イギリスの投資ファンドCVCによる東芝に対する買収提案は、日本国内に静かなる衝撃をもたらしております。日本の代表的な企業が外資の手に渡るという事態を前にして、これまで関心の薄かった人々もようやく事の重大さに気が付くに至り、現代の’黒船来航’の観もあります。日立製作所の子会社である日立金属も米投資ファンドのベイン キャピタルと日本系の日本産業パートナーズを軸とする日米ファンド連合への売却も報じられています(日本産業パートナーズには、資本関係はないものの、米コンサルタントであるベイン・アンド・カンパニーも出資…)。
日本国の産業の空洞化は今に始まったわけではなく、シャープや東芝の家電部門をはじめ、日本企業の多くは海外企業によって買収されています。これらの買収劇は、海外の同業者が事業規模の拡大を目的に行ったケースが多いのですが、今般の傾向にあって特徴となるのは、買い手の多くが海外ファンドである点です。
海外投資ファンドとは、しばしば’ハゲタカ・ファンド’とも揶揄されてきたように、’安値で買い叩いて高値で売る’をモットーに活動する、利ザヤ狙いの強欲集団と見なされてきました。’餌食’となる日本企業にとりましては恐るるべき存在なのですが、この時期に至り、海外の投資ファンドの活動が活発化してきている背景には、一体、何があるのでしょうか。
推測されるのは、新型コロナウイルス禍の影響です。目下、国民や事業者等への給付金の支給を含めたコロナ対策費を調達するために、各国政府とも、巨額の国債を発行しています。大規模な財政出動によって赤字国債が積み上りますと、何れの政府も財政危機が懸念されることとなるのですが、同事態を回避するために、各国中央銀行は、公開オペレーションによる量的緩和策を実施しています。つまり、コロナ禍⇒政府の国債発行増額⇒民間金融機関による国債購入⇒中央銀行による民間金融機関からの保有債券・株式の買取⇒民間金融機関へのハイパワード・マネーの供給という回路により、各国の金融界には巨額の緩和マネーが流れ込んでいることとなります。
潤沢な投資資金を手にしたのですから、当然に、投資ファンドも勢いづき、海外への投資額を増やそうとすることでしょう。そして、そのターゲットとなるのは、コロナ禍のマイナス影響により経済が弱体化した国にあって、割安感が強まっている企業や事業であり、日本企業もその対象に含まれているものと推測されます。今般、相次ぐ海外ファンドによる日本企業の買収案件は、コロナ禍とそれに付随するコロナ緩和マネーに起因しているのかもしれないのです。
そして、投資ファンドが企業の事業再編をも手掛けている点を考慮しますと、事態はさらに深刻です。上述した日本産業パートナーズは、現在にあっては既に全株式を売却しているものの、みずほ証券を中心に設立された投資ファンドであり、主に日本企業を対象に事業再編、否、ソニーのパソコン部門をはじめ大手企業の一部事業を傘下に収めています。同ファンドにおけるベイン・アンド・カンパニーの出資率は不明なのですが、仮に、同社の影響力が強まるとしますと、同ファンドの事業対象も日本国内のみならず、‘グローバル市場’に拡大するかもしれません。
そして、イギリスの投資会社であるCVCに至っては、事業再編の対象が‘グローバル市場’であることは容易に想像されます。つまり、一旦、東芝がCVCの傘下に組み込まれれば、東芝は、同ファンドの’グローバルな事業再編’の目的に沿った役割を担わされることになりましょう。つまり、従来の経営組織や事業の継続は難しくなり、最悪の場合には、中国企業に売却される未来が予測されるのです。CVCの背後には、’チャイナ・マネー’、あるいは、’チャイナ利権’が潜んでいるかもしれないのです。
日立金属を手放す一方で、1兆円を投じてアメリカのIT企業を買収する日立の方針については、将来性のある分野に事業を絞り込む’選択と集中’を評価する声もあります。しかしながら、海外に支城を広げた結果、本丸が落とされてしまう可能性も否定はできません。過去の事例を見ましても、日本企業による海外企業のM&Aについては失敗例も少なくないからです(東芝の躓きの原因が米ウェスティングハウス社の買収であるように、大枚をはたいて買収しても、最終的には重荷となったり、手放す展開にも…)。安全保障も絡むため、東芝の買収には日本国政府の承認も必要となるそうですが、政府も企業も、そして国民も、長期的かつ多面的な視点から日本国の経済を護る手段を講じてゆくべきではないかと思うのです。ポスト・コロナ、あるいは、ウイズ・コロナの時代が、日本消滅の時代とならないように。