熊本熊的日常

日常生活についての雑記

文化の日

2015年11月03日 | Weblog

ハロウィーンで世間は精力を消耗してしまったのか、今日はなんとなく普段よりも穏やかな街の様子だった気がする。午後3時近くに家を出て、サントリー美術館で「久隅守景展」を観てから永田町の黒澤で早めの夕食をいただく。午後5時頃に店にお邪魔したら、蕎麦席のほうは我々のほかに客がいなかった。だし巻き玉子、湯葉刺し、葱てんぷら、牛蒡てんぷら、せいろをいただく。酒は店の人が勧めてくれた長野のものをいただく。おいしいものをいただくと、それだけで幸せな気分になる。食べ終えて、急ぎ足で国会議事堂の裏、自民党本部の脇を通りすぎ、午後6時開演の談笑の独演会にぎりぎり間に合う。幕が開く直前で、客席の照明が落ちたところだった。

席について間もなく、出囃が鳴り出す。「Lovers of the world」だ。11月3日はチャールズ・ブロンソンの誕生日なのだそうだ。だからどうだということもないのだろうが、演者の側からすれば、これも客席の反応を観るための道具のひとつなのだろう。マクラは志の輔が紫綬褒章を受章したところから始まった。

たまたま数日前に家にあるDVDで米朝の「除夜の雪」を聴いたばかりだったので、「俳句入門」はそこから繋がっている感がして面白いと思った。さすがに
 冬の癌 ひきとる息の 鼻提灯
は、もう少し練ったほうがよいのではないかと思うのだが、噺の中の俳句教室の雰囲気づくりとしてはこれが良いのかもしれない。

「代書」は枝雀のハシモト先生の枕とセットになった噺が大好きで、ちょいちょい家でDVDを観ている。今日の「代書」は談笑らしくて嫌いではないが、枝雀を聴き込んでしまうと、こちらは消化不良というか残尿感のようなものがある。

「原発息子」はよかった。今日はこれを聴いただけでもこの落語会に出かけてきた甲斐がある。噺のなかでは「国際大学」という冴えない大学の学生が就職活動で苦戦するなか、唯一採用にこぎつけた東京電力に入社して、原発勤務になる。本物の国際大学は大学院大学で、誰でも入学できるというような学校ではないので、噺のなかの「国際大学」はこれとは別の架空の学校か、ナントカ国際大学の類を想定しているのだろう。そんなことより、就職活動の件は大学の偏差値ヒエラルキーを示唆していて噺に現実味を与えている。原発勤務の描写も実際にはタブーのようになっていることで、我々は空想するよりほかにどうしようもできないことなので、こうしたグロい物語がもっと大ぴらに語られるようになったほうがよいと思う。そして、原発の安全性について嘘偽りのない議論がきちんとなされるような空気が醸成されたほうが、結局は世の中全体の為になるのではないだろうか。

近頃は万事につけ妙に清潔を装う風潮が強く、やたらに抗菌加工だの除菌だのといった表示が目につく。公の場での言葉や表現についても「差別」とか「弱者」に対して過敏な反応が目立つ。表現や表示を取り繕ったところで、物事の中身が変わらなければ何の問題も解決しないのだが、機械的に表層を整えることが「配慮」だと信じている単純な思考の人が世の大多数を占めているからそういうことになるのだろう。表層を取り繕ってそれで良し、としてしまうと、その先に思考も議論も生まれない。思考や議論は誰にとっても厄介なので、そういうことを避ける方便としては機械的に思考の種を排除するのは管理者側からすれば大変都合がよい。

そういえば、傾斜マンションの販社側の対応は巧みだと思った。傾斜している棟もそうでない棟も一括して建て替えるというのである。住民の側にすれば、傾斜した棟に暮らす人とそうでない人とは問題の捉え方が違うだろうし、傾斜しながら暮らしている人の間でもそれぞれの事情というのは千差万別だ。それを建て替えという一見すると模範的な案を提示して問題を収束させようというのである。傍目には、さすがに大手業者は懐の大きさが違うと感心するかもしれない。本気で建て替えるつもりなのか否かはともかくとして、「だから建て替えると申し上げているでしょう」と住民側に意志の統一を求めれば、そこから先に話が進まなくなることは容易に想像ができる。ただでさえドアひとつで公私を分断できると思われがちな集合住宅を購入する人々は住民同士の関係は疎遠であるに越したことはないと考える傾向が強いだろう。十数年同じマンションに暮らした人々の間でも、大規模修繕や建て替えを実施するために必要な合意を形成することは並大抵ではないのである。比較的築浅で大規模なマンションともなれば、住民側に取りまとめ役として率先して活躍するような人物がいない限り、販社側の提案に対してまともに対応できるはずがないのである。おそらく実際に事が動くまでには長い時間がかかるだろうし、ひょっとしたら少しばかりの「見舞金」でお茶を濁されてうやむやにならないとも限らない。きちんと考えるという習慣がないと、我々は無為に時間に押し流されてしまう。尤も、流れに逆らわないのが大衆というものの生き方なのだが。

「原発息子」の後、中入りとなった。「俳句」や「原発」で気分を害したのか、中入りの間にいなくなってしまった客がちらほらといた。私の斜め前の席も中入り後に戻ってこなかった。誰もが聴きたいというような噺はろくなものではない。何人か途中で帰ってしまうくらいのほうが、聴く甲斐があるというものだ。中入り後は「富久」でお開きとなった。

「富久」は、私は少しくどいと感じたのだが、妻はこれくらいじゃないと噺が面白くないという。ただ、久蔵の真摯さが空回りする様子はよく伝わってきて、その風車が虚しく回転しているかのような感じは、滑稽なような哀れなような、落語ならではの重層感というか強調された多面性のようなものがあって面白かった。

本日の落語会:立川談笑 月例独演会 其の165回
 長めのマクラ:志の輔紫綬褒章、談志が亡くなったとき
 小噺(嫌な奴に会ったとき、少年野球、夫が亡くなったとき、プレゼント)
 「俳句入門」
 「代書」
 「原発息子」
 「富久」
 開演 18:00    終演 20:15
 会場 国立演芸場