プリゴジンの反乱には、純粋にプーチン大統領に対する不満や批判からの行動にしては、幾つかの不自然な点があります。そもそも、プリゴジン氏は、反乱という自らの行動に勝算があったのでしょうか。
本日、6月27日には、プリゴジン氏のものとされる音声メッセージが、通信アプリ「テレグラム」に投稿されていました。同メッセージでは、ロシア国防相が7月1日をもってワグネルの事実上の解体を迫る中、ワグネルの隊員30名がロシア軍によるミサイル攻撃により殺害される事件も発生し、止むに止まれず、モスクワ進軍並びにロシア南部のロストフ州の占領という挙に及んだとし、武装蜂起に至る経緯がおよそ説明されています。そして、目的については、プーチン政権を転覆させる意図はなかったとしています。
もっとも、同メッセージが‘本物’である保証はありません。今日のIT技術を用いれば、プリゴジン氏の声をデジタル音声で再現できますし、音声のみで動画もないため、プリゴジン氏本人がしゃべる姿が確認できないからです。
音声メッセージの真偽の判断は今後の検証を待たなければならないのですが、政権転覆であれ、抗議行動であれ、反乱を起こすとなりますと、当然にロシア正規軍との戦いを覚悟しなければならなかったはずです。ウクライナ紛争では、数ではロシア軍がウクライナ軍を圧倒しているため、ワグネル規模でも一定の戦功を上げることはできますが、総兵力115万ともされるロシア軍相手となりますと、その結果は火を見るよりも明らかです。プリゴジン氏は、軍人としての専門教育を受けてきたわけではなく、飲食業から身を起こしてロシアのオリガルヒの一人となった人物です。ロシアの正規軍の作戦等を稚拙として批判しながら、自身も軍事の専門家ではありません。それ故に、無謀な反乱に及んだとも考えられるのですが、それでも、ロシア軍内部からのドミノ倒し的な‘寝返り’がない限り、ワグネルの行動は自殺行為に等しいのです。仮に、同氏が‘軍事のプロ’として進軍を是としたとしたならば、今日のロシア軍はワグネルの一師団の兵力だけで屈服させることができるほど弱体化していることとなりましょう。
また、プリゴジン氏が、プーチン大統領の性格や人柄を熟知していれば、同大統領がどのように対応するのかも、凡そ予測できたはずです。強権をもってロシアに君臨してきたプーチン大統領が、プリゴジン氏の要求にあっさりと応じるはずもなく、ロシア軍による鎮圧と厳格な処罰を命じるに決まっています。仮に、ワグネル軍の前に同大統領が膝を折るとすれば、それは、プーチン体制の終焉をも意味したことでしょう。
プリゴジン氏は、ワグネルの撤退については「ロシア兵の流血の事態を避けるためだった」とも語っています。この言葉からは、内戦に至り、ロシア人同士が戦って血を流す状況だけは回避したい、とする強い愛国心が感じ取れます。以前より、同氏はウクライナ紛争における度重なる戦略や戦術上の対立のみならず、プーチン政権並びにロシア軍の腐敗に対しても批判していました。今般、モスクワに向けて進軍するに際しても、「正義の進軍」と称してロシアを思っての愛国的な行動であることをアピールしていたのです。
しかしながら、ワグネルは、あくまでもそのメンバーが必ずしもロシア人ではない傭兵部隊であり、囚人も雇用していたとされています。メンバーの来歴を見る限り、ロシアに対して強い愛国心を抱いているとは言い難い人々ばかりです。むしろ、ワグネルの傭兵達は、雇用契約上の義務を果たしているか、あるいは、プリゴジン氏個人に対して忠誠を誓っているのかもしれません。しかも、プリゴジン氏自身の出自はユダヤ系であり、ロシアに対する感情は複雑なはずです。19世紀から20世紀にかけては、ロシア各地で激しいポグロム(ユダヤ人集団殺戮)が起きているからです(この点、ユダヤ系であるウクライナのゼレンスキー大統領も同様の立場に・・・)。
ロシアやアメリカの動きのみならず、以上に述べてきましたように、プリゴジン氏の行動や判断には、どこか不審な点があるのです(つづく)。