新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

6月7日 その2 ”自称”難民が急増

2018-06-07 13:26:19 | コラム
NHKの「クローズアップ現代」で:

6日夜のこの番組は見応えがあった。念の為に申し上げておくと、この番組名は「クロウスアップ現代」とするのが元となっている英語の正しいカタカナ表記である。

我が国は難民を受け入れないことでは定評があり、平均して年間に20名ほどしか許可を出していないそうだ。ではあっても、年々難民申請をする外国人は増加の一途だと、NHKは指摘していた。この申請をする外国人は決定が下されるまでは「在留許可証」だったかが交付されるので、それさえあれば我が国で就労できる資格を得られるのだそうだ。そこで、それだけを狙って申請をする不逞の輩が年々増加するのは当然かと思って見ていた。

しかも、彼らが申請する理由のほとんどが中近東や欧州に見られるような本当の意味の政治難民ではないのだ。しかし、我が国の現行の法規ではそれでも申請を受理するようなのだ。NHKが画面に見せた理由は「母国で借金があるから」といったようなおよそ「政治的な理由」と見える理由はなく、明らかに就労目的なのは歴然としている。

難民申請する上位5ヵ国は全て政治手紛争も内戦もない東南アジアの諸国で、特に多いのがベトナムのようだ。番組で例に挙げられていたベトナムの一家では家族3人の月収は3万円ほどで、日本に来て難民申請中の者の仕送りで救われている模様。その偽装難民の兄は「自分も日本に行って・・・」と言い出す始末だった。これなどは私が常に主張している「我が国の制度を食い物にしている」ことの典型的な例である。誠に怪しからんし、法規を改正しない政府も怠慢であると指摘したい。

しかしながら、単純反復労働に従事する労務者が圧倒的に不足している先進国である我が国では、この手の偽装難民たちの労働力に依存せねばならないのが悲しい実態のようである。現にNHKはイラン人だったかの申請中の者を社長に頂く申請中の者だけで出来ている建設現場を仕事場とする会社があって、数億円だったかの年商を誇っていると報じていたのは、「何たることか」と怒る前に呆れてしまった。

だが、怒っていて済むような現状ではないのは明らかだ。今や日本語も怪しいような現場の作業員が大勢作業している建築の解体の現場などは、都内の何処に行っても見かけることが出来る。それだけ労働力が不足しているのは解るが、だからと言って偽装の難民申請を受け付けて許可証を交付することが正常だとはとても思えない。私は可及的速やかに法律か規制を改正すべきだと思う。

一寸話の筋が違うが、昨日も11時半頃に高田馬場駅前のバス停のベンチに座って、菓子をつまんで雑談をしていた東南アジア系の若い女性2人を高齢の女性が立ち退かせた。だが、両名とも釈然としない顔付きなので「ここはバスの停留所で、あのベンチはお年寄りを優先して座らせる為にあるのだから、どかされて当然だ。解ったか」と言ってやったが「日本語が良く解らない」と抜かすので「あなた方は何処の国から何の為に来たのか」と追及すると「ベトナムです」と答えて、足早に立ち去った。

百人町/大久保界隈にはアジア系の若者が非常に多いが、高田馬場周辺にもこのように増加傾向にある。繰り返しになるが、矢張り早急に偽装を含めた難民と就労を狙ってやってくる後発国からの者たちの流入は制限すべきだと思わずにはいられない。昼間からバス停のベンチを占領して雑談をする連中の為に、我が国の整備されたインフラや福利厚生設備があるのではない。


あらためて日本大学フェニックスの悪質なプレーの問題に思う

2018-06-07 10:32:16 | コラム
問題の性質が変わってしまった:

新聞のテレビに番組表に日本大学フェニックスが載っていないない日がない状況だ。だが、遺憾ながらその多くはあの悪質とされたタックルを離れて日本大学の組織や経営の在り方を論じている。私はそれでは事の本質を取り違えているのではないかと思っている。あの問題はフットボール部フェニックスの案件であっても、日本大学全体の問題ではあるまい。

私にこのような議論に持って行ったマスコミの扱いが理解できないのである。大塚学長も言われたように「関学はこれまでに鳥内監督と小野ディレクターのみの対応」なのである。これは(嫌な言い方になるが)被害者だからそうあっても良いのだと思っている。だが、日本大学は対応が素早かったか否かという誹りは免れないとは思うが、学長が対応しておられた。学長は自分が教育を担当する責任者であるから対応したと言っておられた。

私にはフットボール部の試合の中で起きたプレーの重大かつ悪質なタックルではあっても、それが日本大学全体の在り方や質の問題の如き論調となって、「理事長が対応されないのが怪しからん」というマスコミ論調や専門家と言われる方々の一部の批判と非難は、問題のすり替えというか度が過ぎるのではないかという気さえするのだ。

それは確かに田中理事長が早い時期に出られて謝罪乃至は釈明されれば事が穏便に終わったかも知れないだろう。だが、あの内田監督が指示されたと学連に認定されたプレーが日本大学全体の在り方を表すという議論は「事の本質とは違うのじゃないか」と思ってしまう。フェニックスはこれまでに「強豪であっても悪質な反則が少ない」と認識されてきたことが全く論じられていないのは、不公平というか片手落ちだと思う。

それだけではなく、多くのテレビ局が大学における運動部というか体育会の在り方やフットボールという競技が如何なるものかを本当に弁えていないと疑いたくなる評論家や所謂専門家を登場させては、「対応が遅い」の「理事長がその筋と繋がっておられる」とか、反則問題の本質とは違ったところに議論を持って行ったのは、公平でも公正でもなく適切でもないのではとおもってしまう。

フェニックスの歴史も知らないような某出版社の元スポーツ記者だった評論家が物知り顔というかしたり顔で論じているのを聞けば、内田前監督即ち悪であり、フェニックスを「ブラック」と呼ぶような女性の大学教授まで出て来るようなことになってしまうのだ。現に3月初旬からから大病で入院中の嘗ては関東大学一部リーグ所属のサッカー部の選手だった高齢者は、テレビのみから情報が入らないので、「日大のフットボール部は宜しくないのではないか」と極めて批判的だった。

何度でも同じ事を言うが、誰が指示をしたのかは別にして、あの反則を犯したという点では「非は明らかに日本大学フェニックスの側にある」のは動かしがたい事実である。だが、だからと言って日本大学の理事会と大学の運営がどうのと、大学そのものの在り方までを織り上げて批判することが、この問題の解決とは別なことであり、フェニックスの再建ともかけ離れた議論ではないのかと思っている。

昨6日のPrime Newsには前法政大学フットボール部の総監督にして「アンダーアーマー」の国内の販売会社であるドーム社の代表取締役兼CEOの安田氏が登場して我が国の大学スポーツの在り方を、アメリカのNCAAと分析比較して論じていたし、学連の在り方にも苦言を呈していた。適切な内容だったと思って聞いた。我が国にも日本版NCAAを設けようとの動きがあるようだが、安田氏はそこに文科省なりスポーツ庁が介在することには懐疑的だったのは良かったと思う。

我が国の評論家や担当官庁はアメリカの大学スポーツの在り方を知らなすぎると思う。私は何度も採り上げてきたが、シアトルにある州立のワシントン大学(University of Washington)にはフットボール専用の7万人収容のスタジアムがあり、そのテイーム、Huskiesの全試合とも満員となる盛況で、大学の重要な収入源である。アメリカでは私立であれ公立であれ、多くの大学が広い敷地内に7~10万人収容の専用のスタジアムを設けてある。カリフォルニアの州立大学のバークレー校には、リーバイスのジーンズの社長であるHaas氏が寄付した1万2千人収容のバスケットボール等の専用の巨大な室内競技場がある。

このような大学のスポーツを管理しているのがNCAAである。この在り方を我が国に持ち込もうという理想は良いが、我が国の大学でその敷地内に1,000人でも観客を収容できるようなフットボールや、サッカーや、ベースボール等の専用のスタジアムを建設可能な大学があるのだろうか。安田氏はNCAAの在り方をかなり良く理解しておられたようで、傾聴すべき意見を述べておられた。

その日本版のNCAAを所管するのだろう官庁や大学そのものは、これからアメリカに行って本格的に「NCAAとは」を学習せねばならないのではないか。容易ならざる課題であろう。これでは「日暮れて道遠し」ではないかと危惧するものだ。

と、ここまででは、私自身も反則問題を離れた議論をしているが、この問題が我が国における運動部と大学から高校までのスポーツの在り方を改革する切っ掛けになって行けば極めて結構なことだと思う。安田氏も言及しておられたが、私の年来の持論である「高校の全国大会」、例えば甲子園の野球大会のような形式のものは廃止の方向に進めていくべきだと考えている。