[3月23日09:38.JR埼京線電車→大宮駅コンコース 井辺翔太]
〔まもなく大宮、大宮。お出口は、左側です。新幹線、宇都宮線、高崎線、京浜東北線、東武アーバンパークラインとニューシャトルはお乗り換えです。大宮から先は、各駅に止まります〕
井辺を乗せた電車が地下深くに潜り込んで行く。
〔「ご乗車ありがとうございました。大宮、大宮です。21番線到着、お出口は左側です。通勤快速で参りましたが、大宮から先、川越線内は各駅停車となります。日進、西大宮、指扇、南古谷、終点川越の順に止まります」〕
2面4線の地下ホームのうち、下り本線ホームである21番線に入線するせいか、大きなポイント通過の揺れも減速も無く、電車は滑り込むようにして停車した。
多くの吐き出された乗客と共に井辺は緊張した面持ちで、地上へ向かう階段を登る。
そして1階に着いて、新幹線改札口の近くで、
「おはようございます」
「おう、おはよう」
敷島と合流した。
「それじゃ、行こうか。今日は結月ゆかりを引き取りに行くからな」
「はい」
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。俺も通った道だから」
「社長も……」
改札口を出て、西口へ向かう。
今日は更にさいたま市の西へ向かう路線バスで行くため、バスプールへ向かった。
[同日10:15.さいたま市西区 路線バス車内 井辺&敷島]
「……初音ミクのフィールドテストなんか、そりゃもうハードボイルドな展開だったなぁ……」
「そ、それを私に……ですか?」
「いやいや。さすがにあんな八百長はできないよ。普通に結月ゆかりに外の世界を教えてやってくれればいいさ」
〔「デイライト・コーポレーション前……」〕
プシュー、ガタッ……。
「おっと、ここだ」
住宅地を抜けた先にある研究所。
バス停を降りると、すぐ目の前に白い建物が見える。
エントランスは軍事施設並みに厳重なのかというと……。
「あれは警備ロボットですか?」
「いや、芋掘りロボット、ゴ◯スケだな」
「何故、伏せ字!?」
「日本漫画界の巨匠のキャラクターからのパクリだからだろう」
「え?」
[同日10:30.デイライト・コーポレーション埼玉研究所 井辺、敷島、結月ゆかり]
「起動テストは全て終了しています。もちろん、全ての項目、合格ラインです」
研究室の椅子に行儀良く座る結月ゆかり。
その周囲には彼女について説明する研究員と、それを受ける敷島達の姿があった。
「素晴らしい。では、すぐに引き受けましょう」
「ありがとうございます。では、こちらの書類にサインを……」
敷島は書類にサインをした。
「では、これで正式に結月ゆかりは敷島エージェンシー様へ引き渡しとなります」
「よろしくお願いします!」
結月ゆかりは立ち上がって、井辺達に深々と頭を下げた。
「よろしく、お願いします」
「よろしく。一緒にボーカロイドのトップアイドル目指そうな」
「はい!」
「それでは、こちらが取説になります」
「ははっ(笑)、やっぱりボーカロイドの取説はタブレット1枚か」
「え?」
「取説ってレベルじゃないよなぁ」
敷島は笑いながら、研究員からタブレットを受け取った。
「社長、これが取説ですか?」
「そう。まあ、今時スマホの取説でも、そこにアプリとして入ってる時代だからなぁ……。ただ単に取説だけじゃなく、遠隔で彼女の状態がチェックできるようになってるんでしょ?」
敷島が研究員に聞くと、研究員は笑みを浮かべて、
「仕様の変更は、従来型と全く同じになっています」
と、答えた。
「つまり、変更は無いってさ」
「なるほど」
「それじゃ、早速これでフィールドテストを……」
その時、敷島のケータイが鳴った。
「緊急連絡だ」
敷島は左手を軽く上げると、電話に出た。
「ああ、もしもし。お疲れさまです。……何ですと?」
「?」
「……それは本当ですか?……はあ、なるほど。分かりました。それでは、確認してみます。……はい。では、後ほど。失礼します」
意外と電話は手短だった。
「何か問題ですか、社長?」
「まあ……私で何とかできる問題のようだ。申し訳無いが、フィールドテストは井辺君だけで行ってもらう」
「ええっ!?」
「基本的なことはそのタブレットに入っているから、それを参照してもらえばいい」
「そうですか。分かりました」
[同日11:00.デイライト・コーポレーション前バス停 井辺&結月ゆかり]
いきなり外に出るのはアレなので、まずは所内を歩いてみた。
もちろん、一般来訪者でも立ち入れる部分のみであるが……。
あいにくと、ここで修理中の鏡音リン・リンと会うことはできなかった。
あの2人の身に起きた惨劇は完全に部外秘となっているが、人間だったら目を覆いたくなるような虐待であったという話だけは井辺も聞いている。
研究所の前を通る路線バスはそんなに本数も多くないので、その時間調整の為に所内を歩いたというのもある。
「どこへ行きましょうか、プロデューサーさん?」
バス停でバスを待っていると、ゆかりが話し掛けてきた。
「まずはこのバスで、大宮駅に向かいます」
「大宮駅ですね。えーと……」
ゆかりが何か検索している。
ボーカロイドにもGPSが標準装備されているが……。
「……あれ?おかしいな……」
「どうか、しましたか?」
「何度も検索してるんですけど、ここから大宮駅のバスのルートが出てこないんです」
「ええっ?」
早くも不具合発生か?
井辺は手持ちのタブレットで、ゆかりの検索履歴を調べてみた。
「あー、なるほど。確かに、これでは出てきませんよ」
「?」
「ここから常陸大宮駅に行くバスはもちろん、四条大宮駅もムリですね。これから向かうのは、武蔵大宮駅です」
「あれー!?」
「まあ、まだアプリが本調子ではないのでしょう。特に迷うルートではありませんので……」
そこへバスがやってきた。
〔「大宮駅西口行きです」〕
「とにかく、これで向かいましょう。色々と見る物全てが斬新なはずです」
「は、はい」
2人はバスに乗り込んだ。
(平賀教授も、メイドロボット七海のフィールドテストは、相当なご苦労があったと聞きます。気を引き締めて行かなくては……)
空いている2人席に座る。
「あのー、プロデューサーさん」
「何でしょうか?」
「私、座っていいんでしょうか?」
「と、言いますと?」
「エミリーさんは基本的に、こういう乗り物では立っていると言ってました」
「ああ。マルチタイプは周辺を警戒する役目があるので、咄嗟の動きを行う為と、そもそも自重が重いので、こういう座席には座れないということですね。ボーカロイドなら、そんなことはありませんので」
基本的に戦闘力は持ち合わせておらず、また激しいダンスもこなせるよう、徹底した軽量化が計られている。おかげでマルチタイプの自重が200キロ(銃火器と大出力ブースター搭載のため)、メイドロボットの自重が100キロ(七海の場合。メイドロボットの場合、製造時期や仕様、用途によって重さは異なる)なのに対し、ボーカロイドは50キロ前後に軽量化された。
「あのー、プロデューサーさん?」
「はい?」
「歌は、いつ歌えますか?」
「それは、あなたの持ち歌ということでしょうか?」
「はい」
「検討中です」
「そうですか。あの、お仕事はいつできますか?」
「社長のお話ですと、明日には早速できるかと」
「なるほどー」
「まずは、あなたがその仕事ができるかどうか、フィールドテストを行います。その後、事務所で待機している他のユニット・メンバー2人と顔合わせ。それから、初の仕事を行うという形です」
「分かりました。頑張ります」
「よろしくお願いします」
程よく座席の埋まっているバスは、大宮の町へ一路向かって行った。
〔まもなく大宮、大宮。お出口は、左側です。新幹線、宇都宮線、高崎線、京浜東北線、東武アーバンパークラインとニューシャトルはお乗り換えです。大宮から先は、各駅に止まります〕
井辺を乗せた電車が地下深くに潜り込んで行く。
〔「ご乗車ありがとうございました。大宮、大宮です。21番線到着、お出口は左側です。通勤快速で参りましたが、大宮から先、川越線内は各駅停車となります。日進、西大宮、指扇、南古谷、終点川越の順に止まります」〕
2面4線の地下ホームのうち、下り本線ホームである21番線に入線するせいか、大きなポイント通過の揺れも減速も無く、電車は滑り込むようにして停車した。
多くの吐き出された乗客と共に井辺は緊張した面持ちで、地上へ向かう階段を登る。
そして1階に着いて、新幹線改札口の近くで、
「おはようございます」
「おう、おはよう」
敷島と合流した。
「それじゃ、行こうか。今日は結月ゆかりを引き取りに行くからな」
「はい」
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。俺も通った道だから」
「社長も……」
改札口を出て、西口へ向かう。
今日は更にさいたま市の西へ向かう路線バスで行くため、バスプールへ向かった。
[同日10:15.さいたま市西区 路線バス車内 井辺&敷島]
「……初音ミクのフィールドテストなんか、そりゃもうハードボイルドな展開だったなぁ……」
「そ、それを私に……ですか?」
「いやいや。さすがにあんな八百長はできないよ。普通に結月ゆかりに外の世界を教えてやってくれればいいさ」
〔「デイライト・コーポレーション前……」〕
プシュー、ガタッ……。
「おっと、ここだ」
住宅地を抜けた先にある研究所。
バス停を降りると、すぐ目の前に白い建物が見える。
エントランスは軍事施設並みに厳重なのかというと……。
「あれは警備ロボットですか?」
「いや、芋掘りロボット、ゴ◯スケだな」
「何故、伏せ字!?」
「日本漫画界の巨匠のキャラクターからのパクリだからだろう」
「え?」
[同日10:30.デイライト・コーポレーション埼玉研究所 井辺、敷島、結月ゆかり]
「起動テストは全て終了しています。もちろん、全ての項目、合格ラインです」
研究室の椅子に行儀良く座る結月ゆかり。
その周囲には彼女について説明する研究員と、それを受ける敷島達の姿があった。
「素晴らしい。では、すぐに引き受けましょう」
「ありがとうございます。では、こちらの書類にサインを……」
敷島は書類にサインをした。
「では、これで正式に結月ゆかりは敷島エージェンシー様へ引き渡しとなります」
「よろしくお願いします!」
結月ゆかりは立ち上がって、井辺達に深々と頭を下げた。
「よろしく、お願いします」
「よろしく。一緒にボーカロイドのトップアイドル目指そうな」
「はい!」
「それでは、こちらが取説になります」
「ははっ(笑)、やっぱりボーカロイドの取説はタブレット1枚か」
「え?」
「取説ってレベルじゃないよなぁ」
敷島は笑いながら、研究員からタブレットを受け取った。
「社長、これが取説ですか?」
「そう。まあ、今時スマホの取説でも、そこにアプリとして入ってる時代だからなぁ……。ただ単に取説だけじゃなく、遠隔で彼女の状態がチェックできるようになってるんでしょ?」
敷島が研究員に聞くと、研究員は笑みを浮かべて、
「仕様の変更は、従来型と全く同じになっています」
と、答えた。
「つまり、変更は無いってさ」
「なるほど」
「それじゃ、早速これでフィールドテストを……」
その時、敷島のケータイが鳴った。
「緊急連絡だ」
敷島は左手を軽く上げると、電話に出た。
「ああ、もしもし。お疲れさまです。……何ですと?」
「?」
「……それは本当ですか?……はあ、なるほど。分かりました。それでは、確認してみます。……はい。では、後ほど。失礼します」
意外と電話は手短だった。
「何か問題ですか、社長?」
「まあ……私で何とかできる問題のようだ。申し訳無いが、フィールドテストは井辺君だけで行ってもらう」
「ええっ!?」
「基本的なことはそのタブレットに入っているから、それを参照してもらえばいい」
「そうですか。分かりました」
[同日11:00.デイライト・コーポレーション前バス停 井辺&結月ゆかり]
いきなり外に出るのはアレなので、まずは所内を歩いてみた。
もちろん、一般来訪者でも立ち入れる部分のみであるが……。
あいにくと、ここで修理中の鏡音リン・リンと会うことはできなかった。
あの2人の身に起きた惨劇は完全に部外秘となっているが、人間だったら目を覆いたくなるような虐待であったという話だけは井辺も聞いている。
研究所の前を通る路線バスはそんなに本数も多くないので、その時間調整の為に所内を歩いたというのもある。
「どこへ行きましょうか、プロデューサーさん?」
バス停でバスを待っていると、ゆかりが話し掛けてきた。
「まずはこのバスで、大宮駅に向かいます」
「大宮駅ですね。えーと……」
ゆかりが何か検索している。
ボーカロイドにもGPSが標準装備されているが……。
「……あれ?おかしいな……」
「どうか、しましたか?」
「何度も検索してるんですけど、ここから大宮駅のバスのルートが出てこないんです」
「ええっ?」
早くも不具合発生か?
井辺は手持ちのタブレットで、ゆかりの検索履歴を調べてみた。
「あー、なるほど。確かに、これでは出てきませんよ」
「?」
「ここから常陸大宮駅に行くバスはもちろん、四条大宮駅もムリですね。これから向かうのは、武蔵大宮駅です」
「あれー!?」
「まあ、まだアプリが本調子ではないのでしょう。特に迷うルートではありませんので……」
そこへバスがやってきた。
〔「大宮駅西口行きです」〕
「とにかく、これで向かいましょう。色々と見る物全てが斬新なはずです」
「は、はい」
2人はバスに乗り込んだ。
(平賀教授も、メイドロボット七海のフィールドテストは、相当なご苦労があったと聞きます。気を引き締めて行かなくては……)
空いている2人席に座る。
「あのー、プロデューサーさん」
「何でしょうか?」
「私、座っていいんでしょうか?」
「と、言いますと?」
「エミリーさんは基本的に、こういう乗り物では立っていると言ってました」
「ああ。マルチタイプは周辺を警戒する役目があるので、咄嗟の動きを行う為と、そもそも自重が重いので、こういう座席には座れないということですね。ボーカロイドなら、そんなことはありませんので」
基本的に戦闘力は持ち合わせておらず、また激しいダンスもこなせるよう、徹底した軽量化が計られている。おかげでマルチタイプの自重が200キロ(銃火器と大出力ブースター搭載のため)、メイドロボットの自重が100キロ(七海の場合。メイドロボットの場合、製造時期や仕様、用途によって重さは異なる)なのに対し、ボーカロイドは50キロ前後に軽量化された。
「あのー、プロデューサーさん?」
「はい?」
「歌は、いつ歌えますか?」
「それは、あなたの持ち歌ということでしょうか?」
「はい」
「検討中です」
「そうですか。あの、お仕事はいつできますか?」
「社長のお話ですと、明日には早速できるかと」
「なるほどー」
「まずは、あなたがその仕事ができるかどうか、フィールドテストを行います。その後、事務所で待機している他のユニット・メンバー2人と顔合わせ。それから、初の仕事を行うという形です」
「分かりました。頑張ります」
「よろしくお願いします」
程よく座席の埋まっているバスは、大宮の町へ一路向かって行った。