争いごとを防ぐ方法の一つとして、中立公平な機関が法律に照らして審査し、訴える人の権利や義務を公的に確定するという方法があります。国家レベルにおいては、この役割は裁判所が担っているのですが、今日の国際社会にあっての司法制度は十分に整備されているわけではありません。そして、この司法機能の欠如こそが戦争がこの世からなくならない主要な要因と言っても過言ではないのです。日本国を含め東アジア、否、世界を焦土となしかねない台湾問題も、台湾の法的地位が公的に確定されれば、中国が放とうとする火を事前に消すことができます。
国家の司法制度における確認の訴え(確認訴訟)とは、権利義務関係の確認を請求する訴えを意味しています。この確認訴訟、実際に侵害行為が発生する以前の段階にあって、それを未然に防止使用とするには極めて有効な手段です。侵害が発生した後の訴えでは、既に被害も発生していますし、裁判所の判決を得て侵害者を追い出すにも物理的な強制力を要します。侵害される怖れやリスクがある時点において確認訴訟を起こし、裁判所によって自己の権利を確認してもらえれば、侵害後に予測される被害や損害、並びにコストを未然に回避することができるのです(侵害を計画した者にとっても、事前に相手の権利が確定されれば、徒に‘犯罪者’にならずに済むメリットがある・・・)。
戦争とは、破壊力として兵器が使われるために失われるものがあまりにも多く、起きてしまっては既に手遅れとなるものですので、未然に防ぐに越したことはありません。この観点からすれば、台湾問題についても、同国の国際法上の法的地位を確認すれば、中国は、それが軍事力であれ、‘平和的手段’であれ、「一つの中国」の主張の下で台湾に対して併合を求める権利を失います。それでは、既存の国際司法制度にあって、台湾が、国際司法機関に対して自国の法的地位の確定を求める訴訟を起こすことはできるのでしょうか。この問題については、先ずもって、幾つかの観点から考えてみる必要がありそうです。
第一の観点は、誰が原告となるのか、という問題です(原告適格の問題)。原告として最も相応しい国が、中国による侵略の危機に直面している台湾であることは疑いようもありません。台湾が意を決して確認訴訟に踏み切る場合、戦争回避を願う国際社会は、同国の行動を、平和的解決手段を選んだとして支持すべきと言えましょう。しかしながら、地理的に中国の目と鼻の先にあり、常時、中国から軍事的圧力を受けている台湾が、核による威嚇などによって萎縮を強いられているすれば、台湾問題を国際の平和への共通の脅威とみなし、他の関係国、あるいは、国際機関が同国に代わって提訴するという方法もありましょう(ただし、国際機関の場合には、提訴先は常設仲裁裁判所のみ・・・)。先ずもって、台湾関係法によって事実上の同盟関係にあるアメリカにも原告適格を認めるべきですし(コモン・ローの系譜を引くアメリカの訴訟法には、父権訴訟という考え方がある・・・)、米国と同盟関係にあるNATO諸国、並びに、米軍基地が存在する日本国などにも原告となる権利があるかもしれません。また、国際機関としては、国連安保理にあっては、中国を含む常任理事国が拒否権を発動できない第6章問題として扱われますので、同機関が原告の役割を果たすこともできるはずです。因みに、国連憲章第35条では、「国際連合加盟国は、いかなる紛争についても、安全保障理事会又は総会の注意を促すことができる」とありますので、凡そ全世界の諸国が、国連安保理に対して台湾問題に関する確認訴訟を提案できることを意味しています。
次に考えるべき点は、誰が被告となるのか、という問題です。台湾併合のためには武力行使も憚らないと公言しているのは隣国の中国ですので、被告のポジションは中国以外にはあり得ません(あるいは、原告は、国際刑事裁判所規定に倣い習近平国家主席個人ということも・・・)。裁判は、中国による台湾領有の主張を退けるために、台湾が自らの法的地位の確認を求めて訴訟を起こすという構図となりましょう。とは申しましても、以下に述べるように、国際司法機関によっては単独提訴が難しい場合もあります。また、台湾の場合、第二次世界大戦後にあって帰属未確定地に成立しているため、中国問題を抜きにしても法的な地位が不安定な状態にあります。このため、独立主権国家の要件に照らした‘被告人なき確認訴訟’という道も検討されましょう。
そして、第三に選択すべきは、確認を訴え出るべき国際司法機関です。現行のシステムからすれば、国連機関の一つとして設置されている国際司法裁判所(ICJ)が最も適しているのでしょうが、同裁判所の規定によれば、そもそも提訴し得るのは‘国家’に限定されていますので、仮に台湾が提訴した場合、同裁判所が同国からの訴えを受理するかどうか、いささか不安な点があります(ただし、’確認’である以上、もとより国家としての法的資格がないわけではない・・・)。この点、常設仲裁裁判所であれば、民間団体を含む幅広い主体に原告適格を認めていますし、紛争の一方の当事国による単独提訴も可能です。もっとも、常設仲裁裁判所は、経済分野における紛争を主に扱ってきたため、ICJとは別の意味において訴訟受理に関する懸念がありましょう。
何れにしましても、今日、国際レベルにおける確認訴訟、否、国際司法制度自体が未整備である現状を逆利用すれば、台湾問題に関する確認訴訟の道は開けるかもしれません。戦争回避という人類共通の目的こそ優先されるべきであり、このためには、悪しき前例主義は排される必要があるからです(つづく)。