はま・のりこ同志社大大学教授解説 参議院選挙における自民党の敗北は当然の結果だった。安倍政 権は、バブル崩壊後の「失われた15年」を経て日本経済が直面 する問題をまったく認識していなかったからだ。そもそも安倍晋三 首相自身、経済がよく分からず、興味もなかったのではないか。 最大の敗因は、地域や企業間の格差問題だ。急速に格差が拡大 したのは、日本企業がグロ-バル競争に突入し、働く人たちや下 請け企業を切り捨てたせいだ。デフレも企業体質を大きく変えた。 「小泉・安倍政権の構造改革が格差を生んだ」とよく言われるが、 それはある意味、過大評価だ。両政権にはそんな大それた実績 すらない。ところが、安倍政権は妙に自意識過剰になり、格差是正 のためと称して景気底上げ路線を訴えた。本来は、国が財政出動 を抑えつつ、効率よく行政サ-ビスの質を上げることが大事だった。 なのに、公的部門にまで市場原理を導入しようとした。「成長か、 福祉か」は、先の仏大統領選挙でも焦点となった大きな問題だ。 国家の存在を否定する経済グロ-バル化の中で、国がやるべきこ とは何かを真剣に考えるべきだろう。そもそも、成長や競争は、 放っておいても民間企業がやる。ところが、財界の意向を受けた 安倍内閣は、6月の骨太の方針で、締約国間の関税などを撤廃 する経済連携協定(EPA)を「数、質ともに充実する」と打ち出した。 協定の相手先としてメキシコ、フィリッピンなど手当たり次第に声を かけ、時流に乗り遅れまいと必死だ。
だか゛、EPAは締約国間だけの排他的なものだ。協定の数が増え れば複雑になり、協定同士の整合性とれず、逆に身動きできなく なる。「自動車を売り込むために欧州連合(EU)との締結を」とか、 「液晶テレビ輸出のライバル韓国を出し抜きたい」といった企業の 要望にいちいち応えていけば、大局的な通商政策はできない。 農産物の自由化につながる日豪団体のEPAには農業団体が強く 反対しているが、今の政権にはそれを調整する能力も乏しい。 秋から始まる税制改革論議も、場当たり的な対応になる恐れが ある。所得税に依存した今の税体系は限界があり、消費税引き 上げは基本的に避けられない。安倍政権はそのことを正直に、 将来展望を持って国民に語るべきだ。いま最も恐れるのは、こうし た大局観のない安倍政権が、地方へのばらまき政策に回帰するこ とだ。市場主義や競争をあおっておきながら、ばらまき政索へと路 線を転換するのは危険だ。西側東西統一のドイツでは、旧東側復 興のため連帯税を賦課された旧西側住民が「働きの悪い東側の犠 牲になるのか」と反発し、東西間対立が悪化した。そのまま当ては まるわけではないが、日本でも対応を誤れば、地域間の感情対立を 招きかねない。