[10月31日05:30.天候:晴 東京都八王子市 八王子アーバンホテル]
室内の電話機が鳴る。
高橋:「うう……ん……」
愛原:「……高橋、電話だぞ」
高橋:「ういっス……」
高橋は大欠伸をして電話を取った。
高橋:「愛原学探偵事務所。依頼は?……チッ、遠い。ムリ」
そして乱暴に電話を切る。
愛原:「お前、依頼の電話、そうやって出てんのか!?」
高橋:「ちちち、違います!何か、フザけた女の声がしたもんで!」
愛原:「出方が明らかにおかしかっただろうがぁーっ!」
高橋:「さ、サーセン!いや、すいません!」
愛原:「……って、事務所じゃねーよ、ここ!」
高橋:「あっ!そ、そうっすね!」
愛原:「……俺が仕掛けたモーニングコールだな。てか、お前、スマホのアラームは?」
高橋:「……あっ、音が鳴らない設定になってました」
愛原:「こんなことだろうと思った」
高橋:「さ、サーセン」
愛原:「俺は顔を洗ってくるから、二度寝すんなよ」
高橋:「は、はい」
[同日06:20.天候:晴 同市内 JR八王子駅→中央線675T電車10号車内]
〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の2番線の電車は、6時20分発、各駅停車、大月行きです。この電車は、10両です〕
高野君やリサも寝坊はせず、無事に起きて来た。
だが、高野君は普通だが、リサは結構眠そうだ。
愛原:「大丈夫か、リサ?寝てもいいけど、寝過ごすなよ?」
リサ:「うん」
〔まもなく2番線に、各駅停車、大月行きが参ります。危ないですから、黄色い点字ブロックの内側まで、お下がりください。この電車は、10両です〕
隣の豊田駅からやってくる電車で、特段副線ホームに入る理由も無いことから、下り本線の2番線に入線してきた。
車両は何の変哲も無いオレンジ色の帯を巻いた通勤電車。
乗車車両は特に指定されていないが、あえて善場主任が監視しやすいように、先頭車に乗ってみた。
朝日に照らされるホームだが、何故か流れて来た発車メロディは“夕焼け小焼け”。
何でも作曲者が、この八王子市出身だからだそうだ。
〔2番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車をご利用ください〕
上りの東京行きは土曜日でもなかなか賑わっていたが、下り方向は空いていた。
もう少し時間が経つと、今度は下り電車でも行楽客で賑わうようになるだろう。
朝晩は肌寒い気温になったが、車内は暖房が入っていた。
座席の下からジンジンと温かくなるシステムは、昔も今も変わらない。
〔次は、西八王子です〕
〔The next station is Nishi-Hachioji.JC23.〕
京浜東北線がJKで、中央線がJCねぇ……。
いや、何でも無い。
JSは湘南新宿ラインか……。
いや、何でも無い。
愛原:「この電車なら藤野まで乗り換え無しで行ける」
高野:「それが狙いなんでしょうね」
私達は横一列に座っている。
必然的に私は高橋とリサに挟まれて座る形となっている。
リサ:「…………」
リサはウトウトとして、私に舟を漕ぎながら寄り掛かってくる。
子供のこういう所は可愛いものだが……。
高橋:「…………」
愛原:「男の寄り掛かりはウゼェだけだからやめろ!」
高橋:「ええっ、そんな!」
高野:「先生はノーマルな男性なんだから、当たり前の御意見ですね」
愛原:「まだ高野君に寄り掛かられる方がいいよ!」
高野:「サラッとセクハラ発言ありがとうございます」
高野君は笑みを浮かべていたが、高橋曰く、こめかみに怒筋が一本浮かんでいたそうだ。
笑いながら怒る人物は確かに怖い。
[同日06:43.天候:晴 神奈川県相模原市緑区 JR藤野駅→(独)国家公務員特別研修センター]
〔まもなく藤野、藤野。お出口は、右側です〕
〔The next station is Fujino.JC26.The doors on the right side will open.〕
高尾駅を過ぎると、途端に車窓は一変する。
高尾駅でさえ、駅構内やその周辺は、そんなに地方感は無かった。
山岳鉄道の様相を呈する京王高尾線がどんどん登って行くのを見るくらいだ。
ところが、こっちの中央線も高尾駅を出ると、一気に地方感が増した。
駅間距離がいきなり長くなり、トンネルも断続的に続くようになる。
そして何より、乗降ドア。
同じタイプの京浜東北線などには無いドアボタンが中央線用の車両には付いている。
しかし常にドアは自動で開閉し、どこでこのボタンを使うのだろうと『中央快速線』の乗客は首を捻る。
高尾から西まで行って、その理由が分かる。
〔「まもなく藤野、藤野です。車内換気向上の為、電車のドアは自動で開きます。ドア付近にお立ちのお客様、開くドアにご注意ください」〕
電車のドアが自動で開閉する線区しか利用したことの無い利用客にとっては、この放送がとても滑稽に聞こえるだろう。
しかし私達は本来なら半自動ドアであった東北地方のJR線を利用した後である為、この放送の意味を知っていた。
今は一部の区間を除き、コロナ禍の影響で、『車内保温』よりも『車内換気』が優先とされてしまっているのだ。
なので本来、相模湖駅から西は半自動ドア扱いであった区間が、自動ドア扱いとなっているのである。
愛原:「世知辛い。リサのウィルスは、結局はコロナには効かなかったか……」
高野:「リサちゃんのウィルスが効かないのではなく、むしろ効き過ぎて危険なんですよ。コロナウィルスでさえも食い殺すTウィルスやGウィルスですが、その後それらの症状が現れるので、使えなかったようですね」
愛原:「なるほどな」
〔ふじの~、藤野~。ご乗車、ありがとうございます〕
私達は電車を降りた。
山を越えたら尚更寒く感じた。
朝日に当たれば少しは暖かく感じられる所は、まださすがに本格的な冬ではないことを意味している。
それにしても、こんな日光に少し当たっただけでも燃えて死んでしまうリサ・トレヴァーの出来損ないがいるとは……。
それと比べて、完全体のリサは日光に当たっても全く影響は無い。
高橋:「小さい駅ですね」
愛原:「まあな」
高台にあることもあってか、そもそもホームが狭いのである。
上り線ホームの向こう側はすぐに切り立った山、下り線の向こうは町が見下ろせるほどの高台。
複線の線路を敷いて、更にホームまで広く造れるほどの平地が少ないのである。
跨線橋を渡って平地にある改札口を出る。
そこは自動改札になっていたので、Pasmoで通過する。
駅の外に出ると、また階段があるのだが、そこを下りてようやく駅前広場に出る。
そこに1台の黒塗りアルファードが止まっており、その前には善場主任の部下が待っていた。
相変わらず黒スーツに、いかつい体つきの男達である。
黒服:「おはようございます。愛原学探偵事務所の皆様。お迎えに参りました。どうぞ、お乗りください」
そう言って男は、助手席後ろのスライドドアを開けた。
取っ手を持ち上げるだけで、後は自動で開く。
運転席には、別の黒服が既に乗っていた。
愛原:「よろしくお願いします」
私達は御言葉に甘えて車に乗り込んだ。
それから黒服はスライドドアを閉め、助手席に乗り込んだ。
黒服:「出発します」
助手席の黒服が合図をすると、運転手役の黒服は無言で頷いて車を出した。
知らない人が見たら、ヤクザさんの車だな。
ヤクザさんの車にも流行りがあって、少し昔のイメージだと黒塗りのベンツとかだったが、今ではほぼトヨタ車に統一されているらしい。
アルファード、ベルファイヤの他、プリウスも含まれている。
元はトヨタ車で、今はレクサスの中に入ったセルシオや、トヨタ車の最高級車センチュリーは含まれていない。
お役所も使う車種に紛れ込むつもりなのだろうか。
リサ:「お腹空いた……」
愛原:「リサ、余裕だな」
高橋:「いいねぇ、その余裕」
愛原:「着いたら、食事が出るんでしたね?」
私は助手席の黒服に質問した。
黒服:「はい。所定の入構手続きを取って頂いた後の御案内になりますが」
愛原:「分かりました。……だってさ、リサ」
リサ:「むー……」
車は朝日を浴びて、起伏の激しい藤野の町を走行した。
室内の電話機が鳴る。
高橋:「うう……ん……」
愛原:「……高橋、電話だぞ」
高橋:「ういっス……」
高橋は大欠伸をして電話を取った。
高橋:「愛原学探偵事務所。依頼は?……チッ、遠い。ムリ」
そして乱暴に電話を切る。
愛原:「お前、依頼の電話、そうやって出てんのか!?」
高橋:「ちちち、違います!何か、フザけた女の声がしたもんで!」
愛原:「出方が明らかにおかしかっただろうがぁーっ!」
高橋:「さ、サーセン!いや、すいません!」
愛原:「……って、事務所じゃねーよ、ここ!」
高橋:「あっ!そ、そうっすね!」
愛原:「……俺が仕掛けたモーニングコールだな。てか、お前、スマホのアラームは?」
高橋:「……あっ、音が鳴らない設定になってました」
愛原:「こんなことだろうと思った」
高橋:「さ、サーセン」
愛原:「俺は顔を洗ってくるから、二度寝すんなよ」
高橋:「は、はい」
[同日06:20.天候:晴 同市内 JR八王子駅→中央線675T電車10号車内]
〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の2番線の電車は、6時20分発、各駅停車、大月行きです。この電車は、10両です〕
高野君やリサも寝坊はせず、無事に起きて来た。
だが、高野君は普通だが、リサは結構眠そうだ。
愛原:「大丈夫か、リサ?寝てもいいけど、寝過ごすなよ?」
リサ:「うん」
〔まもなく2番線に、各駅停車、大月行きが参ります。危ないですから、黄色い点字ブロックの内側まで、お下がりください。この電車は、10両です〕
隣の豊田駅からやってくる電車で、特段副線ホームに入る理由も無いことから、下り本線の2番線に入線してきた。
車両は何の変哲も無いオレンジ色の帯を巻いた通勤電車。
乗車車両は特に指定されていないが、あえて善場主任が監視しやすいように、先頭車に乗ってみた。
朝日に照らされるホームだが、何故か流れて来た発車メロディは“夕焼け小焼け”。
何でも作曲者が、この八王子市出身だからだそうだ。
〔2番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車をご利用ください〕
上りの東京行きは土曜日でもなかなか賑わっていたが、下り方向は空いていた。
もう少し時間が経つと、今度は下り電車でも行楽客で賑わうようになるだろう。
朝晩は肌寒い気温になったが、車内は暖房が入っていた。
座席の下からジンジンと温かくなるシステムは、昔も今も変わらない。
〔次は、西八王子です〕
〔The next station is Nishi-Hachioji.JC23.〕
京浜東北線がJKで、中央線がJCねぇ……。
いや、何でも無い。
JSは湘南新宿ラインか……。
いや、何でも無い。
愛原:「この電車なら藤野まで乗り換え無しで行ける」
高野:「それが狙いなんでしょうね」
私達は横一列に座っている。
必然的に私は高橋とリサに挟まれて座る形となっている。
リサ:「…………」
リサはウトウトとして、私に舟を漕ぎながら寄り掛かってくる。
子供のこういう所は可愛いものだが……。
高橋:「…………」
愛原:「男の寄り掛かりはウゼェだけだからやめろ!」
高橋:「ええっ、そんな!」
高野:「先生はノーマルな男性なんだから、当たり前の御意見ですね」
愛原:「まだ高野君に寄り掛かられる方がいいよ!」
高野:「サラッとセクハラ発言ありがとうございます」
高野君は笑みを浮かべていたが、高橋曰く、こめかみに怒筋が一本浮かんでいたそうだ。
笑いながら怒る人物は確かに怖い。
[同日06:43.天候:晴 神奈川県相模原市緑区 JR藤野駅→(独)国家公務員特別研修センター]
〔まもなく藤野、藤野。お出口は、右側です〕
〔The next station is Fujino.JC26.The doors on the right side will open.〕
高尾駅を過ぎると、途端に車窓は一変する。
高尾駅でさえ、駅構内やその周辺は、そんなに地方感は無かった。
山岳鉄道の様相を呈する京王高尾線がどんどん登って行くのを見るくらいだ。
ところが、こっちの中央線も高尾駅を出ると、一気に地方感が増した。
駅間距離がいきなり長くなり、トンネルも断続的に続くようになる。
そして何より、乗降ドア。
同じタイプの京浜東北線などには無いドアボタンが中央線用の車両には付いている。
しかし常にドアは自動で開閉し、どこでこのボタンを使うのだろうと『中央快速線』の乗客は首を捻る。
高尾から西まで行って、その理由が分かる。
〔「まもなく藤野、藤野です。車内換気向上の為、電車のドアは自動で開きます。ドア付近にお立ちのお客様、開くドアにご注意ください」〕
電車のドアが自動で開閉する線区しか利用したことの無い利用客にとっては、この放送がとても滑稽に聞こえるだろう。
しかし私達は本来なら半自動ドアであった東北地方のJR線を利用した後である為、この放送の意味を知っていた。
今は一部の区間を除き、コロナ禍の影響で、『車内保温』よりも『車内換気』が優先とされてしまっているのだ。
なので本来、相模湖駅から西は半自動ドア扱いであった区間が、自動ドア扱いとなっているのである。
愛原:「世知辛い。リサのウィルスは、結局はコロナには効かなかったか……」
高野:「リサちゃんのウィルスが効かないのではなく、むしろ効き過ぎて危険なんですよ。コロナウィルスでさえも食い殺すTウィルスやGウィルスですが、その後それらの症状が現れるので、使えなかったようですね」
愛原:「なるほどな」
〔ふじの~、藤野~。ご乗車、ありがとうございます〕
私達は電車を降りた。
山を越えたら尚更寒く感じた。
朝日に当たれば少しは暖かく感じられる所は、まださすがに本格的な冬ではないことを意味している。
それにしても、こんな日光に少し当たっただけでも燃えて死んでしまうリサ・トレヴァーの出来損ないがいるとは……。
それと比べて、完全体のリサは日光に当たっても全く影響は無い。
高橋:「小さい駅ですね」
愛原:「まあな」
高台にあることもあってか、そもそもホームが狭いのである。
上り線ホームの向こう側はすぐに切り立った山、下り線の向こうは町が見下ろせるほどの高台。
複線の線路を敷いて、更にホームまで広く造れるほどの平地が少ないのである。
跨線橋を渡って平地にある改札口を出る。
そこは自動改札になっていたので、Pasmoで通過する。
駅の外に出ると、また階段があるのだが、そこを下りてようやく駅前広場に出る。
そこに1台の黒塗りアルファードが止まっており、その前には善場主任の部下が待っていた。
相変わらず黒スーツに、いかつい体つきの男達である。
黒服:「おはようございます。愛原学探偵事務所の皆様。お迎えに参りました。どうぞ、お乗りください」
そう言って男は、助手席後ろのスライドドアを開けた。
取っ手を持ち上げるだけで、後は自動で開く。
運転席には、別の黒服が既に乗っていた。
愛原:「よろしくお願いします」
私達は御言葉に甘えて車に乗り込んだ。
それから黒服はスライドドアを閉め、助手席に乗り込んだ。
黒服:「出発します」
助手席の黒服が合図をすると、運転手役の黒服は無言で頷いて車を出した。
知らない人が見たら、ヤクザさんの車だな。
ヤクザさんの車にも流行りがあって、少し昔のイメージだと黒塗りのベンツとかだったが、今ではほぼトヨタ車に統一されているらしい。
アルファード、ベルファイヤの他、プリウスも含まれている。
元はトヨタ車で、今はレクサスの中に入ったセルシオや、トヨタ車の最高級車センチュリーは含まれていない。
お役所も使う車種に紛れ込むつもりなのだろうか。
リサ:「お腹空いた……」
愛原:「リサ、余裕だな」
高橋:「いいねぇ、その余裕」
愛原:「着いたら、食事が出るんでしたね?」
私は助手席の黒服に質問した。
黒服:「はい。所定の入構手続きを取って頂いた後の御案内になりますが」
愛原:「分かりました。……だってさ、リサ」
リサ:「むー……」
車は朝日を浴びて、起伏の激しい藤野の町を走行した。