新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

8月3日 その2 Alipayに思う

2018-08-03 20:41:39 | コラム
御殿場のアウトレットに思うこと:

Alipayを受け付けるというステッカー(stickerのことだが、何故ステッカーなどとするおかしな表記にしたのだろう?)があった店があった。時代はもうそこまで来たのかとあらためて認識させられた。何年前だったか都内に「銀聯カード」を受け付けると出ているのを発見した際に「中国人とその経済がそれほど有り難いのか」と憤慨したのを思い出した。「それほど無作法な彼らに執着したいとは情けないと思っていた」という意味だ。

同時に痛感したことは「経済的には後進国的である者がかなり多いはずの中国では、経済的にも、生活水準も、社会的なシステムも我が国のように段階的に順を追って進歩し変化していくのではなく、一足飛びか二足飛びのように中抜きというか何処かの段階を経ずして進歩していくものだ」という点である。私のように「スマートフォンなどは今更持つ必要はない」と言っているようでは、現在の中国のように(私には異様に思える)ICT化が進んだ国では暮らせないと思うのだ。

それと同時に事改めて感じたことは「中国人を始めとして多くの(非白人国の)外国人たちがあれほど混み合っている御殿場のアウトレットで全く何らの警戒心を見せずに思うがままに歩き回っている辺りに、我が国の世界中でも最も優れた安全性(奇妙なカタカナ語ではセキュリティーだが、securityの本当の発音は違う)が悲しいほどに示されていた。更に後難を恐れて言えば、我が国は私が経験したどの国よりも外国人に対して親切すぎるし、甘過ぎるのであると思わずにはいられない。

先ほども、何処かの局のニュースで採り上げていたが「外国人が日本に来て不満に思うこと」の中に「街中やホテル等での表示が解り難い」というのがあった。甘やかすなと言いたい。私が知る限りでは日本語のアナウンスがあったのは、シアトル空港内の移動の際の乗り物の中だけだった。何処に行っても掲示板等には英語が出ていれば最も親切な方で、普通には「エイヤッ」と見当を付けるか、解らない言葉でも「ここはこうだからこれで良いはず」と恐る恐る試みるしかないのだ。

余談で自慢話的だが、スペインではバスの中で、“salida emergenciaとあったのでemergenciaは恐らく英語のemergencyのことだろうからemergency exitのことだろうと見当を付けて現地のガイドに聞いてみたら正解だった。勿論、ガイドからは我々観光客に対してそういう説明などなかった。私には「我が国のように謙ったかのように親切にすべき」か「外国式(不親切だと言いたいほど)に自分の身を守るのはご自分でどうぞ」の何れを採るべきかは未だに解らない。だが、どうしても我が国の親切さは過剰に思える時がある。



山根明日本ボクシング連盟会長

2018-08-03 17:32:19 | コラム
またかと思ったボクシング連盟:

山根明会長が333名に告発されたと聞いた時には「またか」と思わずにはいられなかった。それは、既にこれまでに何度も指摘して来たことだが、何らかの競技種目の連盟や協会の理事長や会長、または幹部役員が繰り返して一般社会乃至は企業社会の常識や倫理観に反する破廉恥というか恥知らずの振る舞いをしてきた例が今日までにどれほどあったかということだ。

より具体的に言えば、過去の名選手がその競技の狭い世界のみの上部団体の組織の中に閉じこもって出世してしまったのだから、「我こそが君主である」との錯覚を起こすのは不思議でも何でもない事なのだ。より具体的な例を挙げれば、「長い歴史がある相撲の世界の文化は、我々一般人が住む世界のそれとは全く異なるものであるから、我々があの世界に介入したり彼らを批判するのは無意味である」ということだ。何とかいう理事長が良識と常識ある社会人とは別個の人物だとしか主ないのだが。

今回の山根会長が告発された内容をざっと見れば(その告発の内容が正しく正確であったとすればの話だが)、あの会長が如何に社会の常識が欠如していただけではなく、それに加えるに周囲の忖度の結果もあって担ぎ上げられている間に「我こそがボクシング界のルールブックそのものなり」と思い上がっていった典型的な人物であるかのように見える。「典型的」という意味では、過去にいくつかの例があった他の協会と連盟でも同種の人物が出ていた。卑近な例ではレスリングの栄和人氏があると思う。

私の持論では「過去の世界的名選手であっても、その人物が実社会における十分な経験と経歴があるか否かを十分に配慮し且つ検討した上で、現役を引退した後に上部団体の役員や幹部に引き上げるべきだということ」と繰り返して述べてきたのである。これも繰り返しになるが、より具体的に言えば「サッカー協会の長所はかの川淵三郎氏のように全日本代表も経験はしていたが、就職先の古河電工という上場企業で部長職を経験され、組織の運営の経験がある人物を会長にい頂いたこと」なのである。

似たような言い方に「名選手必ずしも名監督に非ず」というのがある。即ち、私は「世界的にも実績を残した名選手が、常に上部団体の会長や役員に適任であるだろうか」とも言えるのではないかと考えている。勿論例外もあるだろうが、これまでに「だから言ったじゃないか」という例が多すぎた。

今回も山根会長という方が、レビに生出演されて「告発」に延々と反論しているのを部分的に聞いた。私は無意味であるとしか思えなかった。告発された者がテレビに出て「告発の内容は将にその通りである」と認める訳がないではないか。ましてや「私が間違っておりました。申し訳ありませんでした」と素直に言うか?考えるまでもないことだろう。また副会長なる側近が告発の内容を否定している場面が報道されたが、これにしたところで同様に無意味だ。

また、例によって例の如くに「第三者委員会」を設けて調査すると言っているが、これだって成果は疑問だ。スポーツ庁という組織に何らかの法的か行政的な権限があれば、あの連盟に立ち入り検査でも強行して「告発が何処まで真実であり且つ何が実態であったか」を糾明して、会長の所業が不届きであれば辞職勧告でも何でもするべきだと思う。鈴木大地長官は「悪質タックル」では結構乗り出されたのであるから、オリンピック種目であるボクシングの連盟の事案には積極的に対応して頂きたいものだ。