[1月22日07:00.イリノイ州シカゴ 市街地のシティホテル コードネーム“ショーン”]
寝て起きる度、昨日のことがまるで夢のような気がしてしまう。
そもそも、隣に寝てる女って誰なんだ?
レイチェル?……ああ。日本の大学で会ったな。
えーと……どうしてボクはアメリカに来たんだっけ?……確か、彼女にアメリカのイリノイ州でいいバイトがあるからって……。
ボクは確かに英語力には自信があるけれど、それだけで?
何か彼女、昨夜出て行ったような……。いや、今は隣で寝てるけど……。
左の二の腕に「7」と書かれた赤い数字がペイントされているのを見た。
「ああ、これ?ラッキー7の7よ。ゲン担ぎなの」
と、あっけらかんと言われた。
うーん……。
〔「……何度もお伝えしていますように、昨夜から州内のオレンジスター・シティで大変な騒ぎが起きている模様です。現在、州軍が出動して鎮静化に当たる騒ぎになっています」〕
テレビでは臨時ニュースを繰り返し放送していた。
テレビ画面には町に続く唯一の交通手段、ハイウェイを特殊車両で封鎖する軍隊の姿があった。
「レイチェル!これは一体……!?」
「ああ。やっぱり、私の予想が当たったのね」
レイチェルはタンクトップ姿で欠伸をしながら、ベッドからゴソゴソと出て来た。
「予想って……」
「何だかね、そんな気がしてきたのよ」
〔「……何でも人型のロボットが突然町中に大勢現れて、装備しているマシンガンやらライフルやらを発砲したようなんですよ」〕
「!?」
コメンテーターが核心的な部分を言ったが、その時点でテレビを消すレイチェル。
「今日はやることがあるから、早いとこ朝ご飯食べてきて」
レイチェルは笑みを浮かべて言った。
笑顔ではあるが、それに逆らってはいけないような気がして、ショーンは素直に階下のレストランに行くことにした。
[同日09:00.シカゴ・オヘア国際空港 “ショーン”&レイチェル]
シカゴ交通局(交通公社とも)が運行している高架鉄道(地下鉄区間もある)シカゴ・Lは、シカゴに2つある国際空港にも乗り入れる為、観光客の利用も多い。
2人は、市街地からシカゴ・オヘア国際空港に向かうブルーラインに乗っていた。
これから飛行機に乗るのではない。
恐らくは、当日にすぐ空いているわけではないだろうとのことだ。
ブルーラインの終点駅、オヘア国際空港駅は地下ホーム2面3線である。
そこは櫛形の行き止まり式(頭端式)であり、正に“ベタな終点駅の法則”ではある。
シカゴに2つあるとはいえ、どちらかというとオヘアがメインで、ミッドウェーがサブといった感じだとショーンは聞いた。
実際、ここから日本へ向かう航空機はオヘア空港からで、ミッドウェー空港からは出ていない。
2人は日本行きのチケットを購入する為、空港へ来ていた。
電車を降りて、ターミナルへ向かう。
事前の下調べでは、東京・成田へ向かう路線を担当しているのは全日空とユナイテッド航空とのことだ。
シカゴから飛行機に乗るのは聞いていたが、日本へ向かうというのは意外だった。
日本から入国した際は、シカゴからではなかった。
「あれ……?」
「どうしたの?」
「僕、どこの空港に着いたんだっけ?」
「それ、ジャパニーズ・ジョーク?シカゴ・オヘア空港に決まってるじゃないの」
「いや、そうじゃなくて……。アメリカに入国した時に……」
そういえば、それはパスポートにスタンプが押されているはずだ。
それを見れば……。
だが、それを見る前にレイチェルが答えた。
「デトロイトからでしょ?」
「そ、そうだったっけ……」
「そうよ」
そして、チケットカウンターに到着する。
「東京・成田に行く便で、1番早いのは無いかしら?もちろん、彼と隣り合わせになれる席でね」
レイチェルはもちろん英語で、チケットカウンターに座る白人女性係員に言った。
「少々お待ちください」
係員は端末のキーボードを叩く。
「明日の10時45分発、ANA便で、ファーストクラスでしたらお取りできますが?」
「ファーストクラスかぁ……」
ショーンは苦笑いした。
「エコノミーは無いんですよね?」
と、ショーンが聞く。
「満席です」
とのこと。
「じゃあ、そのファーストクラスでいいわ」
と、レイチェルが口を開いたので、
「いや、ダメだよ!」
と、ショーンが慌てた。
「大丈夫よ。組織からプラチナカードをもらったから、それで支払いできるわ」
「いや、でも、そんな贅沢する必要は無いよ!エコノミーでいいからさ」
「ショーンはよく働いてくれたわ。ヒーローはエコノミーに乗っちゃダメ……ん?ちょっと待って」
どうやら、レイチェルの通信機に通信リンクが繋がったらしい。
「何よ?」
{「何よ、じゃない。ファーストクラスはダメだと言っただろう!」}
「どうして?彼はよく働いてくれたわ」
{「報酬は報酬だ。ファーストクラスに乗ったら目立つに決まってる。それに、いくら隣り合わせとはいえ、今のファーストクラスは個室みたいになっている。“ショーン”の監視がしにくくなってしまうぞ?」}
「四六時中監視しなくたって大丈夫な人間をパートナーに選定したのはあなた達でしょう?自分達の選考基準を疑うの?」
{「あのなぁ。隔離された機内では、動きが制限されるものだ。今までは何が起ころうと万全なサポートができるが、機内に関してはノータッチとなる。従って、ビジネスクラスもダメだな。最近のビジネスクラスも、隣席とは隔離された造りになっていることが多い。もっと問題はあるぞ。ファーストクラスやビジネスクラスの機内食をお前は食べられない。最近は機内食も高級化されているが、全く手を付けられないと、機内のクルーにも怪しまれるだろう」}
「……分かったわよ」
通信相手のクドい言葉にレイチェルは眉を潜めた。
「エコノミーなら何でもいいのね?」
{「ああ。多少……数日掛かってもいい。それまでのサポートはこちらで行う。“ショーン”と隣り合わせの席なら、エコノミークラスのどの席でもいい」}
「エコノミーなら、何でもいいのね?」
{「だから、さっきからそう言ってるだろう」}
「今のあなたの言葉、録音したから。『男子たる者、二言無し』よ」
{「はあ?」}
通信リンクを切るレイチェル。
「レイチェルの組織から?」
「まあね。ファーストクラスとビジネスクラスはダメだって言われちゃった」
「やっぱりね。そりゃそうだろう。レイチェルがどんなエージェントだか知らないけど、僕なんか殆ど何にもしてないもの……」
「例の場所で、アタシのサポートを全力でしてくれたじゃない」
「車で迎えに行くだけだろう?それ以外は何もしてないよ」
「日本人男性のパートナーとして、日本に着くまでアタシと一緒にいてくれるだけで立派な仕事になるのよ」
「ええー……。で、どうするの?エコノミークラスがいつ空いてるか聞く?それともキャンセル待ちする?」
「アタシに任せて」
レイチェルは再びカウンターに行く。そして、
「東京・成田に行く便で、1番早いのは無いかしら?もちろん、彼と隣り合わせになれる席でね」
と聞くが、更にそれにプラスして、
「ワンランク上のエコノミークラスは、いつ空いてるの?」
と、聞いた。
「レイチェル?何それ?その、ワンランク上のエコノミークラスって?」
ショーンは訝し気な顔をした。
「26日の同じく10時45分発、ANA便で、プレミアム・エコノミーがお取りできますよ」
「プレミアム・エコノミー?」
ショーンは目を丸くした。
「それ、彼と隣り合わせできるよね?」
「はい。窓側の席、2つ空いております」
「じゃあ、そこお願い」
「かしこまりました」
「支払いはこれで」
と、レイチェルはプラチナカードを出した。
{「レイチェル、お前なぁ!」}
「何よ?エコノミーはエコノミーでしょ?あんた、『エコノミーならどの席でもいい』って言ったよね?」
{「こ……この女狐が!」}
(え、なに?今の英単語聞き取れなかったんだけど、女狐って……?)
因みに今の通信に関しては、ショーンもインカムを付けて聞いていた。
「では、こちらにサインを……」
「プレミアム・エコノミーって?」
「エコノミークラスよりワンランク上のシートよ」
「それって、ビジネスクラスじゃ?」
「だから、そのビジネスクラスよりは下なのよ」
「ふ、ふーん……。いいの?組織とあまりケンカなんて……」
「大丈夫。ショーンには迷惑掛けないから。アタシはちゃんと組織の言うことに従っただけだから」
レイチェルはしたり顔で大きく頷いて言った。
(これくらいでないと、正義の組織のエージェントにはなれないのかなぁ……?)
ショーンは首を傾げながら、意気揚々とチケット片手に引き上げるレイチェルの後ろを付いて行った。
寝て起きる度、昨日のことがまるで夢のような気がしてしまう。
そもそも、隣に寝てる女って誰なんだ?
レイチェル?……ああ。日本の大学で会ったな。
えーと……どうしてボクはアメリカに来たんだっけ?……確か、彼女にアメリカのイリノイ州でいいバイトがあるからって……。
ボクは確かに英語力には自信があるけれど、それだけで?
何か彼女、昨夜出て行ったような……。いや、今は隣で寝てるけど……。
左の二の腕に「7」と書かれた赤い数字がペイントされているのを見た。
「ああ、これ?ラッキー7の7よ。ゲン担ぎなの」
と、あっけらかんと言われた。
うーん……。
〔「……何度もお伝えしていますように、昨夜から州内のオレンジスター・シティで大変な騒ぎが起きている模様です。現在、州軍が出動して鎮静化に当たる騒ぎになっています」〕
テレビでは臨時ニュースを繰り返し放送していた。
テレビ画面には町に続く唯一の交通手段、ハイウェイを特殊車両で封鎖する軍隊の姿があった。
「レイチェル!これは一体……!?」
「ああ。やっぱり、私の予想が当たったのね」
レイチェルはタンクトップ姿で欠伸をしながら、ベッドからゴソゴソと出て来た。
「予想って……」
「何だかね、そんな気がしてきたのよ」
〔「……何でも人型のロボットが突然町中に大勢現れて、装備しているマシンガンやらライフルやらを発砲したようなんですよ」〕
「!?」
コメンテーターが核心的な部分を言ったが、その時点でテレビを消すレイチェル。
「今日はやることがあるから、早いとこ朝ご飯食べてきて」
レイチェルは笑みを浮かべて言った。
笑顔ではあるが、それに逆らってはいけないような気がして、ショーンは素直に階下のレストランに行くことにした。
[同日09:00.シカゴ・オヘア国際空港 “ショーン”&レイチェル]
シカゴ交通局(交通公社とも)が運行している高架鉄道(地下鉄区間もある)シカゴ・Lは、シカゴに2つある国際空港にも乗り入れる為、観光客の利用も多い。
2人は、市街地からシカゴ・オヘア国際空港に向かうブルーラインに乗っていた。
これから飛行機に乗るのではない。
恐らくは、当日にすぐ空いているわけではないだろうとのことだ。
ブルーラインの終点駅、オヘア国際空港駅は地下ホーム2面3線である。
そこは櫛形の行き止まり式(頭端式)であり、正に“ベタな終点駅の法則”ではある。
シカゴに2つあるとはいえ、どちらかというとオヘアがメインで、ミッドウェーがサブといった感じだとショーンは聞いた。
実際、ここから日本へ向かう航空機はオヘア空港からで、ミッドウェー空港からは出ていない。
2人は日本行きのチケットを購入する為、空港へ来ていた。
電車を降りて、ターミナルへ向かう。
事前の下調べでは、東京・成田へ向かう路線を担当しているのは全日空とユナイテッド航空とのことだ。
シカゴから飛行機に乗るのは聞いていたが、日本へ向かうというのは意外だった。
日本から入国した際は、シカゴからではなかった。
「あれ……?」
「どうしたの?」
「僕、どこの空港に着いたんだっけ?」
「それ、ジャパニーズ・ジョーク?シカゴ・オヘア空港に決まってるじゃないの」
「いや、そうじゃなくて……。アメリカに入国した時に……」
そういえば、それはパスポートにスタンプが押されているはずだ。
それを見れば……。
だが、それを見る前にレイチェルが答えた。
「デトロイトからでしょ?」
「そ、そうだったっけ……」
「そうよ」
そして、チケットカウンターに到着する。
「東京・成田に行く便で、1番早いのは無いかしら?もちろん、彼と隣り合わせになれる席でね」
レイチェルはもちろん英語で、チケットカウンターに座る白人女性係員に言った。
「少々お待ちください」
係員は端末のキーボードを叩く。
「明日の10時45分発、ANA便で、ファーストクラスでしたらお取りできますが?」
「ファーストクラスかぁ……」
ショーンは苦笑いした。
「エコノミーは無いんですよね?」
と、ショーンが聞く。
「満席です」
とのこと。
「じゃあ、そのファーストクラスでいいわ」
と、レイチェルが口を開いたので、
「いや、ダメだよ!」
と、ショーンが慌てた。
「大丈夫よ。組織からプラチナカードをもらったから、それで支払いできるわ」
「いや、でも、そんな贅沢する必要は無いよ!エコノミーでいいからさ」
「ショーンはよく働いてくれたわ。ヒーローはエコノミーに乗っちゃダメ……ん?ちょっと待って」
どうやら、レイチェルの通信機に通信リンクが繋がったらしい。
「何よ?」
{「何よ、じゃない。ファーストクラスはダメだと言っただろう!」}
「どうして?彼はよく働いてくれたわ」
{「報酬は報酬だ。ファーストクラスに乗ったら目立つに決まってる。それに、いくら隣り合わせとはいえ、今のファーストクラスは個室みたいになっている。“ショーン”の監視がしにくくなってしまうぞ?」}
「四六時中監視しなくたって大丈夫な人間をパートナーに選定したのはあなた達でしょう?自分達の選考基準を疑うの?」
{「あのなぁ。隔離された機内では、動きが制限されるものだ。今までは何が起ころうと万全なサポートができるが、機内に関してはノータッチとなる。従って、ビジネスクラスもダメだな。最近のビジネスクラスも、隣席とは隔離された造りになっていることが多い。もっと問題はあるぞ。ファーストクラスやビジネスクラスの機内食をお前は食べられない。最近は機内食も高級化されているが、全く手を付けられないと、機内のクルーにも怪しまれるだろう」}
「……分かったわよ」
通信相手のクドい言葉にレイチェルは眉を潜めた。
「エコノミーなら何でもいいのね?」
{「ああ。多少……数日掛かってもいい。それまでのサポートはこちらで行う。“ショーン”と隣り合わせの席なら、エコノミークラスのどの席でもいい」}
「エコノミーなら、何でもいいのね?」
{「だから、さっきからそう言ってるだろう」}
「今のあなたの言葉、録音したから。『男子たる者、二言無し』よ」
{「はあ?」}
通信リンクを切るレイチェル。
「レイチェルの組織から?」
「まあね。ファーストクラスとビジネスクラスはダメだって言われちゃった」
「やっぱりね。そりゃそうだろう。レイチェルがどんなエージェントだか知らないけど、僕なんか殆ど何にもしてないもの……」
「例の場所で、アタシのサポートを全力でしてくれたじゃない」
「車で迎えに行くだけだろう?それ以外は何もしてないよ」
「日本人男性のパートナーとして、日本に着くまでアタシと一緒にいてくれるだけで立派な仕事になるのよ」
「ええー……。で、どうするの?エコノミークラスがいつ空いてるか聞く?それともキャンセル待ちする?」
「アタシに任せて」
レイチェルは再びカウンターに行く。そして、
「東京・成田に行く便で、1番早いのは無いかしら?もちろん、彼と隣り合わせになれる席でね」
と聞くが、更にそれにプラスして、
「ワンランク上のエコノミークラスは、いつ空いてるの?」
と、聞いた。
「レイチェル?何それ?その、ワンランク上のエコノミークラスって?」
ショーンは訝し気な顔をした。
「26日の同じく10時45分発、ANA便で、プレミアム・エコノミーがお取りできますよ」
「プレミアム・エコノミー?」
ショーンは目を丸くした。
「それ、彼と隣り合わせできるよね?」
「はい。窓側の席、2つ空いております」
「じゃあ、そこお願い」
「かしこまりました」
「支払いはこれで」
と、レイチェルはプラチナカードを出した。
{「レイチェル、お前なぁ!」}
「何よ?エコノミーはエコノミーでしょ?あんた、『エコノミーならどの席でもいい』って言ったよね?」
{「こ……この女狐が!」}
(え、なに?今の英単語聞き取れなかったんだけど、女狐って……?)
因みに今の通信に関しては、ショーンもインカムを付けて聞いていた。
「では、こちらにサインを……」
「プレミアム・エコノミーって?」
「エコノミークラスよりワンランク上のシートよ」
「それって、ビジネスクラスじゃ?」
「だから、そのビジネスクラスよりは下なのよ」
「ふ、ふーん……。いいの?組織とあまりケンカなんて……」
「大丈夫。ショーンには迷惑掛けないから。アタシはちゃんと組織の言うことに従っただけだから」
レイチェルはしたり顔で大きく頷いて言った。
(これくらいでないと、正義の組織のエージェントにはなれないのかなぁ……?)
ショーンは首を傾げながら、意気揚々とチケット片手に引き上げるレイチェルの後ろを付いて行った。