甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

スマホにて 奴隷になりたき 若者や

2013年12月13日 23時02分07秒 | ザンネン日記・身辺雑記
 オッサンが自由というわけではありませんが、まあ、それなりにオッサンたちは自由やら、ゆとりやら、真面目であることを求めてきたと思います。昔、オッサンたちの小さい頃から、若者たちも社会も、あまりに強権的な政治には反発し、虐げられた人を見つけたら心を痛め、何か助けになることはないか模索し、たがいに連帯しあうことを好み、みんなで肩組み合って、時には大声を出して、なんだかんだ言いながらやってきました。カンチガイかもしれませんが、それくらい「自由」というのはオッサンたちにとっては大事なものとしてきたはずでした。

 オッサンは「ゆとりのある暮らし」を理想として追求しました。オッサンは「真面目に」世の中から教訓を学ぼうとして、懸命にコツコツと生きてきました。そういう価値観を社会みんなが共有していると確信し、こうした社会が永遠に続くと思っていました。

 けれども、それはまちがいだったのかもしれません。自由は面倒くさいのです。必死になって守らなくてはならないし、自由を守るためには税金をしっかり納め、義務を果たし、気にくわないヤツの言うことも聞いてあげなくてはなりません。アホくさい作業です。

 「ああ、メンドーだ。何も考えず、ただ奴隷になってしまえば……。」「何も考えないで、指示されたことだけやって、テキトーにメシが食えて、テキトーに暮らし、あまりおもしろくもない日々をチャラチャラすごせたらいい。」なんて思ってる人が少しいるのでしょうか? そんなことはないと心のどこかで思い続けてきましたし、今もそう思っています。けれど……。

 たとえば、バイト先でスッポンポンになり、わるふざけ写真などを見せびらかし、「オレたち、こんなバカやってるよ。おもしれーだろー。」と、うさばらしをする。そして、普段はスマホでつまらないやりとり、どうでもいい受け答えを繰り返す。少し偏見的な見方ですね。彼らにはそれが唯一の自らが存在できる世界なのかもしれません(本当は、彼らがメンドクセーといっている現実こそおもしろいはずなんですけど、彼らはバーチャルが好きなんです。困っています)。

 時には、仲間うちで失神ゲームみたいなことをする。気を失うヤツの姿が情けなく、しかも、おもしろいから動画を撮って、それをネット上にたれ流す。そして、日々ゲームにメールで、スマホがいのちの次くらいに大事!

 人が苦しんでいたり、気を失ったりする様子がおもしろいなんて、どういう神経なのか! とオッサンが怒っても、もう若者の価値観はその方向で動いているようです。彼らにはおもしろいのです。単純に不思議なのかもしれません。命が目の前で消えそうになっても笑っていられる感覚を育ててきたのでしょう。恐ろしいことになりました。

 もうどうしようもできないくらい、若者たちはスマホ漬けになっています。心ある人たちは、子どもたちをスマホから避難させているのではないか、そうなっていて欲しい! 私は心から願う者ですが、そういう老人こそ、真っ先に社会から追い出されていくものだから、もう何をぼやいていても、何の影響もありませんね。もうどうしようもない社会の流れなのでしょう。そして、立派な「道徳」という教科を作って、教室で読ませて、感想文でも書かせましょうか。それで、社会がよくなるのなら……。

 政府の方たちはとても忙しくて、景気対策とか、特定秘密保護法とかで、自分たちの都合の悪いことを流さないように、政府には秘密がいっぱいあるそうで、まあ、そんな秘密なんか知りたくもありませんが、できたら若者からスマホを取り上げる法律とか、若者とメディアみたいなのを考えてほしいのですが、そんな紋切り型の政策ではダメですね。有効なてだてなんか生まれないでしょうし、他力本願ではダメですね。せめて自分のまわりの子どもたちを、このとんでもない世の中の流れから守って行かなくてはならないと思います。若者がスマホの奴隷となることから解放してあげなくてはと思います。たくさんの人を救えるわけではありませんが、少しでも何かしてあげなくてはと思います。

 そうです。クラッシックな方法しかオッサンはもっていないので、歌をうたったり、汗くさく近寄っていったり、ボロボロ人前で泣いてみたり、真っ正面から若者たちに向かい合わなくてはいけないです。1人ずつ向き合っていきましょう。

 奴隷解放宣言としてはハギレがわるいですね。また、いい文句を考えます!


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。