点の姫路に到着した。
姫路からは、8時55分発の3436M・新快速に乗車した。
新快速は、姫路駅を出発すると、加古川、西明石、明石、神戸、三ノ宮、芦屋、尼崎、大阪、新大阪、高槻、京都の順に停車した。
京都駅に着くと、下車して、コインロッカーに大きな荷物を預けてから、山陰本線の乗り場へ向かった。
京都から乗車した山陰本線の列車は、快速で、221系の4両編成だった。
列車は、京都出発の時点ではかなり混雑していたが、途中の嵯峨嵐山からは空いていた。
嵯峨嵐山から馬堀までは、トンネルが多い。
馬堀駅を通過し、少し経つと、亀岡駅に停車した。
わたしたちは、亀岡駅で下車した。





亀岡駅は、橋上駅舎である。
駅の外に出ると、近くの某うどん店で昼食をとった。

そのあと、駅前のバス乗り場で、京阪京都交通の路線バスに乗った。
バスが亀岡の市街地を走り抜けた後は、郊外の田園の広がるところを走った。
その途中にある穴太口停留所でバスを降りて、田園地帯の道をしばらく歩いた。
向かったのは、穴太寺である。



古い集落に入り、少し歩くと、寺院の門が見えた。



それが穴太寺である。
その寺院は、西国33箇所の第21番札所なのだ。

その寺院は、奈良時代末期の705年に、文武天皇の命で、大伴古麿によって創建されたという。









本堂を参拝後、納経帳に御朱印を受けた。

余談ながら、穴太寺のトイレは、旧式の汲み取り式だった。

穴太寺を参拝後は、歩いてきた道を引き返し、穴太口バス停に向かって歩いた。



穴太口からは、亀岡駅へ向かう路線バスに乗った。

バスが亀岡駅前に着くと、下車して、亀岡市街地を少し歩いた。

少し歩くと、亀山城跡がある。



亀山城跡のそばに着くと、堀沿いを歩いた。

それから、亀岡市文化資料館に行った。



その日は、文化資料館では、中川小十郎氏に関する特別展が行われていた。
中川小十郎氏は、立命館を創立した人物である。
また、常設展では、亀岡市の歴史に関するものを展示していた。

文化資料館をあとにすると、亀岡駅前へ向かって歩いた。
駅前に着くと、ベーカリーの飲食コーナーで休憩をした。
それから、京都行きの普通電車に乗った。電車は、221系の4両編成だった。
普通電車は、亀岡を出発すると、次は、馬堀駅に停車した。
馬堀に止まると、下車して、トロッコ列車のトロッコ亀岡駅へ向かって歩いた。
もちろん、嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車に乗るためである。

都合により、今回は、ここまでとさせていただきます。
続きは、また後日書かせていただきます。
コメント
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