とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

2013姫街道マラニック東編

2013-04-07 22:09:19 | マラソン
今日も昨日に続いての連日のマラニックである。この日は、ヒロボーさんの姫街道歴史エンジョイマラニック東編に参加する。

姫街道は、東海道御油宿(愛知県)から本坂峠、三ヶ日、気賀、見付宿(静岡県磐田市)に続く約60キロの街道である。江戸時代、東海道の新居関所は、女性に対して特に取り調べが厳しいことで有名であった。新居関所の執拗な取り調べを嫌った女性たちが、同所を避けて浜名湖の北側の陸路を通ることになったのが、東海道の脇往還としての「姫街道」の発祥と言われており、実際に『姫様』の通行があったと言われている。そんな当時の風情と歴史を学びながら姫街道を走ろうという趣旨のマラニックだ。

先週、御油宿から本坂峠、三ヶ日、気賀までの西編が開催され、今日は気賀から見付宿までの東編だった。先週の西編は走ったこともあり、別の予定が入っていたので参加しなかったが、東編は走ったことがないので、これで姫街道を全部走ることができた。

昨日からの天気の荒れ具合は、まだ今日も続いており、晴れたり雨が降ったり強風に見舞われたりと、一日目まぐるしく天気が変わる一日だった。家を出た時は、激しい雨に見舞われたが、気賀に到着すると太陽が顔を出して、いい天気になってきた。細江神社の見事な夫婦楠に感心しながら神社を散策する。


しかし、いい天気だったのは一時だけだった。いきなり、横殴りの雨に見舞われ急いで本殿の下で雨宿りする。ちょうどスタートの時間も近くなり、そのまま集合写真の撮影となった。参加者は、キャンセル者や電車の遅れで来ない人もいたりして20名弱だった。


気賀の商店街の中をスタートし、東に進む。姫街道にまつわるいろんな史跡や標識を見ながら走った。ただ、前半は以前走ったことのあるコースが含まれているので見覚えのある場所ばかりだ。




遠州鉄道自動車学校前駅を過ぎると、自分にとっては初めての姫街道になる。昨年走ってコースを知っている人の後について走るが、もう忘れてしまったのか何度も地図を確認することが多くなっていた。


市野宿の看板の前を通過する。


その後、一本道をしばらく走る。


安間町の金原明善記念館に立ち寄る。金原明善とは、天竜川の治水工事に、私財を投じて尽力した人で、記念館には、金原明善の遺品や、遺墨、関係資料のほか、明善と親交の深かった人々の遺墨や、関係文書などが収蔵・展示されている。チェックポイントでもあるので、中に入ると「あだちさん。」がエイドを開いていてくれた。飲み物、おにぎり、杏仁豆腐、イチゴなどいろんなものを用意して待ってくれていたのでありがたかった。




その後、S井さんのお勧めだという餃子専門店に立ち寄る。餃子は大好きなので、生ビールと餃子定食を頼むと満腹になってしまった。


餃子を食べ終わり再び走り出すものの、お腹が重いのとアルコールが回り、走るのが息苦しい。前に人に付いていくのが苦しくなっていた。調子に乗ってジョッキを開けてしまったのが失敗だった。

天竜川渡船場跡の石碑前を通過する。


民家の庭の芝桜がきれいなので、みんなで写真を撮る。


池田近道(姫街道)前を通過する。


一言坂の戦跡の碑前。武田信玄と徳川家康の間に繰り広げられた激戦のひとつである。元亀3年(1572)、遠州に侵攻してきた武田軍に対して浜松城まで退却する途中、徳川軍は一言坂で追いつかれ、激しい戦いが行われたという。


坂を下っていくと「これより姫街道」の木柱があり、ここが姫街道の起点になっていた。何かあっけないゴール地点だ。


ただ、そこには何もなく、お風呂のある「磐田の湯」までさらに3キロほど走る。これが本当のゴールだ。走行距離は約29キロで前日の距離を加えれば50キロ近くを走ったことになった。「磐田の湯」までは、向かい風となり看板が見えた時はホッとした。


風呂を出ると、気が抜けたせいかしばらく休憩室で眠り込んでしまう。ゴール時間が速かったので、最後の人がゴールするまでゆっくり休めた。後はいつものパターンで、ワイワイガヤガヤ喋って解散。外に出ると冷たい強風である。お風呂で温まった体が冷えてしまいそうなくらいだ。震えながらもバスに乗って帰路についた。昨日今日と大変な天気の日だった。


参考:今回のコースマップ