すでに戦国時代に入っております。今さら、春秋時代に戻れと言われても、もどかしいけれど、ここを通るときに、入れようかやめようかと悩んだこともあったし、なかなか戦国時代で次のきっかけが見つからないので、不思議な二人について書いておきます。
69【( )音】……心の底から理解しあった関係。親友。または知人。
戦国時代に書かれた(かもしれない)『列子』という本があります。そういうグループがあったということですが、私は研究者ではないので、そういうエピソードがある、ということで取り上げたいと思います。
伯牙(はくが)さんは琴の名人として知られ、鍾子期(しょうしき)さんはその親友でした。二人は春秋時代にいた人たちのようです。それにしても、こうして記録に残るんだから、有名だったのか、それとも『列子』の創作エピソードなのか……。とにかく、表紙の絵のように、音楽を楽しむ二人がイメージされています。ちなみに表紙は韓国のページから借りてきました。
伯牙さんが琴を鼓するにあたって、鐘子期さんが言います。
「善(よ)きかな、琴を鼓すること。巍巍乎(ぎぎこ)として太山のごとし」と。
まるで「ぎぎこ」ですから、峩々(がが)たる山のような硬質な音と、突き抜けるような爽快な調べがあったんでしょう。
ホントかな。メロディはあったの? 一音一音が研ぎ澄まされていたということなのかな。琴の音を真剣に聞いたことって、ありましたっけ? 琴アーチストの宮西のぞみさんのCDは持ってましたね。でも、すぐ飽きてしまってブックオフに持って行ったら、それはもう二束三文でしたっけ。琴って、そんなに急いだ曲は弾けないです。一音一音に気持ちをこめて弾くのが大事なのかな。
しばらくして、川のそばで琴を弾いてもらうと(とても贅沢なことです!)、
「善(よ)きかな、琴を鼓すること。湯湯乎(しょうしょうこ)として流水のごとし。」と。
「湯」を「しょう」と読むんでしょうか。調べないといけないけど、まあ、私にはどっちでもいいことです。とにかく、音としては「しょうしょうこ」というのは、聞いただけで流れている感じのすることばで、それくらい琴の音が楽しかったということなんでしょう。
強くてかたい音はガ行、やさしく滑らかな音はサ行。これは今も同じなんですね。
そういう二人がいた。私にはそういういつまでも一緒に年寄るまで仲良く過ごす仲間って、いるんだろうか。まあ、これから見つけたらいいのかな。いや、私が他人に働きかけていないのだから、誰からもお声がかかることはないです。私はひとりが好きらしい。何だか悲しいな。
中国では、「……の交わり」というのがいくつかあって、強い絆で結ばれていたことが称えられるけれど、中国の人たちだって、それくらい深くお互いのことを知り合う関係が理想であり、簡単に見つけられるものではないと言いたいのでしょう。
だから、私も、理想を求めて、楽しく年をとればいいわけだ。閉じこもっててはいけないのです。(ちゃんと実践できるかな……)
永遠の関係なんてないから、やがてどちらかがいなくなってしまうのですが、今回は鐘子期さんが先に亡くなってしまいます。
伯牙さんは、愛用の琴を破り絃を断ち、終身復(ま)た琴を鼓せず、となります。
誰も聞いてくれる人もいないし、自分の音を楽しんでくれる人はいないのだ。だから、もう絶対に弾かないのだという強い覚悟だったそうです。
聞かせてほしい人はいたでしょう。でも、それは興味本位だし、あの楽しい空間は生まれません。それらしい雰囲気は生まれるかもしれないけれど、演奏者が楽しめないのでは、いい音楽は生まれないかもしれません。
人と人との関係は、永遠であり一瞬なんです。だから、その一瞬を永遠のものとして受け止め、それがもうこの世では実現しないとなれば、諦めて過去にこだわらない。
一つの教えがあるような気がします。 けれども、私たちは未練タラタラです。もっとその時を大事にしなくちゃ!
私は2018年の今、ZARDさんを聞いてますけど、本人がおられるときに「気に入っている」とか、「いい声だ」とか、思ったでしょうか。たぶん、そうは思いつつ、知らんぷりというか、無関心を装っていた。そして、今さらの後追いをしている。もう遅いんだよ! と自分でも思います。
でも、それが私の生き方であれば、せいぜいその人たちの作品で、その人をしのぶしかありません。どんくさい私はそれしかできない。後になって、ああ、もっとライブで聴いていたらよかったと反省してしまう。
だから、いまだに中国の二千五百年くらい前をしのんでいる。何も生まれないけど、そういうのが好きなので、今さらながらのことをしています。
★答え 69・知 (ちいん)