万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ムーンショトット計画は‘世界同時革命’?

2023年05月12日 10時39分20秒 | 統治制度論
 世界同時革命とは、共産主義者が目指す全世界の諸国を赤色一色に塗り替える共産革命を意味する言葉です。レーニンが主導したロシア革命であれ、毛沢東の中華人民共和国の建国であれ、歴史上の共産主義革命は暴力を手段としましたので、世界同時革命とは、一般的には暴力革命の形で起きるものと見なされてきました。しかしながら、世界同時革命とは、必ずしも共産主義に限ったことではないように思えます。

 それでは、非暴力的手段による世界同時革命には、一体、どのようなケースがあるのでしょうか。現状を具に観察しておりますと、今日、世界経済フォーラムをはじめ、各国政府が進めているSociety 5.0こそ、まさしく非暴力的手段による世界同時革命と言えるかもしれません。何故ならば、ITやAIの技術をもって人類社会のあり方を一変させようとしているからです。そして、件のムーショット計画も同社会の実現に向けた政府の取り組みの一環であり、予算配分を受けた研究開発支援制度として理解されるのです。

 Society 5.0については、内閣府のホームページに詳しい説明が掲載さております。端的に表現すれば、‘サイバー空間とフィジカル空間が融合された社会’となります。図による説明も付されているのですが、説明図には、フィジカル空間で活動する個々の人々の情報が全てセンサー情報としてサイバー空間にあるビックデータに収集され、同空間に設けられているAIがこれらの情報を解析してフィジカル空間にフィードバックするという流れが、Society 5.0の基本的な仕組みとして描かれています。

 先ずもってここで注目すべきは、個々の情報はセンサーによって収集されている点です。言い換えますと、Society 5.0では、自発的に人々が自己に関する情報を提供するのではなく、フィジカル空間での人々の活動、発言、移動等に際して情報が自動的に収集され、それらが、サイバー空間のビッグデータに自動的に送られる仕組みを想定しているのです。おそらく、様々なアプリを介したスマホやパソコン情報、IOT搭載家電、顔認証システム、マイナンバーなど社会に張り巡らされた様々な端末や監視機器が、情報センサーの機能を担うのでしょう。

 政府の説明では、Society 5.0は、「経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」とされるのですが、サイバー空間には、ビッグデータを掌握するAIが君臨していますので、同社会が‘人間中心’となるはずもありません。実際に、説明図では、サイバー空間が上部に描かれており、フィジカルな空間は下部に置かれているのです。言い換えますと、AIと人との間には、指令を出す側とそれを受ける側という上下関係があるのです。両者の間のこの主従の関係性は、現在、話題となっているチャットGPTの構図とも共通しています。また、個人情報だけは建前としては厚く保護されますので、AIに隣に住んでいる人が‘誰’あるのかを尋ねても、決して答えてはくれないでしょう。個人情報を含む全ての情報はビッグデータを掌握する者によって独占されるので、人々の間の横関係における情報の交流は遮断されてしまうのです(社会的なコミュニティーの破壊、並びに、情報の密売買の温床に・・・)。

 かくしてSociety 5.0は情報化社会というよりも‘AI支配社会’となることが予測されるのですが、同社会の実現が、社会のあり方や人々の生き方を一変させてしまうのは疑い得ません。政府の説明図では、‘快適’、‘活力’、‘質の高い生活’と言った美辞麗句を並べて、同社会を理想的な未来図として描いていますが、大量のAI失業の発生が懸念されている今日、‘地上の楽園’という宣伝は怪しんで然るべきです。そして、何よりも恐ろしいのは、同社会に一端組み込まれますと、‘一人もとり残さず’にAI支配のネットワークに組み込まれ、AIの支配から逃れることはできなくなってしまうのです。

 Society5.0にあって政府の役割も曖昧であり、あるいは、政府が存在しなくともAIが支配している世界なのかもしれません。そして、Society 5.0は、民主的手続きを経ることも、国民のコンセンサスを得ることもなく、テクノロジーの発展のみを根拠として、一方的に上から推し進められてしまうのです。この意味において、Society 5.0の実現は、暴力ではなく、非暴力的な手段であるデジタル技術を用いた革命と言えましょう。しかも、同社会は、世界経済フォーラムの「グレート・リセット」や国連のSDGsとも共鳴しながら、デジタル技術の開発と普及と軌を一にしつつ世界レベルで推進されている点において、‘世界同時革命’なのです。

 チャットGPTに関連して鳥取県の平井伸治知事は、「機械が未来を作っていいのか」と問題提起されておられますが、むしろ、革命の‘首謀者’は、AIといった機械ではなく人間であるように思えます。つまり、各国の国家体制を転覆させ、全世界レベルでデジタル全体主義体制を確立し、世界支配を企んだ人々にこそその責任を求めることができましょう。しかも、各国政府もその手先なのですから、国民は、政府が率先してSociety 5.0の旗振り役となっている今日の事態を重く受け止めるべきです。政府に導かれるままに‘地獄’へと引きずり込まれる前に、前方に潜むリスクを見定める慎重さと方向性を変える勇気こそ、デジタル全体主義へと向かう危機の時代を生きる人類は備えるではないかと思うのです。

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