オリガ・モリゾヴナの反語法
米原 万理
今までロシアが舞台の小説というのは、ほとんど読んだことがありません。
というのも、学生のころ何を思ったか『カラマーゾフの兄弟』を読み始めて、
最初のあたりで挫折した苦~い経験があるのです。
それ以来ロシア文学とは縁がなくて・・・
この米原万理さんの『オリガ・モリソヴナの反語法』が、
ずっと気になっていながら読んでいなかったのも、
ロシア人の名前とか地名になじみがなくて、
覚えるのが苦手だったからかもしれません。
ところが。
前回彼女のエッセイ『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を読んで、
すっかり彼女のファンになってしまった私。
彼女の書いた小説なら、絶対おもしろいに違いない!
そして、期待通り、いやそれ以上のおもしろさでした!!!
読む前にどんな小説なのかあらすじを調べていたら、
主人公が、小学生の頃プラハ滞在中に通ったソビエト学校で出会った、
舞踊の先生オリガ・モリソヴナの半生を辿り、深まる謎を解いていく、
というようなことが書いてありました。
それがどういうことなのか、もひとつピンとこなかったのですが、
読み進んでいくうち気づくのは、彼女の数奇な人生と、
そこから見えてくるソ連という国の為政者たちの残酷さ、
激動の歴史の中で犠牲になっていった人々の悲劇でした。
こんなふうに書くと、暗くて重そう・・・
といったイメージを抱かれるかもしれませんが、
それが米原万理さんの軽妙な文章と、
オリガという強烈でかつ魅力的なキャラクターのせいか、
全く暗い内容じゃないんです。
それに、オリガという女性の謎がだんだん明るみになるにつれ、
もう途中でやめることなんて不可能。
後半は一気に読んでしまいました。
作者自身の体験がもとになっているのは、
『嘘つきアーニャと真っ赤な真実』を読んだあとだけにすぐ気づくのですが、
それだけにどこまでが事実で、
どこからフィクションなのかわからなくなって、
だんだんすべてが本当のことのように思えてきます。
作者自身が、オリガという実在の人物の謎を解いているように錯覚し、
(モデルとなった人物はいたのでしょうか?)
よけいに強制収容所での悲惨な描写が生々しく感じられました。
ひとりの人物を描くことでその時代を浮き彫りにする、
という手法はよくありますが、
この作品はそういう点でも非常にうまく出来ていると思います。
スターリン、粛清、ラーゲリ、ソ連共産党、KGBなど
教科書に載ってる単語くらいでしか知らなかったソ連の歴史。
その歴史の陰でいったいどれほど多くの罪のない民衆が、
愛する家族と引き離され、収容所に送られ、
極限の生活の中で人生を狂わされ死んでいったか。
オリガの謎を追うことで浮かび上がってくる過去は、
彼ら彼女らの悲惨な歴史でした。
それが国家ぐるみで行われていたという事実に、
なんとも言いようのない恐ろしさと怒りを感じます。
だからこそ、その裏をかいたオリガの生き方が痛快で、
魅力を感じてしまうのでしょう。
タイトルにもなっている「反語法」。
それは、彼女が人(生徒)を大袈裟に褒めたとき、実は罵倒の裏返し、
という彼女独特の言い回しからきています。
読み応えたっぷりで、をつけるとしたら
ですね~。