北大大学院工学研究科教授 特殊な酵素大腸菌に導入
力や熱が加わると変形するプラスチックは使い 勝手の良さから暮らしに欠かせない素材だ。た だし、原料である石油の有限性などから、植物 由来のバイオプラスチックが注目を集めている。 遺伝子工学を用いて特殊な酵素機能を組み込 み、微生物の体内でバイオプラスチックの合成 に成功した北大大学院工学研究科の田口精一 教授(バイオ分子工学研究室)は「次は植物。 最終的にはススキなど雑草でバイオプラスチッ クを直接合成させたい」と話す。
バイオプラスチック研究は約80年前、フランスの ルイ・パスツ-ル研究所の研究者が、納豆菌の 仲間が体内でプラスチック(ポリヒドロキシアルカ ン酸=PHA)を作っているのを発見したことに始まる。実用化されてい る乳酸プラスチック(ポリ乳酸=PLA)は植物由来の糖や植物油を乳 酸発酵させ、金属触媒で化学重合(ポリマ-合成)する複雑な過程 が必要だったが、田口教授はトヨタ自動車、豊田中央研究所と共同 で大腸菌だけで乳酸プラスチックを重合させることに成功、基本特許 を出願した。「カギは乳酸をつなげる機能を持つた、生体触媒である 乳酸重合酵素を2006年に発見したことです。その酵素遺伝子を大 腸菌に導入し機能発現させると細胞内でポリマ-を合成し始めます。 体外に排出していた乳酸をつなげて蓄積するのです」遺伝子操作さ れた大腸菌は人間の体脂肪率に例えると80~90%までポリマ-を ため込む。あとは界面活性剤で生体膜を壊し、漂白剤できれいにする とパウダ-として成形可能で、使用後は微生物によって分解可能だ。 今は培養液1㍑から数十㌘の抽出レベルだが、この「微生物工場」の 生産効率は徐々に上がっているという。
乳酸重合酵素のもとになつたのは理化学研究所(理研)時代に建設 会社と調査中に土壌から見つけたシュ-ドモナス属菌。「基質特異 性が広い、いわば浮気性で節操のない性格」の酵素から着手し、試 験管内で人為的に誘導したところ、アミノ酸配列6百個のうちわずか 二つが別のアミノ酸に置き換わることで、本来は重合できなかった乳 酸を連結できるス-パ-酵素に変身したのだという。精巧な酵素分 子の構造と機能、そして進化が魅力だという。「細胞内にぷかぷか 浮かんでいる多彩な生体物質には情報転換、物質転換という独特の 生体反応があります。生物は進化の過程でソフィストケ-トされ、完 成度がものすごく高い。生体反応は機械以上に正確、精密。それを 研究するのがバイオテクノロジ-の醍醐味なのですが、やればやる ほど生命現象の奥深さに感心します。」理研時代に実験植物のシロ イヌナズナやタバコの葉にPHAを直接合成させることに成功しており、 今年は北大北方生物圏フィ-ルド科学センタ-と強力してススキなど 非可食性の植物での合成を目指す。「将来は水と二酸化炭素を原料 に、太陽光を浴びながら畑でプラスチックが取れるかも」という話ぶり は環境バイオテクノロジ-時代の本格的な到来を感じさせた。