報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「稲生勇太の怖い話」

2018-04-13 10:22:44 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[4月7日22:30.天候:雨 埼玉県さいたま市中央区 稲生家1F客間]
(稲生勇太の一人称です)

 僕が2話目を話すんですね?
 では、僕は顕正会員だった頃に遭った怖い話をしましょう。
 もちろんこれは、僕の自業自得なわけですが……。
 今となっては恥ずかしい、黒歴史な怖い思い出です。
 僕はその時、妖狐の威吹邪甲と同居していました。
 今ここで僕達が話をしている、この部屋で寝泊まりしていたんです。
 僕が顕正会に入った時、威吹は当初、良い顔をしませんでした。
 稲荷信仰をすることによって僕の霊力が高まっていたことを知っていたので、それが下手に仏教なんかに手を出して削がれてしまったら……ということを懸念していたようです。
 でも、その心配は無くなりました。
 何故か顕正会で信仰していても、霊力は高まったからです。
 威吹は霊力の強い人間を喰らって、自らの妖力を高めたいという邪悪な希望がありましたから。
 もちろん、僕の前では良い妖怪たるよう振る舞っていましたよ。
 そういう盟約にさせましたから。
 少なくとも、僕の目の届く範囲において、彼は一切の人喰いを止めたんです。
 だけど、顕正会の会館には付いて来ていました。
 『付いて』というよりも、『憑いて』と表現した方がいいでしょうか。
 威吹自身もまた、僕に『ボクはキミに取り憑いているんだ』なんて冗談交じりに言ってましたから。
 もちろん、目は笑っていませんでしたよ。

 当時の顕正会は誓願がとても厳しく、達成できない組織は容赦無く上長に罵倒されるということが日常的に横行していました。
 もちろん、組織によって温度差が激しかったらしいですが。
 作者のいた組織は、その中でもとても優しい所だったみたいですね。
 もちろん、僕のいた所も比較的優しい方だったと思います。
 新潟のサトー様の組織が一番地獄だったのではないでしょうか。
 ま、それはさておき……。
 僕はその頃になると、威吹の能力について大体知っていました。
 そして、なかなか誓願を達成できずに悩んでいたんです。
 え?法華講も似たようなものなんじゃないのかって?他の支部のことは知りませんよ。
 正証寺ではそんなことはないです。
 どうしてもというのでしたら、大沢克日子さんやトチロ〜さんに聞いてみては如何でしょう?

「絶対にそんなこと無い!」

 と、答えるだけだと思いますよ。

 僕がその禁断の一線を越えてしまったのは、ある時でした。
 折伏の席に威吹が同席していたんです。
 もっとも、威吹は離れた所から見ていただけでした。
 ちょっと強面の……そう、藤谷班長みたいな人を相手にしなくてはならなくなり、もし相手がキレて襲ってきた場合、守ってもらう為に威吹を呼んだんです。
 彼は妖狐族の中でも剣豪な上、体術にも秀でていましたから。
 その強面の対象者ですが、意外とあっさり僕の話を聞いてくれました。
 そして、入信しようかどうか迷っていたんです。
 やはり、宗教に入るということは相当な覚悟が要りますから。

 威吹:「ユタがそう言ってるんだから、いい加減入信しちゃったら?」

 突然、背後から威吹の声がしました。
 その声に背中を押されるようにして、対象者は入信を決定(けつじょう)したんです。
 それからというもの、威吹は僕の折伏に際し、入信を迷う対象者の背中を押す役目をしてくれました。
 そして僕は気付いたんです。
 威吹はただ単に背中を押すだけではなく、実は妖術を使っていたことを……。
 そして僕は、ついに禁断の一線を超えることにしてしまったのです。

[200×年7月15日15:30.天候:晴 埼玉県さいたま市大宮区 大宮公園]

 勇太:「よし。あの人にしよう」

 僕は本部会館の近くにある大宮公園に行き、そこで対象者を探しました。
 街頭折伏と言えば聞こえは良いですが、到底そんなものではありません。
 ただの誓願稼ぎです。

 勇太:「あのー、ちょっとすいません」
 中年男:「ん?」
 勇太:「ちょっとお時間よろしいですか?」
 中年男:「なに?何なの?」
 勇太:「威吹!」

 威吹は対象者の前に現れ、対象者と目を合わせます。

 中年男:「うぁ……!」
 威吹:「いいよ、ユタ」
 勇太:「うん。……これから顕正会に入信しましょう。いいですね?」
 中年男:「入信シマス……」
 勇太:「やった!」

 対象者の目は虚ろになり、焦点が合いません。
 威吹の妖術の中には幻術を掛けるものがあり、まあ、催眠術みたいなものですね。
 それを悪用したものです。
 それでも僕は簡単に入信が決まったことが嬉しくて、すぐに支隊長に電話しました。
 そして、すぐに入信勤行が行われました。

 導師:「……この度は、入信おめでとうございます」
 中年男:「入信……入信……」

 終わったら彼を再び大宮公園に連れて行き……。

 勇太:「威吹」
 威吹:「あいよ」

 威吹は虚ろな目をした男の前に右手を翳すと、パンッと猫だましのように手を叩きました。
 すると、対象者はハッと我に返りました。

 中年男:「……はっ!お、俺は今まで何を……!?」
 勇太:「じゃあ、そういうことで」

 僕はそうやって威吹の妖術を悪用し、次々と誓願を達成させて行ったのです。
 もちろん、仏法上許されることではありません。
 妖術とまでは行かなくても、催眠術自体は実在します。
 でも、誰もそれを悪用して入信に持ち込んだなんて話、今の顕正会でも聞きません。
 でも、催眠術が得意な人も中にはいると思います。
 にも関わらず、それを悪用して入信に持ち込ませたなんて話は聞きません。
 それだけ悪どいことなんですよ。
 それを僕は平気でやってしまったんです。
 そして、その罰はちゃんと僕に下ることになりました。

 勇太:「もしもし、有紗さん?もうすぐ会館に着く?じゃあさ、これから一緒に夕勤行受けようよ。それから、茶寮で夕食でも……」

 マリアさんと出会う前、僕には人生で初めて好きになった人がいたんです。
 名前を河合有紗さんと言いました。
 地元の高校に通う人で、僕と歳は同じでした。
 仏罰というのは……罪障を積んだ本人だけに下るものではなかったんですね。
 でも……僕にとっては、十分過ぎるほどの仏罰でしたよ。
 ……ええ、過去形だからもうこの世の人ではありません。
 何で死んだと思いますか?

 1:交通事故
 2:威吹が殺した
 3:僕(稲生勇太)が殺した
 4:悪い妖怪が殺した
 5:想像もつかない
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“大魔道師の弟子” 「稲生悟郎の怖い話」

2018-04-11 19:21:18 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[4月7日22:00.天候:雨 埼玉県さいたま市中央区 稲生家]

 稲生悟郎:「それじゃ、1話目は俺から話そう。そうだな……。だいぶ、昔の話をさせてもらおうかな。実は俺、勇太と同じ東京中央学園なんだ」
 マリア:「えっ、そうなんですか?」
 稲生勇太:「校舎は違いますけどね」
 悟郎:「俺は工業科に入ったんだ。勇太みたいな普通科は上野校舎だったけど、工業科は池袋に校舎があったんだ。勇太も行ったことあるだろ?」
 勇太:「ええ」
 悟郎:「勇太から話は聞いていたさ。上野校舎は、やたらめったら怪奇現象が多かった所だ。それに対して、ブクロ校舎は平和だったな」
 勇太:「そりゃ、工業科は魔界の出入口に建ってませんもの」

 七不思議どころか、百不思議はあった上野高校。
 それに対して池袋高校は、怪談話など殆ど無かったのを覚えている。
 そこから勇太達、新聞部員が疑って行動したものである。

 悟郎:「それで、だ。そんな平和な工業科の生徒が受けたとばっちりについて話させてもらおうか」
 勇太:「とばっちり?」
 悟郎:「勇太も知っているだろうが、科によって校舎は別々に分かれていたが、部活は同じだった」
 勇太:「ああ!」
 悟郎:「特に合宿な」
 勇太:「栃木の合宿所かぁ……」
 マリア:(三時の魔道師……)
 悟郎:「今から20年ほど前のことだ。工業科の男子バスケ部員が普通科のバスケ部員と合流して、夏休みに合宿を行ったんだ。今では合宿所もリニューアルされたみたいだけど、当時はまだボロい設備だったらしいぞ」
 勇太:「聞いたことあります」
 悟郎:「それで合宿に行ったバスケ部員達だったが……まあ、合宿自体は無事に終わったんだ。ところがその後、バスケ部で事故が多発するようになってな」
 勇太:「あっ……!」

 勇太はその話に聞き覚えがあった。
 だが、最後まで聞くことにした。

 悟郎:「何も無いのに転倒して足をケガしたり、ひどい時にはバスケのゴールが落ちてきてそれが当たったりとか、そりゃ有り得ない事故ばかりだったんだ。そしてある時、1年生が気づいたたんだ。用具を片付けていると、ボールが1つ多いことにな」
 勇太:(ああ、やっぱりその話か……)

 勇太にはその話のオチが分かったが、勇太の場合はその後日談を担当している。

 悟郎:「事故が多発するようになったのと、ボールが1個多いと分かったのは合宿の後だ。部員の1人が軽く冗談で、『呪いのボールでも混じってんじゃね?』と言い出した。もちろん、最初は冗談だっただろう。だが、ついに部員の1人が頭にボールの直撃を受けて、一時意識不明になってしまった。まあ、この場合、野球部員の打ったファールボールが体育館の開いた窓から入り込み、それがバスケ部員の頭に当たったっていう変な話さ。まあ、その野球部もなかなか曰く付きの噂があったんだがな……」
 勇太:(その何年か後に野球部の呪いを解いたの、僕と威吹だったなぁ……。大河内君があの時、いてくれなかったら……)
 悟郎:「そして、『呪いのボール』が実は本当なんじゃないかって話が実しやかに部員達の間に広まった。実際、ボールが1個多かったわけだからな。しかし、どれが呪いのボールなのかはサッパリ分からない。仕方なくバスケ部はボールを全て処分することにした。そして、また新たなボールを購入することにした。そしたら、今まで多発していた事故がウソだったかのようにパタリと止んだんだ。呪いのボールの話は本当だったんだって、ホッとしたらしいよ。それからしばらくした後のことだ」

 またもやボールが1個増えていたという。
 しかし、今度はどのボールが呪いのボールなのかすぐに分かった。
 そのボールだけ、捨てる前のボールのように古かったからだ。
 真新しいボール達に混じり、その古ぼけたボールだけがあったので、今度はすぐに分かったのだという。

 悟郎:「勇太。勇太なら、そのボールをどうしたか聞いてるだろ?」
 勇太:「ええ」

 お祓いをしようという話もあったらしいが……。

 勇太:「もう1度そのボールを処分しようとしたんですね。……そして、失敗した」
 悟郎:「そうなんだ。やっぱり、後輩の勇太達の間にも伝わっていたみたいだな」
 勇太:「そりゃもう……」

 部員達はボールを新聞紙で包むと、当時まだ稼働していた焼却炉に入れて焼却処分しようとしたという。
 今から20年も前の話だ。
 ダイオキシン問題で焼却炉が稼働停止する前の話だった。
 部員達は焼却炉にそのボールを入れ、点火した。
 するとどうだろう。
 まるで生き物のように、ボールが中で暴れた。
 そして焼却炉の扉を内側からこじ開けると、火に包まれたままボールが飛び跳ねて行くではないか!
 自分で意思を持っているかのようだ。

 悟郎:「そのボールは真っ直ぐにバスケ部の部室に行くと、まるで腹いせのように中で暴れ回ったんだ。火に包まれたボールが中で暴れたんだぞ?そりゃ、火事になるわな」

 部員達は慌てて消火器を持って馳せ参じ、何とか火を消したという。
 その甲斐あってか、小火で済んだのだが……。
 呪いのボールは完全に炭と化していた。
 だが、その代わり……。

 悟郎:「部室の壁に付いた焦げ跡は見たことあるか?……あるか。その焦げ跡の形、何だか分かるよな?」
 勇太:「ダンクシュートを決める直前のバスケ部員を、正面から見た図のシルエット……ですね」
 悟郎:「そうだ。どうして、そんなことになったのか。勇太も知ってるだろ?栃木の合宿所は、元は学校だったって。それが廃校になったものを東京中央学園が買い取って、合宿所に転用したものだって」
 勇太:「もちろん」
 悟郎:「その合宿所がまだ学校だった頃、1人のバスケ部員が事故で死んだらしい。とても熱心に練習に打ち込むほどだったんだと。だから、いくら事故とはいえ、若くして死んだら、そりや無念だっただろう。そんな時、東京からバスケ部員達が合宿にやってきた。そして、幽霊として見ているうちに、つい羨ましくなったんだろう。ボールに姿を変えて、付いて来てしまったんだろうな。事故を起こさせていたのも、自分の存在に気づいてもらいたかったからなのかもな。まあ、生きてる側からしちゃ、迷惑千万だが。だが部員達は、供養してやるどころか、ボールを燃やしてしまった。その幽霊は怨霊と化して、バスケ部の部室に留まっているというな。で、やっぱりバスケ部の事故を続いているという……怖い話だ」
 勇太:「そういう前日譚があったんですね」
 悟郎:「ん?前日譚?」
 勇太:「今、そのバスケ部員の亡霊はいませんよ。僕達で成仏させておきました」
 悟郎:「ほお、そりゃ凄い!」
 勇太:「だから今、バスケ部の部室にそのシルエットはありません」
 悟郎:「さすがだな」

 その話は悟郎にとって後日談になるのだろう。
 だが、勇太はその話をする気にはなれなかった。
 勇太は、もっと別の話をするつもりでいた。
 尚、悟郎の話に2人の魔女達は退屈そうに聞いていたことを報告しておく。
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“大魔道師の弟子” 「稲生家であった怖い話」

2018-04-11 10:15:10 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[4月7日21:30.天候:雨 埼玉県さいたま市中央区 稲生家]
(稲生勇太の一人称です)

 今日は元々風の強い日だったが、どうやら雨も降ってきたみたいだ。
 そういえば天気予報で、夜中に雨が降るという話を聞いたような気がする。
 僕が自分の部屋にいると、ドアがノックされた。
 僕はすぐにドアを開けた。

 稲生:「マリアさん、上がりましたか?」
 マリア:「ああ。サッパリしたよ。ありがとう」

 マリアさんは2階の僕の部屋の近くにあるシャワールームが気に入ったのか、僕の家ではそこで体を洗っていた。
 もちろん、僕の家にはちゃんと1階に浴室がある。
 にも関わらず、わざわざ2階にもシャワールームを作ったのかは、ちゃんとした理由がある。
 それを話そうか、それとももっと別の話をしようかと考えていた。
 マリアさんはワンピース型の寝巻を着ていた。

 マリア:「いいのか、勇太?ナディアが勝手に企画した集まりだ。無理に出ることはないぞ?」
 稲生:「いえ、出ます」

 僕は即答した。
 正直、魔女から聞かされる怖い話なんて、当然ながら聞いていて心地良いものであるはずがない。
 だが、僕は選ばれてしまったのだ。
 選ばれた人間はその権利を放棄することはできない。
 おかしな日本語だ。
 放棄できるはずの権利を放棄できないなんて。
 これはつまり、権利ではなく義務ということだ。
 魔女に選ばれた人間は、それに参加する義務がある。
 逃げたら……恐らく、死が待っていることだろう。
 僕だって、一人前になったら悪魔との契約が内定している人間だ。
 既にその悪魔が、常に僕をどこかで見張っている。
 そういう人間は、ジワリジワリと人間であることを辞めていくように仕向けられる。
 多くの悪魔は魔道師と契約できることを大きなステータスだと思っているらしく、せっかくのステータスが早死しないように、まずはその寿命を長く伸ばす特典を与えるのだという。
 ナディアさんも、見た目は僕達と変わらぬ年恰好なのに、既に3ケタ生きているらしい。
 エレーナがサラッと言っていた、ナディアさんがかつて第2次大戦後はサハリンにいて、旧ソ連軍に跡形も無く壊された日蓮正宗の寺院を見ていたという証言。
 そういうエレーナも、なかなかに怪しい所はあるけれど。

 マリア:「勇太はもう普通の人間じゃないんだ。義務ではないと思うよ?」
 稲生:「ここにはイリーナ先生がいないんです。つまり、今ここで1番強い魔道師はナディアさんということになります。逆らえませんよ」
 マリア:「……そうか。私は先に行くから、勇太もゆっくり来なよ」
 稲生:「分かりました」

 強さ云々は一概に言えない。
 一口に魔道師といっても、色々なジャンルがあるからだ。
 その為、ダンテ門内には階級がある。
 ここでは1番階級が高いのは、ナディアさんということだ。
 僕がインターン、マリアさんはローマスター、そしてナディアさんはミドルマスター。
 僕はパジャマの上からパーカーを羽織ると、会場となる1階の客間へと向かった。

[同日21:45.天候:雨 稲生家1F客間]

 1階の客間は、畳敷きの和室6畳が2間に続いている。
 普段は間の襖を閉めているわけだが、来客がわんさか来た場合は開放して12畳にすることも可能。
 そのうちの1つは仏間になっているわけだが、今そこに仏壇は無い。
 上には神棚がある。
 僕の家は元々稲荷信仰で、稲生という名字もそこからもらったものらしい。
 だから威吹が初めて来た時、意外とあっさり受け入れられたんだな。
 父さんは僕が信心を始めた時、神棚を片付けたことが気に入らなかったらしく、それが日蓮正宗に入っても同じことだったから、それで怨嫉したわけだ。
 実際、威吹が稲荷大明神の名前を使って『御利益』を齎していたのがまずかったな。
 威吹もいなくなり、僕も内得信仰になってからは父さんも何も言わなくなり、今では勤行は自分の部屋で行うようになった。

 ナディア:「遅かったわね。もう来ないのかと思っていたよ?」

 板敷きの廊下から障子を開けると、6畳間には既にナディアさんと従兄の悟郎さんがいた。
 マリアさんも、そこからは感情が読み取れない表情をして僕を見る。
 悟郎さんはジャージを着ていて、ナディアさんもマリアさんと同じくワンピース型の寝巻を着ている。
 ただ、ナディアさんの方がラフかな?
 とはいえ、2人ともその上から魔道師のローブを着ている。

 ナディア:「あなたはローブを着て来ないのね?」
 稲生:「はあ……」

 僕はそれには答えず、折り畳み式のテーブルを出すと、その上に飲み物の入ったペットボトルと紙コップを置いた。

 勇太:「飲み物があった方がいいでしょう。どうぞ」
 悟郎:「おおっ!気が利くね!」

 悟郎さんは早速紙コップをテーブルの上に置くと、お茶のペットボトルからそれを注いだ。

 ナディア:「魔女の集まりに飲食物は不要……!」

 ナディアさんは何か気に入らなかったらしく、テーブルの上の飲み物を魔法で消そうとした。
 だが、それをマリアさんが制した。

 マリア:「いいじゃないですか、別に。ここには悟郎さんもいるんですし。場所も勇太の実家という時点で、純粋な魔女の集会というには無理がありますよ」
 ナディア:「……それもそうか」

 上下関係の厳しい魔女の世界で、階級が1つ上の先輩に物を言うのも憚れるところ。
 だがナディアさんはそこまでは気にしていないらしく、マリアさんの物言いに怒り出すこともなく、むしろそれで気持ちが落ち着いたようだ。

 ナディア:「でも、気を付けてね。見習いが余計なことをすると、それだけで制裁を加えて来る組もあるから」
 稲生:「……はい」

 どうやらナディアさんが気に入らなかった所というのは、そこらしい。

 ナディア:「マリアンナも、ちゃんとそこを教えないとダメでしょ?あなたは姉弟子なんだから」
 マリア:「……はい」

 つくづく、僕はイリーナ組で良かったと思う。

 悟郎:「な、何だい?飲んじゃダメなのかい?」

 今のやり取りを見ていた悟郎さんが、とても狼狽してしまった。
 するとナディアはニッコリ笑って言った。

 ナディア:「別にいいのよ。さ、まずは一杯飲みましょう」

 ナディアさんはまるで毒味でもするかのように、クイッとお茶を飲んだ。

 マリア:(これがワインとかならOKだったりする場合もあるんだよなぁ……。よく分からん)

 マリアはそんなことを心の中で思った。
 恐らく、稲生がお茶ではなく、ワインを持ってきたなら、ナディアも怒らなかったかもしれない。
 だが……。

 マリア:(見習いの勇太が、そんなこと思い付くわけもないか)
 ナディア:「それじゃ、始めましょう。まずは誰から話すのかしら?」

 1:稲生勇太
 2:稲生悟郎
 3:マリアンナ・ベルフェゴール・スカーレット
 4:ナディア・エリゴス・シェスタコワ
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“大魔道師の弟子” 「夕食会の後で」

2018-04-09 19:10:26 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[4月7日20:00.天候:曇 埼玉県さいたま市大宮区 ソニックシティ]

 稲生悟郎:「伯父さん、今日はごちそうさまでした」
 ナディア:「ゴ馳走サマデシタ」
 稲生宗一郎:「いやいや、今夜は賑やかになったねぇ。勇太が家を出て行ったもんで、普段は夫婦2人だけになってしまったから、久しぶりの賑わいで楽しかったよ」
 悟郎:「それで伯父さん、真に申し訳ないのですが……」
 宗一郎:「家は広いんだ。ゆっくりして行きなさい」

 今日からホテルに宿泊先を移動するはずの悟郎とナディアだったが、予約ミスで1日ズレてしまっていた!
 つまり、ホテルに泊まれるのは明日からだということだ。

 悟郎:「すぐ、車を回して来ますので!」

 悟郎は駐車場に走って行った。
 悟郎がレンタカーで借りて来た車はミニバンタイプだったので、ここにいる6人が余裕で乗れるものだった。
 ナディアと2人でドライブを楽しむのならもう少し小さくても良いだろうに、どうしてミニバンを借りたのだろうか。

 ナディア:「悪いね。せっかく、稲生君と楽しい夜を過ごすはずが……」
 マリア:「御両親も一緒にいて、楽しむというわけにはいきませんよ」

 組は違えど、マリアにとってはナディアの方が先輩に当たる。
 階級もナディアの方がミドルマスターと1つ上だ。

 マリア:「結局、うちの師匠は来ませんでしたし」
 ナディア:「一応、うちの組でトルコにいる者がいるので、消息を追ってもらうことにしたわ。一応、イリーナ先生はドバイまで逃げ切ることはできたらしい」
 マリア:「うちの師匠のことですから、殺しても死なない人ではありますけどね。ドバイから、どうやって日本まで来る気だ?ルゥ・ラかな?ドバイからだと、相当魔力を必要とするはずです」
 ナディア:「普通に飛行機で来るんじゃない?ドバイと成田に航空便あるし」
 マリア:「マジですか。でも何でドバイ?」
 ナディア:「大師匠様に助けてもらったみたい。ドバイってインド人が多いから」
 マリア:「それと何の関係が?」
 ナディア:「あら?マリアンナは知らないのね。うちの組の噂だと、大師匠様はインド人って噂だよ?」
 マリア:「ええっ?!」
 ナディア:「もともとがインド人だったのか、今使用している体がインド人の物なのかまでは分からないけどね」
 マリア:「勇太は大師匠様のローブの隙間から、肌の色が浅黒かったのを見たと言っていた。だから、黒人なのかとは思っていたんだけど……」
 ナディア:「まあ、黒人だね。アフリカの民族ほど黒くはないけど」
 マリア:「意外だなぁ……」

 マリアは生まれはハンガリーとはいえ、国籍そのものはイギリスである。
 イギリスから見てインドは……。

 悟郎:「お待たせしましたー!」

 そして悟郎が駐車場から車を持って来た。
 助手席に乗るナディアと、後ろに乗るその他の面々。

 宗一郎:「いいのかね、悟郎君?車の運転があるからと称して、酒を飲まなかったが……」
 悟郎:「いえ。自分、ほとんど酒が飲めないんで」

 稲生勇太でさえビールを飲み、マリアもワインを飲み、ナディアもウォッカを飲んだりした。

 悟郎:「では行きます」
 宗一郎:「よろしく」

 悟郎は車を発進させた。
 キィィィンという音とエンジン音が静かなことから、ハイブリットタイプであろう。

[同日20:20.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区 稲生家]

 ソニックシティから家までは、車で10分といったところ。

 悟郎:「はい、着きましたー」
 宗一郎:「うむ、ありがとう。早速明日から、都内を回るのかね?」
 悟郎:「そうです」
 宗一郎:「勇太は……お寺か」
 勇太:「御講に呼ばれてね」
 悟郎:「ロシアには無いな。勇太の信仰する……日蓮正宗とやらの寺は」
 勇太:「うん、無いね。第二次大戦中までは、サハリンにあったのにね」

 旧ソ連軍の侵攻により、見るも無残に破壊されてしまった。
 そして日本の樺太放棄により、復活はあり得ないものとなってしまった。
 北方領土は樺太も含まれているのだが、日本国が領有権を主張しているのは北方四島であり、樺太は含まれていない為である。

 勇太:「ナディアさん!」
 ナディア:「……知らないわ、私は」

 ナディアはウラジオストク出身だとしながらも、エレーナからはチラッと終戦後にサハリン州に住んでいたことがあると聞いていたので、破壊された日蓮正宗寺院のことも知っているはずである。
 しかし、ナディアは冷たく否定した。

 マリア:「エレーナも余計なことをする」

 マリアはエレーナの所業に呆れつつも、エレーナのウクライナ人としての立場からすれば分からなくも無かった。
 ダンテ一門も一枚岩ではなく、それぞれの民族や国籍ごとに色々とあるのだ。
 唯一の日本人である勇太を入れたのも、もちろん魔道師になれる素質を多大に有するからというのは本当だろうが、実際はそういう門内の民族間問題に一石を投じる為だとも噂されている。

 ナディア:「ねぇ、ゴロー。お風呂入ったら、ちょっとおもしろい話でもしない?」
 悟郎:「面白い話?何かあるの?」
 ナディア:「日本では夏に怖い話をするのが流行っているんでしょう?」
 勇太:「今はそれほどでもないよ?それに、今はまだ春だし」
 ナディア:「ややもすると、人間に怪談話を提供する側の者として、怖い話を聞かせてあげるわ。マリアンナも参加しない?」
 マリアンナ:「私はあなたと同じ部屋で寝ることになるので、YES一択しか無いんですけど?」
 ナディア:「それもそうだったわね」
 悟郎:「お風呂に入る前でもいいんじゃない?伯父さんと伯母さんに、先に入ってもらおうよ?」
 ナディア:「それはダメよ。きっと終わる頃には、ゆっくりお風呂に入っている心境じゃなくってよ?ねぇ、マリアンナ?」
 マリア:「はあ……まあ、そうですね」

 稲生も何度かそういう話は聞かされているだけに、げんなりしてしまった。
 とにかく魔女達の話す内容は、それだけでホラー映画一本作れるほどのボリュームなのである。
 悟郎は恐怖を与えられる側の人間、そして稲生はもはやその両方の立場に立つ者となっている。
 人間時代、女の幸せを手にできなかったばかりか、女の不幸を背負って人間としての人生を終え、その負の記憶を保持したまま魔女となった彼女らの怨念に満ちた話は……聞くだけで恐怖するものなのである。
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“大魔道師の弟子” 「稲生家へようこそ」

2018-04-09 10:18:58 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[4月7日15:07.天候:曇 埼玉県さいたま市中央区 上落合八丁目バス停→ファミリーマート]

 バスが稲生家の最寄りバス停に到着する。

 稲生:「すいません、大人2人で」
 運転手:「はい」

 降りる時にSuicaでマリアの分の運賃も払う。

 マリア:「ありがとう」
 稲生:「いえいえ」

 バスを降りて、県道の長い横断歩道を渡る。
 中央分離帯がとても広く、遊歩道になっているくらいだ。
 これは地下に首都高速さいたま新都心線が走っているからで、その地上スペースを有効活用しているのである。

 マリア:「勇太、あそこに寄って行きたい」
 稲生:「ファミマですか?いいですよ」

 横断歩道を渡った先にあるファミマに立ち寄る。

 稲生:「ジュースとかスナックでも買って行くか……」

 稲生はジュースの入ったショーケースに向かった。
 何故かマリアはアルコール飲料の入った所を見ていたが……。

 マリア:(無い。この前、私をハメたあの酒が……!)
 稲生:「どうかしたんですか?」
 マリア:「いや、何でもない!」
 稲生:「? そうですか……」

 買い物をした稲生達。

 稲生:「それじゃ、僕の家へ行きましょう」
 マリア:「うん。(もしかしてあの酒は、罠だったのか???)」

[同日15:20.天候:晴 同区上落合 稲生家]

 稲生:「到着です」
 マリア:「では……」

 マリアは首に着けたリボンを着け直した。

 稲生:「あれ?」
 マリア:「なに?」
 稲生:「誰か来てるのかな?」

 玄関を開けると、見慣れない靴が置かれていた。
 それと、マリアが目ざとく見つけたのはホウキ。

 マリア:「これは……魔女のホウキ。エレーナでも来てるのか?」
 稲生:「ええっ?」

 稲生が中に入ると、応接間にいたのは……。

 稲生悟郎:「やあ、勇太。久しぶり」
 ナディア:「こんにちはー」

 従兄の稲生悟郎とダンテ一門ナターリア組にいるというナディアだった。

 稲生勇太:「悟郎さん!どうしたの?ウラジオストクにいたはずじゃ?」

 ナディアの故郷、ウラジオストクに移住したはずだ。
 尚、ウラジオストクは日本とも繋がりが深く、東京からの距離も韓国のソウルよりも近い。

 悟郎:「ウラジオストクとの航空便が増えてね、帰国しやすくなったんだよ」
 マリア:「また、魔器を探しに?」
 ナディア:「それはついでかな。今回はただ単にゴローの帰国に付き合っただけよ」
 マリア:「そうか……」

 ダンテ門内の公用語は英語なのだが、それが不可能な場合には自動通訳魔法具を使う。

 勇太:「そういえば外に車が止まってたな……」
 悟郎:「ああ。レンタカー借りて来た。ナディアを色々案内したいから、車の方が便利だと思って。ウラジオストクも意外と右ハンドル車が多いんだ。日本の中古車が多いからな。だけど、右側通行だけど」
 勇太:「いつまでいるの?」
 悟郎:「明後日だな。明後日の月曜日、成田から」
 勇太:「S7?」
 悟郎:「いや、オーロラ。S7は日本語版無いからダメだ」
 勇太:「悟郎さんも、いい加減ロシア語とか喋れるようにしないとダメだよ。向こうに住んでるんだから……」
 悟郎:「いや、少しは喋るよ。ただ、ロシア語のキリル文字がな……」

 因みに成田からウラジオストクまで、3時間も掛からない。
 オーロラ航空とは昔のサハリン航空のことで、航空機共々リニューアルしたという。
 S7航空はワンワールドに加盟するLCCである。

 勇太:「うちに泊まってるの?」
 悟郎:「今日まで。今日からは勇太達が泊まるので、俺達はホテルに移動するよ」
 勇太:「ええっ!?あっ、ゴメン!何か、僕達が追い出したみたいで……」
 悟郎:「いや、いいんだ。どうせ、これから都内を回るつもりでいたから、都内に泊まった方がいい。ナディアはナディアで、行きたい所があるみたいだから」
 ナディア:「そう」
 マリア:「おおかた、宿泊先はワンスターホテルってオチでは?」
 悟郎:「おっ、よく知ってるね!?何でも、ナディアの知り合いが働いているらしいんだ」
 マリア:「ええ。そして私の知り合いでもあります」
 悟郎:「何だ、そうだったのか!いやー、世間は狭いなぁ!あっはっはっは!」
 マリア:「いや、笑い事じゃないです。あのエレーナのバカは、日本人からだとボりますよ?」
 ナディア:「私がいるから大丈夫」
 マリア:「それもそうか」
 ナディア:「ウラジオストクにはウクライナ人も多く住んでるから」
 マリア:「それと何の関係が……。あっ!」

 魔女は拠点が1つだけとは限らない。
 エレーナも日本における拠点はワンスターホテルだが、他にもあって然るべきなのである。
 ナディアの口ぶりからして、ウラジオストクにもあるのだろう。
 尚、“魔の者”から命からがら逃げて来たマリアには、まだ拠点が長野の1つしか無い。
 この稲生家もサブにしたいところだが、日本に2つというのも心許ない気がする。
 本当はイギリスやハンガリーにでもあると良いのだが、いつまた“魔の者”が襲い掛かって来るか分かったものではない。

 悟郎:「ナディアは一体、どこへ行きたいんだい?」
 ナディア:「そこにいるマリアンナや、エレーナ達が集まるパーティーがあるの。そこに参加するだけよ」
 悟郎:「俺が車で送ろうか?」
 稲生:「いや、車で行けるような所じゃないです」
 悟郎:「んんっ?」
 稲生:(だって会場、魔界の魔王城だし……)

 “協力者”も場合によっては招待されるはずだが、悟郎はまだその資格者とは見なされていないらしい。
 ナディアとは、ほぼ婚約者といっても良い関係であるにも関わらずだ。

 稲生:「僕も参加することになっているので、僕が連れて行きますから」
 悟郎:「そうか。じゃあ、どんなパーティーなのか写真に撮って来てくれないかな?」
 稲生:「え……?」
 マリア:(多分、魔王城は撮影禁止じゃなかったか?)
 ナディア:「分かった分かった。私が撮ってくるから」
 マリア:「ナディア。それはマズいんじゃないの?」
 ナディア:「大丈夫。何とかなるって」

 マリアの不安を他所に、ナディアは片目を瞑った。
 尚、稲生の母親の佳子によると、今日は皆で夕食は外食とのこと。
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