新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

微妙な問題だと思っている

2021-07-24 10:50:43 | コラム
ファイザー社CEOアルバート・ブーラ博士が来日していたとは:

小林賢太郎問題が発生した後のことで、何時もは寧ろ寡黙と言いたいほどの菅義偉首相が速効で「言語道断」と斬って捨てたのには、その手回しの良さが意外だった。確かにオリンピック開会が目前に控えていれば当然の処置かと思った。

だが、その後の発表で来日中のファイザー社CEOのブーラ博士との会談が控えていたと知って「なるほど。そういう背景があったのか」と納得した。私は特に気になって調べていた訳でなかったが、ブーラ博士(Dr. Albert Bourla)がギリシャ系ユダヤ人であると承知していた。そうであれば、菅首相は一刻を争って小林賢太郎の不行跡を切り捨てておかれる必要があったのだろうと、推察した次第だ。

私は20年以上もアメリカの会社に勤務したが、アフリカ系の人たちと同様に、ユダヤ人を語ることは先ずあり得なかったし、敢えて深く知ろうとも考えたこともなかった。ユダヤ系の人たちがアメリカでは政界・財界・文化・芸能・音楽・スポーツ等々の世界に数多くいることくらいは常識である。それかあらぬか、何かそのことを語ることも、積極的に話題にしたこともなかった。私は勝手に非常に微妙な問題で触れるべきではないことであると解釈していた。

そういう事柄であるにも拘わらず、小林賢太郎なる人が20何年か前であっても、コントとして使ってしまっていた感覚には驚きを禁じ得なかった。いや、寧ろ良くそう言うことがあったと知っていてコントにしようとした感覚は理解を超越していた。

私は20年以上もの間にユダヤ系の人と直接に語り合った経験は、ウエアーハウザーで一度中央研究所のPh.D.の者とあっただけだった。最初に勤務したミードでは本部の偉い人にそういう方がおられたと聞いていた程度で、直接何か指示があったというような経験はなかった。

アメリカで知り得た知識では「ユダヤ系の人たちの名字には複音節(ダブルシラブル)になっている例が多い」とは心得ていたが、Dr. Bourlaの場合にはギリシャ系であれば、その例に当て嵌まらないようだなと思っていた。何れにせよ、現代は良くも悪くも国際化が進んでしまったので、色々と広範囲のことに気を配らねばならないようで、難しい。