山登りはずっと前からやりたいと思っていました。でも、やれていません。ですから、もちろん、あれから数日たつというのに、いまだに足腰がつらくて、全く山に登ったという効能がありません。いやむしろ、ここ数日、毎日眠くて、自分が使い物になっていなかったということを告白しなくてはいけないくらいです。とはいえ、眠いのはいつものことだし、腰が痛いのも同じ。まあそれが少しだけ強く出ている感じかな……。
山登りを企画してくれた方は、地元の人で、こういう山があるんですよ、初心者として一度チャレンジしてみて、うまくいけば、これから別の山にもチャレンジしてはどう? というとてもあたたかい心で私を誘ってくれました。
これはありがたいことです。文句言いの私を連れて行っても、あまりいいことはありません。不平をいっぱい心にためているのに、それを出さずにモンモンとしていることが多く、口数少ない文句タレの私です。そんな私に声を掛けてみようなんて!
これからは、もっと私自身生き方を変えなくちゃいけませんね。もっとみんなに声を掛けてもらえる生き方をしたいです。まずは、明日の生活から、少しでも声を出して、みんなに話しかけて、みんなを楽しい気分にさせてあげなくちゃ!
高束山は、名松線に沿って走る道を白山町から美杉村(現在はどちらも津市です)に入ったら真正面に見える山です。数百メートルの高さで、それほど高い山ではありません。けれども、雲出川が山々から抜け出して、いよいよ平地に向かって流れだそうとするところにあるので、山頂に立てばその広がっていく様が見えるという話でした。人々の生活する谷間の町が見えるらしい。
普段は、平地に縛られ、ジャンプもしない、はいつくばった生活なので、視点が高くなるのは、たまにはいいだろうと、登山口で備え付けの杖を借りて、すぐに登り始めました。砂防ダムから水が落ちて、滝のような音がしています。水の流れる音を聞けるのも山ならではの体験で、砂防ダムであれ、とにかくありがたく聞きました。
登山道は、杉林の中をクネクネと上っていきます。すべて人工林で、まっすぐに立ってはいるものの、手入れが不十分なのか、光があまり入ってきません。杉林とはいえ、手入れがしてあれば、光は入ってくるらしいのですが、何十年かしている杉たちは、密生し、少し湿気さえあるようでした。杉林の中ではただ坂を上る体にするため、休憩を取りつつ、水分も飲み、木立の湿気を吸いながら上ります。尾根に出たあたりで落葉樹に囲まれるようになり、カエデ・サクラと、山頂をめざす人たちが楽しめるようになっています。あと二百メートルなどの表示が現れ、もうすぐではないかと沸き立つものの、トータルが1.4kmと書いてあったので、今までの苦労もただの1キロ少しのものだったのかと、うれしいやら悲しいやら……。
そうこうするうちに山のてっぺんにたどり着き、信仰の場で御嶽教会の道場になっている建物にたどり着きました。ここからの展望はなかなかのもので、青山高原の山並みが同じ目線のところにあって、山に登ってきたのだと、ささやかな充足感を味わい、ここでしばらく休憩して、世間話などをして落ち着いたら、下山して3時間あまりの山の往復は終了となりました。
てっぺんの道場には、昔一家族が住んでいて、そこの子どもさんは学校に行くために、毎日山を下り、登りしたそうです。今は定住している家族はおらず、何か行事がある時だけ道場を開いたりするようです。そうした信仰の場になったのは近年のことだそうで、つい百年くらい前のことでした。
それでは、信仰の場となる前というのは? やはり見晴らしがいいだけに、北畠さんの山城になったこともあるようです。だから、途中に石垣が組まれているところがたくさんあったのです。残念ながら、どういう経緯があって、城は消滅し、しばらくは何になっていたのか、くわしいことはわかりません。
でも、あちらこちらに人々の信仰の場が開けて、大和や京都ほどではないかもしれませんが、越前や紀伊の国、美濃の国くらいは歴史がありそうです。中古から中世への伊勢の国が、どんなだったのか知りたくなります。それには文献はいいから、とにかく歩いてみたいです。
★ 去年は仲間と夏のプチ登山したんですね。今年はどこかへ行くんでしょうか。