新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

時代の変化と企業経営の先読み

2019-10-07 15:43:01 | コラム
アメリカ式の時代の変化に対する速やかな対応に思う:

「栄枯盛衰は世の常」とは言うが、W社は1990年代末期には58,000人の従業員を擁し、円貨にして2兆3,000億円ほどの世界の紙パルプ・林産物業界でトップ5に入る企業だった。それが2000年代に入って紙(印刷)媒体の衰退を見越して2005年に印刷用紙部門、その後に製紙用パルプ部門と続々撤退して、2017年には全社の売上高の60%超を占めていた紙パルプ部門から完全撤退を終えてしまった。将にアメリカ式の二者択一の思考体系による、我が国から見れば余りにも思い切りが良いとしか思えない厳しい決断だった。即ち、1900年に創業した材木会社に戻ったのだった。

世界最大の(我が社の天敵的な存在だった)International Paper(IP)も2007年には経営体質転換を図ってアメリカ国内には紙パ部門の新規投資をしないと言明し、印刷用紙部門をアッサリと売却し、成長が見込める中国やブラジル等の新興国のみに設備投資をする方向に転進した。その後にアメリかでは続々と大手の印刷用紙メーカーが民事再生法による保護を請願して実質的に倒産していった。私もある程度はその先行きが読めてはいたが、ここまで業界を挙げて徹底的且つ急速に衰退するとまでは予想できていなかった。そこには、アメリカの経営者たちの即断即決の恐ろしさもあると言いたい。

私が見るところでは1990年代の末期から一次産品に近い業種(USステイールなどは早期に駄目になっていたが)ほど衰退の速度が速く、その先行きを読み切れなかった会社が消えていったと言えると思う。要するに「物を造る企業」が衰微して、それに変わって出てきて今や世界を席巻しているGAFAのように自社で製造していない、当初はベンチャー企業だった頭脳を活かした企業がアメリカを代表する時代になったのだと痛感させられた。我がW社もIPも21世紀早々から、デジタル化とICT化により製紙産業が衰退すると読み切っていたとしか思えないのだ。

今にして思えば、1980年代にシアトル市の南のサウスセンターというショッピングセンターの駐車場の片隅にあったマイクロソフトとか言うコンピュータのソフトを作っているとか聞かされた小さな会社が、あそこまでの企業になるとは、あの当時に誰が想像しただろうか。嘗てはW社本社ビル内の巨大なカフェテリアに細々とスタンドを設けていた、「苦い」のが売りのコーヒー店が、今日のスターバックスに発展するとは、誰も想像していなかったのではないか。

私は「アメリカで起きた変化と革新というか新規で斬新な事業は必ず我が国に大波となって押し寄せてくる」と信じていた。既に印刷媒体が衰退しつつあり、インターネット広告は順調に伸びているではないか。アメリかでは10年間に60%も減少した新聞用紙の需要は我が国でも既に30%も減少した。この現象だけを見ても我が国の製紙産業は遠からず衰退の道を歩むことになるのではないか。既に王子製紙のホールディングカンパニーの社名には「製紙」が入っていない。大日本印刷のテレビCMでは一言も「印刷」に触れていない。富士写真フイルムも同様の傾向が見られる。

私如き旧世代の会社員には時代の恐ろしいばかりの急速の変化には対応するどころか「あれよ、あれよ」と見守っているしか出来ない。ただ感じ取ったことは先進国には容易に大規模で急速な変化に対応するのが、新興勢力のように簡単ではないように思えるのだ。それは、1997年にインドネシアの世界最新鋭の製紙工場を見学して「後発なるが故に世界最新鋭にして最大の規模の設備投資が可能で、先進諸国には到底及ばない高品質の印刷用紙が従来の常識を越えた速度で大量生産する時代が到来した」と驚愕させられた。

だが、現在では既に印刷用紙は大袈裟に言えば「絶滅危惧種」(=endangered species)の道を進んでいるかのようにも見えるのだ。私には良く解らないが、これからは、先を読んだ者が勝者になる時代が来るのだろうか。いや、先行きは簡単に見通せるものなのだろうか。ドローンでサウジアラビアあの石油生産設備を破壊できる時代が来ると読み切っていた人は沢山いたのだろうか。