別にこの本について何かを語ろうというのではない。一カ所だけ引用する。
「「内容なんか無いし、不用だ。もしあるとすれば全体の一パーセントでよい。」
ポップアートに内容があるとすれば、知的逆説(パロディー)だ。オルデンバーグの巨大なホットドック彫刻のすばらしさは、ホットドックを実際にくった現代人しか理解できない。永遠美の追求を拒否し続けてきたぼくらにとって、ポップは除夜の鐘のようにがんがん鳴りひびいた。」(篠原有司男『前衛の道』118頁)
誰かと何事かを了解し合う、理解し合うためには、その物や言葉の背後に共通の経験が必要なのである。
ついでにもうひとつ引用する。愛用のほぼ日手帳の7月19日の頁から。
「じつは人の意識ってぜんぜん整理できてなくて、無意識のうちに知ってることや、無意識のうちに整理されていることが、行動において強烈に作用しているんです。だから矛盾も多いし、ロジックでは説明しきれない。ところが、いまの世の中は、「上手に説明できる人」≒「頭がいい人」ということになってる。ロジックは重要だけどあくまで後づけとしての説明。そこを間違うと、屁理屈が得意な人が増えていく。−−−池谷裕二さんが『脳の気持ちになって考えてみてください』の中で」
屁理屈というのは経験の裏付けがないことが多いので、それを得々と語っている人は滑稽に見えることが多い気がする。話を聞いていて、笑うところではないのに笑いがこみ上げてきて困ることが時々ある。
前衛の道 (GYUCHANG EXPLOSION!PROJECT) | |
篠原 有司男 | |
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