[3月15日11:00.埼玉県さいたま市西区 デイライト・コーポレーション埼玉研究所 井辺翔太&敷島孝夫]
「起動テストは問題ありません。ボディの動きやソフトウェアも異状なく起動しております」
井辺達は3人の研究員に案内され、研究所内を歩いていた。
「それでは予定通り、うちで稼働させることは可能ですね?」
敷島が質問すると、主査という役職名を持った背の高い研究員が大きく頷いた。
「今のところ、問題は見当たりません」
「ありがとうございます」
「このまま順調にテストを終えれば、来週には敷島エージェンシーさんに引き渡しできるかと思います」
「分かりました。早速、顔を合わせたいのですが?」
「結構です。コミュニケーションのテストもしたいので、どうぞ」
「井辺君、行こう」
「はい。……あれ、研究員さん達は?」
「私達は別室でモニタリングさせて頂きます」
「はあ……」
井辺と敷島は研究員達と別れ、結月ゆかりが起動テスト中の部屋に入った。
無機質な部屋を想像していた井辺だったが、意外とそうでもない。
まるでアイドルがダンスやボーカルのレッスンを受ける、トレーニングルームのような部屋があった。
「あっ、ちょっと待った。電話だ。キミは先に入って、結月ゆかりと何かコミュニケーション取ってくれ」
「ええっ!?」
「新プロジェクトの話でもしてくれればいい。……あ、もしもし。お待たせしました。敷島です。……あ、はい。どうも、いつもありがとうございます。……」
敷島はケータイ片手に、廊下の奥に行ってしまった。
(しょうがないな……)
部屋の奥を見ると、結月ゆかりは井辺に背中を見せて、人間でいうストレッチの動きを見せていた。
[同日11:05.同場所・実験ルーム 結月ゆかり&井辺翔太]
結月ゆかりは新しく与えられたボディで、どこまでストレッチできるかの実験を命じられていた。
だから、1人の人間が入室してきたことは全く気付いていなかった。
それに気づいたのは、井辺がかなり接近してきた時。
緊張感を持った井辺の姿は、とても威圧的だった。
これから人を殺しに行くような雰囲気というのは言い過ぎだろうか。
「あ、あの……自分……」
「きゃああああああっ!!」
「ならず者・か!?」
結月ゆかりの悲鳴には緊急信号発信も兼ねている。
それを受信して、右手をショットガンに変形させたガイノイドが飛び込んで来た。
「貴様・何者だ?両手を・上げろ!」
「し、シンディ!?……じゃない!?」
顔はシンディによく似ていた。
スリットの深いロングスカートが特徴の、ノースリーブのワンピースという衣装も似ている。
だが、髪の色や髪型が全く違ったし、何より喋り方が変だ。
そして、二の腕にはローマ数字で1と書かれている。
シンディが3で……。
(あれ……?あそこに7って書いた……)
「シンディを・知ってるのか?」
シンディの名前を聞いたガイノイドが銃を下ろした。
「じ……自分は井辺翔太。敷島エージェンシーに、4月からプロデューサーとして採用された者です」
井辺は冷や汗を浮かべつつ、平静さを失わないように答えた。
「申し訳・ありません。私や・結月ゆかりの・認識力が・足りなかった・ようです」
ガイノイドはショットガンを引っ込めて元の右手に戻すと、深々と頭を下げた。
「何だ何だ?何の騒ぎだ!?」
そこへケータイ片手に、敷島が飛び込んで来た。
「あっ、エミリーじゃないか!」
「敷島さん・お久しぶり・です」
[同日15:10.同場所 応接コーナー 井辺翔太&結月ゆかり]
「申し訳ありませんでした。私、てっきり不審者かと……」
結月ゆかりは、ばつの悪そうな顔をしていた。
「いえ。よくあることなので、気にしないでください。それより、シンディみたいなのが、もう1人いたことの方が驚きです」
「平賀博士の護衛として、同行しているようです」
「なるほど。では、改めて自己紹介致します。社長は、ちょっと取引先との電話で忙しいようなので……」
「はい」
「私は井辺翔太。4月から敷島エージェンシーでプロデューサーとして働くことになりました。まもなく自分は大学を卒業した後、本採用前の事前研修に入ります。が、その前にプロジェクトの最後のメンバーであるあなたを一目見ておこうかと思ったのです」
「では、あなたが私のプロデューサーさんですか?」
「敷島社長のお話では、そうなります」
井辺は緊張して表情は硬いままだったが、ゆかりの方はニコニコと笑った。
「私は結月ゆかり。敷島エージェンシーの新プロジェクトのメンバーとして、お世話になります。よろしくお願いします」
「よろしく、お願いします」
「プロジェクトは何をするんですか?」
「もちろん、デビューして頂くことになるかと思います」
「なるほど。他のメンバーとは、いつ会えますか?」
「今現在、結月さんはテスト中です。全ての項目をクリアできれば、来週には敷島エージェンシーに引き渡されるそうです。恐らく、その時かと」
「なるほどー」
「他に何か質問は?」
「えーと……デビューしたら、どうなるんでしょうか?」
「もちろん、他のボーカロイドや人間のアイドルと同じく、CDを出したり、ライブをしたりすることになるかと思いますが」
「なるほどー」
「あいにくと、詳細については私も社長から聞かされていませんので」
「そうですかー」
「他に質問はありますか?」
「えーと……。こんなこと聞いちゃっていいですか?」
「何でしょう?」
「どうして私は敷島エージェンシーに引き取られるのでしょうか?」
「と、言いますと?」
「実は私……1度、検品で弾かれてるんです」
「え?……それは初耳ですが。そうなんですか?」
「はい」
「えーと……」
井辺は敷島から預かった資料を探してみた。
「一応、社長の見解ですと、検品に弾かれたことは何のマイナスポイントにはなっていないようです」
「そうなんですか?」
「あなたを引き取る理由については……『クールな印象の半面、笑顔がアイドルらしい』と、あります。すいません、自分も詳しくは聞かされていないもので……」
「いえ、いいんです。私を選んで下さって、ありがとうございます」
「社長に伝えておきます」
「私はこの後、何をすればいいのですか?」
「まずはテストに合格する必要があります。先ほども言いましたが、この研究所における起動テストの項目全てにおいてクリアしてください」
「分かりました。結月ゆかり、頑張ります!」
結月ゆかりは両手にグッと拳を固めると、笑顔で答えた。
その様子をカメラで見ていた研究員達の見解によると、
「結月ゆかりの方が人間らしい動きで、むしろ井辺の方が表情が硬く、抑揚の無い喋り口調のせいでロボットに見えた」
ということだ。
「起動テストは問題ありません。ボディの動きやソフトウェアも異状なく起動しております」
井辺達は3人の研究員に案内され、研究所内を歩いていた。
「それでは予定通り、うちで稼働させることは可能ですね?」
敷島が質問すると、主査という役職名を持った背の高い研究員が大きく頷いた。
「今のところ、問題は見当たりません」
「ありがとうございます」
「このまま順調にテストを終えれば、来週には敷島エージェンシーさんに引き渡しできるかと思います」
「分かりました。早速、顔を合わせたいのですが?」
「結構です。コミュニケーションのテストもしたいので、どうぞ」
「井辺君、行こう」
「はい。……あれ、研究員さん達は?」
「私達は別室でモニタリングさせて頂きます」
「はあ……」
井辺と敷島は研究員達と別れ、結月ゆかりが起動テスト中の部屋に入った。
無機質な部屋を想像していた井辺だったが、意外とそうでもない。
まるでアイドルがダンスやボーカルのレッスンを受ける、トレーニングルームのような部屋があった。
「あっ、ちょっと待った。電話だ。キミは先に入って、結月ゆかりと何かコミュニケーション取ってくれ」
「ええっ!?」
「新プロジェクトの話でもしてくれればいい。……あ、もしもし。お待たせしました。敷島です。……あ、はい。どうも、いつもありがとうございます。……」
敷島はケータイ片手に、廊下の奥に行ってしまった。
(しょうがないな……)
部屋の奥を見ると、結月ゆかりは井辺に背中を見せて、人間でいうストレッチの動きを見せていた。
[同日11:05.同場所・実験ルーム 結月ゆかり&井辺翔太]
結月ゆかりは新しく与えられたボディで、どこまでストレッチできるかの実験を命じられていた。
だから、1人の人間が入室してきたことは全く気付いていなかった。
それに気づいたのは、井辺がかなり接近してきた時。
緊張感を持った井辺の姿は、とても威圧的だった。
これから人を殺しに行くような雰囲気というのは言い過ぎだろうか。
「あ、あの……自分……」
「きゃああああああっ!!」
「ならず者・か!?」
結月ゆかりの悲鳴には緊急信号発信も兼ねている。
それを受信して、右手をショットガンに変形させたガイノイドが飛び込んで来た。
「貴様・何者だ?両手を・上げろ!」
「し、シンディ!?……じゃない!?」
顔はシンディによく似ていた。
スリットの深いロングスカートが特徴の、ノースリーブのワンピースという衣装も似ている。
だが、髪の色や髪型が全く違ったし、何より喋り方が変だ。
そして、二の腕にはローマ数字で1と書かれている。
シンディが3で……。
(あれ……?あそこに7って書いた……)
「シンディを・知ってるのか?」
シンディの名前を聞いたガイノイドが銃を下ろした。
「じ……自分は井辺翔太。敷島エージェンシーに、4月からプロデューサーとして採用された者です」
井辺は冷や汗を浮かべつつ、平静さを失わないように答えた。
「申し訳・ありません。私や・結月ゆかりの・認識力が・足りなかった・ようです」
ガイノイドはショットガンを引っ込めて元の右手に戻すと、深々と頭を下げた。
「何だ何だ?何の騒ぎだ!?」
そこへケータイ片手に、敷島が飛び込んで来た。
「あっ、エミリーじゃないか!」
「敷島さん・お久しぶり・です」
[同日15:10.同場所 応接コーナー 井辺翔太&結月ゆかり]
「申し訳ありませんでした。私、てっきり不審者かと……」
結月ゆかりは、ばつの悪そうな顔をしていた。
「いえ。よくあることなので、気にしないでください。それより、シンディみたいなのが、もう1人いたことの方が驚きです」
「平賀博士の護衛として、同行しているようです」
「なるほど。では、改めて自己紹介致します。社長は、ちょっと取引先との電話で忙しいようなので……」
「はい」
「私は井辺翔太。4月から敷島エージェンシーでプロデューサーとして働くことになりました。まもなく自分は大学を卒業した後、本採用前の事前研修に入ります。が、その前にプロジェクトの最後のメンバーであるあなたを一目見ておこうかと思ったのです」
「では、あなたが私のプロデューサーさんですか?」
「敷島社長のお話では、そうなります」
井辺は緊張して表情は硬いままだったが、ゆかりの方はニコニコと笑った。
「私は結月ゆかり。敷島エージェンシーの新プロジェクトのメンバーとして、お世話になります。よろしくお願いします」
「よろしく、お願いします」
「プロジェクトは何をするんですか?」
「もちろん、デビューして頂くことになるかと思います」
「なるほど。他のメンバーとは、いつ会えますか?」
「今現在、結月さんはテスト中です。全ての項目をクリアできれば、来週には敷島エージェンシーに引き渡されるそうです。恐らく、その時かと」
「なるほどー」
「他に何か質問は?」
「えーと……デビューしたら、どうなるんでしょうか?」
「もちろん、他のボーカロイドや人間のアイドルと同じく、CDを出したり、ライブをしたりすることになるかと思いますが」
「なるほどー」
「あいにくと、詳細については私も社長から聞かされていませんので」
「そうですかー」
「他に質問はありますか?」
「えーと……。こんなこと聞いちゃっていいですか?」
「何でしょう?」
「どうして私は敷島エージェンシーに引き取られるのでしょうか?」
「と、言いますと?」
「実は私……1度、検品で弾かれてるんです」
「え?……それは初耳ですが。そうなんですか?」
「はい」
「えーと……」
井辺は敷島から預かった資料を探してみた。
「一応、社長の見解ですと、検品に弾かれたことは何のマイナスポイントにはなっていないようです」
「そうなんですか?」
「あなたを引き取る理由については……『クールな印象の半面、笑顔がアイドルらしい』と、あります。すいません、自分も詳しくは聞かされていないもので……」
「いえ、いいんです。私を選んで下さって、ありがとうございます」
「社長に伝えておきます」
「私はこの後、何をすればいいのですか?」
「まずはテストに合格する必要があります。先ほども言いましたが、この研究所における起動テストの項目全てにおいてクリアしてください」
「分かりました。結月ゆかり、頑張ります!」
結月ゆかりは両手にグッと拳を固めると、笑顔で答えた。
その様子をカメラで見ていた研究員達の見解によると、
「結月ゆかりの方が人間らしい動きで、むしろ井辺の方が表情が硬く、抑揚の無い喋り口調のせいでロボットに見えた」
ということだ。