報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“ユタと愉快な仲間たち” 「紛争終結後」

2015-01-17 19:55:21 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[1月3日17:00.魔王城最下層・大水晶の間 稲生ユウタ、威吹邪甲、マリアンナ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド、栗原江蓮]

 魔王城最下層の大水晶の間に向かったユタ達。
 キノは旧政府関係者の粛清に向かった。
「とっとと全員処刑しないから、こんな内戦が起こるんだよ。オレが全員処刑にしてきてやる」
 とか何とか言っていたが、それはそれで禍根が残る方法ではある。
 それに、新政府樹立の際、人材が殆どいなかった状態で、旧政府関係者を登用しないわけにはいかなかった経緯もある。

 さて、大水晶の所まで行くと、先ほど江蓮が欠片を砕いた時とはだいぶ状況が異なっていた。
 具体的には、あちこち亀裂が入って、今にも粉々になりそうだ。
「さ、ユウタ君。あなたがこの“魔王の杖”を持って水晶に触って。そしたら、この大水晶は砕け散る」
 イリーナはユタの背中を押して言った。
「は、はい」
 ユタは台座の上に上がると、白い大きな水晶に触った。
 すると、水晶が強い光りを放ち、それが止まると、まるで流氷が溶け落ちるかのようにボロボロと砕け落ちて行った。
 ユタは慌てて台座から離れる。
 大水晶の中にいたのは、白い着物に緋色の袴を穿いた若い女性がいた。
「さくら……!」
 威吹がフラフラと大水晶に近づく。
 完全に大水晶が粉々になった時、中の女性が倒れて来た。
 それを威吹が受け止める。
「さくら!さくら!」
 威吹が声を掛けると、さくらと呼ばれた女性は目を開けた。
(この人がさくらさん……)
 ユタは威吹の“獲物”の2代目。
 初代の女性は初めて見た。
 江戸時代前期では、写真も無いから当然だが。
「威吹……?」
「ケガは無いな!?助けに来たぞ!」
「…………」
「待って。やっぱり衰弱してるみたい」
 と、そこへイリーナが割って入ってきた。
「療養した方がいいと思うから移動しましょう」
「移動って、どこへだ?」
「とにかく、地上に出ましょう」

[1月4日10:00.魔王城・謁見の間 ルーシー・ブラッドプール1世、安倍春明、ユタ、蓬莱山鬼之助、栗原江蓮]

 まだあちこち焦げ臭く、血生臭い城内。
 帰還した女王ルーシーと、安倍は勇者達を迎え入れていた。
 安倍はそれまでのケガが嘘みたいに回復している。
 それもそのはず。
 ここぞとばかりに魔法薬師ポーリンが、たちどころに傷を癒す妙薬を持参したからである。
 そして、弟子エレーナと共に魔界に舞い戻った。
「あなた達の大活躍、労いの言葉も感謝の言葉も見つかりません」
 ルーシーが一時期、バァルに乗っ取られた玉座に座りながらユタ達に言った。
(僕はあまり何もしてないような……)
 ユタは頭を下げながらそう思った。
 この場に威吹はいなかった。
 衰弱していたさくらの傍に付き添っているからである。
「蓬莱山鬼之助殿」
「へ、へい!」
「特にそなたの活躍ぶり、見事という言葉すら甘い。だが、それに応える形として、是非、正規軍の将軍に登用したいが、いかがだろうか?」
「いやー、アッシは地獄界の獄卒で十分っスよ。軍人になりたくて戦ったわけじゃないんで。……人間界と地獄界は、切っても切れない関係にあります。それが大魔王バァルに脅かされたんだから、刀を取って戦うのは当たり前でしょう。オレは目の前の敵に飛び込んで行っただけ。そんなヤツが、後ろで軍刀を振り回してるだけの将軍には向いてませんよ」
「そうか。ならば、閻魔庁に推薦状を送付するというのはどうだ?」
「推薦状?何の?もうオレは一応、復職はしてるんですがね……」
「聞けば地獄界もバァルの侵攻により、多くの人材を失ったと聞く。獄卒の幹部に登用してもらうよう、こちらから推薦するが?」
 安倍も苦笑して続けた。
「色々と思惑もあっただろうが、結果的に王国を救ってくれた勇者に、陛下は何らかの感謝の印を送りたいんだよ。是非、受け取ってくれたまえ」
「そう、すか?じゃあ、推薦状送ってくだせぇ……」

 この場にいない威吹もまた大活躍した英雄の1人ではあるが、後でユタが城内に設置された救護室に聞きに行った。
 すると……。
「ボクはさくらと静かに暮らしたい。もしボクに褒美を取らせてくれるというのなら、その場所が欲しい」
 と、こんなことを言った。
「さくらさんの具合はどう?」
「魔女達の世話になるのは何だか癪に障る感じだが、背に腹は代えられない。彼女らの回復魔法とやらで、だいぶ元気になったよ」
(“ホイミ”とか“ベホイミ”とかかなぁ……)
 と、ユタは思った。
「人間界には来ないの?」
「あいにくとさくらも、今の人間界では暮らせまい。かといって、ボクも今さら“妖狐の里”には戻れない。魔界には人間も暮らしているし、逆にここに留まった方がいいのではないかと思う。バァルの存在も消えて、“霧”も晴れたしね」
「あっ、そうか!」
 ユタが窓の外を見ると、“霧の都”たるアルカディアシティ名物の濃霧が無くなっていた。
「さくらは巫女だ。誰も参詣には来ないと思うが、褒美は何でも取らせてくれるというのなら、陛下の言葉に甘えさせて頂き、社でも建ててもらうさ」
(魔界に神社ねぇ……。面白い試みだ)
 と、ユタは思った。
「それで、威吹は言ったの?『好きだ』って」
「……ああ。『一緒に暮らそう』って、誘ってみた」
「そしたら?」
「『何を今さら……』って」
「ふ、フラれた!?」
「『1度、私の方からそう言ったじゃないか』って睨まれたよ」
「え?」
「うーん……。そう言えば、封印前にそんなこと言われたような気がするんだよなぁ……」
「するんだよなぁ、じゃないよ。何だそれ」
「あの時は人喰いをやめるなんて考えもしなかったからさ、『何言ってんだ、このクソ女』って思ったよ」
 威吹は街道の沿道に巣くい、旅人を襲ってはその血肉を食らう人喰い妖狐だった。
 江戸からやってきたという巫女のさくらを襲って食おうとしたものの、返り討ちに遭い、人喰いをやめないとこのまま調伏するとまで言われた。
「何とか機会を伺って、食い殺してやろうと思って、四六時中隙を狙ったものだ」
(す、ストーカー!?)
「そしたら、情が出たんだろうなぁ……。『静かな所が見つかれば、そこで一緒に暮らそう』だって」
「おおーっ!」
 だが、そうなると……。
「さくらさんと元気で再会できたってことは、ボクとの盟約は……」
「それなんだけど……」
 妖狐の掟で、“獲物”は1人につき1人という決まりがある。
「僕はいいよ。さくらさんの方が出会いが先だったんだから」
「ごめん……」
「でも、小判は返さなきゃいけないかな」
「それはいいよ。ユタが“獲物”になってくれたことは、ボクにとっても大きかったから。むしろ、もっとお礼をしたいくらいだ」
「そう?」
「ボクが無事にさくらと再会できたのは、ユタのおかげでもある。本当に、ありがとう」
「いや、そんな……」

[1月4日11:00.静岡県富士宮市・市街地 藤谷春人&秋彦]

「春人!町の復興事業で、我が社の業績はうなぎ上りだぞ!大功徳だ!」
「それ、功徳って言うんかぁ……?少なからず、大石寺にも被害があったんだから、そっちと復旧契約取ればいいのによぉ……」
 大石寺堂宇の修理関係については、全く契約の取れなかった藤谷組だった。
「本社側も都内の復旧事業で忙しいからな!こりゃ、御登山参詣の回数を増やさなきゃならんなー!今年1年間は休みが無いものと思え!」
「親父、それじゃ登山できねーじゃんかよ……」
 呆れる藤谷春人だった。
(結局、稲生君は戻ってきそうにないな。さよならだ)
 春人は溜め息をついた。

 
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“ユタと愉快な仲間たち” 「暴かれる正体」

2015-01-17 15:25:35 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[1月3日16:30.魔王城新館・1階ホール]

「反政府ゲリラの連中だぎゃ!?」
「バカ者!新政府軍と言え!」
 1階ホールで威吹達が戦っている間、吹き抜けの2階や3階などでは、大魔王バァルにつく旧政府派と新女王ルーシーにつく新政府派が激突した。
 ホールの上からはそれの怒号が聞こえるようになったし、中には上階から1階まで落ちて来る者もいる。
「ルーシー陛下もアベ首相もご無事だ!あとは貴様らを倒すだけだ!!」
 ルーシーが城の塔屋から無事に脱出できたこと、魔界民主党党首にして現・宰相(首相)の安倍春明が人間界に避難したことが新政府関係者に知れ渡ると、一気に挽回の機運が高まった。
「先生!上でも戦闘が!?」
「ザコ共はザコに任せるさ!」
 威吹もヒドい言いようだ。
 バァル側のスナイパーも、威吹達に向けて攻撃してこなくなった。
 どうやら、新政府軍に倒されたらしい。
 とはいうものの……。
「ぐわっ!?」
 だからといってバァルの力が弱まるわけではなく、
「うわっ!!」
 威吹達の力が強まるわけでもなく、本戦場においては威吹達の旗色が悪かった。

[1月3日16:00.静岡県富士宮市上条 大石寺・総一坊 藤谷春人&安倍春明]

 臨時の救護所となっている一室。
 安倍の体には包帯が巻かれていた。
 その横にいるのは藤谷春人。
「これで……OKです」
 体を横たえながら、右手に持った携帯電話を切る。
「一体、どちらへご連絡を?」
「大したことはありませんよ。遠い親戚に、私の無事を伝えただけです。そして、このことを私の職場に伝えてくださいと……。おっと」
 春明は携帯電話を手から滑らせ、床に落としてしまった。
 藤谷が代わりに拾い上げると、ケータイの画面がチラッと目に入った。
 そこには発信履歴が出ていて、聞き覚えのある日本の政治家の名前が出ていた。
 いや、ただの政治家ではない。
「あ、安倍さん、もしかして、遠い御親戚というのは……その方、もしかして今、総理官邸にいらっしゃったりします?」
「政治上の機密です。お答えしかねます」
 安倍は口元に笑みを浮かべただけだった。
 そこへまた電話が掛かって来る。
「……ルーシー、私は無事だ。申し訳無いが、私だけ人間界に避難させてもらっている」
{「人間界だって今、安全じゃないでしょ!?」}
「いや、安全な場所があるんだ。日本の親戚に、それを知っている人がいてね。そっちはどうだ?」
{「アンタのイチオシの勇者一行がバァルと戦っているみたい」}
「おお、あのコ達が……」
{「だけど、どうも不利みたいね。そもそも勇者が死んでるし」}
「なに?どういうことだ?」

[1月3日16:30.魔王城・1階ホール]

 だいぶ傷ついた威吹ら、剣客達。
 まるでバァルに歯が立たない。
 小さな子供と父親のようだ。
 そしてそれに追い打ちを掛けるかのように、魔法陣の方から号泣が聞こえた。
 その主はマリアンナ・スカーレット。
「な、何だ、どうした?」
 威吹は口に入った自分の血を吐き出した後で、号泣するマリアに近づいた。
「ユタは生き返ったのか……?」
「私が未熟なせいで……!ごめんなさい……!ごめんなさい……!!」
 マリアはその場にへたり込んで、両手で自分の顔を押さえるようにして泣いていた。
(やっぱり“ザオラル”じゃムリだったか……)
 江蓮ももらい泣きするように目に涙を浮かべながら、マリアの肩に手を置いた。
「マリアンナ先生……」
 バァルがそんなユタ達に背を向け、吹き抜け上階に向かって言った。
「余に忠誠を誓う者どもよ!“勇者”の死が確定した!これでもはや、余らの邪魔をする者はおらぬ!抵抗する者は全て皆殺しにせよ!」
「万事休すか……」

[同日同時刻 地獄界・叫喚地獄 蓬莱山家 稲生ユウタ&蓬莱山美鬼]

「……つまり、アンタがもう生き返ることは無うなったわけや。ええ加減、諦めんと、今度の獄卒採用試験は大量募集やき、合格率は高いはずや」
「そ、そんな……」
「今なら、ウチの力で一次試験免除くらいは面倒見たるよ?」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」
「ウソちゃうよ。蘇生魔法は1度しか使えんって話や。今のユタはんの動きからして、向こうで失敗したのは確定やき。ちゅうわけでな、ユタはんの地獄界入りも確定ってことや。本来なら……」
「ウソだーっ!!」

[同日16:45.魔王城・1階ホール]

「せめてもの情けだ。勇者たちのとどめは、大魔王と呼ばれたこの余が直接手を下してやろう」
 バァルは杖を剣の姿に変えると、まずは失意で項垂れた威吹の頭上に上げた。
「妖の行き着く先など地獄に決まっておろうが、せめて冥福くらいは祈って進ぜる故、安心して堕獄せよ」
 バァルが剣を振り下ろすのと、ユタが攻撃してきたのは同時だった。
「ぐわっ!?」
 ユタに背中を向けていたので、バァルの背中にまともに直撃した。
 大きな剣を振り下ろした直後だったので、バァルは大きくバランスを崩し、前のめりに倒れることとなった。
「な、何だと!?」
「し、死体が動いた!?」
 ユタの目は閉じられたままで、左手だけをバァルに向けていた。
「い、今の“イオゥ・ナ・ズム”だわ!」
 1000年生きてるイリーナも初めて見たのだろう。
 いつもは細く閉じている目が驚愕で見開かれていた。
「ば、バカな!あの魔道師の魔法は失敗したはず……!」
「でやあーっ!」
 カンジが刀を取って、バァルの首を狙う。
「黙れ!!」 
「カンジ!!」
 バァルはカンジの首を刎ね飛ばした。
「一体、どうなっている!?そやつは人間ではないのか!?」
「アタシに聞かないでよ!アタシも初めてなんだから!!」
 イリーナが老翁に言い返す。
 明らかに大魔王と呼ばれた老翁が狼狽している。
 それだけ不思議な現象が起きたのだ。
「うっ!?」
 その老翁の首に、死神が持つような大きな鎌の刃が当てられた。
「き、貴様……!?」
 視線だけ振り向いたバァルの先には、カンジの着物を着た大師匠の姿があった。
「はーい、チェック・メイト。魔道師の底力を見くびったキミの敗北だね」
「か、カンジ!?」
「カンジじゃねぇ!?どういうことだ!?」
 驚きの声を上げる剣客達。
 だが、大師匠は笑みを浮かべた顔で、更にバァルに言う。
「そう思わないかい、バァル?いや……ウェルギリウスよ」
「昔の名前を呼ぶな、ダンテ・アリギエーリ。神にも魔王にもなれなかった落伍者が!」
「茶番は終わりだ。『嗚呼、神の復讐よ』『彼らはそれぞれの哀しい墓に辿り着く』。冥界でまた詩歌作りでもするかい?それとも、チェスでもやる?」
「黙れ!貴様に唆され、私は……!」
「『忘れ物』を冥界に置いて来たというのを教えてあげたんだけどね。無論、悪気じゃないよ。親切のつもりだったが……」
 そしてそこで一旦、咳払い。
「いい加減、諦めなって。『忘れ物』探しなら、ボクも手伝うよ」
「何だと?」
 そして大師匠はバァルを放した。
 一瞬、緊張が走るが、バァルはその場に留まったままだ。
「キミのプライドからして、もう無駄な抵抗はできないよね?だってこんな衆人監視の中で、特別指名手配のボクに後ろを取られたんだから」
 大師匠はニヤッと笑った。
 しかし、衆人監視と言っても、新政府軍達に倒される旧政府軍達が右往左往しているので、それどころでは無いようだったが。
「大師匠、これは一体どういうことですか?」
 さすがのイリーナも目を開けたまま、直属の師匠に詰め寄った。
「『敵を欺くには味方から』のつもりで、キミにも黙っていたんだ。ゴメンね」
 大師匠の素顔は40代前半の壮年の顔付きだ。
 もちろん、日本人ではない。
「威波莞爾という妖狐は、最初から存在していなかった。だって、ボクの化身だからね」
「な、何だって!?」
「威吹君には申し訳無い。人を騙す妖狐が騙されたことで、キミのプライドを傷つけてしまったね」
「こ、このっ……!」
 威吹の米神に怒筋が浮かび上がる。
「お詫びはしよう。大水晶の中に閉じ込められている人物を解放するから、後で行ってみるといい。……というわけで、ウェル……いや、バァル。キミも『忘れ物』探しの前に、『忘れ物』が無いようにした方がいいんじゃないのかい?」
「その話、本当だろうな?もし偽りだったら……」
「大丈夫。今度はボクも一緒だ。偽りのしようがないよ。何たって、言い出しっぺの本人が一緒なんだから」
「フ……。お前も昔から変わらん」
 バァルは口元に笑みを浮かべ、ユタに近づいた。
「大師匠。バァルと一緒ということは……」
「ああ。しばらく放浪の旅に出るさ。まあ、それが終わって落ち着いたところで、向こうにいることになりそうだけどね。ポーリン達にはよろしく伝えておいてくれ。それと……。ああ!心配しなくていい!バァルの『最後の善行』だ!」
 ユタの前に現れたバァルに抵抗を試みる孫弟子達に言う大師匠。
 バァルはマントの内ポケットから、何やら透明の液体に入った小瓶を出すと、それをユタに振り掛けた。
「終わったかい?」
「……ああ」
「じゃあ、イリーナ。ボクの言い付けをきちんと守って、キミはキミの使命を果たしなさい」
 大師匠はイリーナを抱きしめた。
「師匠……お父さん……」
 イリーナを放すと、バァルと共に大時計の前に立つ。
 大時計の振り子が止まった。
「冥界でゴルフ場でも作って、ゴルフをやるってのもあるよ?」
「ゼロからどうやって作る気だ、お前は……」
 2人の老翁(大師匠は若作りしているが)は振り子の横に開いた扉の中に入って行き、その姿を消していった。
「全く。悠悠自適のジィさん連中が……」
 イリーナは涙を拭いて、今度は魔法陣の方を振り向いた。
「えっ、回答用紙に名前だけ書けばいいんですか!?」
 ガバッと起き上がるユタ。
「……あ、あれ!?」
 突然変わった景色にキョロキョロと見回すユタ。
「ユウタ君!」
 顔を真っ赤にして泣くマリアに抱きつかれるユタ。
「あ、ま、マリアさん!?こ、これは一体……!?」
「ユタが生き返ったーっ!」
 威吹も泣いてユタに駆け寄った。
「てめぇら!大魔王はもうこの魔界から消えたぞ!新政府に従うも、抵抗するも心して決めやがれ!!」
 キノは吹き抜けの上階に向かって大声を上げた。
 勝どきを上げる新政府関係者達。
 その声は、魔王城から内戦続く国内全土に響き渡ったという。
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“ユタと愉快な仲間たち” 「決戦の火ぶた」

2015-01-17 02:41:15 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
 バァルの手により、大爆発を起こそうとしている大水晶。

 最後のカウントダウンとばかりに点滅の間隔が短くなり、そして……。

 まるで岩の割れるような鈍い音がして、光が消えた。

 そして、何も起こらない。

「……!!」
 バァルは大水晶に何が起きたのか、直ぐには把握できなかった。
 特技の1つである千里眼で確認すると……。
「イリーナめ!」
 大魔王直々の特別指名手配を食らっているイリーナ一行が大水晶の前にいた。

[1月3日16:15.魔王城・最下階→地上1階 イリーナ、威吹、カンジ、マリア、キノ、江蓮]

「何とか間に合ったわね」
 イリーナはホッとした様子だった。
 江蓮が触れたことにより、普通トラックほどの大きさの大水晶に一部が欠け、拳大の大きさの白い水晶が床に落ちた。
「これでユタが生き返るんだな!?」
 威吹が水晶の欠片を拾い上げてイリーナに聞いた。
「ある意味ではね」
「は?!」
「取りあえず、地上に出ましょう。……リ・レ・ミト!」
 イリーナが唱えた魔法は、瞬間移動の魔法の1つなのだろうか。
 気が付くと、魔王城のホールに出た。
 新館はオペラハウスのような造りで数階分の吹き抜けになっており、数段上がって左右に広がる階段の中央にはこれまた大きな振り子時計が設置されている。
 ここは激戦があったことなどウソのように静かで、大きな時計の振り子だけがコーンコーンとその音をホール中に響かせていた。
「やはり、アレですか、イリーナ師」
 カンジが大理石の床に魔法陣を描くイリーナに話し掛けた。
「ん?」
「大水晶の中に、江戸時代の巫女が封印されているというのは……」
「まあね。だけど、栗原さんではその封印を解くのは難しいでしょう。欠片を手に入れるだけでも大変なんだから。あとは、ユウタ君を生き返らせて、彼にやってもらいましょう。ユウタ君ほどの霊力なら、さっきの栗原さんみたいに、大水晶に触るだけで封印が解けるはずよ」
「なるほど」

 魔法陣を描いている間、威吹達の前に現れる者がいた。
「なるほど。お前達が噂に聞く人間界の反逆者どもか」
「おっ、出たな!ラスボス!」
 キノは刀を構えた。
「さすがは人間界に拠点を置く反逆者の諸君、よくぞ大水晶の爆発を阻止した」
「へっ!老害なんぞに、オレんとこのシマ荒らされてたまるかよ!」
「フン……。余がこうして、汝らの前に現れた理由はただ1つ。これでも余は、大魔王と呼ばれた男。その余が自ら、汝らの処刑執行人となろう。光栄に思うが良い」
「ありがたき幸せ!だけど辞退させてもらうぜ!」
「スカ・ラァ!バイ・キ・ルトゥ!」
 イリーナは剣客達に魔法を掛けた。
 1つは相手からの攻撃に対して強い耐性が付くもの、もう1つは攻撃力がアップする魔法だった。
「3人とも!なるべく時間を稼いで!ユウタ君が生き返るまで!」
「よっしゃあ!」
 斬り込み隊長のキノが先制攻撃に向かう。
「汝の属性は“炎”だな」

 ガンッ!

「!?」
 バァルはキノ攻撃を避けようともせず、正面から受け止めた。
 しかし、キノの刀は老魔王の体に食い込みすらせず、堅い物に当たって弾かれたかのようであった。
「はぁ!?どうなってんだ!?」
「余は不死身だ」
「不死身でも何でも、お前を倒さなくてはならない!」
 威吹が青い刃の刀を構えて向かったが、
「フム。汝は“地”の属性か。それなら……」
 威吹の攻撃も当たらない。
 カンジも同じだ。
「おい!イリーナ!こりゃ一体どうなってんだ!?」
「静かにして!」
 キノの言葉を黙らせるイリーナ。
 魔法陣の中央にはユタの遺体が仰向けに寝かされていた。
「じゃ、マリア。お願い」
「はい!」
 マリアはユタの前に跪くような姿勢を取った。
「……万物は流転し、生は死、有は無に帰するものなり。ならば死は生、無は有に転ずるもまた真たらんや」
 マリアが呪文の詠唱を行っている間、
「あの者の魔法力の全てを無効とせよ!」
 イリーナはバァルに向けて、魔法を使った。
「む!?その杖は!?」
 バァルが目を剥く。
「ええ。あなたの毛嫌いする大魔道師様から拝借したものよ。あなた達!バァルの防御が解かれたわ!今がチャンスよ!」
「よっしゃあ!」
 再びバァルに立ち向かう剣客達。
「汝らの如き、下賤の者共の攻撃など受けん!」
 バァルは右手に携えている魔王の杖で、キノ達の攻撃を受け流した。
「けっ!ジジィのくせにいい動きしやがる!」
 剣客達が戦っている間、
「……パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ。今ここに万物流転の逆転を宣言する。この者の魂よ。冥界より転ぜよ。ザオ・ラ・ルゥ!」
 マリアの蘇生呪文が発動した。
 近くで見ていた江蓮は、
(は?“ザオラル”?それって確か……)
 何か嫌な予感がした。

「おい、イリーナ!まだなのか!?いい加減キツいぜ!」
 魔法力が封印されたとはいえ、バァルの動きは素早く、体力自慢のキノ達の息が上がり始めた。
 大してバァルは涼しい顔をしていた。
 キノ達の体力消耗を狙い、それが尽きた所で、一気に叩いてくることは安易に想像できた。
 しかし、動きを止めるわけには行かなかった。
 止めたら止めたで、吹き抜けから、魔王軍のスナイパーが狙ってくるからである。
「もう少しよ!頑張って!」
 イリーナはそう言うだけだった。

[同日16:30.地獄界・叫喚地獄 蓬莱山家 稲生ユウタ&蓬莱山美鬼]

 ユタの体が光に包まれる。
「こ、これは……!?」
「どうやらユタはん、生き返られるみたいやな。向こうから魔法掛けられとるで」
「本当ですか!」
「ああ。ホンマの話や。ただな、その光……」
 美鬼の話が終わらないうちに、ユタに姿が消えた。
「成功率フィフティ・フィフティのあやふやのヤツで、しかも体の傷は大して回復しとらんちゅう……って、もう行きよった。さ、どうなることやら……」
 美鬼はズズズと茶を啜った。

 しばらくして、
「わあっ!」
 再び空間の中からユタが現れて、テーブルの上に落ちた。
「いてっ!?」
 幸いテーブルの上には何も無かったものの……。
「あれ?ここは……?」
 湯のみ茶碗の中を飲み干した美鬼が鬼族ならではの牙を剥き出しにして言った。
「お帰り、ユタはん。どうやら、ここがユタはんの居場所みたいやな」
「え?……ええっ?ええーっ!?」 
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