新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

6月24日 その2 カタカナ語の濫用を嫌う

2018-06-24 13:47:32 | コラム
カタカナ語排斥論者は言う:

有り難いことに、私のカタカナ語論に賛同して下さる投稿が渡部亮次郎氏主宰の「頂門の一針」にあったので、この際思いついたことを纏めてみた次第。カタカナ語の濫用は将に我が国の英語教育の至らなさを悲しいまでに表していると思う。

私のカタカナ語論を振り返ってみますと、話の中に英語を元のままの発音でカタカナ語化して使う旧三井物産出身の役員のキザっぽさが嫌らしいなと思った辺りが始まりでした。勿論彼だけではありませんが、昭和30年代初期にはそういう人が出始めていました。だが、実際にそのような批判めいたことを書いて活字になったのは1990年からでした。当時書いたのは「格好を付けて如何にも近代的でスマートだと思わせているような言葉遣いは採らない。そんな近代性やスマートさは不要だ」だったと思います。

また、1975年にW社に転じてから言わば支配階層の英語を厳しく教えられた12歳年下のワシントン大学出身のMBAには「話し言葉の中に英語の発音そのままにして入れるのは最低だ。ここが日本である以上、嫌でもカタカナ語化した発音で入れるべきだ」と、日系カナダ人の副社長秘書を批判したのを聞いて「なるほど」と納得させられました。

私の当初のカタカナ語論の元は「英語の方から考えてその使い方はおかしい」という発想だったと思います。そこから探求していく間に、余りにも言葉の誤用や誤った読み方やおかしな造語が多いことに気が付いたという次第です。これらの誤りは英和辞典を引けば直ぐに解る程度の単純な例が多いのが、我が国の好ましくない英語教育の情けない産物だと決めつけてきました。

そこにマスコミ、特にテレビで使いまくっている奇妙なカタカナ語が増え続け、それを罪なき大衆が真似るので益々増えてきたと思っております。例に挙げられた「レガシー」などは誤用ではないだけでも未だマシですが、マスコミの連中の程度が低いのには呆れるだけです。

気に入らない例は沢山採り上げてきましたが、今まで本格的に批判しなかった例に「アップ」と「ダウン」の濫用があります。ダウンはそれほどでもないのですが、アップは酷すぎます。「イメージアップ」、「レベルアップ」、「パワーアップ」等々は完全に日本語としての戸籍を得てしまいました。イメージアップなどは和英辞書を見るとチャンと英語の評点が出て来る始末です。更に言えば、何故「パワー」とカタカナ語を使う必要があるのかとなります。

お断りするまでもなく up も downも動詞ではなく前置詞か副詞です。それを日本語が持つ高い融通性が災いして、恰も動詞であるが如き複合語を作ってしまったのです。英語にすれば improve か grade upか up-gradeのような意味に使うのが恐ろしいのです。Downの例は少ないと言いましたが「プライスダウン」などという表示は小売店で平気で使われています。「値下げ」は discountか精々 price reductionでしょうが。これなどは「単語重視」の教育が全く役に立っていない悲しい例だと思います。

私はこれだけの例では不足かも知れませんが、この世の英語教師たちと文部科学省の担当部署に心の底からの反省を求めたいと思っております。英語を正しく教えておけば、乃至はキチンと勉強してあれば、奇妙なカタカナ語は生まれなかったはずです。それにも拘わらず、大学入試センターの試験をTOEIC等で代用すると言い出すのですから救いがありません。


トランプ大統領に思う

2018-06-24 10:39:28 | コラム
アメリカには職業の流動性がある:

何のことかと思われるだろうが、アメリカでは大統領になるまでに我が国のように(議員内閣制ではないから)先ずは地方議員から始めて国会議員となってという類いの累進出世(で良いのかな)方式がないから、故レーガン大統領のように映画俳優から就任された例があるし、オバマ前大統領に僅か1期だけ上院議員を務めた弁護士が大統領になれた例があると思っている。即ち、文化の違いである。

トランプ大統領は今更言うまでもなく言わば大手の不動産業者から一気に大統領になられた方だ。凄い流動性ではないか。我が国の歴代の総理大臣と比較するのが適切かどうか知らぬが、政治以外の分野を長年経験されてきた非職業政治家だった。この辺りに私は「職業の流動性」を見る気がするのだ。その点では手っ取り早くW社の例を挙げれば、数人の元大学教授のマネージャーもいれば、その辺りの地位か副社長からリタイヤー後に大学強に転じていった者は多かった。

悪く言えば、我が国の政治家の在り方は「体育会制度の下に一つの競技しか深く極めていない者が多い」のである。例に挙げては非礼かも知れないが、レスリング界の栄和人氏のような事態が生じるのだと思う。言うなれば、レスリングという競技を深く極める間に「広く世間を見る機会を自動的に失ってしまった」ことがコインの裏面で、天上天下唯我独尊の如くになってしまったことが不幸だったという例だと思っている。

私はアメリカの会社に転じて、予めそういう社会だとは承知ていたが、職業の流動性の実態に接してあらためて文化の違いをマザマザと思い知らされた。その辺りを「貿易」という業務がアメリカの会社の文化ではどのように扱われているかを述べていこう。我が国では多くの業界で「外国部」、「海外部」、「貿易部」という組織があると思っている。そこには英語の能力も要求されるし、受け渡しから始まって輸出入のドキュメントというか事務処理の能力が必須であると思っている。言うなれば、国内市場担当とは異なる一種の「特殊技能」が求められていると言えば良いか。

ところが、1972年にアメリカの会社に転じてみてある意味で驚愕だったのは、アメリカ国内の営業の担当者がごく当たり前のように国内と国外の得意先を担当していることだった。当時は未だL/C(信用状のこと、念の為)の開設が必須の時代だったし、ドキュメントが読めなければ仕事にならないし、貿易相手国の市場にもある程度以上通じている(勉強してある)ことは当然だった。

そこで、大胆にも新参者の私は内勤の事務方の責任者に「それで成り立つのか」と切り込んでみた。答えは割りに簡単で「事務処理は我々が担当しているから、営業担当者は国内であろうと外国だろうと営業の仕事である事は同じだから何の問題もない」と何らの屈託もなく割り切っていた。一寸した驚きの文化の違いだった。そう言われて考えてみれば、私自身がMeadのオウナーにインタービューされた際に「紙という製品の販売から原料のパルプ販売に移ることに不安はないか」と訊かれて「どちらでも営業であるという根本原理は同じだと思うから不安はない」と答えていた。

ここまでで言いたいことは「ある分野である程度の経験を積み、実績を残せるだけの実力が備わっていれば、業界が変わっても通用するのだ」という点である。であるから、アメリカの大手製造業界では躊躇うことなく異業種から即戦力となる者を採用していく文化で成り立っているのだ。そこでは、当然のように「君は以前はどういう業界にいたのか」というような、当時の我が国の感覚では「失礼な」と思うことを平気で尋ねてくるのだった。

私はこれまでに再三再四「トランプ大統領はものを知らないのか、知っていながら知らん振りをしているのかが解らない点が怖い」と指摘してきた。そう言う訳は、唱えられた公約や就任後に打ち出された政策の中に「本当にそのことについて十分な知識と経験があり裏と表の事情を承知であれば、とても言い出せない案件が多過ぎる」からだった。そこでは「ある業種で蓄えた知識と経験があれば他業種でも通用する」という原則は不動産業者からアメリカの大統領という転進には当て嵌まらないのではないかと考えていたからだった。

しかし、トランプ氏は当選され、彼以前の大統領が手がけるというか考えてもいなかっただろうような大胆不敵な政策を次から次へと打ち出していった。その辺りを未だに「知らないから出来た」のか「本当に知らないのかどうかが解らない」と疑問に感じている勢力はあると思っている。私は今となってはメキシコ等の南アメリカからの移民を制限するし送還するというような政策は支持したいと思うに至っている。

だが、トランプ大統領の「アメリカファースト」を基調に置く政策は貿易赤字を削減する為に横紙破りというか、世界の貿易の実績がマイナス成長となるのではないかとエコノミストや一部の学者が懸念するような中国等の対アメリカ貿易黒字国を相手にする関税の賦課という政策に突き進んでいったのだった。私はこういう政策を採られる背景に「何もかも承知か」か「知らないからこそ打って出た」のか「これまでの知識と経験はここでも通用する」という信念に裏打ちされているのかとも考えたが、現時点では何とも判断のしようもない強引さであると思っている。

トランプ大統領のような手法に対する批判は極端に言えば二つに別れると思う。それは「これまでの因習的な決め事と習慣に囚われることなく『アメリカを再び偉大にする為』に世界を変えてみせる」という強固な信念の表れか「誰が何と言おうと形振り構わずに公約した通りに邁進するのだ」ではないかと考えている。後者にはこれまでに通用してきた手法が通じるのだと信じている「世界における貿易とは何かを知らないが故の強さ」があるようにも見えるのだ。

私の議論は何処まで行っても自分で経験したことに基づいている。それは「アメリカという国は飽くまでも基本的には輸出依存の経済ではなく、内需で成長してきたのである」ということが重要だと思っている。中国からの輸入が多いのは、乱暴に言えば非耐久消費財のような物は産業界を空洞化させて低労働コストの国で生産するようにしたのである以上当然であり、それを今更非難するのは手遅れだとしか思えないのだ。更に、そこにはアメリカ国内の労務費と労働力の質にも問題があったことは、私も経験上も心得ているし、再三述べてきたように嘗てのUSTR代表のカーラ・ヒルズ大使も認めておられたのだ。

思うに、トランプ大統領は70歳までの他業種での経験というか成功と失敗に裏打ちされた知識と経験に自信を持たれ、新しいアメリカを構築されて「アメリカを再び偉大にする為」に「アメリカファースト」の精神で突き進むと固く決められたのだろう。それを支えているのが好調な国内の景気と、プーアホワイト以下に加えて知識階層にも支持者が増えているという事実があるのだと思って見ている。

私如きにはトランプ政治の結果がどう出るかなどの予測は不可能だ。当面の間は我が国を始めとして、EUの諸国、中国、ロシア、DPRK、アジアの諸国等が如何に対応していくかを見守っているしかないと考えている。