昨日の夕方、空から私たちの世界をのぞくようなメダマみたいなのを見つけました。雲のメダマなのか、空への風穴なのか、とにかく見られている感じがしました。もう余計なことを考えず、さっさと走っているうちに見られてる感は亡くなりました。私はただの日常の中の人になり、家へと帰りました。少しだけお買い物して、またお小遣いを減らしてしまった! この無駄遣いもなかなかやめられないです。
そして、そのあと雨が降り続いて、シュンとなって朝を迎え、災害やら事故やら世界の危ない場面なども見ていて、これからこの世界はどうなるものか、何だか不安だなという気持ちになりました。私たちがどんなに望んだとしても、国家的なプロジェクトは進んでいくし、世界の対立は何とも言えない形になりつつあるし、オリンピックとやらは、全く意味をなさなくなりました。
こんな世界なのに、みんなが怖がっているのに、2021で無人で強行された東京、世界の戦争は真っ最中なのに、何もないかのように開かれてしまう2024のパリ。こりゃ、テロリストでなくても、何とかならないの? やる意味あるの? と、思うはずなのに、当たり前のようにマスコミの人たちは、盛り上げるように動かされている。
一部の人のこころには、「そうじゃないでしょ!」という善意はあるはずだけれど、そこは黙ったまま、平和の祭典オリンピック! ということになるのでしょう。
たぶん、テレビは今月末からキャーキャーわめき立てることでしょう。私は、もう諦めました。前回もそうでしたが、今回も全く見ないはずです。意味のないものにお金をかけて、オリンピック貴族の人たちを肥え太らせるだけで、しかもあの人たちは、開催地をバカにしている。そして、取れるものだけ取ったら、あとは知らないと捨て去るのでしょう。
ついこの間、2008のペキンで危うくなり、2012のロンドンで盛り返したかに見えて、2016のリオもどうだったかなあ。そして、最悪の2021トーキョーでした。どんどん悪くなっているのに、2024のパリで、やはりヨーロッパ大陸で行われるオリンピックは最高の商品だ、なんて思っているだろうな。
絶対に見ないことにします。
オリンピックの貴族のみなさんは、特権階級だから、永続的に権利を守っていくのでしょうか。
となると、貴族でない者は、成り上がりものの田舎者だから、オレがオレがの自己意識・自己顕示が大事になりますね。
てっきり世襲の人たちで、日本国内では特権階級なのかなと思ってた与党の人たち、今度党首選という茶番劇をやるそうで、そこに向けてあと二か月ほどの期間、寝ても覚めても党首選、政治はなくても、政争はあるよとばかりに、朝から晩までそんなことをやり続けるのでしょう。
Kさんはもっとやりたいし、やる気満々なんだそうです。でも、まわりは全く相手にしていないし、そもそもKさん自身がまわりの人を動かそうともしていなくて、自分だけの思いつきを国会を無視して、閣議決定で済ませてばかり。国内ではそれで済んでしまうけれど、世界ではそういうわけにはいかないから、満面の笑みをたたえて首相外交(中身はない)をやっています。
もうKでは戦えない、というのが判明してしまった。でも、みんなが自分の利益しか興味のない集団を支持している国民とやらがいるはずだから、あの人たちは、どんな問題も結束して乗り越えてみせる、そのためにはとりあえずトップの交代をしなくてはならない。と考えている。
責任はとらないし、ほとぼりが冷めたら、政治集団を作り直し、パーティーを解禁して、いつもの甘い汁を吸うことでしょう。
こんなひどい世の中にいつからなってしまったのか。もうずっとこんなひどい状況だから、ずっとこんなだったような気がしていたけれど、たしか、世界には2008年にオバマさんを大統領として迎えた時がありました。でも、それは長続きしなくて、たったの八年で終わってしまった。そして、混迷の今なんですね。
空は見ている。天は私たちを見捨てはしない、そう思いたいけど、それは甘いのかもしれない。みんなが何となくこの世の滅亡に向かっているのを、心のどこかで許してしまっているのではないかと、悲しくなります。
人間たちの時代はあとどれくらい続くのか? わからないなあ。