萌えてばかりもいられない!

そんなに色々なことにやたらと深い造詣などいだけないから適当に綴っていこうかしらん

1976年のアントニオ猪木

2011-09-02 00:12:46 | プチ萌え
この前の夏休み、実家に帰って同じ友達に二度会った。
母親を亡くして実家に戻ったという彼は昔と同じように「店を持ちたい」と云っていた。

昔は海の傍、できれば鎌倉辺りで喫茶店をしたいと云っていたのだが、今度はVILLAGE VANGURDのような雑貨店が持ちたいとのことだった。
もちろん、夢である。

旅行から帰り実家に戻ったので連絡を取ってみると、ちょうど仕事も一段落したので、VILLAGE VANGUARDと同じような雑貨店を視察がてらに見に行きたいというので付き合うことにした。

同じような店はちょっと小田原方面にはなく、VILLAGE VANGUARDそのものはあるものの、その匂いに似たものを探すのは容易ではなかった。また市内にあるそれも川崎にあるものと同じように店の発する熱のようなものはなかった。照明や並べる品物の物量やセンスによって、同じチェーン店でも物の見事に好き嫌いが出てしまうのが、VILLAGE VANGUARDだ。

国道255線の酒匂川を小田原方面に渡り、井細田方面へ左に湾曲した辺りを越えたところに、雑貨を扱うような古書店があったと思うというおぼろげな記憶を頼りにその場所に行ってみることにした。

そこには新刊本なのか古本なのか区別の付かないような綺麗な陳列の本やDVD、雑貨が混じる面白いお店があった。(店名は覚えてません)。店内を歩き回ってすぐに綺麗な古本と面白い配列が気に入っていた。

最近めっきり虜になっている、山本兼一氏の本を探したりしていたのだが、いきなり「これ読んでみっ!」と表題の本、1976年のアントニオ猪木という本を手渡された。
元の値段は1,800円、売値は180円という1/10の破格値だというのだ。


1976年、当時8歳だった私は、確かにアントニオ猪木を格闘家の頂点だと思っていた。
力道山の時代を知らない私は、猪木・馬場の黄金時代を過ごしてきた。(若干馬場より鶴田より)

ただ、プロレスは分派し、リアルファイトと思しきK−1やPRIDEのような凄惨な試合を生んでいく道だけを求道するに到るので、ある時点から先は辛い思いで見ていたこともあったと思う。

プロレスには過程があり、そのドラマが”出来れば”自分の思った通りの結末を迎えて欲しい願望の現われでもあった。反則を繰り返す悪者(ヒール)は、正統な力を正しく有する者(ベビーフェイス)に屈服させられる。もちろん、ある時は信じられないような結末が用意され、その鬱積が次戦への期待として繋がっていく。そして今までには見たこともない華麗であったり、衝撃的だったり、圧倒的な力が圧し掛かる常人では決して耐えられそうにない技を見せ付けられているうちに、全ての試合のうちの全てが単純なドラマ仕立てではなかったとも思いたかったし、空気に支配されて導かれる流れがあったとも信じたかったと思う。

場外では1・2の三四郎で強烈に強靭で実戦的な力を求める者たちを、三四郎やその仲間達というシンボルを用いてプロレスが描かれ、それを何度も読み返しながら繰り返し繰り返し刷り込んできた人間なので、単純なプロレスの暴露本は勘弁して欲しかった。
力はそれを圧倒的ではなくチラつかせるというレベルで魅せてきたのがプロレスだったからだ。それは確かに全てが全力ではないということは承知もしていた。
「いんちき」という言葉で唾棄されるプロレスにも、夢があった時代に生きた者はその真実との直面を避けたがる。
この本に書かれていることは正直辛い内容ではある。ただ、その裏舞台と様々な想いを持って到る進路は全てがリアルであったことをこの本は伝えたいのではないかと思う。

今はまだモハメド・アリ戦の前までの部分なので、オリンピック柔道2階級制覇のウィリエム・ルスカの章は辛い内容ではあった。プロレスラーの素質(技を見せ合い、やり取りを交し合う技術)を猪木との対戦によって、”有る”と誤解したルスカの噛み合わないプロレス人生の話とそれ以前の生活と苦悶が書かれている。今読んでいる部分はアリ、カシアス・クレイのプロレスとの接点。その興行を世間から注目させるための発言をプロレスに学んだという内容の部分を読んでいる。

出来れば1980年のウィリー・ウィリアムとの対戦までを網羅して欲しいが。。。。1976年の限定物なので。。。どこまで書かれているのだろう?
アントニオ猪木に迫り、力道山から分派していく馬場と猪木の事情には、1・2の三四郎で描かれていた背景が、当の裏舞台の歴史が薄っすらと覆っていたことを気付かせてくれた。

--------------------ここまでがモハメド・アリ戦を読む前の感想------------

そして、リアル・ファイトを重ねていく猪木が1976年だったというのがこの話の頂点になる。ここから先は猪木は異常な執念で称号を欲しがっていたというのである。それは環境に左右されて導かれたものだという。
モハメド・アリ戦は、猪木が仕掛けた騙し討ちのリアル・ファイトだと語っている。
アリが急に真顔で「猪木を再起不能に陥らせてしまうかもしれない。この試合は止したほうがいい。」との会見を開こうが、猪木は正真正銘の王者への挑戦として、リハーサルを行わないリアル・ファイトを仕掛けた。アリも仕方がないものの、逃げることは出来ないし、逃げるのも嫌だと果敢にリアル・ファイトに立ち上がった。

最終的に妥結されたルールが、実は絶妙にボクサーには立って殴り倒せ、レスラーには引きずり倒して、関節を極めてしまえという単純で明快な方針を打ち立てた。
しかし、そこにはパンチから逃れるためにスライディングと仰向けのポーズからキックを繰り出し続ける猪木と、グランドには持ち込まれないように、また持ち込まれてもブレイクに逃げられるようにロープ際しか動かないアリという真剣勝負が齎す当然の結果が待ち受けていた。

この試合を酷評する世間に絶望を感じた猪木を、アリのバンテージに石膏を注入したという作り話に、それなら俺もシューズに鉄板を入れてやろうと思ったが止めたという偽善を振り撒く愚かなアスリートとして描かれ、猪木の強さを認め、実際に乱打されて腫れ上がったふくらはぎのために入院して治療を受ける真摯なスポーツマンのアリという構図で締め括られてしまった。

上記のアリの拳に石膏注入、で猪木は足に鉄板、でもやめたというエピソードは私も猪木自身が語っているのを聞いたことがあるのだが、苦し紛れの虚言癖に近い内容だということに溜め息がもれた。

この著者は猪木を破壊してしまった。

ある時期の猪木は強かったが、モハメド・アリとの試合を境にいきなりプロレスをしなくなるというプライドの塊りのようなものに覆われてしまって、興行主を怒らせる困ったファイターになってしまったと書いている。いきなり世界一のモハメド・アリと渡り合った猪木はテレビの前では負けられなくなり、星のやり取りを融通し、地元のレスラーに花を持たせるプロレスという興行には相応しくない存在になってしまったと。。。
パキスタンでのアクレム・ペールワン戦では、逆にモハメド・アリと引き分けはしたが、結局は逃げ回る臆病者と判じられた猪木に勝って、モハメド・アリを信奉する国民と世界の支持を得ようとアクラム側に画策されて、試合直前にリアル・ファイトだと宣言されてしまう様子が書かれている。しかも猪木は逆にその相手を見切り、ギブ・アップしない相手の腕を圧し折ってしまう。。。

終焉は支離滅裂な破天荒経営者の猪木がそこにいる。事業の穴埋めが尋常でなくなり、ほとんど借金のために限りなく不安定になる行動を指しているようだ。


どこまでの真実がここにあるのかは分からない。まぁそうなんだろうなと思うことも合点がいくことも多いが、どこかに真実とかいうものを横に置いて、あの頃のプロレスを語る。強さの序列を真剣に談義するような。。。そんなことがまた起きないものかという期待がある。


大学時代の友人は”馬場考”というサークルを創設していた。「馬場を考える会」の略だという。馬場のリアルな強さを私は実は余りよく知らない。当時の馬場考の仲間は猪木と闘ったビル・ロビンソンを、その猪木よりも早い時間で仕留めた馬場の方が上だと私に云っていた。この本にもその話は登場する。
この本の中で馬場は猪木の突出に恐れをもち、あらゆる手段で猪木を貶めようとした策士の一面とアメリカで大人気でスターだったと書かれているが、NWAへの拘りや猪木に対する圧力を含めてジャイアント馬場を私はよく知らなかった。


この本を紹介してくれた友達は「大山倍達(茂?)と梶原一騎はウィリー・ウィリアムスに猪木を殺させようとしたんだぜ。」と教えてくれた。

今は鬼の木村こと、木村政彦の生涯が気になって仕方がない。他の格闘家も。。。


フェイクだというものの中にもリアルは混じる。リアルなものの中にも想いが交じる。さらにその中にも事情を含む人生も雑じっているというだけの真実がひとかけら。。。。
そんな本なのかなとも思うわけです。。。
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