アメリカの一般庶民の海外に対する関心の度合いの考察:
本日のテレ朝のテレビタックルに出演された明治大学の海野教授は「トランプ大統領の支持率は金正恩委員長との会談後に2~5%程度しか上昇せず、中間選挙対策もあって多くの州を回って会談の成果を強調されている。だが、一般庶民の海外に対する関心の度合いは低く、支持率に結びついていない」と懸命に語っておられたのが印象的でだった。私もある程度以上理解できる事実だと経験してきたからだ。
海野教授は嘗て民主党の為に戸別訪問をして回ったと誇らしげに自分から言っていた人物。アメリカ人の中にいて仕事をした経験持ち主である点は少しは貴重かと思う。早稲田の中林教授も上院の仕事を長年していたとかで、米国の政界の事情に明るいという触れ込みで方々のテレビに出ている売れっ子だ。お二方はそれなりに情報源をお持ちのようで、聞かせるだけの材料はあるようだ。それ故に、海外からの情報と我らがマスコミ報道と統計資料頼みの評論家と少し違うと言えるだろう。
海野教授は「一般のアメリカ人はDPRKの事など意識していない」と指摘した。一般論として経験上も言るが、自分で海外関係の仕事でもしていない限り、アメリカ庶民が外国に対する関心の度合いは我が国のそれよりも遙かに低いのは間違いない。特にアジア関係では中国系アメリカ人が多いことも手伝ってか中国人しか知ラナイとすら思わせる。私などは台湾で保証されたように、何度中国系アメリカ人と思われたか解らない。愉快ではない。我が国と同様に外交問題は票にならない国だろう。
私はカナダで一度ともにいた工場の幹部とBC州の田舎で食事をした際に、彼がウエイトレスに「この人は何処の国の人か解るか」と尋ね、I don't know.だった。重ねて「日本人だが、日本は何処にあるか知っているか」と尋ねれば、困惑した表情で間を置いてから Somewhere in the far east.と答えた。そんな程度だと思う。アメリカでは多くの人は「日本は中国の一部だ」と堂々と言う者が多いのでウンザリさせられた経験もある。
であるから、海野教授にトランプ様がDPRKと会談したの何のと言われても反応がなかったと聞いても驚かなかった。如何にもアメリカ人が世界を知らないような言い方だが、我が国ではどうかと考えて見る必要もあるかも。言えそうなことは、我が国の一般人の方が知識と関心は高いと言って誤りではあるまい。でも「外交は票にならない」と常に言われている。
本日のテレ朝のテレビタックルに出演された明治大学の海野教授は「トランプ大統領の支持率は金正恩委員長との会談後に2~5%程度しか上昇せず、中間選挙対策もあって多くの州を回って会談の成果を強調されている。だが、一般庶民の海外に対する関心の度合いは低く、支持率に結びついていない」と懸命に語っておられたのが印象的でだった。私もある程度以上理解できる事実だと経験してきたからだ。
海野教授は嘗て民主党の為に戸別訪問をして回ったと誇らしげに自分から言っていた人物。アメリカ人の中にいて仕事をした経験持ち主である点は少しは貴重かと思う。早稲田の中林教授も上院の仕事を長年していたとかで、米国の政界の事情に明るいという触れ込みで方々のテレビに出ている売れっ子だ。お二方はそれなりに情報源をお持ちのようで、聞かせるだけの材料はあるようだ。それ故に、海外からの情報と我らがマスコミ報道と統計資料頼みの評論家と少し違うと言えるだろう。
海野教授は「一般のアメリカ人はDPRKの事など意識していない」と指摘した。一般論として経験上も言るが、自分で海外関係の仕事でもしていない限り、アメリカ庶民が外国に対する関心の度合いは我が国のそれよりも遙かに低いのは間違いない。特にアジア関係では中国系アメリカ人が多いことも手伝ってか中国人しか知ラナイとすら思わせる。私などは台湾で保証されたように、何度中国系アメリカ人と思われたか解らない。愉快ではない。我が国と同様に外交問題は票にならない国だろう。
私はカナダで一度ともにいた工場の幹部とBC州の田舎で食事をした際に、彼がウエイトレスに「この人は何処の国の人か解るか」と尋ね、I don't know.だった。重ねて「日本人だが、日本は何処にあるか知っているか」と尋ねれば、困惑した表情で間を置いてから Somewhere in the far east.と答えた。そんな程度だと思う。アメリカでは多くの人は「日本は中国の一部だ」と堂々と言う者が多いのでウンザリさせられた経験もある。
であるから、海野教授にトランプ様がDPRKと会談したの何のと言われても反応がなかったと聞いても驚かなかった。如何にもアメリカ人が世界を知らないような言い方だが、我が国ではどうかと考えて見る必要もあるかも。言えそうなことは、我が国の一般人の方が知識と関心は高いと言って誤りではあるまい。でも「外交は票にならない」と常に言われている。