故三原修監督は言った:
三原監督は「プロ野球の選手がグラウンド以外で何をしようと、私はそれを問わない。グラウンドで最善の活躍をすればそれで結構」という意味のことを言った。
25~26年ほど前だったか、W社本社では全副社長兼事業本部長が集められて 「Sexual harassment とは」という講習会が開催された。我が上司は本部に戻って全員を集め概要を語ってくれた。曰く“「君の今日の化粧は綺麗だね」も「今日の服はよく似合うね」も「昨日よりも今日は一段と美しいね」等は皆ハラスメントに該当するほど厳しいから全員心せよ”と聞かされた。皆で「微妙で且つ難しい性質だ」と寧ろ驚いた記憶がある。
この講習会の内容と福田事務次官らしき人の言動とは、どうも根本的に違うのではないかと思えてならない。本社で要注意と警告された内容は「果たして言っている当人が悩ませてやろうか、困らせてやろうと意図しなくても、相手乃至は第三者から見れば『ハラスメント』に該当するから注意せよ」ということ。週刊新潮が槍玉に挙げた台詞は意図せざるも何もないむき出しのそれであり、もしかして「言葉遊び」だったかも知れないほど、本社の講習会のそれとはかけ離れている。
ここで、三原監督の言に戻れば、「財務省でも民間の会社でも、5時を過ぎた後の個人の時間に何をしていようと、その所属する組織の為にかけがえのないほど有能であり、良く働く組織を引っ張っている人物を、グラウンド以外での言動で引きずり下ろすことが、果たして適切なのかどうか」と、私は考え込まされてしまう。福田氏が同じ高校の30期ほど下になるからといって擁護する訳ではなく、グラウンド以外での言動で「汝に指導者や管理職の資格なし」と決めつけるのが許されるのかなと、考え込まされてしまうのだ。
しかしながら、この私が抱く疑問と、財務省と福田次官が新潮社を相手に事を構えていくことが果たして適切なのか、または最善の策なのかは別個の問題だと思うが、如何だろう。
三原監督は「プロ野球の選手がグラウンド以外で何をしようと、私はそれを問わない。グラウンドで最善の活躍をすればそれで結構」という意味のことを言った。
25~26年ほど前だったか、W社本社では全副社長兼事業本部長が集められて 「Sexual harassment とは」という講習会が開催された。我が上司は本部に戻って全員を集め概要を語ってくれた。曰く“「君の今日の化粧は綺麗だね」も「今日の服はよく似合うね」も「昨日よりも今日は一段と美しいね」等は皆ハラスメントに該当するほど厳しいから全員心せよ”と聞かされた。皆で「微妙で且つ難しい性質だ」と寧ろ驚いた記憶がある。
この講習会の内容と福田事務次官らしき人の言動とは、どうも根本的に違うのではないかと思えてならない。本社で要注意と警告された内容は「果たして言っている当人が悩ませてやろうか、困らせてやろうと意図しなくても、相手乃至は第三者から見れば『ハラスメント』に該当するから注意せよ」ということ。週刊新潮が槍玉に挙げた台詞は意図せざるも何もないむき出しのそれであり、もしかして「言葉遊び」だったかも知れないほど、本社の講習会のそれとはかけ離れている。
ここで、三原監督の言に戻れば、「財務省でも民間の会社でも、5時を過ぎた後の個人の時間に何をしていようと、その所属する組織の為にかけがえのないほど有能であり、良く働く組織を引っ張っている人物を、グラウンド以外での言動で引きずり下ろすことが、果たして適切なのかどうか」と、私は考え込まされてしまう。福田氏が同じ高校の30期ほど下になるからといって擁護する訳ではなく、グラウンド以外での言動で「汝に指導者や管理職の資格なし」と決めつけるのが許されるのかなと、考え込まされてしまうのだ。
しかしながら、この私が抱く疑問と、財務省と福田次官が新潮社を相手に事を構えていくことが果たして適切なのか、または最善の策なのかは別個の問題だと思うが、如何だろう。