甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

どこに向かって、私たちは行く?

2017年05月24日 21時40分40秒 | 草にうずもれて
 宣長さんのフォロワーを自認している私は、以前、宣長さんのお墓にお参りしてみようとしたことがあります。公園にもなっているし、道から少し入るだけだし、そんなに山深いところではないから、簡単に行けるだろうと思っていたのです。

 道から少し入ったところに駐車場がありました。少しだけ細いところもありましたが、そんなに気にするほどのことはないような気がしました。クルマを止めたところに公園の地図があって、少し登ったところにお墓はあるみたいでした。

 せっかく来たのだから、ぜひお参りしよう。松阪に20年ほど住んでいて、初めてのチャンスだったのですから、そりゃ当然お参りしなくてはいけないと思いました。

 たまたま夏だったから、それがいけなかったと思われますが、さっき公園の地図を見たところから、公園の入り口に入ろうとしたら、何があったでしょう。

 当然、だれもいませんでした。夏の暑い日だったのかなあ。それでも、たまたま見つけたチャンスでした。ですから是非ともそちらに向かおうとしたのです。でも、ほんの数歩歩こうとしたら、それを阻止するものがいました。

 ものすごい……ものすごくしつこい、こんな執拗な攻撃を受けたことがありませんでした。



 それはアブでした。

 去年の夏、東北旅行で、ものすごく切れ切れのアブに出会い、うちの奥さんなんかは、お風呂に入っているときに、太ももを切られたということでしたが、やつらはヒトの皮膚を食いちぎり、血を吸う恐ろしい昆虫でした。

 そのアブたちが、ものすごい勢いで襲いかかってくるのです。とても前に進める雰囲気ではありませんでした。もう入り口のところで、ここから先には進めない感じでした。もし進もうとするのなら、とりあえず血を流させてもらうぜという、恐ろしい挨拶がありました。

 宣長さんにご挨拶する前に、自分が血だらけにならなくてはならず、すぐに断念しました。またいつか、冬か秋に、アブたちのいない季節に、チャンスがあればお参りしようと、諦めることにしました。



 宣長さんは、こうしたしもべたちに守られて、松阪の山深いところに眠っておられます。生半可な気持ちでお参りするヤツなんかは受け入れず、もっと精進したものだけを受け入れるのだと判断しました。私はまだまだ早いのかもしれない。

 世の中は、あさはかなことばかり進んでいます。

 あざわらうかのように、テロリストたちは簡単にターゲットを見つけて、自分たちのやりたいことをやっていくことでしょう。どんなに立派な装備と調査と仕組みがあったとしても、それらは破られるためにあるのでしょう。

 テロリスト対策はやった方がいいけれど、きりはない。永遠にやりつづけなくてはならない。どちらかというと、私たちの自由だけは確保したいけれど、そんなのは権力者の人にはむだなものに見えているはずです。

 だから、制限しなくてはならないし、もっと管理しなくてはならない。少しずつ私たちは管理されるように進んでいるようです。権力者はもちろんそのつもりだから、国民が求めているのだからと、やりやすいような管理方法を考えることでしょう。

 テロリストが仮想の敵になっていますが、平和な日本では、それよりも平和ボケしたわがままな国民こそ、問題であり、それを管理しやすい形で、抑えていく。その1つとして現政権は考えた1つの案ですね。第二、第三の矢は、これはどんどん出してくるでしょう。

 なにしろ国民が、もっともっと自分たちを縛って欲しいと願い、自分たちは管理されてあげるから、経済政策お願いね、老後の保障、福祉もお願いねと、何もかも投げ出して、管理されたがっているのですから、簡単です。



 そうか、私たちはこれから進んで管理される道を選んでいるわけですね。若者はそれでいいのだろうか。彼らは、真面目で前向きで、テキパキと仕事はこなすし、いつも生活することを考えていますもんね。そして、たくさんあふれている老人たちをどうするのかと、心のどこかで引っかかって、「そんなのは本人たちに何とかさせたらどうなの。私たちはとにかく懸命にがんばっているんだから」

 そういう雰囲気ですごしているような気がします。彼らには、老人たちが口には出さないけど重荷になっている。

 そうか、重荷か……。

 政府は、老人たちにも自己負担を求め、死ぬまで働くように勧め、せいぜい自活することを求めている。何事も自助努力でやる。若者は勤勉だから、せいぜい低賃金と非正規雇用でがんばってもらう。

 これでは、ゆとりもへったくれもありませんね。個人はズタボロになったとしても、国家さえ豊かになればいい、そういうお考えでやっておられるのだと思われます。

 どんどん国や生き残れる企業や団体だけが元気で、個人は何も希望が見いだせないまま、自分の未来に暗澹たる気持ちでいくしかないのかもしれない。

 そういうのに慣れなきゃいけない。

 そうだ。慣れたらいいのかも。こまかいことにはふれずに、せいぜい自分の生活だけを守って、自活していこう。それしか私に残された道はないのかも……。


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